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一章 ゾンビだらけの秋葉原と幼女 2


「あっ? あれだけやられても、まだやる気なのか」


 副班長の馬鹿を見る目を、おれは睨み返す。


「その金はおれのものだ。一日中汗水たらすのをずっと続けて、ようやく手に入れたものだ」

「いいか。この金をくれれば普段のいじめもやめてやる。だからおれの家畜になれよ。新入り」

「てめえこそおれに服従しろ。豚野郎」

「このマスクは豚じゃなくて猪だっつってんだろ! 調子こいてんじゃねえよ若造!」


 太ってパンパンになっているマスクの悪口を吐いた。地雷を踏みぬいたことで、副班長は全速力で接近して、おれに腕をぶつけた。


 カウンターを狙ったが、余力のなくなった体は反応しきれずにまた地面へぶつかった。


「だいたいムカつくんだよてめえはよ! ブランドもののスーツ身に纏って無駄な体裁取り繕いやがって! マスクもアホみたいなデザインだ!」

「ごはっ。ぐほっ」

「底辺のクセに、インテリ気取りの小賢しい喋りしやがって! それとおまえ、本当はおれたちのことなんて心底から見下しているだろ! バレないと思ってんのか! 接していれば直接言わなくても行動や言動の節々から伝わってくるんだよ! 気取ってるんじゃねよこのクズ!」


 一方的に蹂躙される。おれも数発殴るが、体格が違いすぎて全然効かなかった。


「はあはあ……これでいいかげん諦めがついただろ……」


 おれが力尽きたのを見計らって、副班長は帰ろうとした。


 踵が、目に入る。


「金、返せ」

「しつこいんだよ」


 ズボンの裾を掴んでいたおれの手を、副班長は踏みぬいた。


 もう既に散々暴力を受けたのに、それでもまた強烈な激痛が電撃のようにおれを貫いた。


 動かなくなった手を下げて、今度は逆の手で副班長を捕まえた。


「金は大事なんだ。金が必要なんだ」

「金、金、金うるせえな! Zみたいなことまでしやがって! そうだZだ! おまえら、こいつはZだ。だからもう躊躇なんてせずにぶっ殺しちまえ!」


 副班長がそう言うと、集団はやってきておれをまた暴行しはじめた。


 本当にZかのように、日頃溜まったZへの不満を吐き出しながらおれを叩く。だからアホなんだよてめえら。感情優先で現実を直視できないから、こんなところでいつまでも燻ぶってやがるんだ。涙まで流しちゃって馬鹿みたい。


 気が済むまでやると、副班長たちは興奮で息を荒げながらおれから離れる。去り際、竹さんにおれへ金をやるなと言いつけていた。

 

 落ちていく夕日――おれの金を持っているあいつへ手を伸ばすが、もう届くことはなかった。


 五分間、おれは意識を失った。


「大変だっだな葬逆さん」

 

 起きたおれを、竹さんが介抱してくれた。


 肉体の不調よりも悔しさで、おれはつい歯ぎしりをしてしまう。


「クソが。次に会ったら、あいつの分まで奪い返してやる」

「やめたほうがいいんじゃないかな……」

「あんな不当なことされて、このままでいいわけねえだろうが!」


 副班長に金を払ったって得することなんてなにひとつなかった。一度やれば、ズルズルと引っ張られてあいつの好きな時に好きな分だけかっさらわれるだけだ。


 おれの金を奪うなら、それ相応の罰があるってことを教えなければならなかった。


 おれが武器を持ってあいつに挑むまでの計画を伝えると、竹さんは切なそうに頷いた。


「そうかい。それなら止めないさ……でも、とりあえずこれをあんだにあげるよ」

「いいのか? 竹さん。あいつらに止められたのに」

「うん。それよりも、こういうことしかできずに見ているしかなくてごめんな」


 嗚咽しながら頭を下げてきた竹さん。その手には、給料の半分が握りしめられていた。


 おれは礼を伝えながら受け取った。

 

 これは副班長からおれの分を取り返しても、返さなくていいんだよな?

 

 そんなことをマスクの下でニヤケながら考えている間に、竹さんは顔を上げた。


「そういえば葬逆さん。なんであんだはそんなに金にこだわるんだ?」

「いや。お金は大事でしょ?」

「それはそうだけど。それにしても、あそこまで殴られたら普通は途中で諦めちまうって」


 普通というものはいまいち分からないが、まあおれよりは竹さんのほうが常識的なの事実だろうから言っていることは正しいなのだろう。


 おれは冗談を言うように答えた。


「おれが、()()()()の社長だったって話したら信じてくれる?」

「……葬逆さん。ジョークでもそういうこと言うのはよぐないよ」

 

 思いのほか冷たい反応をされたので、慌ててフォローする。


「あはは。すみませんすみません。頭叩かれたせいでおかしなこと考えちゃったかな?」

「大丈夫かい? なんなら家まで付き合うけど」

「いえいえ。体のほうは問題なさそうなんで、そこまでしてもらわなくても平気だよ……それでそうだな。なんでこんなに金に執着しているかというと」

 


『このゴミ屑が! 死んでしまえ!』

 


 ふと、脳裏に蘇った荒々しい男の声。


 頬に残った痛みを感じると、おれは無意識の内に言葉が口をついて出していた。


「金は、命より重いものだから」


 気づけば、固いハンドルを思いっきり捻った蛇口から流れる水のよう話していた。


「この世を支配しているのは金だ。金こそが全てなんだ。金があればなんだってできる」

「……でも、金を使うのは人だよ」

「そうだね。だから正確には、()()()()()()()()()()()()()()()()。人も金で手に入る。友達も、恋人も、家族もだ。金さえあればあんなやつらだって――」

 

 竹さんは黙って立ち上がった。

 

 そして踵を返して、おれに背を見せた。おれはようやく我に返り、失言をしてしまったことを理解した。


「違うんだ竹さん。今のはそのギャグで。つい過剰になってしまって」

「葬逆さん。前からあんだに言おうとと思ってたことがあったんだ」

「なんだい?」


 竹さんは、おれに振り返ることなく言った。


「あんだは()だ」

「――」

「おら個人はあんだのことが嫌いじゃない。賢い葬逆さんに、憧れてもいた。でも、あんだの性根は副班長が言ってた通り、悪いところだけだ……友達だと思っているから言わせてもらっだ。じゃあな」


 なにも言い返せないおれを待つことなく、竹さんは目の前から消えていった。


 死体を発見した頃のことが思い浮かんだ。


 あの時、おれはこの人が売るとしたらいくらだと計算していた。


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