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無視覚者視覚

「ぼ、僕達を!? それは確かかい!?」

 予想だにしていなかっただろう単語に、当然のごとくみんなは驚いた。無理もない。

「直接ではないけれど、空機(カラクリ)を通して……。空機に命令を出したのはきっと私よ」

 それにほぼ間違いはなかった。空機は私の視線と連動した動きを見せていたのだから。

「空の夢に君達が出てきたって事は、やっぱり現実と何かリンクしてるな」

 ううむと唸る優星。そして私の見る夢が現実に起こりうるという可能性。

「あっ! ちょっと待ってくれ、空ちゃん。その夢に出てきたっていう僕達の姿をしっかりと思い出せるかい?」

「姿は……」

 こーすけの問いに、私はただ人差し指で彼らが着ている制服を指差した。すぐにこーすけの眉間が、なるほど、という言葉と一緒に狭まるのが見える。そう、夢の中に出てきた彼らの格好は、まさに今現在の彼らとなにひとつ違わないのだ。

「私はあなた達を殺してしまうのかもしれないわ」

 ……つまり、それが現実に近い。とても、とても近い。今からか、あるいは明日の出来事になる場合だってありえる。でもそんなのは――――

「んー、でもあたしはべつに空ちゃんになら殺されてもいいなー」

 唐突にスズが物騒なことをこぼす。

「はは、それは僕も同意見だね。今ここにいる誰かに殺されたってなんか、ね」

「死ぬのは怖いけど、おいらも気にしないと思うなぁ」

 三人は信じられないようなことを、それぞれいつもの口調でさらりと言う。それは冗談なのか、心からの本音なのか、私には判断がつかない。

「どうして? 死んでしまうのよ?」

 彼らの姿に死の光景が重なる。たとえどんなに仲良しな間柄だったとしても、殺されていいわけなんてない。むしろ断固避けるべき事態のはずだ。

「そんなのわかりきってるコトじゃーん。だってあたし達はもう家族みたいなものだもん」

「でも……」

 家族だからといって……。許されるわけがない。

「愛するものに殺されたとしてもそれはそれで本望、だな」

 優星は以前に私に言った言葉をもう一度口にした。

「その通りですね、優星さん。だから僕達の事は心配しなくたっていいよ。それより空ちゃんは自分の負担を考えないと」

「でも私はそこで自分が笑っていたのを確認したわ。人を殺して、笑っていたのよ?」

 私は――私なのに、なぜか引き下がることができなかった。受動的な私はただ頷いて了承するだけなのに。

 もしかしたら、私は感情が乏しいからこそ人を殺すことができたのかもしれない。たとえ手を下したのが無感情な機械だとしても、その機械に指示を与えたのは私自身なのだ。

 私にまともな感情があれば……あれば彼らを殺さなくて済んだというのだろうか? もし誰かに命令されたうえでの殺害ならば、感情があれば抵抗くらいできたはず。

「ん、笑ってたって? 僕達は空ちゃんの笑顔は見た事がないからな。理由はなんであれ、それはそれで見てみたい気もするけど……?」

 こーすけがそう言うとハタケもそれに頷いて同意した。無意識のうち、私の指先は頬に触れる。――変わらない、不変の私の表情。私はまだ誰にも本物の笑顔を見せることができていなかった。笑顔の真似事くらいならできるけれど、それでは意味がない。

「うーん、あたしのイメージの中ではいつも笑顔な気がするんだけどねぇ。ま、あたしはみんなの顔すら一度も見たコトないんだけどね」

 気になり始めちゃった、なんて言いながらスズはその小柄な体を揺らして柔らかな部類の抗議をし始めた。彼女は殺されてもいいと思うくらいに親しくしている友達の顔を、まだ一度も見たことがないのだ。

 会話においては私達と長く深い仲だけれど、実のところはまだお互いに初めましてを終えていないまま。体のカタチとかはいくらか触れ合ってわかっていても、容易に識別と判断ができ、最も人と人をつなぎ合わせる顔というものが彼女には一切見えていない。それは仮に私達の姿が得体の知れないナニカだったとしても、スズにはそれが一目で判断できないことを意味する。

 視覚というものを失うと、目の前でたった今語り合っているモノが人間だという至極簡単な判断すらできなくなってしまう。それは怖くないのか、それとも見えないからこそ恐怖というものを感じないというのだろうか。あるいはスズが恐怖という感情をもっていないのかもしれない。優星のように特定の感情を感じることができない人なのかもしれないのだ。

「あ、でもこーすけとハタケはなんだかわかるような気がする……」

 そう付け足してなんとなくだよ、とスズは念を押す。言動と行動からある程度の予想がつくのは、過去の経験から確かに頷けるかも……?

「そうかなぁ?」

 スズは真面目に言ったらしいけれど、どうも二人にはそれが冗談に聞こえたらしく、揃って首を傾げてにやにや笑いながら悩んでいた。

 多分だけど、スズのイメージ通りでほぼ間違いないとは思う。まるで言葉をそのまま絵に描いたような二人。眼鏡をかけたなによりも情報が大事だという感じのこーすけは、インテリという言葉のいいモデル。一方、常にマイペースなハタケはふくよかなナマケモノといったところだ。

「ちなみに優星さんと空ちゃんのイメージは?」

 こーすけが興味を持ったのかスズに尋ねた。この一言で、大事な話し合いはいつの間にか世間話へと切り替わってしまった。こういう転換がやけに多いのも私達の特徴だ。今は望ましくないとは思うけれど、ちょこっと休憩というものも必要だろう。

「んー。優星はすっごく優しいおにーさんって感じ! きっとイケメンよイケメン!」

「いやいや……俺はそんな上等な男じゃないよスズちゃん。もうおっさんだよおっさん」

 優星は全力で否定して謙遜の意を示しているけれど、スズの言ってることはおおかた間違っていないとは、この私でも思う。

 ……前にも思ったけれど、私は以前どこかで彼を目にしていたような気がしていた。もちろんその以前とは地上でのお話。十年以上も前だから、容姿性格ともに大きく異なっているだろうし、まったくの別人であるはずだ。それでも私の目は……何故か彼を捉えて離さない。

「でもあたしの中のイメージはもうそれで固まっちゃってるもん。それとくーちゃんはねー、感情表現があまりないから難しいけど……なんかカッコいいってイメージがある!」

「なんだいそのカッコいいってのは。空ちゃんは女の子じゃないか」

 こーすけと同じことを私自身も思った。それでもイメージはクールとスズは推す。

 私は不本意ながらもいつも無表情であるがゆえに、第一印象はクールという言葉が適任とされてしまっているらしい。黒い制服もそれを手伝ってしまっているのだろうけれど、私は昔からこれだから今さら変えようとは思わない。変えろと言われれば変えるかもしれないけれど、服装云々のおしゃれについて追求するのは恐らくスズだけだろうし、肝心の彼女は盲目ときたものだった。

「まぁ確かに空ちゃんはあんまり喋らないからクールってイメージだよなぁ。あ、でも結構優しいぞ」

 ハタケが言う優しいというのは多分、ときたま私がご飯のおかずを彼に提供する場合があるということからきているのだろう。

「自覚はないけれど、私、やっぱり変に見える?」

 私は疑問に思っていたことを口にする。普段はまったく気にしてないけれど、面と向って改めて言われると少し確かめる必要性がある。

「でもそれはしょうがないでしょ? 感情を失うなんて映画みたいな出来事だもん」

 変だということについては否定こそしなかったけれど、やっぱり感情を失ってしまうケースというのもまた稀有なことであるわけで。普通の人からすればどう対処していいのかわからないはずだし、自分だってどうすればいいのか曖昧だ。

「それでもみんなのお陰で私は少し感情がもてるようになった気がするわ。あの時、あなた達が私を誘ってくれていなかったら、きっと私は今も孤独で無価値な生涯を送っていたでしょうね」

 仮定を述べるとスズはあはは、と席を立ちながら笑う。

「なになに今さらー! これからもあたし達が無理矢理でもこーやって――――」

 突然、スズは座っている私に向かって飛び込んできた。

「心をでっかーくしてあげるっ!」

 そう言ってスズは私の体にそのか細い腕を回してきて、そのまま胸元に小さな顔をうずめた。ほんのりと温かく、体の外側よりも内側が温まるような感覚。それに彼女に抱きつかれている私に微笑む彼らの視線すら熱を帯びている。

 ――――本当に、温かい。それはまるで羽毛布団にくるまっている時のような柔らかさがある。

「ねっ?」

 スズはふにょんと鼻先を私の鼻先に当て、物理的な光はないけれど、べつの輝きをもったその瞳で私の目をじっと覗き込んできた。この仕草は彼女がたまにしてくるもので、目が見えなくても鼻先が合わされば自然と互いの目線の位置が合わさるといったもの。盲目の彼女なりのコミュニケーションの交わし方だ。

「……ありがとう。気持ちをこめてお礼を言うことはできないけれど」

 私は座ったままの姿勢で抱きつかれてちょっとバランスを崩しながら、みんなに向かって抑揚のない声でお礼を言った。

「本当のお礼はいつか聞けると思って楽しみにしておくよ。…………さて! 大分話が逸れてしまった、さっきの続――」


 ――――かつん。


 こーすけの言葉は響く何者かの足音に遮られてしまった。

「やぁ、おはよう!」

 軽快な挨拶の声。全員がびくり、と私の後方に視線を向ける。聞き慣れた声で私はその主が誰だか瞬時に理解した。

「あ、院長! おはようございます」

「おーっすー」

「おはよーいんちょー!」

 私に抱きついたまま、おまけに耳元でスズが大声で挨拶を交わすものだから、私の鼓膜が悲鳴をあげる。がんばって体を捻って後ろを見ると、やっぱりそこにはおなじみの人物が立っていた。

 汚れひとつない純白の白衣をさらりとなびかせ、太陽のような笑顔を見せているひとりの長身男性。彼の名前は耶永瀬慈雄(やながせじゆう)。おなじみ地下都市救災院の院長だ。彼は都市内に災害孤児である子供達が生活できる施設を造った人物で、親のいない子供達にとっては父親のような、引く手数多の人物である。

 余談だけれど、衰えをまるで知らない十代の子供のような輝きの笑顔は、地下都市に住む女性陣に大人気である、らしい。ずっと昔から見慣れてしまっているからなのか、あるいは私は人の表情をよく分析するからなのか、私にはその笑顔がいつもまったく同じカタチに見えてしまう。そう、まるで笑顔の雛形、笑顔のコピーアンドペーストといったところ。素晴らしいことには違いないのだろうけれど、時たま私にはそれがどこか機械じみて見えてしまったり。

「何だか楽しそうな話をしているようだね。それとどうやら見慣れないメンバーが加入しているようだけど? ええ、優星?」

 院長はにんまりと、あまり変わらぬ笑顔のまま優星の方を見た。どうやら互いに顔見知りらしい。

「あぁ、俺の新しい友達さ。いいだろう?」

「うむ、そりゃぁ素晴らしい事だね。それにしても久しぶりにその作業服を見たな。優二郎のものか」

 優二郎という名に優星はこくりと無言で頷く。

「あぁ……彼の事は残念だ。けれど過ぎ去った事をぐちぐち言うのは男としてよろしくないだろう?」

「当然」

 院長は力強くにやりと笑って、それに優星もにやりと笑って答えた。これが噂に聞く笑顔の対話なのだろうか。

「それじゃ食事を取ってくるよ。またね」

 お腹が減っていたのか、院長は小走りで列に並びに行ってしまった。その徐々に小さくなる背中を凝視しながら、スズがうーんと首を傾げる。

「んー…………。前から思ってたんだけどさ、いんちょーのオーラだけさっぱり見えないんだけど、どうしてかなぁ?」

 スズは失った視力の代わりに、他人の体から発せられるオーラというものを視ることができるようになっていた。そのオーラは人によって様々で、常に変動しているものだと彼女はいつも言う。しかしながら人間であれば誰でもあるというオーラが、院長にはさっぱり存在しないと彼女はときたま首を傾げていたのだ。

「さぁ……。そればっかりはスズにしか見えないから僕達に訊いたって無駄だよ。それに問題視する程の事なのかい?」

「ううん、ただ気になっただけ。あたしもこれがなにを意味しているのかさっぱりだし。いいよー気にしなくて」

「分かった。あ、そうそうそういえば優星さんの作業服って優二郎博士のだったんですね! でも博士でもあろう方が作業服なんて珍しいですね……。てっきり院長みたいな白衣でも着ているのかと」

 こーすけは眼鏡の奥できらりと光る目で、優星の着ている作業服を穴があいてしまうほどの強さで見つめる。

「いや、俺の親父は設計とかはもちろんするけど、実際自分で加工したりする事が多かったんだ。どっちかって言うと考えるよりも造る方が好きだったからね。設計室より現場が好きな人間だったんだ。とにかくものが生まれる瞬間が見たいってね」

「へぇ! 技術者の鏡ですね。それにしてもその作業服、ものすごい丈夫そうですね。普通じゃなさそうだ……」

 こーすけは眼鏡をぐいと鼻に押し当て、その右手は優星の着ている作業服に触れようと近付いていく。

「あぁ、これは金属だからな」

 その作業服をジャケットのように着こなしている彼は、いきなりよくわからないことを口にした。こーすけの目が、点になる。

「優星よう、服が金属って重くないのか?」

 こーすけよりも先にハタケが誰でもまず気になるであろう質問をした。

「確かにそれは今もなお一般的なイメージだな。ちなみにこれは合金繊維製だよ。超炭素繊維よりも総合的な強度は落ちるけど、形状の自由度が段違いだ」

「なんだい? そのゴーキンセンイって?」

 うおお、と飛び上がるこーすけを無視したハタケの問いに、優星はその作業服の裾同士を擦り合わせた。すると微かだけど軽い金属同士が触れ合うようなシャラシャラとした音が聞こえてきた。

「金属音がするわね」

「金属製の蜘蛛の糸で編んだものって思えばいいよ。耐腐食性に富んだ仕様さ」

「いやいやまさか究極の織物をこんな所で見れるとは…………」

 こーすけはさらに話を続けようとするも、その動きをスズがまたもや鬼のひと睨みで食い止めた。脱線もそろそろお終いにしなくては、このままでは食堂で一日過ごしてしまうハメになりそうだし。もちろんそれがいつもの私達でもあるけれど。

「おっと……ごめんごめん後で訊くよ後で。えっとどこからだっけ――――あぁ、だいぶ戻って科学者のノートの続きだね、災後直後に書いた文章を読むよ。《悪夢からおよそ二時間が経過した。我々はまだ生きている。どうやら悪魔達は何処かに消えたらしい。あの襲撃を逃れた人々は私含め少なからずいるようで、泣き声や痛々しい呻き声が街に溢れていた。幸い、私と近くにいた数人の同僚は無傷で済んだ。だが火災は広まる一方で、鎮まるような望みはまるでない、燃え尽きるのを待つだけになりそうだ。見上げると火災による途方もない量の煙が原因なのか、空には毒々しい暗雲が渦巻き始めていた。まだ昼過ぎだというのに太陽の光はどこにも見えず、刹那の昼夜逆転を果たした街を照らす明かりは燃えている建物だけ。しかしとにかく熱い。背後で爆発に次ぐ爆発。死の香りは各地で漏れ出すガスよりも鼻につく。あぁ、我々にも死が寄ってきた――――》」

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