side3 一方その頃リビングでは
「ああぁぁ...」
横で寝ている男がひどく嘆いている。夕飯前に少し寝かせてもらったし、今はそんなに眠くないからいいっちゃいいんだけど...
あんなにうるさいと、とてもじゃないけど休まらないわね。
「うぅぅ...リンさん...」
とりあえず、いつの間にか嘆きから唸りに変わっていた男に声をかけてみることにする。
「ねぇ、何がそんなに気に食わないの?」
「そんなの決まってるでしょう、全てですよ!」
何が気に食わないかなんて一目瞭然だけど、話の取っ掛りとしてあえて聞いてみる。全てと来ましたか。予想してた答えより遥かに過激だったわね。
まぁ、今日はチロルくんにリンを取られっぱなしだったし相当ストレスが溜まっているようね。しばらくはこの状態だろうし、手の施しようがない隣の男はとりあえず放置しておくことにしよう。
はぁ、と一息もらし、今日までのことを少し振り返る。
ギルドでいい依頼がないか確認しに行った日、偶然シュウとリンに会った。
男女の混合パーティはよく見るけど、男女2人組のパーティは珍しい。ましてや、そんな2人がギルドの酒場で昼間から飲んでいるなんてそうそう見ない。イケメンな男の子と、可愛らしい女の子のペアだった。とても親密そうだったけど、夫婦とかカップルっぽくは無いかな。
男の子の方はやけに女の子に迫ってるみたいだし、女の子はお酒をたくさん飲んだのか、顔も赤いし目も少し虚ろになっている。もしかして、2人組のパーティじゃなくて、イケメンにナンパされたソロの女の子なのかしら?
そんなことを考えながら何となくそちらを見ていたら、だんだん流されていく女の子のことが心配になってきた。おかしいわね、普段の私なら「ああ、悪い男に騙されたバカな子ね」ってスルーするのに。何故なのかはわからないけど、あの女の子を助けてあげないといけない気がするの。
酒場の店員に水をもらい、近くに座って2人の様子を伺うことにした。すると驚くことに、ふたりの会話に何度も「妖精王国」という単語が出てくる。今、あの女の子の方、妖精王国に行きたいって言ったわよね...
一般人には決して知りえない情報なのに、なんで知ってるのかしら。
しばらくして、急に男の子が女の子の手を取った。その瞬間、自分でも驚くくらいのスピードでその子たちの間に割り込んでいたっけ。
今思えば、私はシュウの邪魔をしてしまったのよね。その時は悪い男にこれ以上好きにはさせない!って考えてたけど、リンとシュウのことを少なからず知った今、シュウがどれだけ勇気を出してリンにアピールしたかがわかってしまったんだもの。ああ、思い出すと少し笑えてくるわね。
リンたちと話しているうちに、私にある感情が芽生えてくる。この子たちに興味を惹かれていたけど、もうそれどころじゃない。あの子たち、ううん、私を不思議な気持ちにさせるリンのことをもっと知りたいとまで思ってしまっている。
3人で食堂に行ったときのシュウへの対応は少し大人げなかったかしらね。でも、誰かとご飯なんて久しぶりでとっても楽しかったわ。
2人と別れた後、さり気なくあの2人のことを探ってみた。すると、なんとこの前出たオーガ希少種を倒したのがリンとシュウだと聞いてすごく驚いた。稀人でステータスは確かに高かったけど、冒険者のこと、この世界のことなんて何も知らかったのに。
あの子たち、そんなに強かったのね...Bランクでそこそこ名の知れてる私でもペアで希少種を倒すのは無理だわ。
今回の旅は年甲斐もなくワクワクした。まさか、本当に都市伝説となっていた妖精王国に来れるなんて思わなかったもの。連れてきてくれたリンには感謝しないとね。多少強引にでも、リンたちについてきて正解だったわ。うふふ、私にだって強引だった自覚はあるのよ。
そもそも、私からお願いして誰かとパーティを組むなんて初めてじゃないかしら?依頼とかでその場限りの臨時パーティを組むことはあったけど、大体向こうからお願いされたりだったわね。ふふ、私はもうすっかりあの2人に、リンにやられちゃってるみたい。
「ねぇ、シュウ?私がもし、これからもリンと一緒に旅をしたいって言ったらどうする?」
「却下します」
「あらあら、フラれちゃったわ」
聞く前から答えは分かっていたけど即、断られてしまった。シュウは本当につれない男ねぇ。私だって結構モテるのよ?
シュウは顔はもちろん、性格も良いし、レベルの高いイイ男なんだけど...正直、普段の様子を見てると恋愛対象にはならないわね。というより、リンに一生懸命アピールしては撃沈して空回ってる姿を見ると面白いし、からかいたくなるし、なにより応援したくなるわ。
クスクス笑っている私に「分かってんなら聞くなよ」という顔で私を一瞬見たシュウ。本当、リン以外には興味無いのね。
「私ね、貴方たちと一緒に冒険できて本当に楽しいの」
「俺はリンさんとのせっかくの2人旅を邪魔されて楽しくないですけどね」
先程までうんうん唸っていたシュウも今は少し落ち着いたのか静かにはなったが、同じく眠れないのだろう、どうやら私の話に付き合ってくれるようだ。
「ふふふ、それは言わないの。リンにいいようにあしらわれるシュウをからかうの、結構楽しいのよ?」
「ふん、どうせ俺はリンさんに相手にされてませんよ...」
「そんなことはないと思うわよ?リン、シュウのことは頼りにしてるみたいだし」
「果たして本当にそうなんですかね...」
その言葉を最後に、隣から規則正しい寝息が聞こえてくる。まだまだ眠れないと思いきや、案外あっさり寝落ちしたわね。
シュウの方を見ると、眉根を寄せてしかめっ面をしたまま寝ていた。あらあら、せっかく端正な顔立ちなのにシワになるわよ?
真っ直ぐ仰向けに寝直し、天井を見つめる。この子たちは私なんかがいなくてもきっと妖精王国に来れたんだろう。それでも、私を頼りにしてくれて嬉しかったわ。
リンなんて分からないことは臆せず色々と聞いてくれるし。本当に可愛い子ね。
...プーカ、それが私の探している妖精の名前。見つかるといいな、と思いながら私も眠りについた。




