第三話 動き始める者たち
王都中枢に位置する広大な屋敷。その長い廊下を、一人の男が歩いていた。
年の頃は、おおよそ二十代の後半といったところか。あちらこちらに飾られた豪奢な調度には目もくれず、鍛え抜かれた長躯を、ただ黙々と動かしている。
その脳裏に浮かぶのは、今朝方の会話だった。
「――取り逃がした、だと」
信じられない言葉を耳にしたとでも言いたげに、主は鸚鵡返しに男へ問い返した。
ゆっくりと夜が明け始めた頃だった。奇しくも、女王が自らの腹心から報告を受けていたのと同時刻。
主の驚きとは対称的に、当の男はあくまで淡々と続けた。
「王女に協力者がいたようです」
「……協力者?」
五十路にも間もなく手が届こうかという壮年の主は、一瞬訝しげな顔をした。
「レスター以外にか?」
「はい」
男が主に命じられていたのは、『国の未来に害をなす』王女の暗殺だった。当初の予定では、男が、王女の唯一の協力者と目されていたレスター伯を、残り二人の仲間が、王女とその侍女を殺すはずだったが。
「主従揃って屋敷にやって来た、それも、無傷で、だと?」
男のかいつまんだ説明を聞いた主は、目を見開いた。
およそ考えられない事態だった。
主の私的な部隊である彼らは、その命を受け、これまで幾度となく今回のような『任務』をこなしてきた。その種類は多岐に渡り、いずれも表沙汰にはできない代物ばかりである。
故に部隊の質には常から気が配られており、今まで失態は一度としてない。
まして、今回は若い女二人きりだ。失敗など、本来ならば万に一つもあり得ない。
「協力者の素性は」
主の問いに、男は沈黙でもって応じた。それが答えと分かってだろう。主は、これ見よがしの溜め息を洩らした。
「つまり、お前たちは、その得体の知れない協力者にまんまとしてやられたという訳か」
露骨なまでの皮肉と非難。しかし、男はさらりと応じた。
「女二人と聞いておりましたので」
主の瞳に怒気が滲む。鋭い視線が男を貫くが。
「次は仕留めます」
主は一瞬虚を突かれたように黙り込んだ。が、ややあって。
「お前は一度下がれ。……協力者については私の方でも調べておく。追って指示する」
「かしこまりました」