8.久々の出勤
――警察庁公安。
事件の翌日、桜さんが学校に連絡して欠席した。
事件の翌日のため配慮されたと思ったが、職場から呼び出されたのだ。
私は久々というより、二度目の出勤をする。
今度は桜さんに連れられたが、途中で桜さんに扉の開け方を教わった。
私は脳内内蔵型のデバイスもあるため、そちらの方でも身分証明が可能である。
昨日は本郷警部に預けた際、代わりのデバイスを借りたが、表沙汰に出来ないためであった。
兎も角二度目の出勤をした私を課長だけでなく、初めて見る顔ぶれが出迎える。
「駿河さん、おはよう。昨日は大変でしたね。取り敢えず怪我がなくて良かったです」
「はい、ありがとうございます。それから色々とご迷惑を掛けてすみませんでした」
私は労わりの声を掛けてくれた佐伯警視に頭を下げた。
「まあ、初めから上手く行きませんよ。前田警部補も新人の頃はやらかして、本郷警部に良く叱られていましたよ」
私は思わぬことを知らされ、素早く桜さんの方に顔を向ける。
「課長、昔の話をしないで下さい。それに、私にも上司としての立場がありますから……」
桜さんが頬を染めて口篭り、奥の席では本郷警部が微笑を湛えている。
そこへ佐伯警視が話を変える様に咳払いをした。
「……オホン。余談はここまでにして、自己紹介を始めましょう。主任の本郷警部まで挨拶を済ませているので、順にお願いします」
本郷警部の向かいの席の女性の方が席を立つ。
「佐藤茜警部です。主任の次の席順だということを理解して欲しいわ。ちなみに、私の相棒は次ぎに自己紹介するから……駿河さん、よろしく」
「は、はい、よろしくお願いします……」
私は佐藤警部の男っぽい迫力に圧倒された。
佐藤警部は女性にしては身長が高く、痩せ型で切れ長の目をしている。
そして話し方が些か好戦的に感じられ、私は縮こまる様に頭を下げた。
佐藤警部が再び腰を下ろすと、佐藤警部と桜さんの間に座っていた男性が立ち上がる。
「初めまして、唐沢昇警部補です。のぼるという字でしょうと読みますが、昇る朝日の様に輝いてます。ちなみに、佐藤警部と一緒に行動してますが、佐藤警部の言い方はきついですが怖くないから安心して……! アイタ!」
唐沢警部補が声を上げたが、隣から薄っすら頬を染めている佐藤警部に何かされたのだろうか。
「余計な事は言わなくてもいい。とっと自己紹介をしなさい」
「はい、僕は駿河さんの相棒の前田警部補のひとつ先輩なんだよ。困ったことがあったら何でも相談してね」
「は、はい、こちらこそよろしくお願いします……! 私は駿河心、十七歳、高校二年生です。遅くなりましたが、よろしくお願いします」
桜さんのひとつ先輩というのが気になったが、それ以外はチャラいという印象しか浮かばず、ぎこちない挨拶を返したが。
ふと自分が自己紹介していない事に気づき、慌てて自分の名前を名乗ったのだ。
「……オホン。駿河さん、取り敢えず席について下さい。もう分かったと思うけど、基本的に二人でコンビを組んで仕事をしています。後二人いるけど、なかなか全員揃わなくてね……。基本的に月曜日の朝は、全員集まることにしています。駿河さんは学校があるから仕方ないですが……それから、ここの部署は技術対策課で、科学技術系の問題に対して治安を任されている所です」
佐伯警視の説明を聞きながら、私は桜さんの隣に座り色々と納得して頷き。
「分かりました。それで、私に潜入捜査の話が回ってきたんですね。それに、今回の事件で、私と桜さんが捜査した理由も分かりました。私は小学校の中に入っただけですけど……」
勢い良く答え出したが、途中から恥かしくなり口篭ってしまう。
「いえ、そうでもないです。実は疑われず中に入るのは相当難しいのです。そもそも犯罪者は、大抵周囲を警戒してますからね」
思わず頬が緩むが、更に話は続いた。
「それから、昨日逮捕された小学校の教諭ですが、駿河さんのお陰でデータを取れました。それから、所持していたボールペンが違法なツールだと分かりました。半径一mくらいと小さな領域ですが、強力な電磁波を発するようです」
「あのー……裏組織みたいなのは分かったんですか?」
「いえ、まだ詳しくは……」
「そうですか……」
私は苦労して頑張っても報われないものだと肩を落とす。
「簡単に結果は出ないわ。ひとつずつ片付けていくのよ。勉強と同じで積み重ねていくの。勉強に限ったことじゃないけど」
桜さんが私の肩を優しく叩いて励ましてくれた。
私は桜さんを隣の席から見つめ、うっとりしているが胸の前で手を組んだりは勿論していない。
そこへ、再び佐伯警視が咳払いする。
「……オホン。では、色々と学んだ駿河さんに、新しい潜入先を紹介しましょう」
佐伯警視に咳払いが癖な『オホンおじさん』というあだ名を命名しようかと思っていたら、衝撃的な事を告げられた。
私は目を丸めて固まっていたが、口を開く
「……あの、小学校はどうするんですか? それに、そんなに高校も休めませんよね? 出席日数も気になりますが、定期試験を受けないと受験どころか卒業出来ないんですが……」
「大丈夫です。小学校はすぐに転校手続きをしましょう。あの騒ぎの後ですから、誰も疑いません。それに、今度は潜入期間が決まっていますから、日数もそれ程掛かりません。短期潜入です」
狼狽する私を余所に佐伯警視が話を進めてしまう――。