表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/49

星の夢

 そいつは決まって毎日同じ時間にやってくる。……いや、俺に言わせれば〝再生〟されると言った方がしっくりくるか。朝方、もっとも嫌なタイミングにだ。

 当然、俺は眠っているのだから時計で時間を確認する事は出来ない。だけどそいつのせいで目が覚めた直後の時間は分かるから、そいつの再生時間を体感で予想して逆算すれば、始まる時間を知るのに苦労はしない。

 始まりは五時二十五分。それから約五分間、内容不動の物語が始まる。


 ――――夢とは、こんなにも規則的なものなんだろうか?


 事実、睡眠中に現れる方の夢なんてものは科学で証明しきれてない人間のある種の能力だ。この時代においてもほとんどの文献では、○○と言われている、○○であるとされている、恐らく○○である、といった具合で不確定事項がまだまだ多い。仮に夢が規則的なものであったとしたら、人類の編み出した数学という宇宙さえ知り尽くせる万能兵器で片が付いていたはず。ともなれば文献には諸条件なる数式がずらりと並んでいた事だろうし、俺が見る夢の公式や方程式だって調べる事が出来たかもしれないわけで。

 …………だが、違う。夢というものは、様々な学者が唱える通り、不規則で不明瞭で不正確なものだ。万物の法則を度外視し、おまけに本人でしか認識出来ないセカイの話を組み上げるもの……なのだが。

 俺はそれらが意味するところを自身が見るものに合致させる事が出来ない。どうもあらかじめ作られた映像を繰り返し再生させられているというような錯覚を覚えるのだが……。

 やはり夢だと思っているだけで、実は別物なのかもしれないという点が今の俺の中では濃厚だ。毎日決まった時間に決まったものを見るなどという事は、すなわち計算可能な事象に分類出来る可能性がある。

 しかし一体こいつはなんなんだ――――


 ◇


 夢が始まり、俺は今が朝方である事を規則的に知る。

 俺はまたあの暗い教室みたいな部屋の中にいた。ずらりと並ぶ椅子と机とそれに付属されたモニター画面。そして各所に散らばって座る数人の人々の姿。そんな怪しげな場所で何をするのでもなく、俺はただ見知らぬ一人の男と二人並んで立っていた。そう、ここを教室と喩えるのなら、教卓のある位置にだ。

 ちら、と顔を動かそうとは何度も試みていたが、夢の中の俺は当然のごとく動かない。視界の端の情報だけで判断してみるも、隣にいる人物の顔は暗くてあまり見えなかった。男はわずかばかり俺より背が高く、マントであろうか、白衣であろうか、足首のあたりにひらひらと揺れる裾が見える。ただ見えるのはそれくらいだ。

 俺と男は無言で目の前にいる人達を見ている。……いや、監視というべきか? 人々がモニターを見ている様子を真っ直ぐに見つめているだけで、他になんらかの動作はない。空が言うに、あのモニターを見ている人達は殺戮をしているのだろう。

 ……もしや、彼女も俺と同じ時刻に夢を見ているのかもしれない。そう考えるとなおさらただ事ではないような感じがしてしまう。まして二人以外にも同じような夢を見ている人がこの地下都市にまだまだいるのかもしれないし……。

 やがて、俺の視線が部屋の中をぐるりと巡回し始める。そしてふと、視線がある一点で停止する。

 そう――彼女だ。笑みを浮かべる彼女に視線が惹き寄せられているのだ。美しくない微笑み。スプラッター映画を見て邪悪に微笑むようなある種の怖い人。鈍い光沢を放つ類の金属のようで、ずっと見ていると眩暈を起こしてしまいそうだ。視線で殺すとはよく言ったものだった。

 しかし本人曰く現実に関しては、笑顔(それ)は決してあり得ない事なのだと言う。たとえ笑顔(それ)がどんな種類のものであろうとも、私は決して浮かべる事は出来ない、と。悲しい事に彼女は俺にそう言ったのだ。不運な話ではあるが、俺は逆に少しの安心をした。現実で彼女があんな邪悪な笑みを浮かべる事はないのだから。見るのなら本物の笑みに限る。

 夢はいつも彼女の顔を見た瞬間に途切れていた。決まってここで目が覚める。まるでスイッチのオンオフのようにはっきりとした切り替わり方で。だけど――――何故か、目覚めない。おかしい、本来ならこの瞬間にベッドから飛び起きてる筈なんだが…………。

 映像は続く。どうも今回は夢の続きを見る事になるらしい。体が起きる事なく、俺は止めどなく流れていく映像に意識を向ける事しかできない。ここからは未知の映像だ。

 突然、座ってモニターを眺めている人の中の一人が何の予備動作も無しにばっと手を挙げる。すると俺の隣に立っている男が初めて声を出す。

「どうしたんだい?」

 その口調はとても穏かで、緩やかで、とても優しくみえるようで、異なった。声それ自体には何の感情の欠片もない。それは怒るのでもなく心配するのでもなく、ただ機械的に尋ねただけ。でもどうしてかその言葉には絶対に答えなければならないという重圧感がある。無感情なその一言はただ……重い。まるで言葉に鉛を吊るしてあるかのよう。

「故障です」

 手を挙げた人もただ機械的に単語を述べる。まだ若い、少年の声だ。

「そうか」

 男は一度頷いて俺の方を向く。チャンスと思うもやはり暗がりで顔は認識出来ない。ぼんやりとした輪郭は意図的にそこだけモザイク処理を施したかのようだ。

「頼んだ」

 俺に向かって放たれた一言は、如何なるものをも素通りするニュートリノのごとく、思考の中を切り裂いていった。俺の体を通り抜けざまに神経の隅々にまで響き渡り、じんわりと奥深くまで浸透していく。そこには一切の拒絶を許さない、いや拒絶する事が不可能な俺の体しかなかった。

 俺は一度頷き、体は男に指示された方向へと歩き出し、部屋の外へ出た。

 部屋の外、その左右には薄暗く長い廊下が続いていた。誰も歩いているわけでもなく、ただ何もない通路が延々と続いていく。


 ゴオォォ…………――――


 体中の産毛を総立ちさせる微細な振動。空腹に低く唸る猛獣のような何かの駆動音。この音は多分モーターの類だろう。だとするとまさか……動いているとでも?

 夢の中であるも、体は浮いてる感じがしていた。ふわふわとしたものではなく、ただ地に足が着くようで着かないくらいのもどかしい感覚。この場所の全貌を知れれば何か判明するものがあるかもしれない。

 次々と溢れ出してくる疑問を消化しきる前に、俺の体は右を向いて歩き出した。暗く、果ての見えぬ暗黒の廊下を。

 長い廊下のくせに部屋はさっき俺が居た部屋しかなく、一定距離ごとに蛍光灯みたいなものが天井に設置されているが、設置感覚が遠すぎてあまり役に立っていなかった。二分ほど歩くとようやく廊下の突き当りが薄っすらと見えてきて、そこには扉があり、壁に白く光るボタンが一つだけ付いているのが確認できた。エレベーターだろう。

 迷うことなくボタンを押すと、すぐに扉が開き中へ入る。狭いエレベーター内は機械独特の雰囲気である不気味な静けさと冷暗さだけでいっぱいいっぱいだった。

 温かみのない空間に体を押し込むと扉が閉まり、エレベーターは何のアナウンスも無しに無音で動き出した。同時にぐいと体が〝左〟に引っ張られる。自分の常識の中ではエレベーターという物は上下垂直に動くものだと思っていたが、それは強烈な先入観のせいであって、どうも俺の体は水平に動いている。どうやらこれは上下左右に動けるタイプらしい。

 十秒ほど左に動くと一瞬止まり、次は上昇し始めた。内蔵が体内の中で踊るあの嫌な感じを味わいつつ、結構早い速度に驚く。おまけに耳が痛かったから、かなりの距離を上昇しているのだと分かった。乗り物だとしたら一体どれだけの広さがあるんだろう……?

 考えているうちにエレベーターは停止し、恐らく目的地とやらに着いた。静かに扉が開き外へ出ると、強烈な光に目が眩んで視界が一度真っ白になる。そして無音とは無縁の激しい風を切るような音が鼓膜を揺るがす。

 やがて、慣れてきてうっすらと目を開けた時、そこに現れた光景は異常の極みだった。

 

 見上げた先には――――〝空がある〟。

 

 強烈な光の正体は太陽。高速で流れる薄い雲が近い。そこでやっと俺は理解した。――ここは空だ。なんだかものっすごい所にいる。

 自分が立っていた場所は巨大なドーム状になっていて、その端っこにあるエレベーターの前だった。見上げると十メートル程の高さにある天井が開いていて、そこから青い空がばっちり覗いていた。簡単に言うと天文台みたいな場所で、天井の扉は開閉可能なもののようだ。

 つい空ばっかりに意識が向いていたが、ふと自分の立つフロア周りの様子を見た時――――俺は、吐きそうになった。

 自分が立っているエレベーターの横からドームの中心を囲む形でずらりと『空機(カラクリ)』が一周、綺麗に並んでいたのだ。所々空いている場所があるのは、想像したくもない……。

 ここはどうやらカラクリの格納庫みたいな場所らしかった。なんて場所に俺は立っているんだ……これじゃまるで関係者――――。

 不意に太陽の光が何かに遮られ、辺りが一瞬だけ暗くなる。ちらりと上を見上げた俺は、信じられないモノを目にした。


 空機がやってきた。


 それが俺の目の前に音も無く停止すると、天井の扉が閉まり始める。少しずつ太陽光が遮断されていき、それに伴いドームの内部が暗くなっていく。夕方の早回しのように色が落ちていくに従って、目の前にいる黒い機体の空機は徐々に闇と同化していった。

 写真で見た事はあったが、いざ実物を目の前にすると、夢の中だというのに背筋が凍るのを感じる。温もりというものが全く感じられない、一切の光を受け付けない冷たい闇色の機体。黒い金属で造られたこの球体機械は、大きさ直径二メートル程で人間より少し大きいくらいか。この大きさは人間の恐怖心をより煽るものがある。こんなものにいきなり襲い掛かられては、意識は真っ白に、そして目の前は真っ暗になった事だろう……。

 ――――あの日、地上に住んでいた人類は、突然コイツらに虐殺された。全ての人々が理由を知れる訳もなく、ただ迫り来る未知の恐怖を前に、なす術もなく命を奪われていった。

 首謀者も目的も何も分からない。兵器なるものを完全に仕舞い込んだ世界は、対策も抵抗もそれらを練る猶予さえも与えられず、呆気なく終幕を下ろした。わずか一日の出来事だったという、映画顔負けの滅び方。むしろこれを題材に一本映画が作れそうだ。

 しかし元凶が集うこのような場所に、どうして俺がいるっていうんだろうか…………。

 やがて扉が完全に閉まった途端、空機は完全に闇と同化して、目の前にいるにも関わらず視認不能になってしまった。恐ろしい同化率……こんなのが暗闇の中で襲ってきたら、逃げる事――否、発見すら容易ではなかっただろう。まるで目に見えない闇黒物質のようだ。

 優しい太陽光ではない、無機質で白い人工的な光で辺りが満たされる。光はドーム全体を不気味に照らし出し、風が奏でる自然の音は消え、不気味な機械の駆動音、そして俺だけが取り残された。

 直後――――


 ――――俺は。相棒である万能工具を片手に、目の前に降り立った空機に向かって行った。


 ◇


「――――!!」

 俺は目覚めと同時に今度こそベッドから飛び起きた。

「なん……だ、今のは……っ――?」

 咳き込む体は風邪をひいている時みたいに火照っていた。額に手を当てると生温い水滴が手の平にべったりと張り付き、頬を伝う汗にびくりと上半身が震える。寒さとはまた違う、心の底からの怯えのようだった。

 時計を見ると、いつもより五分程度長かった事がわかった。今まで見ていた夢は追加分と呼ぶのが相応しいのだろうか。

「俺が……俺が造った……のか? 俺が……直す……のか?」

 呟くように自問する。工具片手に空機に向かうという事は、つまりはそういう可能性があるのだ。

「いや……俺にはあんなモノ造れない。造れるわけがない。記憶だってない」

 自分が今見た夢の事実を、はっきりと否定する強い口調で言葉に出してみる。ベッドの上であぐらをかいて、夢の内容を頭の中で何度も繰り返した。

 空機に向って行ったところで俺は目覚めた。だからその後は分からない。しかし俺が体験しているなんらかのこの現象が規則的だというのなら、数日後にまた続きを見る可能性も…………。

「…………分からないな、まったく」

 負の思考をいったん断ち切り、俺はさっさと支度を始めた。偶然か必然か、今日はまさに皆と夢についてを話し合う事になってたのだ。嬉しい反面、タイミングが良すぎて逆に不安も感じるが……。

 生温い嫌な汗をたっぷりかいていたから、俺はとりあえずシャワーを浴びて体をすっきりさせた。温かく清らかな水を惜しみなく使って。だが水では不安と焦りは流す事が出来ず、足取りは素早く軽く、心持ちは悩ましく重く、俺はひとまず食堂へと向かった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ