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Orphan Wolf  作者: カーネルキック
Orphan Wolf
15/21

Episode13 養子縁組

 アダチと別れた俺は、単身者の暮らす兵舎区画に向かっているバスの車内で目を閉じると、俺とカノンの接触が多重階層世界を構築している何者(Unknown)の意思だとするドラマルクの仮説を考えていた。

 アダチは、上部階層にいる何者が俺と同じ時間軸にいるカノンをハブ(集線装置)にして、人形(ドーク)のクモや玩鞄(ペッグ)のシオンをハッキングしたとの彼に同意しているようだ。しかし彼らの考えはとどのつまり、何者は偽書で書かれるところの神であり、俺に接触してきたカノンは神の意思で地上に遣わされた使徒となる。

 スラム街の図書館で得たばかりの知識によれば、その仮説は一見して非の打ち所ないように思えるが、カノンは自らの行動に第三者の介入がないと言っているのだから、ルールブックを作ったのが何者だったとしても、俺との接触は彼女自身の意思だと考えられる。そもそも彼らの言説にある宗教の概念が、何者が人間に与えた作為的な概念なのは明白だ。

 ただドラマルクの仮説には、俺も同意するところもある。この多重階層世界は壮大な実験室であり、時間が限りなく静止する上部階層にいるであろう何者が、俺たち人間の観察者なのは間違いないだろう。

 この馬鹿げた世界が人工建築物に他ならないのだから、何者の存在を否定するのも、これだけ大規模な建造物が無為無策に建設されたなんてナンセンスだ。

 つまりドラマルクの仮説で頷けたのは、上部階層の何者が俺たちの行動を観察している。その一点に尽きる。

 そして何者が観察者だとすれば、人間に接触してきたカノンは観察者としての分を超えており、この矛盾が俺への接触が何者の意思ではないと、彼らの意見との相違になっている。


「カノンは、俺に何をさせるつもりなんだ」


 結局は、まだ何もわからない。

 思考が巡り巡って帰結点を見失うと、徒労感に苛まれて気分が落ち込んだ。


 ※ ※ ※


 俺たちはバスを降りると、兵舎区画の入口で身分証明を提示した。

 軍の管理する区画には、昼夜を演出する天井がない。だから天幕の張られた市街地を抜けて吹き抜けを見上げれば、視界いっぱいに戦場である第玖玖(99)游廓昇降階層の底部が広がっている。下階層から見れば遥か上空に浮いて見える游廓昇降階層だが、あれは新天地ネプチューンの底部に、柱や昇降機で吊り下げられた階段の踊り場なようなもので、游廓昇降階層は天空を漂っているわけではない。

 ゆえに言葉の意味が人形(ドーク)を集めて周囲を逃げ出さないように塀で囲った区画、つまり公娼街の(ゆう)(かく)として名付けられたのならば、戦場に似つかわしくない呼称だと思う。人間に擬態したドークと戦う俺は、遊女に入れ揚げた男ではないからだ。

 司令部が兵員募集の広告や兵舎区画に貼り出している戦時標語では、敵であるドークを人間に劣る犬畜生だと矮小化しており、俺たちを勇ましい兵隊だと鼓舞する宣伝文句に溢れている。しかし俺たちは游廓昇降階層に通い詰めて、ドークと遊ぶために命を代価に支払っていない。ドークが遊女でも犬コロでもなければ、俺たちは司令部の甘言に騙されて、猛獣の檻に飛び込んでいく愚か者だと言われている気がした。


「どいつもこいつも、俺を馬鹿にしていやがる」


 兵舎テントに向かう道すがら、多重階層世界を作って人間をモルモットのように扱う何者、詐欺師の甘言で人間を死地に送り出す司令部、踊らされている浅はかな自分の不甲斐なさを無意識に口走った。


「イブキ様、カノンの里親申請が受理されました。軍司令部より兵舎区画に帰宅後、六時間以内に現在の単身兵舎を引き払って、養育支援が受けられる家族兵舎に速やかに移動せよとのことです」


 シオンは俺とカノンの養子縁組が済んだこと、養子との生活のために養育支援の受けられる家族兵舎への移動命令が出たと、いつものテントに戻ろうとする俺を呼び止めた。


「イブキ様は、私の父親なのですか?」

「ああ、上の命令だからな」

「私は、イブキ様の玩鞄です」

「いいや、カノンは人間だ」


 腰をかがめた俺は『今日からは俺の娘になる』と、理解に苦しんでいるカノンの頭を撫でた。


「命令ですか?」

「そうだ」


 若さを維持しつつ長寿命になった人間の妊娠適齢期は長く、権威の世襲を意識した政治家や高級官僚など既得権益者の除けば、資産家も貧困家庭も多産傾向にある。そもそも長寿命の遺伝子操作や生体補修部品の登場で死なない人間が増えており、そこに新たに加わる大勢の子供が人口増加に拍車をかけていた。

 多産の貧困家庭には自由意思に基づいた去勢手術が推奨されているものの、去勢や堕胎手術は自然主義を唱えるナチュラリストや、生命への高い倫理観をもつ医療従事者から反対する声が大きい。

 こんなことを声高に言えば人権団体とやらに非難されるのだが、食料自給率の低い新天地に住んでいる連中が、大勢の子供を養うのが困難な状況で、どうして無責任に子供を産み増やせるものかと呆れてしまう。

 そして無責任な彼らの尻拭いに白羽の矢を立てられるのは、子育てに充分な個人資産を持ちながら、戦場で戦死すれば何も残らない単身者の兵隊だった。故人の個人資産は相続が出来ないものの、住居など家族名義の資産であれば子供が引き継ぐことになるし、常に大勢の兵力を必要とする最前戦の軍隊では、戦災孤児が兵力のストックに有益だと考えて、兵隊の里親制度を歓迎していたからだ。

 それでも素性の知れないカノンとの養子縁組は、前線基地のコーラス統括官が司令部に裏で手を回した結果だろう。


「シオン、荷物(ラック)を引越し先に移動しておけ。俺は、新居の入居手続きを済ませてくる」

「はい。ラックを養育支援区画の新居に運んでおきます」


 養育支援区画への引越しと言っても、配置換えで部隊移動の多い俺たち単身者のテントには、官給品のアサルトスーツや個人兵装、私服を何着か吊るしたラック以外に家財道具がない。兵舎テントの撤収は、玩鞄のシオンに任せておけば問題なかった。

 

「カノンは、俺についてこい」

「はい」


 俺の支持に素直に従っているカノンは、同体だと言い張るシオンと自分に与えられた命令を個別に理解している。それは右手でベンを持ち、左手で紙を押さえる程度の認識なのか。兵舎テントに向かって歩く玩鞄の後ろ姿と、俺の横を歩く彼女の行動を見比べてもわからなかった。


「カノンは、別行動しているシオンの行動を把握しているのか」

「はい。私とシオンの知覚は、常にオンライン上で同期しています」

「通信機器も持たずに――。そうか、お前はクモとも通信機器でやり取りしていなかったな。何者の残した精神波動ネットワークは、俺たちの理解する通信網と別の道理で動いているのか」

「はい。そのとおりです」

「俺とカノンの会話は、司令部のセンターAIに記録が残るのか?」

「いいえ」


 カノンが時間を停止して俺に接触してきた理由が、司令部のマーキュリーに足跡を残さないためならば、彼女と俺の会話が筒抜けのはずがない。

 だとすればシオンのビーナスと同期している彼女の思考は、玩鞄のローカルAIを管理しているセンターAIから独立してスタンドアローンなのだろうか。


「ではカノンの行動原理は、シオンのローカルAIだけでなく司令部のセンターAIの影響も受けているのか」

「マーキュリーとの交信はシオンを経由しているので、直接的な影響は受けていません。ですが、私の行動原理が『マーキュリーの影響下にあるのか?』との意味なら、私もシオンもシステムを構築する一部に過ぎません」

「また、それか」

「またとは?」

「四福音書に規定されたカノンの行動は、第三者による制限がないと言うんだろう。カノンはクモと同調していたが、ドークを司る集合意識とリンクしていたわけじゃない。お前の行動は人形や玩鞄を代表したものではなく、お前の意思であり、お前の意思は神とともにある」

「はい」


 俺は、てっきり自分を玩鞄だと言い張るカノンに否定ないし、わからないと言葉を濁されると考えていたので、まさか肯定されるとは考えてなかった。

 意表を突かれた俺は続く言葉が見つからず、しばらく言葉を失った。

 なぜならカノンが自分を定義するとき、同期したクモや玩鞄など相手と不可分な存在だと定義するからだ。クモやシオンは、神の意思とともにあるとは絶対に言わないが、カノンは神なる存在を既知として語る。

 しかし考えてみれば、思考の同化は相手にとっても同じであり、彼らもまたカノンと同調した存在に変質している。彼女の言動はクモやシオンの意思とともに、彼女の意思が反映されるのも当然だ。でなければ戦場で会敵したクモが、俺を襲うことを躊躇ったりしない。


「巫女は言葉を持たない者の代弁者、スピリチュアル・コンダクターだったな。俺は、カノンとの会話で何かを見落としているのかもしれない」

「イブキ様、会話データの過去ログを再生しますか?」

「いいや。今は必要ない」


 カノンは俺の意図を汲み取ろうと、小首を傾げて顔を覗き込んでいる。

 クモを破壊して捕虜となった彼女は、シオンを媒介にしてマーキュリー(センターAI)のアーカイブを検索していた。俺は言葉足らずだった自己紹介の補完作業だと考えていたのだが、それが正解なら彼女には、自己同一性(アイデンティティ)を語るつもりがあるのだろう。

 オウムが言葉を話しても、オウムが自己同一性を語るはずもなく、カノンが自我を確立するまで気長に待つしかないのかもしれない。


「カノンの成長を待つか……って、これではまるで、娘の成長に焦がれて地団駄踏む父親と変わらない」

「娘の成長を焦がれる?」

「俺は、カノンの成長が待ち遠しいと言う意味だ。同じ言葉を話しても、大人と自我を確立していない子供では話が通じないからな」

「カノンは子供ですか? 必要な情報や挙動のアップデートは最新バージョンで、任務に支障はありません」

「ほら、話が通じない」

「イブキ様の意に適うように、カノンは努力します」


 カノンは玩鞄が所有者の命令を理解できなかったときの定型文とともに、両手の拳で小さくガッツポーズを取る。俺は彼女の愛らしい仕草に、思わず赤面した。カノンの本質は、もしかすると強かなのかもしれない。それとも俺の保護本能が強く、女に弱いだけなのか。


 ※ ※ ※


 大勢の兵隊が寝食を共にする兵舎区画には、食堂や浴場など家事労働を軍が提供する単身者の集まる区画、恋人や家族など家事労働を分担できる同居人のいる家族世帯の集まる区画に分かれており、俺のように養子を引取った兵隊は、家族世帯の区画の中でも養育支援が受けられる住居が割り当てられる。

 家族世帯の暮らしている区画は、簡易なテントの並んだ単身者の兵舎と異なり、プレハブ工法ではあるが戸建ての住居が建ち並んでいる。同居する家族のために狭いながらも庭もあり、同区画には託児所や学校もあった。

 戸建ては市街地の住宅街に及ばないものの、スラム街の住居より立派で家賃光熱費が無償であれば、形だけでも養子を引き取って移り住みたい兵隊が多いのも頷ける。

 単身者に比べて家族持ちが、どうして破格の待遇なのか。ここで暮らす子供たちは、将来の兵力を担うために学校で兵科の履修を義務付けられており、予備役に登録されていた。年端のいかない子供たちと言っても、肉体年齢で十八歳、一日190時間で換算するなら二歳半で部隊に配属できる。

 里親制度で養子を得た兵隊や家族持ちの兵隊は、慢性的に不足する兵力の補充に貢献しているのだから、単身者より厚遇されていた。

 しかしカノンは年齢不詳ながら、玩鞄の代わりに明日から戦場を連れ出すので、学校などの施設に通うことはない。それが任務とはいえ、同世代の少女のような扱いをしてやれないのは些か心苦しくもある。


「イブキ様、入居先への手続きが終了しました」

「カノンは、端末を使わずにオンラインで手続きも可能なのか?」

「はい。シオンの端末を使用しました」

「なるほど、何者のネットワークを経由すれば玩鞄の遠隔操作が出来るんだな」


 コーラス統括官やモニカの説明どおり、カノンを玩鞄の代替えとして帯同することに支障なさそうだ。ただし『人道的な問題を問わない』との注釈が必要だが、そこは任務と割り切るしかなかった。


「この辺りは、ずいぶんと空家が目立つな。他の住人と接触しないように、カノンの秘匿性が考慮されたのか」

「イブキ様、寂しいのですか?」

「いいや。週末のBBQも、上っ面の人付き合いも、俺は煩わしくて御免だね」

「そうですか。では転居先には、一つ問題があるかもしれません」

「うん?」


 カノンが足を止めた住居は士官用の二階家で、窓には明かりが灯っている。カノンと暮らす新居に、同居人がいるとの報告はなかった。


「ど、ど、ど、どういうことですか。イブキ先輩、こ、こ、こ、ここは私の家ですよ」


 俺がドアを開けると、数時間前にバスで別れたばかりのアダチが下着姿で出迎えてくれた。一つ手前のバス停で降りて俺と別れた彼女は、士官用の兵舎に帰宅して入浴準備の最中だった。


「イブキ先輩と同居なんて、人事課から聞いてません!」

「奇遇だな。俺も、アダチと同居とは聞いてなかったぜ」

「じゃあ、すぐに出ていってください!」

「どうせ数日、それに人目もあれば部屋数もあるんだ。そう目くじらを立てるなよ……それより何か羽織らないと風邪をひくぞ」

「い、い、言われなくてもわかってます!」


 カノンの事情を知る実習生のアダチとは、相互監視の意味で同居するらしい。人の悪い俺は、期せずして自宅に乗り込んできた男に動揺する彼女を見て苦笑した。

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