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二章 ゾンビだらけの村と千葉県民たち 2

 

 内側からドアノブを引くと、名前を呼ばれた人物は中へ入ってきた。

 

 おれは手招きして、ソファに座らせる。二階のゴミ処理場から拾ってきたものではなく、貯金をはたいて買った新品だ。


「どうもこんにちは。千葉県のカサ村で村長やってる米岡じゃ」


 米岡はペストマスクを被っていた。薄汚れた服装も相まって、第一次世界感染ファーストパンデミック当時にいた医者のようだった。


 標準語とは違うアクセントの喋り方に面食らうも、表面にはおくびにも出すことなく接する。


「今日は遠くからありがとうございます米岡さん」

「いえこちらごそ。村おこししてもらうなんて、感謝の極みですじゃ」


 おれは経営コンサルタントをすることにした。


 本当はあのつゆという特殊な少女をすぐにでも利用してやりたいところなのだが、それをするにはまず資金が足りない。だから金を稼ぎながら、将来、新たな会社を立ち上げた時に必要となるコネを手に入れるためにこの仕事をやると決めた。


 追放されたとはいえ、あのキグナスの社長だったんだ。ノウハウはあるつもりだ。


 これからの仕事を取るために、絶対にこの最初の依頼を成功に導こうとおれは気合を入れて挑む。


「それで早速、下世話な話になってしまうのですが、米岡さんは今回の仕事においてどれくらいの予算をお持ちなのでしょうか?」

「いえいえお金は大事ですからな……ですがご心配なく。村中からかき集めましたんで」


 自信満々に胸を叩く米岡。


 この分では期待できそうだな、とおれは具体的な金額を尋ねた。


「五千円もありますから」

「帰れ」

「はっ? ちょっとちょっと」


 追い出そうとするが、米岡は出口の直前で踏ん張った。


「ど、どういうごとじゃ?」

「コンサルティングにも種類はあるが、あんたの場合は具体的な計画すらないため、そこから練り始めなければならない。そうなると、それっぽっちの金額じゃ全然足らねえんだわ」

「だからどいって、この仕打ちは有りえないですじゃ」

「貧乏な千葉県民はZの餌にでもなったほうが世のためだ」

「ま、まさかZにわしを食わせようっていうのかい!?」


 慌てふためく米岡。


 おれはもう用がないので、こいつを手で押す。

 最初の仕事がこんなんだったとか幸先よくないな。次は借金してでもちゃんとしたところに広告出してみるか。


「うるさーい! いいところなのに、邪魔なのー!」

「つゆ!?」

 

 二階から少女が駆け下りてきた。


 言いつけを破って、このタイミングで来やがって。悪い予感しかしねえ。

 

 米岡を見ると、つゆはおれへ言った。


「その人。入れてあげて」

「はっ?」

「外に出したら危ないじゃん。だから入れてあげて」


 このガキ。なにも分かってねえくせに偉そうに命令しやがって。


 でもまあ今後のことを考えると嫌われてもマズい。おれの夢はまだ始まってすらいないのだ。


「分かったよ。ちょっとの間だけな」

「ありがとうお嬢ちゃん。あっ、よかったら途中でもらったチョコレート食べるかい?」

「えへへ。どういたしまして」


 照れながら受け取るつゆ。


 おれは今さら米岡を招いてもどうしようかと考えるが、なにも思いつかないのでとりあえず座らせた。


 おれは対面で足を組んで、紙巻を吸いはじめる。


「うわあまーい。それ、つゆにもちょうだい」

「ガキには早い」


 おれの隣に座ったつゆが、ねだってきたので断る。

 さっきもらったチョコはもう平らげやがった。もう少し味わって食いやがれ。


「あの、お子さんでしょうか?」

「違う。居候」


 米岡の質問を否定する。おれのとっている態度はもう客へのそれではなかった。


 加湿器のランプが点灯を繰り返す。


「しまった。切っておけばよかった」

「あれはなんですじゃ?」

「アイテムさ。こうなったらテストだ。あんた、マスク取っていいよ」

「ええっ!?」


 おれの発言に驚く米岡。


 脱ぐ様子はなさそうだったので、おれから先に黒い白鳥を頭部から外すことにした。


 つゆは、おれを指さして大笑いする。


「明太子だ明太子。ごはんいっぱい食べられそう!」

「うるせっ」


 気にしている厚い唇を指摘される。昔から、このパーツについては周囲の人間にからかわれていた。


 前で、ふふっ、と米岡も我慢しきれずに笑い声を漏らした。


「でも、大丈夫なんじゃろうか? Zは空気感染もすると聞くのじゃが?」

「そうだ。だからわざわざ、おれたちはこんな重苦しいマスクを被っている。でもな、Zにだって弱点がないわけじゃない」


 正確には、Zという病を引き起こすウイルスのことについてだ。


 ウイルスの状態では、Zは清潔な水にとても弱い。

 体内に侵入した時点では諦めるしかないが、こうして湿度九〇%以上の多湿状態にすれば集団感染(クラスター)や空気感染はない。ちなみに最も適している液体はなんとあの水素水で、加湿器内で電気分解させて生み出している。


「まあ書類や機械には悪影響だから、あらかじめファイルに入れておいたりするんだが」

「うわ本当ですじゃ」


 恐る恐る着脱する米岡。仙人のように髭をたくわえた老人が姿を現した。


 スーハースーハ―


 老人は大きく深呼吸すると、感動を露にした。


「この数年間、本当に息苦しくて。ひげも髪もろくに処理できず、妻や子供の素顔も見れなくて」

「かわいそう」

爆発的患者急増(オーバーシュート)を原因とした都市封鎖(ロックダウン)から、しばらく地方と分断されていたからな。情報が行き届いてなかったんだろう」


 嬉しさのあまり、つゆが最初から素顔だという違和感を見逃すのは運がよかった。

 

 マスクをとった身軽さを存分に味わってから、米岡はおれへ深々と頭を下げた。


「やはりあなたは、修造の言っていた通りの賢人じゃ。どうか困窮した村を救いくださいませ」

「修造?」

「竹修造のことですじゃ。あなたにはよくお世話になっていると」

 

 竹さんのことか。

 

 彼はおれがクビになってからのここ三日間、物陰からうちを覗いていた。バレバレだったのだが、本人は隠れていたつもりだったらしく声をかけようとすると一目散に逃げていった。

 

 どうやら竹さんは、おれの仕事に気づいて客を紹介してくれたらしかった。

 

 そういうこととなれば、なんでこのろくにものを知らない老人がここに来たのか合点がいった。おれはインターネットに広告を打ったが、ひと昔前と違って、PCを扱う人間は限られていた。

 

 竹さんの姿が思い浮かぶが、おれは首を横へ振った。


「無理だ。金が足らん」

「村おこしが成功したら、あとで払いますじゃ」

「保証がないし、そもそもあんたの村のことなんか知らなくて成功するかどうかも分からん」


 ほとんどあとのない状況で、分の悪い賭けに乗るなんておれにはできなかった。


 もう終わったことに時間を費やしているのも惜しいと考えて、おれは今度こそ本当に米岡を帰らせようとする。


「いいよ――つゆが助けてあげる」

「ほんとか! では、どうすればいいかの計画もたてるために村に来てほしいのじゃが」

「うん」

「ちょっと待て」


 急になにか言い出したつゆを、おれは隅まで引っ張っていった。


 米岡に聞こえない位置まできたら、モゴモゴと動く口から手を放す。


「なにすんの!?」

「おまえこそなにしでかしてんだ!?」


 不機嫌になって頬を膨らせるつゆを、おれは怒鳴りつけた。


「これは仕事だぞ。一度頷いたことを取り消しなんかしたら、積み上げた信用を失うんだ。冗談でしたごめんなさいが通じる世界じゃないんだよ」

「ウソなんかじゃないよ! つゆは本気であのおじいちゃんを助けるつもりだよ。だってお母さんに、困った人がいたら助けなさいって言われたんだもの」


 ろくなことを教えない親だ。顔が見てみたくなった。


「そういう偽善は、ビジネスじゃ通用しないんだ」

「別にいいもん。梅人になんか頼らなくても、つゆがひとりで助けるもん」

「なっ」


 それはマズかった。

 別に仕事が成功しようが失敗しようが構わないが、つゆがおれの把握できない場所に行くのは問題だ。最悪、誘拐や事故で二度と会えなくなる。


「放して。つゆ、千葉県に行く」

「……分かった。おれも同行しよう」

「やったー。梅人も一緒だー」

「おお。それはこちらとしても助かりますじゃ」 


 周囲の喜びに反して、おれの心はわびしいものだった。


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