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Orphan Wolf  作者: カーネルキック
Swarm Sheep
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Episode2 予言の実行者

第二章『Swarm Sheep』は、第一章『Orphan Wolf』から時間が経過しており、主人公の威吹はスラム街で得た聖書(四福音書、黙示録など)を読んで、何者が与えた宗教の概念をある程度理解しています。

また最新話の冒頭に登場する三人の会話は、諸説ある中、作者の個人的解釈で執筆しております。実在の人物や団体などとは関係ありません。フィクションとしてお楽しみください。

 白い光に満たされた広いバーチャル空間に、背もたれの高い肘掛け椅子が三脚置かれている。

 それぞれの椅子には青年、壮年、老人の男たち(アバター)が座っており、彼らは多重階層世界の創造主である何者の理について話し合っていた。

 多重階層世界の真理を解き明かそうとする三人は、遠く離れた場所から、玩具(ペッグ)の集合的無意識を司るマーキュリー内に作った『貴賓室』と呼ばれる仮想空間に接続している。


「オリジナルの断罪者が、あの男に与えた模造品(コピー)を模倣したのは予定外ではあったものの、これで何者の残した予言(タイムスケジュール)が絶対だと証明された。断罪者と罪人が出会うべきして出会ったのであれば、人類が上部階層を目指していることにも何者の意思が介在している」

「だとしたら、予言の実行者たる何者崇拝者たちの存在は無意味なのかい? 彼らは予言書に従って、地球の破壊と再生による何者との接触を試みてきた。今だって七度目の終末に向けて、租階層アースで政治謀略の限りを尽くしているんだよ」

「彼らのアプローチは間違いではなかった。ただ急場をしのぐために立てた代役では、主役を演じきれなかっただけであろう」


 彼らは宝石が散りばめられた指輪や首飾り、それに冠を被っており、それぞれが何処かの国の王族や貴族といった身なりだった。ただ白い一色の厳かな景色も、彼らの身なりも、ここがバーチャル空間であれば虚しさも漂っている。

 金糸の刺繍が施されたマントを羽織る最も派手な格好の青年が、白髭を蓄えた老人に問いかければ、老人は諭すように答える。しかし青年は鼻を鳴らすと、疑問を続けた。


「舞台は整っていたけど、大根役者ばかりでお話にならなかったのか。でも僕は、今回の主役だって自分に与えられた役割を演じきれているとは思えないね。第玖捌(98)階層で台本を手に入れたことで、これからの展開には期待しているけどさ」

「あの男も、じきに与えられたシナリオに従って動き出す。オリジナルの断罪者の出現は、あの男もオリジナルと認めたようなものだ」


 青年が『誰に?』と老人に問い質すと、二人のやり取りを黙って見ていた壮年の男がニヤリと笑った。

 壮年の男は手に錫杖を握りしめて脚を組んでおり、老人と青年を見下すような横柄な態度だ。働き盛りの容姿から、老人を老害、青年を青二才、と馬鹿にしているようにも見える。


「誰に? ああ、それは俺も気になっていた。ご老人は、彼の前に現れた巫女候補が、何者が5番目の新天地に送り込んだ属州総督だと信じているようだ。だから俺たちの選んだ男が神の子だったと、何者が認めたと思いこんでいる。しかしね、そいつはどうかな。マーキュリー内に残された何者の痕跡から作った模造品も、ご老人の代役(ダミー)が育てた教え子も、断罪者としては十分に条件を満たしている。戦場に現れた巫女候補が、どうして何者が送り出したオリジナルだと決めつけられるんだ? ただ戦場に紛れ込んだ感受性パロット症候群の患者だとしたら、それこそコピーにコピーを重ねた劣化コピーってことかもしれねえ」


 壮年の男に詰め寄られた老人は、椅子に深く座り直すと、このシナリオで重要な配役である断罪者候補の全員が、候補者に過ぎずミスキャストだと捲し立てられてため息を吐いた。


「貴君は、私の教え子の配役を誤解している」

「彼女の家柄を考えれば、騎士階級(エクィテス)の属州総督に相応しいと思うがね」

「私が教え子に持たせた玩鞄が、なぜ知恵の実だったのか。あれはマーキュリーの手を離れ、いずれ禁断の果実と呼ばれる代物になる。そして予言や共観福音書を紐解けば、私が彼女に与えた役割は、覚醒を促す者と、次のステージのために用意された人間のダブルミーニングであるとわかろう」

「マグダラのマリアと最初の人間……それは初耳だ」


 肘掛けに腕を乗せて顎に手を当てた壮年の男は、青年が『それを言うならトリプルミーニングだね』と茶化すので睨みつける。


「私の送り出した教え子が、どう転ぶのかまでは予想が出来なかった。彼女が代役専門の女優なのは、あらゆる可能性に配慮した結果論でしかないが、それでも舞台には、彼女が座るための空席が幾らでも残っている」

「ほんと、役者が足りないくらいだよ。おじいちゃんは、さすがに先見の明があるね」


 青年が片瞬きするので、老人は満足した顔で頷く。

 彼らは新世界で世代交代を繰り返したナチュラリストの末裔であり、感受性パロット症候群を患った患者でもある。そして十二人の巫女のうち男性である彼らは『巫覡(ふげき)』として、何者の残した未知の技術を開示して人類の発展に寄与していた。

 上部階層の時間に取り込まれている三人は減速した時間の中、仮想世界から間接的に人類の歴史に関与しているものの、現実世界の肉体は病院のベッドで栄養チューブに繋がれて身動きできない。

 一ヶ月が一日のように過ぎていく外界で、彼らが教え子をもつのは不可能である。なぜなら彼らが瞬きする間に、外界では数時間も過ぎ去っている。新世界の時間に囚われた彼らは、常人と時間軸が違う世界に生きている。ゆえに老人の教え子とは、彼の作ったAIブログラムによる疑似アバターに師事している人間のことである。


「どちらにせよ。断罪者の属州総督候補が三人もいる現状では、誰が本物なのか埒が明かねえ。新人女優を貴賓室に招待して確認すれば手っ取り早くねえか? 新人女優が巫女候補なら、覚醒前だとしてもバーチャル空間の減速した思考会話にも適応できるはずだ」


 ドラマルクの仮説にあった上部階層に登れば登るほど、下部階層の人間が加速して見える。最上階に住まう何者は、限りなく静止した時間軸から人間を観察している。三人は、その仮説を実証する存在だ。

 その意味において巫覡の彼らは何者に近い存在であり、精神波動ネットワークの影響下で何者の意思も身近に感じていた。狂信的な何者崇拝者より過激で、直接的な予言の実行者とも言える。壮年の男が、人類の行く末を決める断罪者候補を呼びつけようと提案するほどだ。


「断罪者を見極めるのは、あくまでヘロデ大王の役割だ。それに時の牢獄に囚われた我々が、彼らの時間軸に干渉したところで既に舞台の幕が下りている」


 舌打ちした壮年の男は『コーラス次第か』と、吐き捨てた。

 何者の残した精神波動ネットワークの影響下にある巫覡は、何者が人類に与えた宇宙、宗教、時間などの偽の概念を実践することで、多重階層世界の真理を解き明かそうとする何者崇拝者に共感していた。

 ただ何者崇拝者と三人が似て非なるところは、信者の多くは租階層アースでの実践に限定されているが、知識と時間の優越により賢人と化した彼らは、多重階層世界の全域において予言の実践を試みている。

 たちの悪い予言の実行者である三賢人の計略は、彼らに選ばれた一部の者だけに明かされており、賢人たちに選ばれたキャストは、現実世界で身動きできない彼らの手足となっていた。

 老人が時の権力者であるヘロデ大王に例えた前線基地の統括官コーラス少将も、彼らの計略を知る一人だった。


「ヨハネの黙示録22章が現実に起こるのは、もう時間の問題だろう。我らが黙示録にある(だい)(かん)(なん)、永遠の滅びから人類を救済するには、福音の種子を撒き続けるしかあるまい」

「福音を伝える僕らの役割は、もう終わっている。あとは、彼らの活躍を見守ることしかできない」

「俺たちが、最前列の観客に過ぎないのはわかっている。しかし投資した分は、演技に文句をつけるくらいの権利がある。次の終末が、何者の介在する本物の終末(ハルマゲドン)だとしたら、ことは地球の崩壊だけじゃ済まないんだぜ」


 前屈みに老人を見上げた壮年の男は、新天地だけでなく多重階層世界の様々なインフラの要、仮想空間の演算機でもあるシステム区画の崩壊を恐れているようだ。

 多重階層世界のシステムそのものが崩壊すれば、破壊と再生を繰り返した租階層アースのようにいかないからだ。


「第(100)階層ネプチューンが、大艱難時代のために用意された場所ならば、約束の地で(せき)(しん)した彼が我らを導いてくれよう」

「当たり前だ。俺たちや何者崇拝者が(くう)(ちゅう)(けい)(きょ)する場所が、こんなバーチャル空間なわけがない。第一テサロニケ4章では『そこには地上で生きている信者は、みな、死んだ信者と共に空中で救世主と会い、永遠に主と共にいる』と書かれている。空中掲挙とは、何者が俺たちを閉じた多重階層世界から取り去られることだ」

「新天地ネプチューンが、何者が千年を一日で過ごす場所だと信じようではないか」


 老人は『さて意見が出尽くしたな』と、二人との対話を切り上げようと肘掛け椅子から腰を浮かせた。


「ねえ、おじいちゃん」

「なんだね?」

「次の会合は、いつになるのかな」

「次回は、裏切者の登場を以って参集しよう」


 青年に呼び止められた老人が答えると、壮年の男は『意義なし』と不貞腐れた顔をした。


「僕は、この物語の結末が早く知りたいよ」

「我らが結末を目にするまで、ほんの一瞬に過ぎない……いいや。何者が書いた筋書きならば、我らは過ぎ去った過去にいるのかもしれん」


 老人が座面から立ち上がると、彼のアバターが消滅する。残された二人は、肩をすくめて目配せした。


 ※ ※ ※


 アダチとカノンに変わってバスルームでアサルトスーツを脱いだ俺は、シャワーで汗を洗い流すと、浴槽に新しく張られた湯に浸かる。

 熱い湯に体を沈めたとき、玄関のインターフォンが鳴る。どうやらメールで呼び出していたエーシャが、俺を訪ねてきたようだ。


「イブキ先輩、エーシャさん()()が集まってますよ。13番ゲートのみんなと、ホームパーティでも開くつもりですか?」


 アダチは摺りガラス越しに、脱衣所から浴室の俺に声をかけてきた。

 聞けばエーシャは、実習生の静、部下のウイリアムとデビッド、歓迎会と称して開催された合コンのメンバーを引き連れてきたらしい。

 カモフラージュのつもりだろうか、それとも俺の呼び出しを飲み会の連絡と勘違いしたのか。賑やかな宴席が苦手な俺だが、気心の知れた顔ぶれならば問題ないし、上司に相談する機会があれば良い。


「すぐに上がるから、みんなを接待しておいてくれないか」

「それは構わないんですが、お酒しかストックないですよ。ケータリングを頼むにしても、貧乏学生なので先立つものがありません」

「俺の口座からピザでも何でも好きなだけ注文しておけ、カノンならアダチの命令でも融通がきく。カノンは、お前を()()()()()だと認識している」

「へえ、良いこと聞いちゃった。カノンには今度、何か買ってもらおう」


 アダチが鼻歌交じりに脱衣所を出ていくのを確認すると、カノンが彼女を俺と資産を共有する同居人と理解する意味が『恋人として』だとわかっているのだろうかと苦笑する。


「使いみちのない金だし、べつに構わないけどな」


 そして風呂上がりの俺は、濡れた髪をタオルで無造作に乾かすと、ところどころに繋ぎ目のある裸体を鏡に映した。

 襟元、肩口、股関節、細い縄目のような繋ぎ目だが、当事者でなければ気付かないほど周囲に馴染んでおり、こうして入浴後に血のめぐりが良いときでなければ見過ごすほどだ。

 俺が人間社会に紛れ込んだ紛い物だと、見抜ける人間はいないだろう。


「それでも俺は、この繋ぎ目に紛い物のコンプレックスを感じている」


 指先で襟元の(しこ)りを撫でると、嫌悪感に似た感情が沸き起こる。

 長寿命の遺伝子改造された人間や子孫は、DNA操作で病気そのものの発症因子が取り除かれており、生体補修部品の治療を必要とする患者が少ない。このため生体補修部品の手術は、事故や戦場で欠損した部位の代替えとして主に用いられている。また保険適用外の高額医療であり、軍から無償提供されている兵隊はともかく、そもそも一般人には馴染みのない治療法だ。

 それに生体補修部品の代替えは、長寿命の遺伝子改造を拒んでいる自然主義者や、自然主義に目覚めたドラマルクみたいな兵隊は手術を拒否している。兵隊は事前に同意書の提出を義務付けられているが、治療を拒んで退役することだってできる。

 未知の技術(オーバーテクノロジー)を用いた生体補修部品の手術には、未知の危険も伴うことから本人の意思確認が徹底されていた。

 そこで一つの疑問が鎌首をもたげる。

 父親の疑似昇降機実験の失敗、俺が爆心地で発見されたとき、既に心肺停止状態で『死亡』と判定された。こんな紛い物の体を与えた人間は、俺の頭蓋から脳とDNAを取り出して、失った身体を全て生体補修部品に置き換えたらしい。

 幼少期に死んだ俺の蘇生手術には、誰の同意を得ていないのが明らかだ。

 なぜなら父親は租階層生まれの地球人、母親は長寿命の遺伝子改造を拒んでいた自然主義者の火星人で、両親は生前、ナチュラリストのコミュニティで暮らしており、息子の遺伝子改造を拒んでいる。そんなナチュラリストの両親をもつ俺が、しかも心肺停止状態で発見されたのに、生体補修部品による蘇生や、長寿命の遺伝子改造の同意書にサインするはずがないからだ。

 この紛い物の身体に()()()を移し替えた連中は、死んだ両親や俺自身が生体補修部品による手術に同意していないのに、いったい何を考えて俺の魂を狂った世界に繋ぎ止めたのか。


「マーズのラボ(研究所)が軍関係の研究機関じゃなければ、俺を弄んでいる連中は他にいる」


 カノンの接触が、俺の生い立ちに関係するならば、生身を生体補修部品に置き換えたことに起因するのだろう。しかし生身を生体補修部品に置き換えた兵隊なら戦場に大勢いるし、それだけが接触してきた条件だとすれば、やはり大勢の中から俺が選ばれたのか疑問が残る。

 紛い物の身体だけが条件でければ、更に加えるべき条件がある。そして、そう考えたとき、俺の脳は恐ろしい結論を導き出す。


――俺たち兵隊の身体は頭蓋内腔に収まる1.5㎏ほどの脳だけ守れば、あとは幾らでも替えが利くんだよ。


 カノンに左眼を抉られたキルビスは、医療テントで見舞う俺に気遣って言っていたが、俺の疑問の答えはその先にある。

 いつだったかアダチに、自分のバーソナリティについて、事故によるミッシングリンクがあっても自己同一性を保持していると断言したものの、俺は爆心地で死んだ少年との連続性を感じたことがない。事故以前の記憶を喪失している俺は、器と同時に継承すべき記憶も失っているからだ。


「俺たちの魂は、脳だけを守れば継承されるのか。脳だけは、生体補修部品で換えの効かない部位なのか。それすら代替えが可能ならば、俺は……本当に人間なのか」


 何者の作った多重階層世界、これを神の御業とするならば、俺は真理を得ようと疑似昇降機を研究していた両親とともに、神に抗って禁忌(タブー)を犯した罪人なのだろう。

 そして爆心地から回収されたのが、死んだ俺のDNA情報だけだったと結論付けたとき、カノンが廃れてしまった宗教の概念を持ち出して、俺を『ゼロテのバラバ』と言う罪人に例えた意味も理解できる気がした。

 彼女が俺に接触してきた目的まではわからないが、神に抗い、神の御業で命を授かった男、それが俺だとするならば確かに罪深い存在ではある。

 ゼロテ派のバラバとは、熱心党とも呼ばれた政治的宗教集団であり、手段を厭わず暴力行為を以ってしてでも目的を達成しようという抵抗組織の一員だった。大勢の人間が当時の王に懐柔された生き方を選んでいるのに、ゼロテ派の狂信者は、迫害にも屈することなく武装抵抗さえ辞さなかった。

 四福音書を読めばバラバの罪状こそ曖昧だったものの、ローマ帝国の第5代ユダヤ属州総督ピラトが、彼に恩赦を与えたことの宗教的な意味は大きい。

 俺がバラバならば――


「イブキ先輩、ピザが届きましたよ!」

「ああ、いま行く」

 

 部屋着に袖を通した俺がリビングに戻ると、いつもどおりのメンバーがピザやクラッカーを片手に、瓶ビールを飲んでいる。

 ウイリアムは『こっち来て座れよ』と、プリントアウトした聖書ページが置かれていたテーブルに、アダチの運んでくる料理を並べていた。興味のない彼らにとって聖書の1ページは、フライドチキンを手に取るに必要な紙ナプキンと変わらないのだろう。


「イブキ、風呂上がりの一杯目は美味いだろう」

「そうだな」


 俺はウイリアムから瓶ビールを受取ると、味のしない酒を一気に飲み干した。今はアルコールによる酩酊状態が、俺を救う唯一の救いに思えた。

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