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究極私的世界

「…………へぇ、そいつはなんだか怖いな。でもおいらは夢なんて全然見ないよ。寝る時は体の電源が完全に切れちゃうから、夢を見る暇もないってヤツだ」

 ハタケは私が見る夢の話をよく聞いてくれて、実に彼らしい意見を述べた。彼もスズやこーすけと同じくして不可思議な夢を見ていないという。

「私にそれができればいいのだけれど。今の私じゃ少し難しい方法かもしれないわ」

 なにしろ電源を切っていても無理矢理電源を入れてくるようなものだから。

「そうか。おいらは頭が悪いから考えるのは苦手だけどさ、簡単なことならなんでも手伝うよ。こんなおいらじゃ役に立たないと思うけど、なんでもなんでも頼ってくれ。友達なんだからよう」

 ハタケがありがたい言葉を放った瞬間、なんとも気の抜ける音色が辺りに鳴り響いた。外国語が解らないまま海外に行ったとしても、この音さえ聞かせればこちらの意図はすぐ理解できるであろう。言語の壁を通り抜ける世界共通の音だ。

「おっと失礼、もうそろそろか」

 私にはなにがそろそろなのか理解できなかった。でもすぐに私はハタケの体内時計がいかに高性能だったかを思い知らされた。

 食堂全体がぱっと明かりに包まれ、電光掲示板に電源が入って液晶に時刻が映し出される。土曜日の午前六時四十分、厨房で働く人達が集まってくる時間だ。このように人間の体というものは時に機械に肉薄する精確さを持ち合わせているという。ちなみにハタケの体内時計は食に関する時刻に設定されているらしい。

 あらゆる精密機械でも造れない部品の集合体というのが私達人間だ。私達の体の中には歯車も、モーターも、ベアリングも、電子回路もない。代わりに、骨や、筋肉や、脳や、神経や、血管がある。骨とか筋肉ならば人工物での代替は可能だけれど、脳や心はなにを用いても代替することはできない。

 だから、どんなに技術が進歩したとしても人間は絶対に〝造れない〟のだ。たとえ未だに不可能とされるタイムマシンを造れるような技術を持っていたとしても。……まぁ、素晴らしい性能の加工機械や優れた素材、そして知識と技術があれば将来的には可能だったのかもしれない……けれど。

「よし、土曜日はダイエットメニュー解除だ!」

 不意にハタケが飛び上がり、両肘で机を押さえていた私は危うくひっくり返るところだった。ここ数ヶ月間ダイエットメニューに苦しんでいるハタケは、自由な食事を約束される土曜日の朝が一番輝かしい。

「おはよーん!」

 軽快な挨拶の声と足音に私とハタケは食堂の入り口を振り返った。こちらに向って来る人が二人。長い白銀の髪を絹糸のようになびかせる少女と、その隣にいる資料らしき物を腕に山積みにしている黒縁眼鏡の少年。スズとこーすけだ。

「おうー」

「おはよう」

 スズはテーブルに走り寄ってきて、こーすけはよたよたとこちらに向かいながら、その途中でぱらりぱらりと抱えた資料を何枚か床に落とす。まるで帰り道に迷わぬようにと小さな印を残していくかのようだ。あれはなんの資料だろう?

「落とし物だぞ、幸助」

 こーすけが落とした資料を、二人のすぐあとに食堂に入ってきた人物が拾い上げていく。いつもの作業服に身を包んだ優星だ。

「あ、ありがとうございます。ファイルから溢れちゃって……」

「しかし驚いたな……凄い量だ。もう調べてくれたのか? それに手書きでびっしりとまぁ、うぇ……」

 優星は資料を一枚手に取り眺め、絞った雑巾のように顔をしかめた。その資料にはそういう表情を浮かべるような要素がたっぷり詰まっているのだろう。

 今時はインターネットですぐ大量に情報が手に入り、その場で印刷――というわけにはいかない。コンピューターはあるけれど、なんといってもインターネットという膨大なデータの海は、十年前にさっぱりと干上がってしまったのだから。今の情報源は書籍と人々の記憶から、それも都市内にある分だけ。

「まぁ大半が直接関係あるってわけでは……。関連性のありそうな事柄をぉ――調べてきましたよ」

 こーすけは特大のあくびを噛み殺す。重そうな目元と爆発したままの髪の毛が彼の睡眠不足を物語っていた。

「ごめんよ、初日からこんな無理させて」

「まぁこんなのよくある事ですからね。優星さんも徹夜で勉強なんてよくある事でしょう?」

 謝る優星に対してこーすけはさらりと言う。切り返された質問に優星はなぜか戸惑いを覚えたらしく、むむ、と難しそうな表情を浮かべた。私には分析できない表情……。

 私は他人の感情を表情から探っている。比較的単純な感情からくる表情というものは、どんな人間でもたいてい同じように変化するようで、図解つきの本を読んで記憶すればだいたいは判断がつく。だから私は他人の顔を不本意ながらもじろじろと見てしまう。ぞくにいう観察という部類のもの。言動や仕草から感情を読み取るのはとても苦手だからだ。

「あ、あぁ、まぁそうだね。うん、そうだ」

 少しぎこちなく答える優星。そんな彼に、そうでしょうね、と言いながらこーすけは手にした資料をどさりとテーブルに置く。

「なーんだくーちゃん、夜は優星と一緒じゃなかったんだ?」

 ちぇー、とスズが舌打ちをする。そんな彼女に私はいつもと同じ声の調子で答える。

「違うわ」

「ま、まぁ……それはもちろん。……さて本題に――」

 と、話題を切り替えかけたところで、優星は口を止めた。理由は先程から鳴り続いている気の抜ける音と、ハタケの焦り方が尋常ではなかったからだろう。

「まずはご飯か?」

 優星がそう言った次の瞬間、ハタケは既に食事を受け取るカウンターの所にいた。時間はまだまだなのだけれど。

「え? あれ、俺……今、見えなかったんだけど……」

 優星は目を点にして、今起こった現象を飲み込めずにいた。私達三人は慣れているけれど、初めて見た人にとってはよほどの驚きらしい。その驚きの理由というのはハタケがたった今見せた超高速移動についてだろう。少なくともこのテーブルからカウンターまで十メートル以上は軽くあるというのに。

「ハタケはすごいんだよ?」

 きょとんとしている優星にスズが説明する。

「どういう……?」

「普段はもたもたしてるけど、ご飯の時とかよくわかんないけど……野生に戻るって感じ?」

 スズはくいっと首を傾けて私に同意を求めてくる。そんな感じね、と私は返す。すると人間ってホントわかんないよね、と言いながら彼女はけらけらと笑った。

「はは、なるほど彼ならありえそうだね。一瞬人間じゃないかと思ったよ」

「案外人間じゃないのかもしれないですよ」

 こーすけが真面目に横から口を出す。その発言に失礼な、と優星が笑いながら言って、それを聞いたスズは、そのとーり、なんてテーブルを叩きながら大笑い。そんな様子を私はまるで他人事のように無表情で眺める。そう、まるで笑う二人がただの壁紙でもあるかのように。

 私には笑うという芸当ができない。もちろん〝カタチづくる〟ことくらいはできる。みんなにとっては自然な笑顔なんてなんの造作もないことだけれど、今の私にとってはそれが生きる目標であるほどの夢なのだ。

「ちょっと資料先に整理するから、ご飯取ってきていいよ」

 がっさがっさとこーすけが資料をまとめている間に、私達三人は食事を取りに行くことにした。その途中、私達三人はハタケとすれ違い、優星だけが彼の様子を見て吹き出した。スズはもちろん見えず、私はいまさらどうとも思わない。

 優星が驚いた理由はハタケが持つお皿の上がものすごいことになっていたからだろう。お皿の上には彼が着ている制服のような深緑色の食べ物が一切なくて、肉料理ばかりが山積みにされていたのだ。これでもか、とばかりに積まれたお肉。これを見たら食事制限をする側の機械は悲しむことだろう。もちろん、私と同じように機械は悲しむということを知らないだろうけれど。

 土曜日は都民の食事指定が解除されて、バイキング形式で自由に食事を楽しむことができる。地下なので使える具材の種類は限られているけれど、食堂ではその制限を無限のアイディアをもってして補い、様々な創作料理が作られている。ちなみに全世代における人気トップのおかずは言わずもがな鶏の唐揚げ。その味というものは、もしかしたら人間の遺伝子に刻み込まれているのかもと思わずにはいられない。もちろん、私も例に漏れず。

 食事を取り終えた私とスズがテーブルへ戻ると、テーブルには飲み始めたというべきか、恐ろしい速度で料理を口に運ぶハタケの姿があった。向かい側の席に座っていたこーすけは、テーブルの上に広げていた資料をハタケの〝口撃〟から(かば)うのに苦労している。

「で、空ちゃんから話聞いたって? あ――いい、いい! 喋らなくていいから! 首を振って表現してくれ」

 こーすけの問いにこくこく頷くハタケ。それを見た私は破片が飛んでこないような位置にスズを座らせ、自分はその向かい側に座った。

「なら話は早いね。今日は君にも手伝ってもらう事があるんだけどいいだろ?」

 再びハタケは首を縦に振る――けれどすぐに首を横に振り始めた。

「ん、だめなのか?」

 こーすけが再び問うもハタケは答えない。代わりに段々と赤くなっていく顔が彼の意思を表していた。一瞬、どうしたものか、と悩む。人の顔が赤くなる時はたいてい怒っているとか、恥ずかしがっている時のはずだけど……。ハタケに限ってそれはない。なにか、違う……?

 最終的にハタケがテーブルと自分の胸をポンポン叩き始めたところでようやく私もこーすけも気が付く。感情云々の話ではなかった。

「――――水、か!」

 水ぅ? と状況が見えていないスズはのんびりと訊くもこっちはそれに答えている暇はない。私とこーすけは素早くテーブルの上を見渡すも、残念なことに誰も飲み物を持ってきていなかった。

「ばっか! なんで持ってきてないんだよ!」

 いくらハタケを叱ったところで水は出てこない。こーすけは立ち上がりハタケの背中を拳で叩くも効果はなかった。混雑してきた食堂内ではこの騒ぎに気付く人はいない。私が急いで水を取ってこようと立ち上がったその時――――

「ほい、命の水だ」

 優星がテーブルに颯爽と現れ、ことん、とハタケの前にコップを差し出す。薄れる意識の中でコップを手に取り、一気に飲み干したハタケの気道は見事開通。

「――っぷは! はぁ……はぁ、ありがとうぅ……優星。おいら一瞬見えたよ……」

 なにが? とハタケを睨むこーすけを遮るように、セーフだな、と優星は言う。時既に遅しとならずによかった。

「遠くで見てたらなんだかヤバそうな雰囲気だったからね。喉って意外と狭いんだから気をつけたほうがいいよ」

 優星のその言葉でスズは理解したようで、なんだいつものか、と言って彼女は食事の手を止めることはなかった。

「ゆっくり食べろよもう、無くなりはしないんだからさ……。だけど命はお一人様一品限りだぞ。誰かの為ならまだしも、情けない死に方は勘弁」

 やたらと説教するこーすけにハタケは両手を合わせてけらけらと笑いながら謝った。

「今日はどれくらい調べられるかな?」

 再び加熱しそうだったこーすけを止めるためか、もぐもぐと顎を動かしながら優星がフォークで山積みの資料を示す。話題の切り替えだ。

「あ、いや、今日で全部調べるつもりですよ」

「頼もしいな。俺も調べたい事がいくつかあるな。それで、そいつは何を調べてきたんだ?」

「とりあえず部屋にあった本の中から、関係のありそうな文章だけを抜き出してきました。何か行動をするなら早めに調べるに越した事はないでしょう?」

 にやり、と笑って語るこーすけ。一方で当の本人である私はなにも調べていなかったし、それは優星もどうやら同じだったらしい。

「迷惑掛けてすまない。俺なんか調べてすらないし……」

「私も、ごめんなさい」

 二人揃って謝るも、こーすけはいやいやいや、と顔の前で手を振った。

「だって優星さんと空ちゃんはそれどころじゃないでしょう? 僕達は二人の内側は覗けないから、外側からフォローするしかないんだよ」

 夢とは絶対に他人に見られないもの。自分だけしか体験することができず、他人の介入を一切許さない究極のプライベート空間だ。だから自分が見た夢の内容なんてものは、いくらでも好きなように改変して他人に伝えることが可能になったりもしてしまう。

 ……でも結局、夢の内容に関して嘘をついたところでそれは大した問題にならない。なぜならそれはただの夢であって、〝現実には決して関わらない〟もののはずなのだから。

「そうだ夢が……」

 優星はそう言いかけて、口元まで持っていっていたフォークをかちゃりとお皿に置いた。

「あれ、どうしたんですか?」

「その、夢なんだけど……今日、〝いつもと違う〟内容の夢を見たんだ――――」

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