Episode8 無断外泊
私はイブキたちをモニカの診療所に残して、市街地のバー『ナインエイト』に向かった。戦場で合流したウイリアムに歓迎会を開くと誘われており、同期の静ジンをメールで呼び出した手前、顔を出さないわけにもいかない。
それに友人の静は、初任務での戦闘で弱音を吐いている。早いうちに会って不安を解消してあげたかったし、彼女が交戦したマネキンが、私の口から人間の少女だったと教えてあげたかった。
「アダチさんは、そっちの席に座って」
ナインエイトに到着すると、金髪を手櫛でオールバックにしたウイリアムが私の名前を呼んだ。
テーブルには奥からウイリアム、デビッドが並んで座り、向かい合わせにエーシャ、静、そして私が腰を下ろした。まるでお見合いのような並びを見れば、私たちの歓迎会が合コンの口実だったと思う。でも隣席の友人は、口元を隠して彼らのやり取りに笑っていた。
鬱ぎ込んでいた静の良い気晴らしになっているのなら、文句を言う必要もない。
「エーシャさん、今朝は挨拶が出来なくてすみませんでした。静とはバベルの同期で、実習生のアダチです」
私が静の背中越しに手を伸ばせば、エーシャも握手して自己紹介してくれた。イブキの話では、バディだった恋人を亡くしたばかりのはずだが、とくに悲嘆に暮れている様子がない。戦場では人の死に直面することも多ければ、恋人の死にも鈍感になっているのだろうか。
疑問に思った私は『大変なときに、私たちの歓迎会なんて申し訳ありません』と、少し言葉を濁して聞いてみた。
「イブキくんが、あの人の仇を討ってくれたのでしょう。今夜は、彼への報告を兼ねて盛大に騒ぎましょう」
「そういうものですか」
「ハッサンは、もう500歳を過ぎていたわ。大往生と呼んでも差支えない年齢よ」
エーシャはウイリアムに注がれた赤ワインを一口飲むと、婚姻関係になかった恋人の遺体と遺品は、38階層下にある彼の故郷サターンに運ばれて、手元に死を悼むものが残されていないと言う。悲しくないかと聞けば、悲しいに決まっていると答えた。
でもイブキを『くん』付けで呼ぶ彼女も、それなりの年月を戦場で過ごしている。生まれて十八年間の私や静とは、ここにいる彼らの死生観は大きく違っているのだろう。
「イブキは、あの娘と病院に残っているのか?」
静の前でカノンの話題は憚れたが、ウイリアムは『報告済み』と、おどけた感じにウインクした。私から伝えようと思っていたけれど、年長者の彼が上手く説明してくれたなら、それはそれで肩の荷が下りる。
初めての戦場でカノンと向き合った静は、それが研修のVRシュミレーションで見た人形ドークと違って、生身の人間にしか見えなかったことに動揺した。それが銃口を向けたカノンが人間だと聞かされて、同じ人間に銃口を向けたことが、自己嫌悪に陥る原因だったと考えたらしい。彼女は心配して声をかけた私に、もう平気だと微笑んだ。
「イブキ先輩は、専門医に確認したいことがあるので、カノンの検査が終わるまで診療所に残ると言ってました」
「確認したいこと?」
「時間消失の件と、パロットシンドロームの患者にローカルAIのハッキングが可能かどうか」
「何者に関わる超自然オカルトは、専門家でも答えられる奴が少ない。時間消失や、生身の人間が端末なしに玩鞄をハッキングするなんて、完全にオカルト分野だもんな」
「多重階層世界が発見されてオカルト自体が肯定されても、オカルト・フォースについては説明できない分野の学問です」
「酒の肴にはもってこいだが、まあ女子のいる飲み会には野暮な話題だな」
私のグラスにもワインが注がれると、ウイリアムは『では旅立った戦友と、やってきた戦友に!』と言ってグラスを掲げる。
しばらくはウイリアムとエーシャ、私と静が談笑して、無口なデビッドは、ワインボトルを抱えるように手酌で空けていた。一人酒を見兼ねた幹事のウイリアムは、自分と席を入れ替えると、話題の中心になって酒席を盛り上げてくれる。
エーシャの前に座ったデビッドは、気心の知れた彼女と話し始めたので、実習生同士で話に花を咲かせたのを申し訳なく感じた。
イブキはウイリアムを女好きと評していたけれど、彼の軽妙な会話のおかげで、落ち込んでいた静が晴れやかに笑っており、不愛想に見えたエーシャの柔和な表情も見れた。この酒席を開いてくれた彼には、心から感謝すべきかもしれない。
「お、イブキも来たな……って、あれ?」
店に入ってきたイブキの背後には、黒いワンピースを着たカノンとシオンがついてくる。彼が伴っている二人とも同じ服装なのは、少女が拘束衣から玩鞄のワンピースに着替えたからだ。
「カノン、彼らが誰かわかるな?」
「はい」
失った右腕をガムテープと呼ばれる生体補修部品で巻いたカノンは、その腕で私たち一人一人を指差して名前を呼んだ。彼女はシオンを通じて司令部のセンターAIマーキュリーにアクセス出来るのだから、兵隊の登録データベースも閲覧が出来るのだろう。
イブキは挨拶もそこそこにウイリアムの隣に座ると、自分の横の席を引いて少女を座らせた。
「おいおい、どうしてカノンを店に連れてきた。彼女は病人なんだから、病院に入院するんだろう!?」
ウイリアムは酔が覚めたように、カノンを連れているイブキに真顔で問いかけている。
「まあ当面は、いろいろあって俺が預かることになった」
「預かるってさ、玩鞄じゃないんだからカノンを兵舎に置いておけないぜ?」
「そこらの事情も、全て織り込み済みで預かるんだ」
「司令部のお墨付きってわけね……名前なんて付けるから、面倒なことに巻き込まれるんだよ」
私はグラスを飲み干すと、据わった目で前にいるイブキを睨み付ける。ここにはカノンと交戦したエーシャや静もいれば、私だって命を狙われていた。モニカの診療所でどんな経緯があったにしても、敵だった彼女を店に連れてくるのは、無神経が過ぎると思った。
「イブキ先輩、少しは空気を読んでくださいよ」
「うん?」
「ここには、カノンに襲われた人だっているんです……私だって、彼女を受容れるのは複雑なんです」
「だからだよ」
「何がだからなんですか?」
私がイブキに反発すると、隣で飲んでいた静が中腰になり、料理を退けてテーブルに身を乗り出した。顔を真っ赤にした友人は目を潤ませながら、離れた席にいるカノンの手を握ろうとした。
イブキは二人の距離が遠いのを見兼ねて、カノンの背中を押すと静のところに誘導してやる。だいぶ酔っている友人は、おぼつかない足取り少女に近付いて抱きしめた。
「私は、カノンちゃんが人間だと思わなくて……ごめんね」
「静様、私は人間ではないので、お気になさらなくても結構です」
「え?」
イブキは『カノンの中身は玩鞄だ』と、感受性パロット症候群の影響でドークと行動していたが、クモの呪縛から解放された今は、交戦当時と別人だと言いたいらしい。彼は、そのことを知ってもらうために店に連れてきたのだろう。
「イブキ先輩は、カノンにキルビスさんの眼を潰されたのに、そんな簡単に割り切れるんですか」
「カノンも腕を失くしていれば、痛み分けで良いだろう。どちらにせよ、ここにいる彼女には無関係だと思うね」
「そりゃそうかもですが……この件は、素面シラフのときに後でゆっくり話し合いましょう」
「話し合う必要は――」
私は『私たちバディですよね!?』と、テーブルを叩いて斜に構えるイブキに確認した。このとき負けん気の強い私は、ひよっこ扱いで偉そうに振舞う彼への反発心が暴走する。アルコールで思考と判断力が低下していたのだろうか、気付けば哨戒任務のときの愚痴も彼にぶつけており、その勢いのまま酒席が散開となったらしい。
らしいと言うのは、次に私が目を覚ましたのが、酒場近くのホテルの一室だったからだ。店を出てからの、いや店を出たことの記憶すら全くない。飲酒年齢の制限が撤廃されたとしても、やはり古くからの風習どおり、お酒は二十歳まで飲まない方が良い。とくに女の子は、記憶を失うほど酩酊しては駄目だと思う。
「アップル……お水ちょうだい」
「はい」
ホテルの窓からは、天幕に反射した眩しい光が差し込んで、今が実習1日目2セットの朝だと教えてくれる。
ベッドの上で上体を起こせば、クローゼットに昨晩の歓迎会に着て出かけた私服が吊るされており、アップルがリビングの冷蔵庫を開けてボトルウオーターの栓を抜いていた。
下着を布団で隠した私は、ベッドから脚を下ろして腰掛ける。それから玩鞄から受取った水を飲み干して一息つくと、横に広がったショートボブの髪を撫でた。
「アダチ様、前回の哨戒任務は活動時間を大幅にオーバーしています。軍司令部より2時間後の作戦参加を取り消されました。従軍都市の市街区画で休暇を満喫せよとのことです」
アップルは、オーバーワークを気遣う司令部の定型文を読み上げた。戦場の掩体壕バンカーで交代要員の到着まで休息待機していた私たちは、その後も保護したカノンの移送などで働き詰めだった。
「またバベルの教務課より別項があります。実習先での無断外泊については、バベルの校則で禁止されています。今回は、エーシャ中尉の事後申請が受理されました。実習先での無断外泊は、脱走行為として処罰の対象となりますので、外泊時は、事前申請で承認を得てください」
司令部と学校からの通知を読み上げたアップルは、棒立ちになって待機している。
ドークと交戦した私は実習初日、無断外泊で校則を破って市街地のホテルで夜明かしした。学校から連絡された両親は、さぞ驚いただろう。戦場に送り出した娘が、着任早々に訓告処分を受けたのだ。
「そうか、エーシャさんは将校なんだ」
独り言ちた私が下着姿でベッドから浴室に向かうと、ドアが開いてイブキが部屋に入ってくる。突然の出来事に唖然とした私は、すれ違いにリビングに入っていく彼に反応できなかった。
酩酊していた私は昨晩、皆に見送られてホテルにチェックインしている。どうやってホテルに辿り着いたのか思い出せないが、身持ちが固いか私が、出会ったばかりのイブキと一夜を明かすようなことは、絶対にないと断言できる。
「イ、イブキ先輩、な、なに、当たり前の顔で部屋に侵入してるんですか!?」
「朝食を食べたら、今日は市街地を案内してやる」
「ちょ、ちょっと、え?」
「いいから席につくか、シャワーを浴びるかしろ」
「あ、は、はい……え?」
部屋のカーテンを開け放って、テーブルにパンやサラダなど朝食を並べているイブキは、挙動不審な私を見て失笑した。
私は外からの視線もあるので、慌ててタオルで体を隠して浴室に飛び込んだ。なぜイブキが、私の泊まった部屋のカードキーを持っている。
どういうことなの?
え、そういうことなの?





