表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/14

第十一話 迷子の少女2

 ――『……ほんとに? ほんとにナターシャは、わたしの側にいてくれる?』



 目を覚ますと、知らない部屋にいた。

 身体がやけに重い。頭が酷くぼんやりとする。それでも、視線だけは無意識に主の姿を探す。

 

「…………え」


 ――いない。


「アーシェ様?」


 返事はない。がらんとした殺風景な部屋は、いっそ寒々しいくらいで、それが余計に主の不在を際立たせている。


「…………アーシェ様」


 ふらつく身体を、ナターシャは無理矢理に叩き起こした。曖昧なままの思考が、もう何年も前の『あの瞬間』だけを鮮明に蘇らせる。



 ――『ほんとにナターシャは、わたしの側にいてくれる?』


 

 あの子を独りにするのだけは駄目だ。それだけは、絶対に駄目だ。

 背中に走った鈍い痛みも無視し、部屋の外へ出ようとした時だった。


「おや、案外元気そうじゃないか」


 声は、不意に落ちてきた。


「……と言いたいところだけど、随分無理しているようだね。様子を見に来て正解だったかな」


 開かれた扉の先、ぞっとするほど美しい女が、にこりと笑んだ。



   *



「……あの」

「何だ」


 大人しく少年の後をついて行っていたアーシェは、何度目かの逡巡のうち、意を決して尋ねた。


「本当にこちらなのですか」

「ああ」


 少年は迷いなく応じた。だが、アーシェの不安はどうにも拭えない。


「こちらは森の方角ではありませんが」


 路地に建っていたあの建物――先程の青年が営んでいる店らしい――を出て既に幾分かの時間が経過していた。

 店を後にした後、そのまま昨日と同じく大通りへ向かうのかと思えば、ひたすら路地の奥へ奥へと進んでいる。


 昨晩少年に助けられたのは、王都西外れの屋敷である。ということは、アーシェがいたのは、おそらく西の森だろう。しかし彼の案内は、とても西を目指しているとは思えない。


「大丈夫だ」


 少年はやはり一言だけそう返した。説明する気配もない。これまで目にした様子からすれば、単に巧く話せない性質のだけなのかもしれないが。


「…………本当に、大丈夫なのかな」


 ふと少年が足を止め、こちらを振り返った。そのまま黙ってアーシェを見つめる。

 一瞬訝しく思い、遅れて今の言葉が声に出ていたことに気付く。


「す、すみません! あの」

「……いや」


 再び何事もなかったかのように歩き始める。それ以上何か言うこともできず、アーシェも俯きがちに歩みを再開し、


「――クリス」

「……え?」

「俺の名前。クリス、だ」


 アーシェはしばし、ぱちぱちと目をしばたたいた。自分を見つめる少年を、同じように束の間見返し、


(…………あ)


 信じられなかったから?

 素性も知らない彼のことを、アーシェが不安に感じていたから?

 だから、名前を?


「……アーシェ、です」


 気付けば、アーシェもまた、伝えるつもりすらなかった名を口にしていた。


「アーシェ」


 さらりとした口調で、少年――クリスが呼んだ。


「お前の大事な相手は、もうすぐそこにいる」

「え?」


 それと気付いた瞬間、周囲の景色ががらりと姿を変えていた。


 緑の匂いがした。鼻腔一杯に爽やかな草花の香りが広がる。

 さわさわと揺れる木々の音。固い石畳の地面とはまるで違う、湿った柔らかな足元の感触。


 視界の向こう。石造りの小さな民家。その扉の前に立つ人の姿を認め、アーシェの目尻がじわりと滲んだ。


「――ナターシャ!」


 アーシェは幼い子供のように、たった一人の侍女に駆け寄った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ