第六話 白い少女2
「…………ナターシャ?」
アーシェはすぐに部屋中を見回した。
ナターシャはどこにもいない。どころか、彼女が眠っていたベッドすら跡形もなく消え去っている。
「……ねえ! ナターシャ!」
部屋の中もいつの間にかまるで別物になっていた。ささやかに置かれていた二人分のベッドや小さな書き物机も、もはやどこにもない。眼下を見渡した窓も姿を消し、ただのっぺりとした真っ白い空間の中で、少女が指し示したあの扉だけが、ふわふわと宙に浮いている。
「……どういうこと」
困惑も露わに、アーシェは自分よりずっと小さな少女に詰め寄った。
「ねえ、どういうこと? ナターシャはどこに行ったの」
アーシェの焦りを知ってか知らずか、少女はニコッと笑った。このような状況だというのに、その表情には邪気の一つもなかった。何も知らない童女のような笑みで、もう一度同じ場所を指差した。
アーシェは一度大きく深呼吸した。意識して気持ちを静め、出来る限り声音を整える。
「……あの先に、行けばいいの」
少女はますます笑みを深くした。嬉しそうに大きく頷く。結わえられた純白の髪が揺れ、先端から燐光にも似た淡い光が洩れる。
混乱は収まるはずもなかった。けれど、「行かない」という選択肢もまた存在しなかった。
ゆっくりと扉を開く。最後に耳にした『声』が、何故か脳裏に残った。
――『きっと――きっと、分かる』