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特務捜査官になったのですが、イカロスって何ですか?  作者: 伊吹 ヒロシ
第一章 二度目の小学生
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7.職務遂行

 「――あのー……話は変わりますが色々と噂になってしまい、担任の先生が問い掛けてきたらどうしましょう? 今回の容疑者である疑いがあるんですよね? 見た感じ大人しそう印象ですが、もし被害者の様に何かされたら倒しても良いですか?」

 当たり前のつもりで尋ねたが、桜さんの頬の赤みがさっと消えた。

 「ダ、ダメに決まってるでしょう! 基本的に逃げること! 声を上げて助けを求めてもいいわ。万一の際は正当防衛が認められるけど、事を荒立てるのは趣旨に反するわ。当事者の拘束が主な目的でなく、背後の組織を取り締まるのが私たちの仕事なのよ。それでも、学校の先生がセクハラで拘束されれば、騒ぎになるでしょうけど……」

 「分かりました。でも、正当防衛はどの程度で適応されるのですか? 仮に私が襲われた場合、完全に身動きが取れない状態にされると身体が小さくて反撃出来ないですよ。私は皆さんの様に、身を守るための武器も借りていませんし……」

 桜さんの説明をもっともだと思いながらも、武道の経験者として自分の能力を考えてしまう。

 私の身体能力は高いが、身体のサイズは子供なのだ。

 桜さんは左掌に顎を載せ、考える仕草を見せる。

 「……確かに、心ちゃんの言う通りだわ。反撃前提でなく、本当に危険な時、護身用に何か……課長に相談してみるわ。でも、基本的には逃げることを忘れないで頂戴」

 桜さんの話は終わったが、私はまたも叱られただけでなく、桜さんをデレさせる珍事を仕出かしてしまった。

 自室に戻りベッドに横になると、色々な事を思い出すが疲れて眠ってしまう。

 

 ――潜入捜査九日目。

 週末の連休を挟み、久々の登校である。

 私は今日も大人しく休憩の時間を勉強しながら過ごしていたが、鈴木君に話した事がクラス内に広まったのか、私の噂は聞えてこない。

 昨日は寝る前にクラス女子の掲示板を見たが、私の趣味が料理なのかと数件の書き込みがあり、それに答えたので当然かもしれない。

 

 ――昼休み。

 大盛りの給食を食べ終え勉強をしようとしていると、突然担任の大山先生が私の前に歩みって来た。

 「転入してから一週間が過ぎたけど、大分学校には慣れたかな? 少し話したい事があるんだけど、面談室まで付いて来てもらってもいいかい?」

 「はい、構いませんけど……」

 (よっしゃー!)

 私は心の中で声を上げ、右拳を引いた。

 だが、外面的には何故自分が呼ばれたのか分からない様なしおらしい態度をとっている。

 大山先生の後に続き教室を後にするが、クラスの女子たちの視線に不安な気持ちが垣間見えた。


 ――面談室。

 「さあ、座って」

 大山先生の言葉に無言で頷き、机越しに向かい合う様に腰を下ろすが。

 レースカーテンだけでなく、厚手のカーテンが窓を覆っているのに違和感を覚えた。

 面談室の場所は職員室の隣にあるが、こんな場所でセクハラ行為を起こすのだろうかと疑ってしまう。

 「……あの、私はどうして、こんな所に呼ばれたのですか?」

 私が恐る恐る尋ねると、大山先生が微笑を浮かべ立ち上がった。

 「転入したばかりで心配だったけど、先週良くない噂を耳にしたからね」

 「良くない噂ですか?」

 首を傾げる私に、大山先生は話を続けながら私の傍に近づく。

 「そう、両親から離れて親戚の方と過ごしていると聞いたけど、あまり上手く行ってないんじゃないかな? まだ小さいのに、色々と押し付けられて……」

 そして、いきなり私の手を擦ってきた。

 「い、いやっ……」

 私は小さな声を漏らす。

 大山先生の微笑から口端が吊り上がった。

 「だ、大丈夫だよ。先生がついてるから……」

 私は顔を顰め、首を左右に振る。

 「私は大丈夫ですから……離して下さい……」

 私のか細い声に大山先生の鼻息が荒くなる。

 (ああああああああああああああ――っ! き、気持ち悪い!)

 私は桜さんに言われた事を思い出し、懸命に耐えたが。

 「そんな事言って、手を振り払わないじゃないか……」

 大山先生はそう言うと触れていた私の手を握ってきた。

 (あーっ! 殴りてー! 本当、殴りてー!)

 私は身体を震わせ怒りの衝動を抑え、しっかりした口調で口を開く。

 「怖いです。振り払わないのでなく、怖くて振り払えないのです。他のクラスメイトから聞きましたよ。それから、これまでの言動はすべて録画されています。学校の警報は何故か鳴りませんが、警察には届いている筈です。先生、罪を認めて自首して下さい」

 大山先生の顔から微笑がなくなり、その表情は本性を現すかの様に険しくなった。

 「だ、黙れ! 先生を脅迫するとは、心配してくれた先生に悪いと思わないのか! 私はそんな脅しには屈しないぞ!」

 大山先生の言葉は正義感に満ちているが、その発声や表情、そして行動は常軌を逸している。

 先程私の手を掴んでいたが、すぐさま私の身体を抱き締める様に組み掛かり。

 「キャアアアアアアアアアア――!? うううううう……」

 私が悲鳴を上げると、右腕で私の身体の自由を奪い左手で口を塞いできた。

 しかし、私の悲鳴が廊下に届いたのだろう。児童たちが声を上げる。

 教師たちも動いていたのか、動かざるを得なくなったのか分からないが、部屋のドアに手が掛かり揺れた。

 だが、扉には鍵が掛けられており、すぐに入って来れない。

 大山先生から抵抗すると、先生は私を押さえつけようと右手に力を込めた。

 そして、その右手がずれて、私の胸に触れる。

 「えっ? ふにゃって……パット?」

 大山先生は言ってはならない事を口走ると、ドアが開き。

 先生は驚きが重なったのか、私を抱えていた腕の拘束が弱まった。

 私は拘束を振り解き、

 「ああああああああああああああああ――!」

 渾身の一本背負い浴びせた。

 大山先生はみんなの前で宙を舞い、盛大に背中を床に打ちつけそのまま意識を失ってしまう。

 扉の出入り口では何人かの教師と児童が覗いていたが、誰も微動だにしない。

 私はみるみる興奮が冷め、扉の前の人たちと目が合うと。

 「キャアアアアアアアアアア――! ち、痴漢です! ……あっ? 無我夢中で……」

 痴漢から必死に抵抗して、今の状況になったことにしようと悲鳴を上げ、小芝居をしたのだ。

 誰も反応してくれず途方に暮れていたが、パトカーのサイレンが近づいてきた。

 それを聞き、教師たちが慌てて動き出し大山先生を拘束する――。

 

 制服を着た警察官が学校に入ってくる中、スーツ姿の男性が交じっていた。

 本郷警部であったが、職務中のためかいつもの笑みはなく先生たちと話をしている。

 やがて私の元にやってきたが、証拠品として私の眼鏡型デバイスを持っていき。

 制服警官が、私のデータが入った代わりの眼鏡デバイスを渡してくれた。

 こういう事態となったので私は早退することになり、桜さんが迎えに来ることになった――。


 私は自分の荷物を持って保健室に移動させられ、呆然としている。

 (やらかした……。どうしよう……。桜さん怒ってるだろうな……)

 同じことばかり考え、心の中で呟いた。

 時々保健の先生が何やら尋ねて来たが、頭に入らず適当に頷く。

 

 一時間も経っていないだろうか、桜さんが校長先生と一緒に現れた。

 私はベッドの脇に腰掛けていたが、慌てて立ち上がり直立する。

 桜さんが瞳を潤ませ、口を真っ直ぐに噤んだまま私の元に歩み寄り。

 これまでになく叱られると思い、両目をグッと閉じて身体を硬直させた。

 そんな私の身体は温かく抱き寄せられ、声が漏れる。

 「……えっ? どうして……」

 「心ちゃん、心配したのよ。無茶してはダメでしょう……」

 私は呆然としたまま桜さんに抱き締められた。

 先程大山先生に拘束された時は不快な思いで腸が煮えくり返りそうであったが、桜さんに抱き締められて、久しく忘れていた感情が芽生える。

 ……子供の頃の記憶。

 ……母親に抱き締めてもらった温もり。

 桜さんが静かに離れた。


 私はランドセルを背負い、帰り支度を整える。そして桜さんに優しく手を握られると。

 「校長先生、取り敢えず心を連れて帰ります。詳しくは後日」

 桜さんは余計な事は一切口にせず、謝罪も感謝の言葉もなく静かに頭を下げた。

 校長先生は桜さんの隙のなさに動揺するかの様に頭を下げる。

 「この度は心さんを危険に晒し、申し訳ありません。後日改めてお詫びとご報告をさせて頂きます」

 私は校長先生に小さく頭を下げると、桜さんに連れられて帰宅した――


 ――マンション。

 自室に入り着替えを済ませると、桜さんとリビングの前で向き合った。

 「私があれ程言ったのに、無理をして……どうして私の言う事を聞いてくれないのかしら」

 「すみません……でもでも、私はギリギリまで我慢しました。正当防衛になる記録もしっかり残っていると思います。私のデバイスでは警報がなりましたが、何故だか学校の警報が鳴らなかったんです」

 私が苦笑を浮かべると、桜さんは表情を変えず私に近づき。

 そして両手で私の左右の頬を引っ張った。

 「い、いらいれす……」

 「痛くしてるのよ。どうして、私の言う事を聞いてくれず、減らず口ばかり……」

 「ら、らめれすよ。ほうりょふは……」

 「止めませんし、暴力ではありません。私は保護者ですから、聞き分けのない子供を叱っているんです」

 私は、桜さんに頬を引っ張られたまま説教を受け、反論する事が出来なかった――。


 お説教が終わった後、桜さんが私のために護身用の道具を渡してくれた。

 「今回の様に逃げられない状況になった時だけ使ってね。課長に許可を貰ったけど、危ないから気をつけて頂戴。相手に奪われたりしたら、こっちが危険になるんだからね」

 「はい、ありがとうございます」

 念願の身を守る道具を借りる事が出来たが、警棒の様なものだと思っていた。

 だが、私が借り受けたのは『スタンガン』である。

 これでは本当に掴まりそうになった時にしか使えない。

 私はスタンガンをポケットにしまい、自室に入った。

 今日はデバイスを本郷警部に渡したので、データを預ける事が出来ず。

 桜さんは仕事を終わらせてきたのか、夕食は桜さんが作ることになった。

 私は初めての桜さんの料理に期待を膨らませながら、少しの間ベッドで横になった――。

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