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特務捜査官になったのですが、イカロスって何ですか?  作者: 伊吹 ヒロシ
第一章 二度目の小学生
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5.体育の授業前に

 登校は近所の児童たちと一緒だったが、鈴木君も近所に住んでいるらしい。

 鈴木君に教えてもらい、隣の席で時々話をした佐藤綾香さとうあやかちゃんも近所だと分かり、一緒に話しながら通学している。

 「前田さん、鈴木君とすっかり仲良くなったね。女子の中でも人気者だし……」

 「心でいいわよ。それから、綾香ちゃん……鈴木君は私じゃなくて、私の親戚の桜さんに会ったから舞い上がっているのよ。男の子って、幾つでもあんな感じなのかしら」

 「えっ? こ、心ちゃん、幾つでもって……何だか年上のお姉さんみたいなことを言うのね……」

 私は昨晩桜さんに叱られた事を思い出し、額に汗を浮かべ引き攣った笑みで答える。

 「あ、綾香ちゃん、嫌だわ。綾香ちゃんこそ……その突っ込みはお姉さんっぽいと思うよ……」

 私の言葉は皮肉としか思えないが、まだ小三の女子には分からなかったらしい。

 それよりも自分が年上っぽいと思った相手に、年上扱いされて嬉しかったようだ。

 私はその後も、席が隣の綾香ちゃんと親しくなった。


 ――四時限目。

 昨晩桜さんから釘を刺された体育の授業。

 私が小学生の頃は、高学年の五年生から男子と女子が別れ、二組合同で体育が行われていたが、今も四年生までは男女合同で体育が行われるようだ。

 しかし、三年生からは更衣室で着替えるのが定着し、教室を離れることになる。

 私は席を離れる前に万一に備え、机の上に筆記用具に隠して小型の防犯カメラを置いた。

 

 更衣室でロッカーを開けながら、今日の体育は何をするのだろうかと憂鬱になる。

 単純に走ったり跳んだりする種目なら加減は出来るが、球技などの種目になると咄嗟に反応してしまうかもしれない。

 そう思いつつ体操着に着替え始めると、周りの動きが止まり自分に視線が集まっていることに気づいた。

 中学に進学する頃には、クラス替えの度にこういった視線を浴びていた。

 成長の止まった私の身体を見て、何か利益があるのだろうかと思ってしまう。

 うんざりしつつも周りの視線を気に留めず着替えをしていると、

 「こ、心ちゃん……そ、それって……」

 仲良くなったばかりの綾香ちゃんから声を掛けられた。

 流石の私もこの反応に怪訝な表情を浮かべ、周囲を見渡す。

 私以外、いや二、三人いるが小児用と分かるタイプ。

 明らかに女性用のブラジャーを着けているのは私だけ、ショーツも大人用だが……。

 しかも、大人用をつけているとはいえ、一番小さいサイズに見栄を張ってパットを詰め込んでいる。

 私はとんだ羞恥プレイに耐えられなくなり、顔を真っ赤に染めガタガタと震え出した。

 だが、周りのクラスメイトの反応は違った。

 昨日を再現するかの様に、クラスのJS(女子小学生)たちは瞳を輝かせ、私を見つめている。

 「心ちゃん、どこで買ったの? じゃなくて、買って貰ったの? さっき男子たちが噂してたけど、綺麗なお姉さんと暮らしてるんだよね。私にも色々と教えて!」

 「ずるい、綾香! 私も!」

 綾香ちゃんを皮切りに質問攻めに合い、返答に窮するが。

 クラスの女子の連絡先をゲットし、クラスの女子だけが使用している掲示板アプリにアクセス出来る様になった。

 その後の体育の授業は当初の心配が嘘のように、心労で精彩を欠いた私は目立たずに過ごした。


 ――放課後。

 下校となり、少しずつ仲良くなった子たちと一緒に歩いたが。

 綾香ちゃんから家に遊びに来て欲しいと誘われている。

 昨日、桜さんから叱れたばかりだが、これも情報収集の一環だと思い承知した。

 綾香ちゃんの家は一戸建てであったが、両親は共働きなのか留守のようだ。

 玄関から家の中を案内され、綾香ちゃんの部屋に入る。

 部屋の中は良く整頓されているが、女の子らしくぬいぐるみ等のグッズが並んでいた。

 私は帽子とランドセルを置き、出されたクッションの上に女の子座りする。

 綾香ちゃんは、私を部屋に通すと家の中を忙しく移動しているが、お茶などの準備をしているのだろう。

 再び綾香ちゃんが部屋に戻ってきて、ジュースとお菓子を出して目の前に座ると、私を見つめた。

 JS(女子小学生)に見つめられ得も言えぬ緊張をする私に、綾香ちゃんが口を開く。

 「心ちゃん、ブ、ブラジャーって、いつごろから着けているの? そ、それから、どのくらいになったら、着けるのかな?」

 「へっ? い、いや……私も最近だよ……」

 綾香ちゃんの真剣な眼差しに耐え切れず、嘘を付いてしまう。

 中学生になった頃とは口に出せない。

 「へー……そうなんだ。ちょっと安心したかも……友達より遅れていて、その上それに気づかないでいたら、凄くショックだよね」

 綾香ちゃんは言葉通り本当に安堵したように肩を上下させた。

 私は罪悪感に潰されそうで、引き攣る顔を懸命に落ち着かせ様としている。

 「それで、私はまだ着けなくてもいいかな? お母さんは仕事で家にいない時が多いし、家にいる時はお父さんも一緒にいる時が多くて……。学校で相談するのも気が引けるから……」

 「そ、そうね。お母さんだけの時に相談したいよね。私みたいに、身近にお姉さんがいると相談し易いけど……」

 一般的な共働き家庭の悩みを頭に描きながら、自分が過去に失った家庭を遠い過去の様に思い出し、精一杯頷いてみせる。

 「……えっ? 学校って、保健の先生に相談するってこと?」

 不意に疑問を口にしたが、綾香ちゃんの相貌が曇る。

 「……ううん、担任の大山先生だよ。困った事があれば何でも相談する様にって、みんなも言われてるよ……でも、先生、良く触ってくるんだよね……」

 「はあーっ! 何で、女の子の事情をわざわざ男の人に話す訳! しかも触ってくる! それって、セクハラよね? 誰も親に話したり、他の先生に話したり、役所や警察とか色々と相談するところがあるよね?」

 私は思わず向きになって声を荒げてしまったが、桜さんも分かってくれるだろう。

 だが、綾香ちゃんは首を左右に振る。

 「……それが、警報がならないの。他に誰もいない時に、触ってくるから怖くて……。それに後から録画を再生しても、その時の様子が映ってないの。みんな怖くて何も言えないのよ……」

 JS(女子小学生)が真剣に怖がる様子に、私の心が昂った。

 「そういうことがあったら、兎に角声を上げること。それから、みんな気をつけていると思うけど、出来るだけ一人にならないことね」

 私は綾香ちゃんを励まし、力強く親指を突き上げた。

 「……ありがとう。何だか、心ちゃん、お姉ちゃんみたいだね」

 綾香ちゃんにお礼を言われるが、こそばゆい気持ちだ。

 私は一応十七歳で、綾香ちゃんよりもずっと年上のお姉さんなのだが……。

 それでも、綾香ちゃんのお姉ちゃんみたいという言葉が胸に響く。

 「……ところで、どのくらいから着けるの?」

 「へっ? ……あっ、ブラジャーのことね。いつと言われても決まりはないのだけど……ちょっと待ってね……」

 僅かな間に試行錯誤した私は自分の説明ではなく、インターネットから女性用下着について掲載されているページを開き、綾香ちゃんに見せた。

 「ほら、色々と載っているでしょう。これを見ても何となくイメージ出来ると思うけど、ランジェリーショップの店員さんに相談すると教えてくれるわ。私みたいな大人のブラジャーじゃなくて、子供用のブラジャーが店に売ってるからね。兎に角、違和感を覚えたら、買わなくても良いから、お店に行く事を勧めるわ。店員さんに相談すると、色々と教えてくれると思うから大丈夫よ。店員さんはみんな女の人だから、特に私たち子供には親切に教えてくれる筈よ」

 私は自分が経験していない事を知識だけで語ってしまう事に、罪悪感を覚えるだけでなく、自尊心をえぐられる様な心の痛みを自分自身に与えてしまった。

 そのため、インターネットで記載されていることで詳細を知ってもらったのだ。

 「ありがとう! 凄く参考になったわ! やっぱり、心ちゃんに聞いて良かったわ! 私と同じくらいだけど、あんなに凄いのを着けてるから……本当に色々と知っているのね」

 綾香ちゃんの眼差しが痛い……。

 (はっ!? ちょっと、今、なんって言った! 私と同じくらいと言わなかった……)

 私は小三女子と同じくらいと言われ、更に自尊心を傷つけられるが。

 私を尊敬する様な純粋な眼差しを向けられ、ぶっとばしたくなる言葉もあったけど、怒る気にならない。

 私はこの後も経験の伴わない知識だけの助言をして、クラスメイトたちに教える様に言うとハッと気づく。

 「わ、私が教えたことにすると、凄く成長している子みたいに誤解されると困るから、ランジェリーショップのお姉さんに教えてもらったり、さっきみたいにインターネットで検索して調べたと言ってくれると助かるかな」

 「う、うん、心ちゃんは凄いと思うから、謙遜しなくてもいいと思うけど……。確かに、私と同じくらいみたいだしね」

 綾香ちゃんは私の言葉に首を傾げていたが、私の顔から視線を上下すると笑みを浮かべて頷いた。

 その仕草に流石の私も腹が立ったが、悪気はないのだと我慢する。

 私はクラスメイトの家で有益な情報を得る変わりに、何度も心に傷を負わされ綾香ちゃんの家を後にした。

 そしてスーパーに寄り買い物を済ませてから、マンションに帰宅した。


 ――夕食。

 桜さんは昨日と同じくらいの時間に帰宅し、二人で顔を合わせながらの食事中。

 しかし、今日は私が食事をしながら報告を一方的に行っているだけで、桜さんからの返事がない。

 食事が終わり、このまま何も言われないのか、それとも今日は桜さんの機嫌が悪いのかなどと考えていると。

 「昨日、私が言った事を覚えているかしら……」

 桜さんが静かに話し始めた。

 桜さんの無表情な美しい相貌に得も言えぬ恐怖を抱き。

 「はい、勿論覚えていますよ……」

 引き攣った笑みを浮かべたまま、桜さんの顔を見つめる。

 そこで、いきなり桜さんの柳眉が吊り上がった。

 「はあーっ! 心ちゃん、あなた全然分かってないじゃない! あれ程体育の時間は気をつけなさいと言ったのに、何がブラよ! あなたが答えなくても、家族の人や保健の先生に聞く様に言えば済む事でしょう! 多少親しくなるくらいなら、円滑に生活する上でも必要かもしれないけど、やり過ぎよ! これからどう調整すればいいのよ! もう……」

 桜さんに怒鳴れ、肩を竦ませ俯いてしまう。

 「……で、でもでも、みんなの連絡先をゲットしましたし……掲示板にもアクセス出来る様になりました。それに、有益な情報も入手しました……よ」

 少しでも自分の頑張りを認めてもらおうと訴え、引き攣った笑みを浮かべた。

 「でも、とは何かしら? そんなのは目立たずに過ごしていても、時間は掛かるけど、その内手に入るものよ。情報も同じだわ。逆にあなたの過度な行動で、容疑者を警戒させてしまった可能性があるわ。心ちゃん、潜入捜査を甘くみないことね」

 私の引き攣った笑みは霧散する。

 「はい、ごめんなさい。気をつけます……」

 今日も桜さんに叱られて報告は終わった。

 桜さんは食後に私のデータを閲覧したが何も言ってくれない。

 色々とトラブルに遭ったが、想像以上に潜入捜査が難しいと知る。

 ちなみに、桜さんは大人しくしていれば連絡先を入手出来ると言ったが、私のこれまでの人生でまともに入手した事はなかった。

 部活や一部のクラスメイトで本当に必要最低限しか、入手出来なかったのだ。

 もともとコミュニケーション能力の低い私が、舞い上がってしまったと認めざるを得ない。

 だが、少しくらい褒めてくれても良いのではないか。と思っても悪くないはず。

 今日は早めに就寝したが、色々な事があり過ぎて寝つきが悪い。

 特に、桜さんに叱られた事が頭から離れずにいる。

 昨日は叱られて喜んだが、本来はこういう感じなのだろうか。

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