Episode6 馬鹿げている
支柱の調査任務に編成された第壱参界境の哨戒兵は、部隊長のエーシャ、副隊長のウィリアムの人選により俺、デビッド、バベル実習生のアダチと静、カノンを戦場で保護した事実を知る者のほか、ダイバー経験のあるコバヤシ、ハリー、ヨン、イーグルの総勢十名。シオンの代わりに参加するカノンを含めれば十一名。
ダイバーだった四人とは同じ部隊に所属しており、13番ゲートの屯所で何度もすれ違っている。しかし哨戒兵になってからも、人形を賞金首として金勘定する彼らとは馬が合わなかった。
「コバヤシたちは、戦場で便りになる連中だ。バベルのお客さんもいるし、戦場から生還できる確率は高いに越したことはない」
「俺は、べつに気にしてない」
ウィリアムは『なら良いんだ』と、隊列を崩して寛ぐ傭兵のような四人を見ていた俺に言った。
戦場での滞在任務にダイバー経験者を起用したのは、ウィリアムの発案だろう。なぜなら部下の命を預かるエーシャは、交戦的な彼らとの折合いが悪い。とくに四人のリーダー格であるコバヤシは、交代時間を過ぎてもゲートに戻らず報償金欲しさに人形を追いかけて深部に潜ろうとする。第40階層ジュピターからやってきたコバヤシたち四人は、任務より人形狩りを優先する問題児である。
「金さえもらえるなら、いくらでも戦場に潜ってやるぜ。飢えた大地に暮らす木星人は、自分の命より金に目がないのよ。なあハリー」
「そうかい? 死ぬなら、てめえ勝手に死にやがれ」
「なんだとハリーッ、お前みたいな腰抜けは木星人の面汚しだ!」
コバヤシに声をかけられたハリーは、狙撃用に特化したロングバレルの量子崩壊銃を手入れしながら、肩を叩く相棒を冷たくあしらった。
コバヤシは俺と同様に高周波ブレードを脇差しており、接近戦闘を得意とするタイプらしいので、二人一組で戦う戦場では、狙撃手のハリーと相性が良いのかもしれない。しかし集まった俺たちを前にして、強い口調で牽制するコバヤシと、伏し目がちに武器を手入れしているハリーの性格は真逆に見えた。
「あらあらコバヤシさんとハリーさん、出発前から仲違いは良くないね。僕らは一蓮托生、みんなで生還してお金持ちになりましょう」
ヨンは険悪なムードを察して、ハリーの胸元に掴み掛かろうとしたコバヤシの前に立ち塞がった。
ヨンの武器も特徴的で、量子崩壊銃の先端に高周波ブレードの短刀が装着されている。遠距離ではレーザーガンで、接近戦では薙刀のように戦うことができる銃剣というやつだ。
またアサルトスーツに逞しい筋肉を浮かび上がらせているイーグルは、両手に大容量の蓄電弾倉を積んだ量子崩壊銃を二丁持ちしている。彼の身長は、俺より背の高いデビッドより、さらに高く、小さなアダチの二倍ありそうだ。
「イーグルさんも、コバヤシさんたちを止めてくださいよ」
「俺には関係ない」
「そんなあ……こんな調子だと先が思いやられるね」
戦場に長期間潜って人形と戦うダイバーは、哨戒兵のようにセット毎に装備を整えることが出来ない。彼らの武器は満足なバックアップのない戦場で、各々使い勝手良くカスタマイズされていく。無茶な改造は安全性を損なうので、司令部は推奨していないのだが、深部に潜る彼らの無謀を止める者もいなかった。
今回の滞在任務は日帰り10セット、各自の玩鞄のほかに兵員輸送車もあれば、武器の補給や整備を心配する必要はないのだが、彼らは愛用の武器を持ち込むらしい。
「全員、整列しなさい」
エーシャがコバヤシたちに隊列を促すと、横列した俺たちを横目に前線基地のコーラス少将が現れた。
第玖玖游廓昇降階層の外周に作られた足場に集まっていた俺たちは、前線基地内のハンガーデッキで統括官による作戦内容のブリーフィングを受ける。
「君たちも知ってのとおり、ここ数セットで13番ゲート付近の人形たちとの交戦が増えている。今回の任務は、第壱参界境の番兵でもある君たち哨戒班から編成させてもらった。原因を究明は、自分たちゲートキーパーの責務と考えてほしい」
コーラス少将は挨拶を手短に済ませると、咳払いして衆目を集めてから作戦内容を説明した。
今回の滞在任務は、司令部の疑惑の目をカノンから逸らすための単なる陽動作戦だと思っていたものの、どうやら彼には別の目的があったようだ。
「私は、この原因が電力供給の止まった昇降機『柱』の異変にあると考えた。君たちも存じているだろうが、上部階層の底部から游郭昇降階層を吊り下げている支柱は、上部階層から電力を供給すれば昇降機として可動できる。界境から日帰り圏内で昇降機が確認できれば、新天地ネプチューン攻略において早期決着の見通しがつくだろう」
俺たちは顔を見合わせて、コーラス少将に告げられた作戦内容にざわついた。
広大な游郭昇降階層だが、上部階層に繋がる昇降機は一台しか存在しない。しかし上部階層に辿り着いてしまえば、上から電力供給して支柱を昇降機として可動できた。新天地を繋ぐ最短距離の昇降機が利用できるからこそ、キルビスのように98階層から租階層アースまで一日で移動できる。
つまり下部階層の游郭昇降階層で一台でも昇降機を見つけて上部階層に登れば、そこから無数にある柱を可動して下部階層を広域開発ができた。
「ちょっと待ってください。柱の電力供給が確認できたとしても、私たちだけで昇降機を奪取するのは無理です」
アダチが挙手して発言すると、コーラス少将は『斥候部隊にそこまで望んでいない』と言った。
そもそも柱には生態系のわからない人形たちが集まっており、十人程度の班編制である分隊規模で近付くことも難しい。コーラス少将の言うとおり柱に何かしらの異変があり、上部階層である第佰階層ネプチューンから電力供給されているのなら、まさに死地に陥れて後生く愚策だ。
当然、今聞かされている作戦内容自体が陽動に他ならない可能性もある。
「もしも柱が昇降機だった場合、もちろんボーナスを弾んでくれるんですよね。ハリー、こいつはとんでもねえ儲け話だぞ」
コバヤシは刀の柄を握りしめて、興奮を隠しきれない様子だ。
昇降機を発見した部隊には、一生遊んで暮らせるだけの報償金が支払われる。貧困層の者が、危険なダイバーを志願する理由がここにある。
「もちろん、柱の通電が確認された時点で叙勲対象者に推薦しよう。それに下士官以上の地位も約束しても良い」
「マジか……俺たち兵卒が部隊長だとよ」
コバヤシは、隣に立っていたハリーの背中を叩いた。叩かれた方も、ニヤリと笑って満更でもないようだ。
柱周辺には、以前ダイバーにより確保されたルートを兵員輸送車で近付くので、3セットもあれば目視圏内まで移動できる。柱が昇降機として機能しているのか、そこで確認が出来れば帰還して報告すれば任務完了だ。しかし問題は、行く手を阻む人形との交戦、昇降機の可動を確認する方法だった。柱までの地図があっても、移動している人形の位置までわからないし、昇降機として可動していれば人形の数だって尋常じゃないだろう。
「もっとも俺で手に負えないほど人形が集まっているなら、昇降機として可動している証拠にはなるか」
俺が独りごちると、ウィリアムが拳で口元を隠して失笑した。大層な口を利いたつもりはない。俺は不死身の身体に加速思考、クモやマネキンを同時に数体相手にしても後れを取らない身体能力とスピードがあり、余程のことがなければ弱音を吐かない。その俺が生還できない状況に陥れば、そこに人形が必死に守る昇降機がある。
「イブキ曹長には話があるので、チューブトレインで13番ゲートに向かってくれ」
編成部隊のメンバーが前線基地内のハンガーデッキに用意された兵員輸送車に乗り込むと、ハッチバックまで見送りに来たコーラス少将が俺を手招きした。
「カノンもついてこい」
「わかりました」
オレンジ色のアサルトスーツを着たカノンを連れ立って降車すると、コバヤシが『あいつが例の生きた玩鞄か?』と、ウィリアムに確認している。
エーシャは箝口令の敷かれていたので、俺と前後する交代勤務に自分とウィリアムたちを据えていたのだが、人の口に戸は立てられないようだ。コバヤシたちは、荷台を見上げる人形のようなカノンに嫌悪感を隠さなかった。
ウィリアムが13番ゲートに到着するまで、どんな言い訳で乗り切るのか見ものだな。
「イブキくん、先に行っているわね」
「ああ、また後で」
助手席の窓から手を振るエーシャは、ハンドルを握るデビッドに兵員輸送車を出発するように指示した。
取り残された俺とカノンは、コーラス少将に先導されて医療施設で待機していた軍医のヨハンと、従軍都市で開業している医師のモニカに会わせると告げられる。
「コーラス少将、柱の異変は司令部の目を欺くためのブラフですか?」
俺は、医療施設のドアに手をかけたコーラス少将に問いかけた。作戦内容自体がカノンを引き渡さないための牽制ならば、柱が昇降機に変異したという見立てはお題目でしかない。しかし彼には、確信がありそうだ。
「なぜ少女が、第壱参界境で保護されて人形の徘徊が増えたのか。上部階層からしか電力供給ができない柱が、もしも昇降機として可動したなら辻褄が合うと思わないか」
「俺には、統括官の言っている意味がわかりません」
「イブキ曹長、私は少女がネプチューンから降りてきたと考えているんだ。人類未踏の新天地から、少女が下部階層に降りてきたなんて馬鹿げているだろう?」
「ええ……まあ、そうですね」
「私の理解だって超えているが、少女が上部階層で誕生した人類も可能性の一つだ。柱が昇降機として可動しているなら、誰が何の目的で柱に電力を供給したのか」
コーラス少将は『やはり馬鹿げている』と言葉尻を濁したのだから、全てを見通した言動ではないのだろう。エーシャやサカキバラの話を聞けば、彼は十二使徒なるスピリチュアル・コンダクターに、重要な役回りが与えられているはずだが、存外、俺と似たような立場に置かれているのではないか。
租界主義者のコーラス少将が『使徒』を文字どおり神の使いとして、俺たちを庇護しているのなら、無碍に扱って使い捨てる真似はしない。
「わかりました。俺は、柱を確認して戻ります」
「頼んだよ」
「生還した暁には勲章も出世もいらない。この世界を馬鹿げていると言った、あなたの本音を聞かせてください」
「イブキ曹長が知りたいのは、この世界の真実ではないのかね?」
「俺が真実を聞かされても、上手く立ち回れると思いません」
首を横に振った俺には、虚構に満ちた世界の真実を聞かされても、それを裏付ける証拠が見つけられない気がした。ただ俺は、状況の只中にあって達観しているコーラス少将の虚無主義に呼応した。共感した。
「そうか、私たちは似た者同士かもしれない」
コーラス少将は、医療施設のドアを引いた。
※ ※ ※
腕を組んだモニカが机上に腰を乗せており、ヨハンは椅子に座ってカルテを見ていた。二人とも俺が連れているカノンに視線を向けて、何やら難しい顔をしている。
「彼女の素性なんだけど、遺伝子バンクを調べたところ該当する血縁者が見つかってね」
「ヨハン先生に聞いたとき、カノンは遺伝子バンクで『血縁者のトレーサビリティが出来なかった』と言わなかったか?」
「僕は今でも、DNA鑑定の結果に目を疑っているんだ。でも僕は医者だから、彼女を引き取ったイブキくんには鑑定結果を伝える義務があると思ってね。まあ、何を聞いても驚かないでくれよ」
ヨハンは、重々しい声で切り出した。
これ以上、何を聞かされて驚けと言うのか。
モニカとコーラスは事前に聞いているのだろうか、俺が目配せしても表情を崩さなかった。
「戦場には、人体を構成するための部品が転がっているわ。男の遺体も、女の遺体も、人体を有機素体として再構築する人形がその気になれば、人間を作り出すことも出来るかもしれない。だから、どんな突飛な可能性も否定せずに検証したんだけれど、これは筋が通らない話なのよね」
「モニカ先生まで……、勿体つけずに早く聞かせろよ」
「つまり、カノンさんの血縁者は――」
モニカは、俺を指差している。
俺には配偶者もいなければ、百年以上前に事故で亡くなった両親に十代の娘がいるはずがない。
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