はじめてのひとごろし
人を殺したのはもちろん初めてだった。
「あーあー、やっちゃったー。あたしはちゃんと止めたのになあ。ヒーロー気取りの坊っちゃんイーコ君が人殺しとは、こりゃ将来が楽しみだねえ。」
ライラは皮肉を言いながら近寄ってきたが、その言葉は俺の耳を右から左に通り抜けた。
俺はたった今人を殺したんだ。
首に刃を入れ、筋肉を引き裂き、骨を切断した時の感触がしっかりと手に残っていた。
奴隷商人の男の生首が首のない身体の横に転がり、その隣には獣人の女の死体がある。
俺はその光景を見ると気分が悪くなり嘔吐した。
「吐くくらいなら殺すなよ…。汚いねえ。」
「…黙れ……。」
初めてライラに悪態を見せたが、この言葉は胸に刺さった。
確かに殺さずとも男を止める方法があったはずだ。
なぜ俺は殺してしまったんだ。
ふと両親のナイルとマリアの顔が頭に浮かんできた。
「父さん…母さん…俺、人を殺しちゃったよ……。どうすればいい………。」
「…何をぶつぶつ言ってんだい気持ち悪い。どうすればいいって自首するしかないだろ。まああたしは何もしてないから逃げるけどね。」
自首か…そりゃそうだ…。理由はどうであれ俺は人を殺したんだ。罪を償わなきゃいけない。
「それにしても可愛そうだねこの奴隷の子たち。せっかく商人が死んだっていうのに、結局この子たちも半分以上は殺されちゃうんだから。」
ライラは不敵な笑みで俺に目線を送った。
「…なんでだよ。なんで殺されるんだ?」
「奴隷商人が殺されるって事例は少なくないんだよ。そのほとんどが自分の商品の奴隷に隙を突かれて惨殺されてる。奴隷の恨みは計り知れないからね。そして商人が死んだら、奴隷たちはその街の公安に一時的に引き取られる。その後1週間だけ競売に出されるんだ。とても安い値段でね。」
「それでも売れ残った奴隷は殺されるってことか。」
「おっ、察しがいいな。その通り。まあ殺処分ってことだね。それに逃げ出した奴隷は危険だってことで誰でも殺していいことになってる。つまり奴隷になっちまったらどう転んでも地獄しか待ってないってことさ。」
殺処分だと。
ふざけやがって。
獣人が一体何をした。
また冷静さを失ってしまいそうだ。
「今の内容はどれもこれも表向きで認められてることなんだぞ。ここアルキアにいる全ての人種がこの実情を理解して当たり前に生活してる。クソッタレだと思わないか?」
「俺に何をさせようとしてる。」
「森で賊を吹っ飛ばした時といい、さっきの商人を殺す時の手際といいあんたはただもんじゃないでしょ。あたしは権力者だの金持ちだのが大っ嫌いなんだ。大都市アルキアのトップの人間をぶっ倒したら少しはクソな世の中が変わるかもしれないぞ?」
「お前さっきは俺に自首しろって言ってたよな?それにお前も共犯で犯罪者になるんだぞ。」
「自首したけりゃすればいい。ただここにいる奴隷たちは殺処分されるし、あんたの人助けの道も絶たれる。あたしはあんたが商人を殺したことを悪とは思わないね。それにあたしは絶対に捕まらない。」
「さっき俺に捕まえられただろ…。」
「あ、あれは隠密魔法を使ってなかったからさ。で!どうすんの!」
ライラの意見にも一理ある。俺は犯罪者になるために村を出たわけじゃないし、ここで普通に自首しても誰のためにもならない。
「…わかった、トップの人間に会いに行こう。あくまでも話し合いにな。自首するのはその後だ。」