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Orphan Wolf  作者: カーネルキック
Swarm Sheep
20/21

Episode5 狂言回し

 俺の父親に多重階層世界の秘密を明かしたサカキバラは机を指先でノックしながら、どこから話すべきか、何を伝えるべきか思案顔だった。

 彼は租階層アースで暮らしていた租界主義者で、父親をスカウトしたマーズで長寿命の遺伝子操作を行っており、今は最前線のナチュラリストのコミュニティに身を寄せている。節操のない経歴を聞けば、疑わしい人物に思えた。


「お兄さんは、租階層のアポロ計画を知っているか?」


 サカキバラは、机を叩いていた指を止める。

 どうやら彼の中で、俺に聞かせるストーリーがまとまったようだ。


「アポロ計画は西暦1960年代、租階層アースの租界主義者がでっち上げた資金集めのフェイクショー(有人宇宙飛行計画)だ」

「資金集め?」

「租界主義者は宇宙開発を名目に、多重階層世界を知らない大勢の地球人から活動資金を搾取している。アポロ計画だけじゃない。連中はアース全域で宇宙関連の学会や事業を牛耳っており、自分たち以外を排除して活動資金を得ているんだろう」


 俺の腕時計に視線を落としたサカキバラは、俺の答えに納得していない様子でため息を吐いた。

 新世界連合に加盟していない租階層アースは、上部階層との銀行取引や輸出入の規制が行われている。不正な資金の流れを断つこと、地球人にとってオーパーツ(場違いな工芸品)となり得る品々の取引規制、これは多重階層世界の存在を隠すためでもあり、租界主義者たちも受け入れていた。

 だから租界主義者は、何者(Unknown)が与えた宇宙の概念を利用して、独占した宇宙関連の事業で地球人をペテンに掛けて金儲けしている。

 天文学者だった地球人の父親が、そんなペテン師集団に異端扱いされて租階層アースを追われていれば、彼の残した遺品には恨み節も書かれていた。

 

「アポロ計画は、科学技術が発展して宇宙に興味を持った地球人たちを欺くための虚構だった。もしも租界主義者が地球人を扇動していなければ、組織が関与していない民間人や企業が、第()階層の底部に投影されているホログラムの天井に、いずれロケットを撃ち込んでしまうからねえ」


 租界主義者だったサカキバラは、地球人の既成概念を持ち出して組織の拝金主義を正当化している。確かに老人の言うとおり、そうした側面もあるだろう。彼らの信条が何者の与えた教義の実践にあるならば、宇宙の概念を死守する行動は理にかなっている。

 しかし西暦1960年代、父親が暮らしていた日本では、テレビはモノクロのブラウン管、車は化石燃料で動いており、個人宅には風呂もなく公衆浴場に通っていたらしい。そんな原始人たちが、上部階層の底部に届くロケットなんて作れるはずがない。


「租階層アースに限らず新天地の空は、地表面から約 3万kmと高い。地球人の科学技術で、そんな高さに届くロケットが開発できるものか」

「宇宙戦争事件という集団パニックは?」

「いいや」

「アポロ計画から遡ること標準時間で二十年前、ラジオ番組で放送された火星人襲来の朗読劇を聞いたリスナーが、集団パニック症状を起こした事件だよ。租界主義者にとって宇宙戦争事件は、ちょっとしたセンセーショナルな出来事でねえ。彼らには、多重階層世界を知らぬ地球人に宇宙を目指す機運が垣間見れたわけだ」

「租階層の標準時間で二十年間は、ここ(98階層)の時間に置き換えるなら三ヶ月くらいか。租界主義者は早急に手を打つ必要を感じた……。地球人の宇宙への関心の高さが、アポロ計画に端を発する宇宙関連事業の独占理由だと」

「上部階層の科学技術は巫女がいなければ、何億年と進化しないが、地球人の科学技術は、改造人間の数倍のスピードで進化する。ここの一年が彼らの八十年だとするなら、飛行機は航空技術の発明から数カ月で音速を超えたことになる。租界主義者は、地球人から宇宙への関心を遠ざける必要があったのさ」

「まずは、天文学者だった俺の父親を疎外した言い訳か」

「まあ、そんなところだ」

「しかし地球人は同じ時間軸に存在するのに、なぜ俺たちと進化のスピードが違う。科学技術の急成長には、上部階層の誰かが一枚噛んでいるんじゃないのか?」


 俺たちと地球人の時間感覚については、キルビスとも話題にしたものの、あのとき戦友は、時間感覚が変わらないと主張する俺を『租界かぶれ』だと鼻で笑った。

 地球人の24時間と、俺の24時間は違うのだろうか。


「人間は世代交代の速さにより、多様性や想像性で改造人間を凌駕している。短命で貧弱な人間を種の集合体として見れば、遺伝子の八割を既製品(レディメイド)に置き換えた改造人間より遥かに優位性がある」

「俺たちは、集合体としての優位性でナチュラリストに劣るのか?」

「進化の条件ってのは、世代交代による適応力にある」


 サカキバラが『メンデルの法則は?』と言うので、俺が首を横に振る。学ぶ時間は幾らでもあるのに、無学な自分が腹立たしい。


「老けない身体、病と無縁の身体、ほとんど睡眠を必要としない身体、改造人間を構成する遺伝情報の八割は平準化した遺伝子だ。改造人間は肌や瞳の色が違っても、身体を構成する遺伝情報はほとんど同じ。つまり着ている服が違っても、着ている奴が変わらねえ。改造人間は遺伝情報の大半が統一されているから、集合体としての進化が緩慢なんだよ」


 遺伝子操作を拒むナチュラリストと俺たちの死生観の違いについて、ドラマルクが『人生において獲得する経験値が違う』と言ったのも、サカキバラの考えに起因しているのだろう。

 ナチュラリストの種としての優位性についての考え方は、もしかすると短命を選んだ彼らの拠り所になっているのだろう。

 俺たちがそうした結論に至らないのは、肉体年齢をピークで固定化するうち、肉体だけでなく思考まで幼いまま固定化されているのかもしれない。


「それでも、俺たちは同じ時間軸にいる」

「お兄さんは手巻きの時計のように、誰にも等しく時間が流れていると思うのかい? そいつは水晶振動子を利用したクオーツ時計と違って、各階層や地殻の時間軸に影響されずに動いている。お兄さんの腕で刻まれている1秒と、地球で刻まれている1秒は確かに同じだろう」

「標準時間を正確に刻む時計は、ゼンマイ時計に限らない。この世界の時計は、何者の残した精神波動ネットワークから送られてくる情報で、常に正しく補正されている。何が言いたいんだ?」


 袖を捲ったサカキバラの腕には、秒針がゆっくり、いいや、ほとんど止まった腕時計が巻かれていた。


「俺が地球を捨てた記念に、日本の家電量販店で購入したクオーツ式の腕時計なんだがね。お兄さんには、これが止まって見えるだろう。しかし俺からすれば、そっちの時計の針が目まぐるしいスピードで動いて見える。一日1900時間、十二時間表記の時計の針は158周もしやがる。それに比べて、俺のクオーツはちゃんと一日2周で動いている」

()()()()()に何の意味がある」

「いやいや……もしかすると壊れているのは、お兄さんの時計かもしれない。もっとも憂鬱な時間は長く、楽しい時間はあっという間に過ぎる。遺伝子改造された俺の体感時間は、このクオーツ時計のようにゆっくり流れているってことだ」

「俺たちは、それぞれ体感時間が違うってことか」

「そういうことだ」


 体感時間の違いも、ドラマルクから聞いた童話に通じるものがある。彼は遺伝子操作された俺たちが各階層の時間軸に取り込まれないように、亀の背中に乗らなかった浦島太郎だと言う。

 しかし租階層アースの時間軸で過ごしていたサカキバラは、年老いてからの遺伝子操作により、亀の背中を途中で飛び降りた人間だ。老人は身を以て、体感時間の違いを体験しているのかもしれない。

 老人には、俺たちが忙しなく動き回って見えるのか。


「そろそろ良いかな? 俺の知っていることは少ないが、回り道できるほど短い話でもねえ」

「あ、ああ……すまなかった」

 

 サカキバラは『では話を戻そう』と、俺の父親である天野光良に多重階層世界の秘密を明かした経緯を話し始めた。

 天文学者だった俺の父親(アマノ・テルヨシ)は、宇宙関連事業の研究員だったサカキバラと、ある学会でバンアレン帯通過不可能論の学説を用いて、人類が地球に閉じ込められているという学説で論戦を交わしたらしい。

 サカキバラは当初、アマノを地球を取り巻く放射線帯によりアポロ計画の月面着陸を否定する陰謀論者だと決めつけていた。そもそもバンアレン帯通過不可能論も、地球人が宇宙開発に乗り出さないように、租界主義者がばら撒いた自作自演の嘘情報なので、父のように騙されている人物は情報操作しやすい。

 租界主義者だったサカキバラはこのとき、アマノを陰謀論者と決めつけて異端審問にかけて、天文学会から追放することに成功した。租界主義者がアポロ計画をでっち上げた理由は、それを否定するアマノのような学者を追放、魔女狩りするための布石だった。


「ところがだ。学会を追放されたアマノ()()は、組織の用意した各種データの矛盾を独学で精査してね。博士は後日、これを以て俺のところを訪ねてきた。そして彼は、俺の前に立って空を指差すと――」


 あれは何だ?


 アマノは誰も疑わなかった夜空を指さして、租界主義者のサカキバラに詰め寄った。俺の父親は、何者、そして租界主義者が巧妙に隠している第二階層の底部を見抜いてしまったらしい。


「それで仕方無しに、多重階層世界の秘密を明かしたのか」

「いいや。お兄さんの指摘したとおり新天地の天井は、上空3万kmと高高度にある。とくに地球では游郭昇降階層でさえ高度500kmより上、地球人に一部開放した人工衛星や国際宇宙ステーションの何十倍先にある。その目で確かめるのが不可能ならば、カラクリを言い当てたアマノ博士を袖にするのも容易い」

「では、どうして?」

「新天地に限らず多重階層世界の各階層は、それぞれ磁場により姿勢制御している。だから新天地には、有限ではあるものの、地表から高度3万kmまでなら真空の宇宙だって存在するし、磁場の影響で放射線帯も存在する。租界主義者が流している情報は、まるっきりデタラメじゃねえんだよ」

「有限だが宇宙はある。それこそ、租界主義者のおためごかしの屁理屈だ」

「そうかもしれねえ……しかし真実でもある。地表から夜空に映し出された月面でも目指さない限り、ただの地球人に天井の存在を見抜けるはずがない。そんな人間がいるなら、そいつは何者の意思を俺たちに伝えるために遣わされた人間、つまりアマノ博士は租階層アースに生まれた聖人だったわけだ。だから博士に多重階層世界の秘密を明かしたのは、()()()()じゃねえんだよ」

「俺の父親が巫女候補……いや、巫覡なのか」

「巫女の呼称は古来、感受性パロット症候群の患者が女性ばかりだったからだ。もっとも租界主義者は『使徒』と呼んでいる」


 俺の父親が――いいや、俺の父親『も』と言うべきか。彼は租界主義者に拉致されたわけでも、嘘を見抜かれて仕方無しに連れ去られたわけもなく、何者の意思を伝えるスピリチュアル・コンダクターとして第20階層マーズにある研究所に招待された。

 そしてサカキバラの言った『使徒』の呼称は、十二人の巫女よりも腑に落ちる。一連の出来事を何者の残した予言書に照らし合わせたとき、十二使徒はこれと符合していた。軍司令部は呼び名を濁して矮小化することで、使徒や預言書と巫女候補が無関係だと装っているのではないか。


「だとすると、次の巫女……次に現れた使徒が十三人目の使徒なのか」

「うん? 現れたとは、どういうこった」

「疑似昇降機を作ったのは、俺だと言われてね」

「お兄さんが十三人目の使徒? そんな馬鹿な……いや、そうか……そうなのかもしれねえな……いや、違うだろう……そんな話は聞いてねえ」


 サカキバラは爪を噛んで視線を泳がせており、俺の言葉に激しく動揺している。俺が理由を問えば、老人は『俺の知る限り』と前置きした。


「アマノ博士のお目付け役として、俺も生まれて初めて地球を離れて火星に移り住んだ。そこで博士には、疑似昇降機を研究していたエリコ、お兄さんの母親と引き合わせたんだがね。俺自身は進んだ文明を目の当たりにして、遺伝子改造して租界主義とおさらばしたのよ」

「では、その後の経緯は?」

「博士との個人的な付き合いは、改造人間になってからも続いていた。エリコとの間に子供が生まれたこと、疑似昇降機の実験に失敗して死んだこと……お兄さんが非合法な手段で蘇生したってのは噂話だがね」

「非合法な手段?」


 サカキバラは疑問を取り合わなかったが、非合法な手段とは本人の意思確認がないまま、俺の身体が長寿命の遺伝子操作されて、生体補修部品に置き換えられたことを指すのだろう。


「俺が知る限り、使徒は十一人しかいなかった。いつの頃だか、使徒は十二人いるって情報が出回ってね。俺は、てっきりアマノ博士が十二人目に選ばれたんだと思っていた。でもな――」

「俺が疑似昇降機を作ったのならば話が違ってくる?」

「そりゃそうさ。俺は改宗したけどよ、何者崇拝の教義に精通しているんだぜ。なぜ租界主義者やウラヌスの連中が、お兄さんの身柄をヘロデ大王に託したのか想像しちまう」


 ヘロデ大王とは、囚人のバラバに恩赦を与えたピラトを第5代ユダヤ属州総督に任命したユダヤの支配者だ。俺の身柄を預かった人物を例えているのなら、誰のことか見当が付く。

 老人の話で今まで知らなかった父親の過去に触れたものの、とくに目新しい情報はなかった。


「追加料金は払えそうもない」

「お兄さんは、租界主義者が地球で終末戦争(ハルマゲドン)を画策しているのを知っているだろう? あれはヨハネの黙示録22章にある永遠の滅び(だい)(かん)(なん)を引き起こして、死を超越した(くう)(ちゅう)(けい)(きょ)するための手段なんだよ」


 サカキバラは、席を立った俺を呼び止めた。


「俺は、連中の教義に精通している。お兄さんが生かされた理由は、租界主義者なんて信者(グルーピー)の馬鹿騒ぎとは次元の違う祭礼のために、神様気取りの連中が用意した生贄だ」

「神様気取りとは、コーラス少将のことか、それとも組織や軍の上層部のことか」

「神の眷族を名乗る連中……使徒だよ。祭事には、大念仏狂言を舞うに相応しい狂言師が必要だと考えていやがる」

「狂言師?」

「お兄さんだって、もともと日本人なんだろう。わかりやすく伝えたつもりなんだがね」

「俺は、地球に行ったこともない」

「そいつは勿体無い。俺がアマノ博士をこちら側に連れてきたとき、日本はバブル景気に浮かれいた。あれは楽しかったなあ……もっとも俺も、昭和の日本しか知らねえんだわ」


 遠い目をしたサカキバラは、地球の文化を懐かしむように目を閉じた。思い出話に花を咲かせた老人は、見た目どおり年寄りらしい。

 赤ら顔の酔っ払いの妄想でなければ、サカキバラの話では、俺やカノンは巫女や使徒と呼ばれるスピリチュアル・コンダクターに、何かしらの役割を負わされており、それが予言書に書かれた登場人物の役割と符合している。


「せっかく逃げてきたのに……どこもかしこも壁と天井に囲まれた箱の中だぜ。なあ、お兄さんもそう思うだろう?」

「俺にとって多重階層世界は、閉塞感を訴えるには広すぎる空間だよ」

「じゃあ、なんで上を目指して人を殺してやがる」

「爺さん、人形(ドーク)は人間じゃない」

「お兄さんの連れていたお嬢ちゃんと、戦場にいる良き隣人は何も違わねえよ」

「そうかもな」


 俺は何も答えず教室を出て、ドラマルクからカノンを引き取ると、ナチュラリストのコミュニティにある学校を後にした。

 カノンの手を引いた俺は、年寄りの説教臭い話や戯言に付き合うつもりはない。

朗読動画をYouTubeで順次公開しております。ページ・目次下部にあるリンクから視聴できるので、ご興味あればご視聴よろしくお願いします。

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