Episode4 多様性
【二日目/3セット】
俺はカノンだけ連れて、ドラマルクに会うためにスラム街で暮らす自然主義者の共同体を訪れた。戦場の滞在任務前、通常任務をこなしている編成隊メンバーとの時間調整で、作戦開始時間まで時間の余裕が出来たからだ。
ドラマルクにはカノンの素性を調べてもらっており、その結果を聞いておこうと思ったが、あれから何の音沙汰がなければ無駄足を覚悟していた。それでも長寿命の遺伝子改造の痕跡がない彼女をコミュニティで連れ歩けば、何某かの手掛かりが見つかるかもしれない。
それに俺を十二人の巫女の一人だったと言い放ったエーシャの話を聞いて、出発前に元上司のドラマルクに確かめておきたいこともある。
「カノン、見知った顔があれば報告しろ」
「イブキ様、それはどういった命令ですか?」
「カノンが遺伝子改造されていないナチュラリストなら、戦場に近い第玖捌階層のコミュニティで育った可能性が高い。まさか食料もなければ、人も暮らしていない戦場で生まれ育ったわけじゃないだろう?」
「はい……イブキ様の意に適うように、カノンは努力します」
カノンの応対は、玩鞄が所有者の命令を理解できなかったときの定型文だ。ただ反応するまで、ひと呼吸おいたのだから、俺の言葉を理解しようと試みたようだ。彼女と同期したシオンのローカルAIの人間味を増しているのは、玩鞄の機械の心が、同化したカノンの魂に影響されている証拠ではないのか。
カノンが空虚に思えるのは彼女が人間で、シオンが満たされて見えるのは機械の身体だからかもしれない。
そして二つの魂を切り分ける方法ならある。ただモニカの指摘したように、宿主を失ったカノンが新たな宿主を探してしまうことが危険だ。しかし、そうならないタイミングがあり、俺はチャンスを待っている。
「牧師なら学校にいるよ」
ドラマルクの家の玄関ドアをノックすると、子供を連れ歩く俺の顔を訝しげに覗き込む、鼻頭を赤くした老人に声をかけられた。軍から支給されたアウターブルゾンの袖を掴んだ老人は、もう片方の手に持った携帯端末に自分の銀行口座を提示している。
ここがナチュラリストの共同体であれば宿無しではないだろうが、煤けたコートを着る老人は金をたかる物乞いのようだった。
「お兄さん、老い先短い俺に酒代を恵んでくれよ。あんたら改造人間の稼ぎは、どうせ死ぬまでに使い切れねえだろう?」
「お前は、兵隊からカツアゲをするのか」
「牧師の友人に施し金をくれってことよ。あんたが日本人なら、神聖な場所に来たんだから賽銭を寄越せって話だ」
俺は酒を一杯飲める程度の金額を、老人の口座に拠金するようカノンに命令する。ドラマルクを知っている口ぶりの男が、彼を『牧師』と呼んだのが気になったからだ。
「ドラマルクが牧師とは、どういう意味だ」
「牧師は、そこに住んでいる退役軍人の愛称さ。あいつは連合いのアンナ先生が亡くなってから、あの世のことばかり話題にする説教くせえ爺さんになったからな」
背中を丸めて振り込まれた金額を確認する白髪頭の老人が、ドラマルクを爺さん扱いするのは奇妙な話だが、彼が見た目どおりの年齢ならば六十歳を過ぎたばかり。
一日10セット1900時間の第玖捌階層で5年以上も兵役につていたドラマルクは、少なくとも老人よりも年寄りではある。しかし俺を見下した態度は、自分の方が年長者だと言わんばかりで矛盾を感じた。
「牧師とは宗教指導者で、あの世とは天国だな」
「お兄さんは軍服を着ているのに、よく牧師や天国なんて言葉を知っているねえ。俺はナチュラリストだが、クリスチャンでも仏教徒でもねえから、その辺りの事情には明るくねえんだわ……あんたは何者崇拝者なのかい?」
「いいや、俺もにわかだ。ドラマルクには、この子の素性や色々調べてもらっている」
「この子の素性?」
老人は身を屈めて、子供のカノンに視線を移した。
管理された従軍都市や兵舎区画では、加齢により年相応に変化した容姿の人間に出会わない。俺は老人とカノンを見比べて、管理された社会における人間のバリエーションの少なさに気付かされる。
「お兄さんの要件は、この人間にしか見えないロボットのことかい」
「カノンは、人間だよ」
老人は『最近の人間は、端末もなしにATMを操作できるのか?』と、酒臭い顔をカノンに近付ける。彼は嫌がる素振りを見せない子供をまじまじ見て、顎に手を当てて首を傾げたものの、ぱちくりと瞬きした彼女を人間と納得したようだ。
「何にせよ、軍を辞めた牧師にしか相談できない要件なんだろう。奴ほどじゃねえが、ここのことなら詳しいぜ」
「ではカノンは記憶喪失のナチュラリストなんだが、この顔に見覚えはないか?」
「へえ、どれどれ……ここの出身で年頃が十四、五歳なら見覚えねえわけないんだが――悪いな、わからねえや」
老人は勿体つけておいて、カノンに見覚えがないと言い切った。彼曰く、コミュニティにおいて次代を担う子供の養育は、共同体の大人たちが総出で拘っているらしい。彼女が、ここで育った人間の子供ならば顔を知らないはずがないと言った。
つまりカノンは少なくとも、第玖捌階層のコミュニティで生まれ育ったナチュラリストではない。老人との話ではカノンの素性がわからなかったものの、わざわざ歩き回って手掛かりを探す手間が省けた。
「俺は学校に向かうが、あんたずいぶんと親切なんだな」
「まあ、あんな大金もらったら、情報の一つも提供するさ」
「あんな大金?」
愛想良く手を振る老人に背を向けると、俺はカノンに如何ほどの金額を彼に振り込んだのか確認した。その金額は普段、俺が酔い潰れるまで飲んだくれられる程の大金だった。
「イブキ様が『酒をいっぱい飲める程度の金額を拠金してやれ』と命令したので、イブキ様の酒場での支払い金額を参照しました」
「一杯、いっぱい……ああ、そうか」
「私の行動に、何か問題がありましたか?」
「いいや。カノンには、落ち度がない」
眉根を寄せて困った表情で問い直すカノンを見れば、まるで粗相した子供のようで可愛らしい。彼女の頭に手を置いた俺は、子供の成長を見守る父親のような気分になった。
※ ※ ※
地図情報の整備されていないスラム街、学校への道を訪ね歩きながら、俺はナチュラリストたちの生活を垣間見ることになった。彼らを十把一絡げに何者崇拝者と決めつけていたが、老人のように無神論者も多く、さらに思想の根源となっている租階層アースへの帰属意識にも乏しかった。
そもそも新天地で暮らすナチュラリストは、租階層アース出身の地球人が少数派であり、多重階層世界を認識している20階層マーズ以降の新天地で生まれた火星人や木星人が多数派だった。
多様性を排除した戦場で生きている俺は、遺伝子改造を拒む自然主義者が租界主義者、何者崇拝者、そしてテロリストだと考えていたようだ。コーラス少将が何者崇拝者と聞いてテロリスト呼ばわりした俺が、エーシャに社会経験が不足していると指摘されたのも頷ける。
では地球への里心もなく、何者の与えた概念に固執もしていない彼らは、なぜ長寿命の遺伝子操作を拒んで短命に生きるのか。
「それはね、生への執着を捨てているんだよ」
ドラマルクは、連絡もなしに訪問した俺とカノンをもてなすためにコーヒーをいれている。共同体の学校、科学実験室のような機材が置かれた教室、白衣を着た彼は黒板を背にした教卓に、カップを二つ並べた。
「ナチュラリストは、死にたがりなのか?」
「いやいや。彼れの多くは天寿を全うしたいと考えているし、べつに自殺願望があるわけじゃない。彼らは生に対する価値観が相違しているだけで、僕らが何百年も生きることを否定していない」
「しかし死への渇望が遺伝子改造を拒む理由なら、相対として自殺願望があるように聞こえる」
「長寿命の遺伝子操作が、ただ死にたくないの反語だと思えば、矯正された長寿命を拒む権利の行使もある。選択による生き方が人の数だけ用意されていれば、どれを選ぼうが人それぞれだからね」
「俺たちの八分の一しか生きられず、加齢により身体能力が衰える身体を選択することに何の意味がある?」
「老いとも無縁の僕たちとは、人生において獲得する経験値が違うんだ。不思議なことだけど、僕より遥かに年下のアンナが老化していくのを見ていると、僕たちの数倍の速さで人生経験を積んでいると錯覚したよ」
「そういうものか」
「彼らの変化は、加齢による容姿だけじゃないのさ。妻のアンナは過酷な現実を何百年も生きる僕らを見て、不憫に思っていたんじゃないのかな」
確かにコミュニティですれ違った人々を見れば、俺なんかより博識で人生経験も豊富に感じる。俺に物乞いしてきた老人でさえ、ただ容姿が老けていただけではない、六十年前後の人生経験とは思えない悲哀を感じた。
「それで今日は、どうしてカノンさんを僕のところに連れてきたんだい。名簿の件は、メールすれば済む話だろう?」
「その件もあるが、カノンの素性はなしのつぶてだと思い知らされたよ」
「僕の方も、もらった3D画像で初等科の名簿を検索してみたが、どうやらお役に立てそうにないね」
ドラマルクは、スラム街で撮影したカノンの画像データを名簿のデータで検索したが、ヒットした人物がいなかったらしい。彼から連絡がなかったのだから、予想していたとおりの結果だ。
コーヒーを一口飲んだドラマルクは『それと何?』と、俺の顔を見据えた。
「エーシャに社会経験が少ないと馬鹿にされてね」
「ははは、それはそうだろうね。威吹は退院して間もなく、僕の部隊に配属されたので社会経験が皆無だ。社会勉強するなら、ここのコミュニティは多様性に満ちているので最適だと思うよ」
「ああ、実感している」
「やけに素直じゃないか?」
ドラマルクには、これまでの経緯について話した。ただ一つ、俺が擬似昇降機の開発に携わった巫覡と呼ばれる男の巫女だった可能性は伏せた。俺の素性については、エーシャの憶測が含まれていると判断したからだ。
そこを踏まえて、ドラマルクに確認したい話がある。それは俺を戦場に連れ出したのがコーラス少将だとすれば、当時の部隊長だった彼も事情を知らずに身柄を引き受けていない。
カノンを引き取った俺がそうだったように、俺を引き取ったドラマルクも事情を知っているはずだ。だからエーシャの話が真実ならば、彼に話を聞けばファクトチェックできる。
「威吹は、コーラス少将が何者崇拝者だから信用出来ないと考えているわけだね。でもコミュニティやスラム街で暮らす人々と触れあえば、それが単なる偏見だと気付いたんじゃないのか」
「だから『実感している』と言ったじゃないか。ナチュラリストとの死生観の違いまでは理解が出来なくても、主義者の思想にも、容姿と同じだけ多様性がある」
「そうだね。テロリズムに走る連中に共通した主義主張があるわけでもないし、何者崇拝者も何者の残した予言を武力行使しようとする原理主義者ばかりじゃない」
「わかっている」
「わかっているなら、わざわざ僕に確かめる必要がないだろう?」
本題は別にあると、ドラマルクに見抜かれているようだ。俺は腰に手を当てて、深く息を吐いた。
「どうして俺の周囲には、勘の鋭い奴らばかり集まっているんだ。ドラマルクやエーシャは、揃いも揃って俺が疑問を抱くと予め知っているようだ」
「僕らは、威吹の生まれる前から戦場にいたからね。君が戦場で抱くだろう疑問の答えは、往々にして持ち合わせているってことだよ」
「ならば答えてもらおうか」
「何を? 僕はエスパーじゃないんだ」
「ドラマルクは、俺の正体を知って第壱参界境の哨戒部隊で引受けたはずだ。ただ加速思考を制御できる俺の戦力評価に期待して、自分の部下にしたとは言わせないぜ」
「うむ……それは僕に聞くより、威吹が配属される前から知っている彼に聞いた方が良いかもね。僕では力不足だよ」
「彼とはコーラス統括官のことか?」
首を横に振るドラマルクは、やはり俺の素性を心得た上で身柄を引受けていた。しかしコーラス少将ではないと言うならば、いったい俺の素性を知っている『彼』とは誰のことだ。
「お兄さん、また会ったね」
「お前は、あのときの爺さん?」
ドラマルクが教室のドアを開けると、訳知り顔の老人が廊下に立っていた。老人は、学校に向かった俺を尾行していたのか、それとも先回りしていたのか。元上司が老人を紹介しているのだから、きっと後者なのだろう。
「威吹、彼は地球人の榊原謙三氏だ。榊原氏は君の父親に多重階層世界の秘密を明かして、租階層アースからマーズのラボにスカウトした租界主義者だ」
「馬鹿な……俺の父親が多重階層世界を受け入れたのは、西暦で言っても百年以上前の話だ。こいつが租界主義者のナチュラリストなら、生きていられるはずがない」
「彼は――」
老人のサカキバラは俺の前に立つと、手を挙げて説明を続けようとしたドラマルクを黙らせた。
「俺はな、この歳になってから遺伝子を改造したんだよ。遺伝子改造しても、容姿が若返るわけじゃねえ」
「長寿命の遺伝子操作を受け入れているなら、お前は租界主義者でもナチュラリストでもない」
「それを言うなら、ここにいる牧師もナチュラリストじゃねえよな。でも牧師や俺は、ここの共同体で暮らしている。もっとも牧師の場合、両親が遺伝子改造していた二代目以降だから宗旨替えしたわけでもねえか」
「つまり年老いてから長寿命の遺伝子操作したお前は、のちのちナチュラリストに目覚めた人間ってことか?」
「簡単に言えば、そういうこった」
サカキバラはカノンを一瞥してから、生徒の椅子を引き出して座る。老人はドラマルクの家を訪ねた俺を見て、興味本位で近付いてきたわけではなかった。彼は、俺が誰か知って接触している。
「お前は、いつから俺を監視していた」
「まあまあ、そう青筋立てずに俺の話を聞いてみろよ。俺は日本人の天文学者だった天野光良と、マーズの科学者エリコ……ようは、お兄さんの両親を引き合わせた仲人なんだぜ」
「お前が、両親を引き合わせた?」
「そうそう。俺がいなかったら、お兄さんもここにいないってわけさ」
サカキバラは机に肩肘をつくと、俺を見上げて薄ら笑っている。両親を知っている彼ならば、俺の出生についても、擬似昇降機実験で生まれ変わった俺の経緯も知っているだろう。
「お兄さんが知りたいことは何だい?」
「お前が知っている全てだ」
俺はドラマルクにカノンを教室から連れ出すように頼んでから、サカキバラに向かい合って腰を下ろした。
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