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空の夢

 ――――ここは……とても。とても、静かなセカイ。その静けさをたとえるのなら……そう、まるで空虚な宇宙空間のしじまのよう。無音という言葉だけがただそこに浮いている。

 私の意識は今、その中をふらふらと彷徨っている。目指すあてがないから、ただ漂っているというほうが正しいのかな。つまるところ――いつもの、夢の始まり方だ。

 と、そう感じ始めていた直後――目が覚めた。瞼は開くも身体は動かせず、金縛りに近い状態で、無機質な天井を眺めることくらいしかできない。

 体の芯に氷塊を当てられているかのような、ずきずきと痛みに近い寒気が走る。寝返りをうとうとすると、うなじがぎしりと音をたてて軋む。同じく体中のあらゆる骨がみしみしと悲鳴を上げて、とてもじゃないけど動かせない。唯一動かせる唇は、繰り返していた激しい呼吸のせいか、枯葉のようにぱりぱりと乾ききってしまって痛い。

 今、聞こえる音はふたつだけ。不規則に脈打つ心臓の音。口からもれる呼吸音。そのどちらも私のもので、そのお陰で今の意識は現実側にあるのだと認識できる。

 ……けれど認識も束の間、やがて私の意識は再び現実の世界から退場しようとしてしまっている。私の意識に鎖がかけられているかのように、ぐいと引っ張られるようにして、また見たくもない夢の中へ向かおうと…………。

 

 ――――あぁ、私は今、現実と夢の境界にいる。

 

 夢と現実が混同する、不明瞭かつ不安定な世界。指で弾いて回るコインのように、表裏が瞬時に入れ替わる。そんな交互には終わりがないようにも思えてしまう。

 意識を現実に戻そうと努力したけれど、それさえも見えない鎖に阻まれる。抗うことができず、結局私は強制的に夢の世界に浸されることになってしまった。

 夢とは言いがたい現実的(リアル)な映像が今、始まりを告げる――――


 ◇


 私の夢はいつも薄暗い教室のような部屋を舞台に始まる。

 私は部屋の中に並ぶ椅子に座り、目の前に置いてあるモニターを眺めている。自分の周りにも同じようなことをしている人が何人もいるけれど、顔は暗闇でまったく見えない。

 私がモニターから目を逸らして前を見ると、暗くて顔は見えないけれど、二人の人が立っていてこちらを見ている。いったいなにをしているのだろう?

 考えも束の間、私は再びモニターに視線を戻し〝いつもの作業〟に没頭し始めた。

 モニターにはいつもなにかに怯えて逃げ惑う人がたくさんいた。私はその中のひとりを無造作に選び、視線をその人に向ける。するとその人に闇色の機械――『空機(カラクリ)』が近づいていく。

 次の瞬間、私が視線を向けた人は周囲を赤く染めながら地面に崩れ落ちた。それっきり、その人は壊れた人形のように動かない。

 あぁ、死んでしまったのだ。私のせいで。

 

 ――――と、いつも夢はここで途切れる。


 私が空機を操作して、逃げ惑う人々を殺していく。その中のひとりを殺してしまった瞬間、目が覚めるのだ。

 …………けれど、今日はそれで終わらなかった。……いえ、終わってくれなかった。いつもなら目が覚めるはずの私はまだ目覚めない。

 夢にはどうやら続きがあったらしく、夢の中の私は引き続き空機を操作して何人もの人々を次々に殺していった。当然、そんなことをする目的はわからない。わかるということは、命令を下すほうも、下されるほうも機械だということだ。

 モニターに映る悲劇を眺めていた私は、ふと顔の筋肉が動いたのを感じた。頬だ。私は自分の頬に指先をあて、それから顔半分を押さえるようにして触れてみる。

 ――歪む、口元。

 モニターに薄く映りこむ自分の表情が見えた。それらが示しているものの答えは非常に簡単だった。そして、ありえなかった。

 

 〝笑って〟いる。


 それを確認した私は、口角の角度そのままに、また無造作に人を選ぶ作業を続行する。そのまましばらくその作業を続けていると、ふとモニターに見知った姿が写り込む。

 腰まで伸ばした銀色の綺麗な髪をなびかせる白い服を着た少女。その両脇にいる灰色の服を着た眼鏡をかけている少年と、深緑色の服を着た体格の大きい少年。その三人はその場でただ石造のように固まっていた。

 ――私は、狙いを絞り、視線を向ける。黒い影が近づくと、少女を守るかのように二人の少年が立ち塞がった。物理的障壁と精神的障壁。しかしそれは機械にとっては妨害の欠片にもならなかった。判断するのは機械という私自身なのだから。

 私はもう一度視線を向ける。一瞬で二人の少年は力なく転がり、地面に綺麗な赤い筋を残していく。ことを終えた黒い影は次に障壁のなくなった無防備な少女へと向かう。

 少女はなにかを叫んだようだけれど、モニターから音声が聞こえてくることはない。聞こえたところでやめるわけでもないだろう。

 再び視線を向ければそこにはもう一体の死体が。その死体が着ている服はじわじわと鮮やかな色で染まっていき、まるでそれは――


 ――――赤いドレスを着ているようだった。


 ◇


「――――!」

 目が覚めた。今度こそ、現実の世界で間違いはない。

「……はぁ……はぁ……っ――?」

 半身を起こし、咳込み、重低音の唸りを上げる胸元を押さえ込む。

 頭が万力で力任せに締め付けられているかのように痛い。全身が震えていて冷や汗が幾筋も頬を流れていく。

 時計を見ると午前五時半。窓から射す人工灯の光はまだまだ暗いままだ。

「……そんな、どうして…………?」

 痛む頭を抱えて目を閉じると、今見た鮮明な映像がフラッシュバックのように再生される。


 夢が、変わった。


 こーすけの言っていた予知夢という単語が、脳裏で再生される生々しい映像を切り裂き過ぎっていく。

 予知夢。それは未来に起こるであろう事柄が夢というカタチになって、早めに知らせてくれるというものだという。でもそれが〝いつ起こるか〟、具体的な数字として知らせてくれないのが問題となる。

 いったいどうして私の友達が夢に現れたのだろう?

 ――――どうして、私は友達を殺さなくちゃいけなかったんだろう?

 もしかしたら私の感情が極限にまで乏しいからこそ、起こりえてしまうことなのかもしれない。あの時、私に人間としての感情がもっとあれば、拒絶あるいは人を殺さなくても済んだはず。人の命を奪うことなんてあからさまに悪行だってことくらい判るのだから。

 このまま感情が乏しいままに生きていった結果が、夢の映像なのだろうか?

 ……なら感情を手に入れなければ、だめだ。このままの私ではきっと――――全てを失う。

 既に一度、失ってしまったというのに。今の私を支えているものを失ってしまっては、もう私にはきっとなにも残らない。心も、身体も、命もさえも…………。でもそれをどうやってそれを防ぐ?

「………………わからない」

 呟いてひとまず漠然を振り払う。予知夢と決め付けるのはよくないけれど、とにかく結果はどうであれ、今のままではいけないのは確かだ。

 今のままで過ごした最悪の結果があの夢になるというのなら、それはなんらかの方法できっと未然に防げるはず。防ぐために夢が教えてくれたのかもしれないし。それこそこーすけの言っていた神様からの警告なのかもしれない。

「……………………っ」

 頬を駆け下りた嫌な冷たさをまとう汗が、首元を震わせ、胸元に流れ落ち下着を湿らせていく。唇はひりひりとしていて喉は水分を欲している。

 私は鉛のように固形化していた鈍重な体を無理に起こして、とにかくシャワーを浴びてからひとまず食堂に向かうことにした。まだきっと誰もいないと思うけど、もう眠気なんてどこかに吹き飛んでとても寝直せるような状態じゃない。

 とにかく行動しないと。それが今の私の心で〝自分から〟渦巻くなにかだった。


 ◇


 食堂には動く人の気配はせず、カウンターの機械も作動していない。立ち止まってみると聞こえてくるのは、厨房にある大型冷蔵庫の低い作動音と、足早に歩いてきて少し荒い自分の呼吸音だけ。今までに聞いたことのない組み合わせだ。

 私の体はいつも使っている席へと勝手に向かう。薄暗く静かで人の温もりのない静謐な食堂は、いつもと全然雰囲気が違っていて夜の病院みたいだ。鼻をつく薬品や消毒液の匂いがしないだけの違い。

 こつり……こつり……。

 一歩毎に足音が響く。

 こつり……ひゅぅ……こつり……ひゅぅ。

 次第に足音の間になにか空気を抜くような音が入り込む。その音は一歩進むごとに大きくなっていく。なんの音だろう?

 その音はテーブルの方から聞こえてきた。席に向かって行くに連れて、聞こえる音は徐々に大きくなっていく。

「――え?」

 私が発した小さな声は、食堂の空気に吸い込まれて余韻を残す暇もなく消えた。

 でも、その一言は〝彼〟が目覚めるに充分なきっかけとなった。

「…………お? あぁ、空ちゃんか。おはようぅ。……ん、暗いな。もう夕食かい?」

 空気を抜くような音の正体は寝息だった。なんと誰もいないはずのテーブルには既にハタケの姿があったのだ。椅子に座ったまま眠っていたようで、私に気づくとその大柄な体を起こそうと努力を始めた。

「あなたどうしてここに? あ――」

 尋ねておいて、私は彼の答えを聞く前にわかってしまった。ふと思い当たる節があったのだ。

「……もしかして昨日から?」

「おう、多分そうだなあ。起きたら皆いなかったから、まぁいいやって。……あれ? もしかして朝か?」

 ハタケは大きな伸びをしながら聞いてくる。背骨の鳴る音と椅子の悲鳴がとてつもなく大きい。

「ええ、早朝よ」

「だいぶ早いな。なんで空ちゃんはこんな時間に?」

「少し早く起きたの」

 椅子に座りながら、とりあえず事実を言った。

「そうかあ」

 ハタケはまだ眠たそうな目を擦りつつ、まじまじと私の顔を見てくる。

「…………空ちゃん、なんか〝焦ってる〟?」

 不意に、ハタケがそんなことを訊いてくる。

「え?」

 焦り――それは感情のひとつ。でもこれが、そうだというのだろうか? この行動しなくちゃ、と心で渦巻くブレーキの壊れた乗り物みたいなものは。

「……でも、私にはそんなものは――」

 ない、と言いかけて私は口をつぐんだ。今の私にはあるともないとも断言できないからだった。

「……いえ、わからないわ。焦っているように見えるのなら、そうかもしれない」

「はは、今はまだいいんだよ、それで。わからなくて何か問題があるかい? おいらはこーすけの言ってる難しい単語は全くわからない。でも問題はない。この通り、自由気ままに生きてる」

 ハタケは両手をひらひらと振って、ただにこりと笑って何度か頷いただけだった。

 ……そう、わからなくても、問題はない。本当は彼の言う通りなのだ。けれど……今は、わからないままにしては危険だ。

「おいらはお腹が減ったから焦ってここに来たのかと思ったよ。んまぁ焦るのはよくないからな。おいらは大体いつもそれで失敗する。――ところで今何時だかわかるかい?」

 ちらりと食堂の天井からぶら下がっている電光掲示板を見るも、まだ真っ暗のまま。しかたなく大体で答える。

「私が部屋を出たのが六時前くらいだったから……」

「んじゃまだまだか。ここ七時から準備だよなぁ。忍び込むなんてできないしよ。ううう……」

 なにかを思い出したのかハタケの巨体がぶるっと震える。きっとあの出来事を思い出したのだろう。

 食堂は七時から準備が始まり、一般の人は七時半から食事ができる。食堂の入り口は開け放してあるので、誰でもいつでも入れるのだけど、〝早弁〟しようにも冷蔵庫には物理的な南京錠がかかっているわけで。

 どうしてこんな時代にもなって南京錠かというと、過去に一度、夜中にハタケとこーすけのデコボココンビが厨房に侵入し、冷蔵庫のカード式オートロックを軽く突破し食料を奪い去るという暴挙とも快挙とも言える事件を起こしたがゆえだった。

 ハタケは食べ物欲しさに、こーすけは自分の腕を試したかったがために。求める物は違えども目指す場所は同じだった二人は共に行動を起こしたのだ。これによって難解な電子的施錠よりも、簡単な物理的施錠の方が突破するのが困難だと判断され、今では立派な南京錠が取り付けられているのだ。

 犯行の翌日に、食堂の料理長のおばさんから強烈なお説教を受けるハメになったのは言うまでもない。これに観念した二人は、今でも料理長に会うと腰が低くなる。料理長の威厳は未だに二人の心に戒めの記憶を思い出させるようだ。

「まだ時間あるわね」

 落胆しているらしいハタケを見て言いながらふと思い出す。そういえばまだ彼に夢の話をしていなかった。みんなが来る前に言っておいて、今日行う予定の情報探しを手伝ってもらった方がいいかもしれない。

「あの、少し話をしても?」

「……? 珍しいねぇ。いいよいいよ、なんだい?」

 くりくりとした目を見開いて、ハタケはテーブルにその有り余る身を乗せてくる。私は彼のほうに傾くテーブルを両肘で必死に押さえつけながら、話す内容を整理する。

 もちろんいつものはともかく、〝今日の夢〟のことを語るには少し……〝抵抗〟があった。なぜなら今日見た夢に出てきた、私が殺したと思われる張本人は、私の目の前にいるのだから。

 だから、あの部分に関してはちょっとだけ端折(はしょ)る事にした。こーすけやスズに話したところまで、見知らぬ人を殺したその瞬間までの話をすることにする。

「私、夢を見るの――――」

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