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有機無機

 あれから約一時間半。院長とこーすけのネタがようやく切れてきた時にはもう、私の意識は紙きれのように薄くなっていた。

「院長、空の災はやっぱり誰かしらの人間が――」

「おっと! 質問はここまでだこーすけ。さぁ授業もやらねば」

 院長はこーすけの質問を遮ってこれで終わりだ、と両手を挙げる。

 私はこーすけが最後に質問しようとしたその中身がちょっと気になった。なにを質問しかけたのだろう……と。ただの、なぜ、だけれど。

 『世界の終焉』――惑星の消滅や人類の消滅。それはずっとずっと昔から、それこそ数千年も前から様々な形で予言されてきた。惑星規模の異常気象、不可避な天文学的現象、大量破壊兵器の濫用、地球外生命体の侵略等々……。

 もちろんこうした予言が全部的中ともなると、地球や人間はどれほど存在したって足りないに決まっている。地球に関しては今のところはひとつしかないし、ひとつで間に合っているし。

 ただ今回の終末――機械による襲撃については、予言のひとつもされていなかった。似た部類の人類滅亡説は多々あったけれど。

 神様や霊を基にする〝オカルトチック予言〟でも、数値による観測に基づく〝理論的予報〟でも示されていなかった現象――『空の災』。それは結局のところ、原因は今も謎に包まれたまま。真実を知るに至った者は誰一人としていないのだ。

 例のごとく今日もその答えは得られぬままに、院長は数学の授業の用意を始めてしまった。

 これから始まる暗号じみた授業。それに着いていけるのはこーすけだけであって、また着いていこうとするのもこーすけだけだけれど。

「…………」

 ふっと身体の力が抜ける。担任曰く、時間というものは待ち望むと長くて、なにも望んでいなければ素早く事を運んでくれるという。なかなか厄介なものだ。

 私の眠り足りない身体は、授業が始まるなり電源がオフになる。毎度寝ているというわけではないけれど、このところは特に。

 私は眠る食べるなどといった、本能的な事柄の我慢というものがなかなか自然とできない。感情という本能を抑制できるものがないからだ。

 だから、眠くなればちょっと気を抜けばすぐ寝てしまうし、お腹が空けばなにかを食べる。私は曲がりなりにも女子高生だ。でもダイエットなんて言葉とはまるで無縁。もっとも、体型の維持というのは洗練された毎回の食事だけで済んでしまうのだけれど。苦労は不要だ。

 私は机に両肘をつけて、手のひらで顎を支えながら虚ろな目で周囲を見渡す。ハタケは床でぐぅぐぅ寝息を立てていて、スズもまたどこから持ってきたのか枕を机の上に置いてすぅすぅ眠り、古賀君は相変わらず机に突っ伏しているまま。そして院長がそれらを咎めることはなし。

 学級崩壊もいいところだった。ちなみにこのクラスは特に数学の時間に学級崩壊が起こることが多い。――と、既に無数の式が書かれている電子ボードに目をやった瞬間、私も学級崩壊の助太刀をしにいった。


 ◇


 ――――強い振動と共に、私は完全なる暗闇から完全なる明るみへと引き戻された。

「だいじょぶ?」

 と、スズの顔が私の目の前にひょっこりと現れる。目がちかちかとして――あぁ、完全に寝てしまっていた。多分、極度の寝不足から身体が短い時間だけでも本気で寝ようとしたのだろう。

「……ええ、寝てしまったわね」

 机に突っ伏していた身体を持ち上げると、ハタケとこーすけが私を見ながらけらけらと笑っている姿が目に入る。

「なぁに?」

「空ちゃん、ほっぺたがすごいよぅ」

 ハタケにそう言われてふと頬に手をやると、朱肉を持って来いと言わんばかりだった。

 既に教室には院長の姿がなく、時刻はお昼をまわっていた。……一時間は本気で眠れたかな。それでもまだ眠気というものがとれていないけれど。

 今日は身体を動かす授業はしていなかったから、お腹はそんなに空いていない。でも一応私達は形式として昼食を取る。決まりごとだ。

 私達はのんびりと食堂へ向かった。たとえのんびりモードで行ったとしても、数秒も歩いたらそこはもう食堂なのだけれど。

 食堂に近づくに連れてがやがやと賑やかな声が大きくなっていく。お昼が一番混んでいる時間帯なので今頃はとても人口密度が高い。

 並びに並んでカウンターに着くと、みんなは順番にIDカードを機械に読み込ませた。私が食事を受け取った直後、ハタケの声が後ろから聞こえてくる。

「うわぁぁ……。またおいらダイエットメニューだ……。先週からだよ……」

 ハタケはがっくりと肩を落としながら渋々と食事を受け取っていた。渡す給仕のおばさんは唇を定規で引いたかのように真一文字に結んでいる。

 どうやら機械はなんとしてでも、ハタケがこれ以上横方面に育つのを阻止したいようだ。見るとハタケのお皿は緑一色。妖精でも出てきそうな小さな森ができていた。これを食べるには相当な精神がいるだろう。

 各自が食事を受け取りテーブルに落ち着くと、ハタケの溜息に始まり、さっそく先ほどの話題で盛り上がった。

「んーいい情報が手に入った。でもまだ知りたい事がたくさんあるなぁ」

「また今度訊けばいーじゃーん」

 物足りないといった感じのこーすけに対して、スズはあんまり興味がないようだった。そこで私はやっぱり気になって、つい口を開いた。

「人為的なもの……なのかな?」

 すると三人は揃って私の方に振り返る。べつにあまり変なことを言ったつもりではないけれど……。

「珍しいね、くーちゃんから訊くなんて」

 スズが目を丸くして口先をすぼめて言う。

「ええ、ちょっと」

 みんなが驚くのも当然だった。普段は私から質問したり、感想を言ったりと、物事に共感したりすることがないからだ。

 ……でも、どうしてか最近、知りたいという欲求が少しずつ表に出てくるようになった。どうしてかはわからないけど、夢を見始めた時からそんなふうに感じるようになったのは確かだ。これが感情の一部なのか……それはわからない。

「んー、さっき僕がしようとしていた質問は、空の災は人間の仕業ではないのか、って質問ね。だってありえないよね? 『邪機(ジャキ)』とか『空機(カラクリ)』って明らかに機械だろう? 機械だけが独自の自律プログラムで勝手に動いてさ、人間を攻撃するなんて事……。絶対に機械だけじゃ無理、人間が必要だ。そんな事は誰でも分かるだろう?」

 ましてや機械そのものを造る人間がいないとおかしい、と付け足して、こーすけは大きく頷く。

 確かに。こーすけの言っていることは正しい……と思う。アレらはどう見たって機械なのだ。体という名の構造はあるかもしれないけれど、綺麗で温かい血は通っていない。通っているのはきっと濁って生ぬるい潤滑油かなにかだ。

 しかし……その機械は誰が造ったというのだろうか? 凄腕の技術者か。極悪なテロリストか。

 それか――宇宙人。実際にその類の者が企てた仕業ではないか、と言う人は大勢いた。けれど宇宙人に関しては、存在しない、存在したとしても人類と接触する事が不可能な位置にいる、という結論が世界的に出されている為、宇宙人説は盛り上がるまもなく否定されたという。

 そうともなれば普通に考えるなら人間が造ったはず。機械だけが独自の軍団を造り、人間を殺して世界を闇へ陥れる――なんてことはまずありえない。そんなものはよくある映画の脚本だ。しかも王道。

 機械は指示された行動以外のことを絶対に起こすことはない――。これは父が昔よく言っていた言葉だ。機械にできる行動は、結局は使用者の問いや要求に対しての『はい』か『いいえ』の二択。動くには誰かが必ず指示しなければならない。

 ボタンを押せば、機械はプログラムという名の指示書に従って仕事をこなす。仮にもいくら優秀な人工知能に世界征服じみたことをやらせようとプログラムしたとしても、その機械を造り、プログラムのスタートボタンを押すのはいつだって人間。人間の存在はあらゆることの起源になる。

「もし、人の仕業だとしても、だ。目的が全く分からないしなぁ……。もしかしたらまだ何かの計画の途中で、僕達最終的に〝殺されちゃう〟かもしれないな」

 計画――。けろっとそんなことをこーすけは口にする。でもその通りかもしれない。もう既になんらかの目的が達成された、とは一概に言えないから。

 そして、こーすけの言った殺されちゃうという言葉に、私は夢との因果を考えてしまう……。

「目的がわかったとしても、きっと私達にはどうしようもできないことでしょうね」

 目的が如何に恐ろしく許されないことでも、食い止めることはできないだろう。相手は世界を滅ぼす力を持つなにか。私達には大きすぎて遠すぎる。

 ……などといった会話をしながらも食事は終盤戦へと突入した。スズは特に話題に触れず、デザートの処分にゆっくりと取り掛かっていた。彼女の食事の仕方は非常に慣れたもので、数年前こそ手伝いが必要だったものの、今や持ち上げたスプーンと自分の口までの距離を完全に把握しているレベルだ。

 ふと私は右隣から妙な視線を感じて、ちらりと右を振り向く。すると隣ではハタケが私のお皿に乗っていた鳥の唐揚げをじーっと見つめていた。口の端がきらりと光沢を放つ。ヨダレだ。

「食べる?」

「い、い……いいのかい?」

 先程まで灰色に淀んでいたハタケの瞳にわずかばかりの光が射す。

 唐揚げは好きだけど――と、私にも一応好き嫌いの類はある。でも今回はそんなにお腹が減っていなかったからあげることにした。ただ本当はあまりいけないこと。特にハタケに対しては。

「どうぞ」

 そう答えた刹那、お皿の上の唐揚げはハタケの口に吸い込まれていった。相変わらず彼の口は光さえも逃げられない黒いなんとかというアレみたいだ。

「あういがとうう!」

 ハタケは涙を流しながら私にお礼を言う。けれどスズとこーすけは大爆笑。一方の私は胸の内で首を傾げていた。

 人は悲しい時や辛い時に涙を流す――ということは知っている。でも今なぜ、ハタケが涙を流したのか……。私にはどうしても理解できなかった。

 だけどそれもそのはずだった。だって私はもう十年以上、感情的な涙なんて流したことがなかったから――――。


 ◇


 昼休みを食堂で終えた私達は、午後の授業の為に教室へと戻ってきた。

 教室に入ってまず目に入ってきたのは、教卓の上に置かれた小型の液晶だ。画面がちかちかと点滅している。

「あれ? また先生いないのかぁ。寝てるのかな?」

 ハタケはやや膨れたお腹を押さえながらそんなことを言う。教師に限ってそんなことはないと思うけれど、実際に担任である先生は最近あまり授業にこない。理由は知らされてないけれど、なにか用事でもあるのだろう。

 私は午後の授業中にお昼寝をしようと思ったけれど、どうもその願いは叶いそうになかった。最近は夢のせいで夜中に突然起きたりしてしまって、睡眠のリズムが不調で苦労する。

 教卓に置かれていた液晶を見ると、『本日担任不在の為、午後は各自指定の作業場にて補助作業に従事してください』と表示されている。その文章の下にはクラス五人の名前と仕事場が表示されていた。

 高等部では授業が一通り終わった後に、都市内の各作業所で補助作業をするという決まりごとがある。卒業後の就職訓練みたいなもので、そんなに難しいことはしない。今回は午後の授業の代わりに補助作業になるというわけ。

「よし! おいらは地下一階で鶏の世話だ!」

 ハタケは農業関連の仕事熱心さが認められて、毎回のごとく地下一階にある農場からご指名されている。ちなみに彼の父親は農場の管理者。この地下都市に住む人々の命を管理しているといっても過言ではない存在だ。

「それっていつもの事じゃん。むぅ、電光掲示板のバグチェックか……。地味なんだよなぁあれ。食後はきついなまったく……」

 こーすけは顔をしかめつつ、あくび混じりに背筋を伸ばす。きっととてつもなく地味な作業に違いない。彼は電子機械関連のエキスパートでもあって、大人顔負けの知識と技術で都市の技術発展に貢献しているちょっとばかりすごい人なのだ。

「クーちゃんあたしはなんてー?」

 当然、スズは目が見えないので誰かに訊くしかない。

「小学部一年生の教室へ集合。内容は音楽の授業を手伝うそうよ」

「よしきた! 得意分野じゃんっ」

 ふん、と鼻を鳴らしてスズは小ぶりな胸を張る。彼女は視覚以外の感覚がずば抜けて発達していた。どうも盲目になってからそこをカバーしようと他の感覚器が急激に発達したらしく、特に聴覚や音感がすさまじくなったらしい。

「空ちゃんは――珍しいな、一般居住区での仕事なんて」

 こーすけが私の指定場所を確認して驚いているらしい表情を浮べる。私も見ると、『地下三階の三〇四号室前へ』と表示されていた。他にはなにも書いていない……。いったいなんだろう?

「部屋も指定ときたら個人的なお手伝いかもね。よし、それじゃ一旦解散かな。次は夕食の席で会おう」

 こーすけが今後の予定を決めて、それに全員が頷く。

 私達はそれぞれ所定の場所へ行く為に教室前で解散した。私は食後だからだろうか、再び襲い来る激しい眠気に耐えつつふらふらと地下三階へ行く為に階段へと向かう。

 …………とりあえず、お昼寝ができないということは明白であり、既に足元のおぼつかない今の私にとってはかなり致命的だった。

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