有重考無数考
「うし、こんなもんか」
ベッドに腰掛けて俺は一息つく。いつもより視線の位置が低いのは、さっきまでここで〝大きなお友達〟が寝ていたせいだろう……。まぁ少し休憩したら夕食に向かうつもりだ。
俺は空達が部屋から出て行った後、暗地に出る為の装備の加工とケンさんと通信機で明日の事についての話を済ませておいた。ケンさんからは明日の朝に必要な装備を受け取る予定だ。説明も受けたし、今夜中に設定を済ませておいてくれるらしいからこれ以上ありがたい事はない。
装備については例のコートをもう一着。空の分だ。既に完成済みで、今目の前の机に二つならべて置いてある。工程とサイズこそは一着目と僅かに違うが見事なまでの同じ形。全くと言っていい程に同じ形を作れるのは機械ならではの特権…………でありながらも実は悲しいところか。
他人の意見に左右されず、命令された作業のみを一秒の遅れもなく、正確に完璧に行う。いかに統率された人間でさえも成し得ない素晴らしさを備えている。
けれどその反面、機械にはオリジナリティというものは存在しない。どこまでも従順でありながらどこまでも独創性に欠けるのだ。
例えばまぁ、こんな話がある。
とある社員は上司に言われた指示を完璧にこなす事で有名だった。信頼も厚いし評判も良い。だっていうのにいつまでたっても立ち位置は変わらない、昇進の話などひとつも挙がらない。上司に使われる日々が続くだけ。
そいつは何故か? なんでこんなにも〝優秀な彼〟が?
それはとっても簡単な話。彼は言われた指示〝のみ〟を完璧にこなしていたから。そして昇進に対する〝欲求〟すらなかったからだ。
上司達は口を揃えて彼の事をこう言った。
『○○クンってまるで機械のようだね』
――――っていうお話。
そもそも機械には意志や感情がない。よって、上司を越えてやろうという欲求や、指示以上の仕事をやってのけようというアレンジなんてまるで眼中にないわけで。
まるで機械のようだね、というのはあくまでも〝まるで〟であって、彼は機械だ、と断定する事は絶対に出来ない。どう足掻いても機械イコール人間にする事は出来ないのだ。似せる事は可能だとしても、やっぱり同じにする事は出来ない。
感情の存在。それが人間をどこまでも人間たらしめているものであって、機械との絶対に埋められない差なのだ。どうにかして感情を人工的に創り出さない限りは。
――――『優秀な機械であればある程に冷酷無慈悲である』。
これは俺がよく父親から聞かされていた言葉だ。
何故か? 何故だ? 何故? 俺は聞かされるたびにそう考えていた。なんせ優秀な機械はいつも最良の判断を即座に行ってくれて、そこにはいつも輝かしい結果がついてくる。それが俺の中の鉄則であったから。
代表的な例として人を守るような機械が挙がる。それはいち早く危険を察知し予測される危機を回避する手段を即座に計算から導き、実行する。そこに人間特有の迷いによるタイムロスはない。あるとすれば計算処理にかかる人では計れない時間だけ。
しかしこの〝迷い〟がないという事が冷酷であると、一流の機械技師やプログラマー達は口を揃えて言う。よく分からない話だった。
人間はずっとずっと昔から迷いによる無数の失敗を経験してきた。あそこでためらわなければ、あそこであっちに決めていたら、やっぱりこっちがよかった、あぁどうしようあぁ時間切れ――――。
だけど機械にはこういった迷いによる失敗はない。もちろん優秀な機械に限るけど。逆に不完全で未熟な機械はプログラムの不備によってある種の迷いが生じてエラーを吐く場合があるけどそれはまた別だ。
ひとつ、『空の災』が起こるちょっと前、俺は非常におもしろい――といったら語弊があるけど興味深い話を耳にした。その話は機械が何故冷酷無慈悲なのかという俺の疑問を解消してくれた話だった。
それは、警察官といつの時代も蔓延るテロリストの攻防のワンシーンについてだった。
――――狭い建物内に三人の人質の組と二人の人質の組がいる。双方の組には銃を持ったテロリストが一人ずつ付いている。テロリスト二人は同時に人質に向けてこれから銃を発砲するという。だが突入できる空間は狭く大人数での突入は無理だった。
そこで警察は『優秀な警察官一人』か『優秀な警備ロボット一台』を送る事に決定した。場慣れしたベテランの人間を送るか、トップクラスの技術者お墨付きのロボットを送るか。
救える人質は二人組か、三人組か。状況的には〝どちらかしか救えない〟のだ。
あらゆる可能性を残された時間内で考えた末、警察はすぐさま革新の先端をゆくロボットに――――迷いによるタイムロスのない優秀な機械に人質の救助を任せた。タイムロスはどちらも失う可能性があったから……。
ロボットの突入後、銃撃音は同時に、そして二種類発生した。テロリストが人質の〝二人組〟に向けて発砲した音と、〝三人組〟側にいるテロリストに向けてロボットが発砲した音だ。その次にもう一度発生した発砲音は、残ったテロリストを速攻で片付けに行ったロボットのものだった。
結果的にこの事件での死亡者は人質二人とテロリスト二人である。〝最小限〟の被害で済んだのだ。世間的には。
――――世間は、この事件における警察の判断を高く評価した。評価せざるを得なかった。
ただしこの結果に突入を許されなかった『優秀な警察官』はただひたすらに悲しんだ。――死亡した人質二人はあろう事か彼の家族だったからだ。助かった三人組の人質は全員見ず知らずの赤の他人である。
のちにこの事件で改めて浮き彫りになった事実が、俺の疑問をさっぱりと解消していった。
機械は〝人を頭数〟で考える。よって三人組を救う事に〝何のためらいもなく〟プログラムを実行した。
人間は〝人を重さ〟で考える。よって二人組を救う事に〝何のためらいもなく〟行動していただろう。
感情の有無。
つまり、冷酷無慈悲とはこういう事を表しているのだった。プログラムを終わりまで導く為には、時に人間にとっては残酷で選べないような選択をためらう事なく実行する。
機械なら、どちらかしか救えない場合はより条件の良い方をためらわず選択する。人間なら、どちらも救えないだろうかと少なくとも〝悩む〟事が出来るし、人として本当に選ぶべき選択肢を選べる。
……でもそれは仕方のない話でもある。機械に完全なオリジナリティをプログラムするのは今の技術じゃ無理だから。機械にはあらかじめ設定された選択肢の中で最適を選ぶ事しか〝脳がない〟んだから。
それでも人間はなんとかしてその冷酷さをどうにかできないものかと考えた。感情という概念をどう機械に与えるかを考えた。その代表例が近年本腰を入れ始めた、俺の父親も関わっていた『人工知能』の開発だったが、あいにくとこれはあの日に全部すっとんだ。
機械は日々進化し、優秀になっていく。特にここ二〇〇〇年代後半の技術発展は歴史上他に類を見ないスピードだったという。例によって地球外新鉱物の発見の連続がそれを助長していたのだ。
――――果たして、人間はどうだろう?
人間だって進化している。より効果的に、より効率的に、より幸せに生きていく為の知識や技術の成長は止まるところを知らない。……まぁ人間の進化に伴って機械の進化があるのだろうけど。
その進化について、俺は最近ひとつの不安を抱くようになった。特にあの夢を見るようになってから更に。
それはそのうち人間は全員〝優秀な機械〟になってしまうのではないだろうかという不安。効率を求める、それはすなわち最終的には迷いを捨てるのと同義。なんせ効率を求める上で一番不要になってくるものが感情だから。
人の迷いを担う心が失われてしまい、いつか本当に、人間の容姿をした〝生きる為だけの機械〟だけが蹂躙する世界になってしまうのではないだろうか、って――――。
「…………ふぅ」
近頃あまり凝った考え事をしなかったからか、あるいは新しくできた友達のせいか、久しく感じた疲れに溜息が出る。楽しい事ばっかりなのはよろしいんだが、なんていうか体が追いついてないって感じだ。……いや精神的なほうか。
疲れは今日中に取り除いておかなければ。明日は暗地に向うというのだから。ちなみに暗地へは探索しに行くわけではなくて、謎の夢の手がかりを探す為だ。表向きでは探索としているが。
急に見始めた不可思議な夢。自分だけが見るのかと思っていたら、それは仕事場で偶然出会った空と名乗る少女も見ていると言う。
夢の内容も似ているし、互いに毎日のようにそれを見てしまう。いくらなんでも変だろう、と空をきっかけに出会った友達と調べ始めたわけで、最終的には地上へヒント探しに行くという事に落ち着いた。
なにせこの短期間で夢の内容が変わった。少し進んだものになった。それが意味するところは……恐らく時間がない。だから最大のヒントを得る為に地上へ。
地上に向う理由――それは夢の内容が十年前に起きた『空の災』と大きく関連していそうだったから。地上で起こった出来事だから地下にいても情報に限界があるからだ。地上の記録は限られてるし。
夢の中に出てくる機械『空機』。あろうことかそいつは十年前に地上を消し去った殺人機だ。『邪機』と呼ばれる親機と共に空から現れ、なにもかもを消し尽くした悪魔。
あれが機械であるならば遠近問わずそれを操作する人間が必ずいる。そして驚く事に空は夢の中で自身が『空機』の操作を行っていたという。そして俺は『空機』の整備ときたもんだ。関連性があり過ぎる。
俺達は夢の内容がいずれ――近いうち現実に起こりうるであろう、一種の予知夢のようなものだと仮定した。ともなれば夢が現実になった場合、まず死者が出てしまうのは確実だ。でなくとも嬉しい事はひとっつもないだろう。
問題は『空機』の操作があの子自身の意思なのか、それとも他の『誰か』に命じられているのか、という事。仮に『誰か』に命じられているというなら厄介極まりない。
もし、その『誰か』が今もどこかで生きているというのなら、俺達はなんとしてでもその人物と会わなければいけないから――――




