生きしもの
「…………ん」
はっと目が覚めた。残り時間は既に三十秒を切っている。結局、夢を見る事は出来なかったが、久方ぶりの夢見心地の安らかな気分に至る事くらいは出来た。
そこでようやく、優二郎は一言呟く気になれた。別段この世に未練がある訳ではない。ただやはり別れの挨拶くらいは言っておかなければ決まりが悪いものか、と。
優二郎は残り時間を見据えた後、未だ寝息を立てている慈雄を起こさぬよう静かな声で、謳うように別れを述べる。
「――――それではさようなら、愛する人達よ。強く生きなさい、長く生きなさい、幸せに生きなさい。あの空のように、どこまでも広く、清く、美しく。我々はね、こうして誰かを想い、誰かを愛する事が出来る故に――――」
閃光が迸り、さよならは途絶える。
彼が残した一切の憂いなき微笑みは、最期に一瞬の輝きを放ち、そのコンマ一秒後にこの世から完全に焼失した。
だがその思いは理論を超え、光よりも速く、この世に生きる人々の心に飛び散った。
◇
大地が耳にする久方ぶりの轟音が、黒く淀む世界に響き渡った。
漆黒の特異点は、至る所から火炎を吹き上げ、なんらかの科学要素が絡んだ薄緑色の煙を空に立ち昇らせながら、徐々に崩壊していった。
世界を滅ぼした機械は、もっともありえないカタチ――自爆という結果に終わった。
遥か遠く、桁を数えるのも愚かしいほどに離れた外宇宙の技術。想像だに出来ない言葉通り次元の違う知識。
そんな感情無き者達の技術の結晶は、奇しくも感情によって破壊された。
それは他のどの次元を探してもいない。この美しい惑星に生きる者達にしか成しえない物語だった。
彼らには感情がなく、彼らには感情があるからこその――――
◇
二人が受け取ったのは爆風ではなく、ただひとつの思いであった。
その思いを風に、我が背を帆にし、二人は決して振り返る事なく歩み続ける。
原動力は有限にあらずして、二人は無限の旅を続けていく。
向かうべくは皆の心が集う、夢のセカイ。
叶うか否かは別として、二人はひとまず夢を見た。




