始まりのラストダンス
「ねぇ、最後のペア課題どうしよっか?あと半年なんだよね」
学院内の談話室に先に来ていた彼女が遅れてやってきた彼に声をかける。
「やっぱりその話か」
少し難しい顔をした彼は彼女の向かい側に座る。
「どうしたもんだかなぁ・・・」
ここは難関入試を突破した少数精鋭の生徒達が通う王都の学院。学院内では出自や身分などは一切関係なく平等を掲げている。
そしてこの学院には独特のパートナー制度がある。協調性や人を思いやる心を学ぶという目的で、個人の成績とは別にペアの評価もあるが詳細は非公開となっている。
パートナーは入学式の後に行われるくじ引きで決まり、同性ペアもあれば異性ペアの場合もある。ただし学業最優先なので恋愛は禁止だ。
「研究発表をする人達は最高学年に進級した時から動き出してたとか聞いたわ」
「そりゃすごいな。でも俺達そんな時間なかったしなぁ」
2人はつい先日まで生徒会の役員をしていた。最高学年の前半は行事がいろいろとあって忙しく走り回り、卒業まであと半年というところで引継ぎが終わってようやくペアの卒業課題に着手することになったのである。課題のテーマ選定は生徒に任されている。
「芸術系は・・・やめといた方がいいわよね」
「・・・そうだな」
手先の器用さに関して若干の問題があることは2人とも過去の授業により自覚している。
「じゃあ、歌かダンスはどう?道具とかいらないさ」
彼が頭を抱える。
「頼むから歌だけは勘弁してくれ・・・」
「え~?音楽の授業でも上手だったじゃない」
彼女がニヤニヤしながら言う。
「人前で歌うのが恥ずかしいんだよ!」
「もったいないなぁ、せっかくいい声してるのに。まぁいいわ、それじゃダンスでいきましょうか。なんてったって男女ペアの特権だしね!」
「・・・歌よりはマシだからそれでいい」
こうして2人の最後の課題が決まった。
放課後は広い講堂を自由に使えるようになっていた。
ダンス自体は授業で学んでいるので異性ペアが選択することはめずらしくない。講堂内を見ると武道の演舞を披露するペアもいるようだ。
2人はさっそくダンスの練習に入る。
「あら、意外と仕草とかもちゃんとしてるじゃない?」
「昔、妹の舞踏会ごっこに散々つき合わされたんだよ。子供向けの絵本であるだろ?舞踏会のしおりみたいなヤツ」
「あはは、私もその絵本持ってたわ。お父様に無理やり付き合ってもらって最後には嫌そうな顔をされたっけ。妹さんとは気が合いそうね」
彼女は笑いながらステップを踏む。
「そういえば今日は王宮の文官採用試験の発表があったんでしょ?」
「ああ、合格したよ」
そっけなく言う彼にパァッと笑顔になる彼女。
「おめでとう!入学した時から王宮に入って実務能力を身に着けて人脈も作りたいって言ってたものねぇ」
「まぁな。そっちは卒業後は王都にある実家の商会に入るのか?」
「うん。跡取り娘でも一番下っ端からよ。たぶん最初は倉庫勤務あたりじゃないかしら」
「そっか、がんばれよ」
「ん、ありがと」
ペア課題発表1ヶ月前。
今日も放課後の講堂でダンスのステップを踏む2人。そして終始笑顔の彼女。
「なんだよ、やけに機嫌がいいな」
「アンタが課題でダンスOKしてくれてよかったな~って思ってさ」
「そんなにダンスがやりたかったのか?」
「うん。アンタんとこは領主様だからパーティとかの機会もあるだろうけどさ、うちは貴族じゃないからダンスなんてこれが最後かなと思って。だからちゃんと踊ってみたかったんだよね」
彼がちょっと不思議そうな顔をする。
「うちだってパーティでこんなダンスなんかやんないぞ」
「え、そうなの?」
「うちは田舎だからな。祝い事とか祭りでは無礼講が当たり前で、にぎやかな曲で大騒ぎだな。男女で踊る曲もあるけど、せいぜい手をつなぐくらいだぞ」
「そうなんだ。でもそれはそれで楽しそうだね。ちょっと見てみたいかも」
「機会があればな」
いよいよペア課題の発表日。泣いても笑ってもこれが最後。
ダンスの発表まではまだ時間がある。
「あ~、やだやだ。ものすごく緊張してきちゃった」
「じゃあダンスの緊張を吹き飛ばすような話をしてやろうか?」
「え、何よ?」
「俺、卒業したら王宮に勤めるだろ?そこで実務能力とか身に着けて人脈を作ったらさ、お前んとこの商会で俺を雇ってもらえないか?・・・そして、できればお前の生涯のパートナーにしてほしい」
「・・・は?」
目がまん丸になった彼女の顔をのぞき込む。
「ダメか?」
「いや、あの、ダメとかじゃなくて・・・だってアンタってば北の領主様の長男なんでしょ?跡を継がなくてもいいの?」
「大丈夫だ。弟達もいるし、すでに親父の右腕として実力を発揮している有能な従兄もいる。それに親父からは子供の頃から『もしやりたいことを見つけたなら遠慮なくその道を進め』と言われてるしな。わりと自由な一族なんだよ、うちは」
「商会の方はお父様次第だとは思うけど・・・その、生涯のパートナーは私でいいの?」
「お前がいい」
彼が彼女の手を握る。
「・・・私なんかのどこがいいのよ?」
「女といる気がしないとこ」
「何それ?!」
「入学してからずっと一緒だから、俺のいいとこも悪いとこも全部お見通しだろ?かっこつける必要もないから、お前と一緒だと一番自然な自分でいられるんだよな」
「ああ、字が下手だとか意外と人見知りだとかね」
「やっぱりそれ言うか」
彼は口をへの字に曲げる。
「でも人を思いやることが出来るやさしい人だってのもちゃんと知ってるよ」
「でさ、お前は俺のことどう思ってる?」
しばらく黙る彼女。やがて彼を見て口を開いた。
「私もそうだよ。アンタといるといつもの自分でいられるの。ずっとこんな感じでいけたらいいのになって思ってた」
「そっか・・・じゃあこれからもよろしくな。まずはダンスを2人できっちり決めるか」
「うん」
やがて2人の順番がやってくる。制服で踊るのはこれが最後。
ダンスが終わった後、彼は彼女の前にひざまずいて手を取り、普段とは違って丁寧な言葉遣いで3年間の感謝の言葉を述べた。そこに愛の告白の言葉はなかったので恋愛禁止の校則違反とはならなかった。
創立当初から学院には国を守る女神の加護があると信じられており、パートナーになった生徒は同性であれ異性であれ卒業後も末永く関係が続くと言われている。
やがて時は経ち、国で最大規模を誇る商会の会長夫妻の子供が学院の入試に合格した。
両親は入学式に向かう我が子を見送りながら祈る。
素晴らしき未来とよき出会いがありますように、と。
3作目です。