……目が覚めました
だが、あまり後先考えないらしい王子は――
まあ、そういう人でなければ、親がうるさいから、とりあえず、眠っている姫を仮の妻にとか思わないだろうが。
いきなり、ベッドを縛り付けているイバラの蔓を切ろうとした。
「強引なやつだな。
まあ、女は強引な男がいいと言うからな」
「……いやそれ、たぶん、こういう強引さじゃないと思いますよ」
と我々が話している間、王子はまず、ベッドの脚に絡みついているイバラを切った。
すると、ぐらりと塔全体が動いた。
小悪魔が言う。
「かなりの年代ものだからな。
傷んで崩れかけている石積みを魔法のイバラが支えてたんだろ。
切ったら崩れるかもな」
「ええーっ?
じゃあ、王子にイバラを切らないように言わないとっ」
王子はパラパラと石塊が落ちてくる天井を見て言った。
「崩れかけているのか?
早く、この娘を連れ出さねば……」
いや、連れ出そうとしたから崩れかけてるんですが、と思いながらも、私の身を案じてくれていることがちょっと嬉しかった。
が、その瞬間、行動の早い王子は枕許のイバラも切っていた。
「迷いのないやつだな~」
と小悪魔が言ったとき、塔が大きく傾いで王子は剣を手にしたまま、私の額めがけて倒れて込んできた。
「ひーっ!」
と私は飛び起きる。
振り返ると、さっきまで顔のあった場所に王子の剣が突き刺さっていた。
こ、殺されるところだった……。
イバラを切るとき、足を怪我するんじゃないかとか。
塔が崩れる前に連れ出さねばとか言ってくれている人に……と思ったあとで、気がついた。
自分の魂が身体に戻り、目覚めていることに。
「ああ、そういえば、命の危険があるときも勝手に目覚めるようになってたんだった」
と。
小悪魔の声は聞こえるが、姿は見えない。
その代わり、いつ間にか、窓辺にちょこんと昔可愛がっていたこぐまのぬいぐるみが座っていた。
振り返ると、王子が戸惑ったようにこちらを見ている。
王子がイバラを切るのをやめたので、それ以上、塔は崩れないようだった。
王子は沈黙している。
まだ沈黙している。
やがて、ゆっくりと王子はベッドを降り、
「見ず知らずの娘のベッドに勝手に上がり込んで申し訳ない」
と言った。
いや、あなた今、その見ず知らずの娘を勝手に連れ去ろうとしてましたけどね、と思いながら、ちょっと笑う。
しかし、人間の身体に入って、間近に見ると、かなり格好いいな、この王子。
とか思ってしまい、緊張で目眩がしてきた。
ああ、王子でなくとも、格好いい人でなくともいいとか言ってたくせに、王子の美貌にクラッと来てしまい、すみません、と誰にともなく謝る。
「いきなり、こんなことを言って申し訳ないが……」
と言う王子も、さっきまでの威勢の良さは何処へやら、視線を合わさないし、かなりたどたどしくなっていた。
そのとき、窓辺にちょこんといたはずのぬいぐるみが、床の上にいるのに気がついた。
さっきより近くに来ている。
「私と……」
王子がまた沈黙する。
振り向くと、ぬいぐるみが、また近づいている。
「その」
ぬいぐるみがそこまで来ているっ。
王子っ、あなたの背後にっ。
しびれを切らしたぬいぐるみがっ、と思ったとき、王子が私の手を取り、言ってきた。
「突然で大変申し訳ないが。
私と結婚してもらえないだろうか」
と。
今、王子を後ろからどつきかけたぬいぐるみは、ふたたび、窓辺に戻っていた。