エルフの女
なんとアルキアへの門を通る人々は、誰一人として許可証などの確認はされていないのである。
衛兵は通行人に話しかける様子すらない。
さっきの話は嘘なのか。
何も知らなそうな田舎もんをカモにしようとしたのか。
その後も通行人の観察を続けたが、明らかに俺のようなみすぼらしい見た目の人だけを呼び止めている。
するとそこに同じく門をくぐらんとする女性が来た。
身なりはボロボロで耳が長い。
「…あ!あの時のエルフの女だ!!」
あれは1週間前に俺を短剣で刺し、化け物と吐き捨てた女性だ。
腹を刺された感触が若干蘇った。
なぜあの時俺を刺したのかを聞きたい。
女性は衛兵に呼び止められたようだ。
とりあえず衛兵との会話を遠目から見ていると、女性は懐から高価そうな装飾品を取り出し衛兵に差し出した。
衛兵はそれを受け取ると何事もなかったように立ち位置に戻り、女性はそのまま門を通って行く。
俺はどうしてもその女性と話したかったのと、衛兵が不当な検閲をしていると判断したため、10メートルはあろう外壁を兵にバレないよう飛び越えた。
「すげぇ………。」
アルキアに入ると、村とは別世界かと錯覚を起こすほどの無数の建物と人々でごった返していた。
人間だけではない、本で見たことしかない竜人族や羽を生やした有翼族、それにエルフなど様々な人種が次々と目に入ってくる。
エルフ……。
「そうだ…感動してる場合じゃなかった。さっきのエルフの女を探さなきゃ。」
もし刺された理由が俺の常識の範囲外だったら、また俺は悪気なく何かをやらかしてしまうかもしれない。
ここであの人を見かけたのもきっと何かの縁だ。
見つけ出して俺を刺した理由を聞こう。
「【トラック】!」
俺のこの追跡魔法は、1度でも目視した生き物の足跡が痕跡として強調表示される。
無論鳥などの翼を持つ生き物にも使用可能だ。
その場合は空中で羽ばたいた痕跡が表示される。
門の付近まで来るとしっかりと足跡が残っていた。
急いでその跡を追うとすぐに追いつきエルフの肩をつかんだ。
「すいません!あの、僕のこと覚えてませんか?」
「なによ…。あんたなんて知らな………あっ」
全てを思い出したような顔をするとエルフは全力で逃げ出し路地裏に入った。
俺は一瞬で先回りし彼女の行く手を阻む。
「ちょっと待ってください!僕は仕返しをしに来たんじゃありません。話を聞いてください。」
「あんたいつの間に私の前に…。やっぱり化け物なのね。」
「もう化け物でもなんでもいいです。とにかく僕が聞きたいのことは1つ、なんで僕を刺したんですか?あなたはあの時賊に襲われてるように見えた。僕はそれを助けたつもりだったんですが。」
「何を言ってるんだ。助けられたからって見ず知らずの人間を信じられるわけないだろ!金を要求されるかもしれないし、払う金がなかったらその場で殺されるかもしれない。あんたがどんな平和なとこからここに来たのかは知らないけど、この国じゃ他人に隙を見せたら終わりなんだ。」
俺はエルフに対して哀れみの心を持った。
きっとたくさんの人に裏切られてきたんだろう。
そして自分以外のすべてが敵に見えてしまっているのだろう。
「こんな若僧に何を言われても説得力がないかもしれません。しかしあなたは間違っています。一部に悪い人もいるのかもしれませんが、心優しい人だってたくさんいるはずです。あなたがひねくれてしまって、他人からの優しさを悪意として受け取ってしまっているだけです。」
「あんた、何もわかってないんだね。見たところ成人し終えたくらいか?常識知らずにも程があるよ。」
「あなたの常識だけで考えないでください。」
「じゃあ聞くけど、ここアルキアに入る時に門をくぐっただろ。あそこに立ってた衛兵はどう感じた?その身なりだとどうせ金を払わされただろ。どうだ?」
外壁を飛び越えて中に入ったことは伏せておこう。
「…確かにあの人達は感じが悪かった。けどそれだけで周り全員を敵視するのはおかしいですよ。」
「あーそーかい。じゃあこの街の腐ったところを全部見せてやるよ。ついてきな。その後またそんな恥ずかしいセリフを言えるのか楽しみだよ。」
エルフの女は初めて笑みを見せた。