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無色鏡

 私が見る夢の内容、優星も同じ内容の夢を見るということ。突けば破けてしまいそうなまでに張り詰めた空気の中で、私がその一部始終を語り終えると、以外にもスズとこーすけは興味を示してくれた。というかもとより疑う気持ちなんてなかったらしい。

「なーんだ、だから最近くーちゃん寝不足だったんだ。もっと早く言ってくれればよかったのに。でも不思議だねそれ、同じような夢をずっと見るってさ」

 言いながらスズはベッドにごろんと寝転んでじっと天井を見つめた。

「なるほど……。それは少し興味深いなぁ。夢っていうのはまだ科学じゃ完全に説明できないからね。それに正夢だったなんて話は結構昔から聞くし、僕も経験あるよ。ほら、よくこの光景見たことあるぞって感じ。つまり既視感、デジャヴと言われる類のものかな。でも二人の話からすると予知夢の一種かも。神様が警告してるのかもしれないね」

 こーすけが珍しく非科学的なものを淡々と述べていることに、スズは寝転んだまま、へぇ、と高い声をあげた。

「こーすけが神様とか言うの初めて聞いた」

「う……なんだい、僕ってそんな難いイメージか! ちゃんと人間らしいところは沢山あるぞ」

 いつも神秘的要素はとことん省くこーすけだったから、スズの驚きも当たり前だった。私もこーすけの口から神様という単語を聞いたのは初めて。なにせ彼にとっての神様というのはいつだってどこかの有名な科学技術者なのだ。

「神様を出すのは最後の手段だな、幸助。でも確かに夢についてはまだ完全解明に至ってない。でも予知夢の一種だとしたら、やっぱりこれってまずくないか? 夢の内容が現実になるって……」

 優星はむむっと眉間に皺を寄せ、床にあぐらをかいて座った。

「ええ、そうね。でもなにをどうしたらいいのか……」

 同意するも具体的な対処方法というものはすぐに浮かんでこない。

「んー関連することを調べてみるしかないんじゃない?」

 スズはあいかわらず天井を見上げたまま、それしかないよ、と提案しそれにこーすけも頷く。

「いつだって始まりは調査さ。まずは夢の内容からして多分……『空の災』についてもっと細かく知らないと駄目かもしれないね。運がいい事に明日は土曜日だし、皆で手分けして調べれば何か分かるかもしれない」

「それはありがたいな。でも今日はもう遅いから、明日の朝もう一度計画してみるってのはどう? 俺明日は非番だからさ」

 優星はちらりと壁に掛かったデジタル時計を確認する。時間は既に二十一時過ぎ、部屋にある窓から射す人工灯の光はとうに明るみを失っていた。

「おっと、課題やらなくちゃ。そうですね、また明日で!」

「それじゃぁ今日は解散で。今日は色々ありがとう、なんかいきなり巻き込んですまないけど……」

「こちらこそいい体験ができましたよ! それに僕だって二人の夢の事は気になりますからね。調べてみる価値はありますよ」

 ぐっと拳を握りこーすけはなんだかやる気を示してくれたようだ。優星の存在が大きいのだろうけれど。

「――よし、そんじゃまた明日ね!」

 スズはばっとベッドから飛び起きて、未だに優星の部屋を見渡しているこーすけの腕を引っつかんで玄関へと引っ張っていく。

「あ、あれ、空ちゃんは――」

「いーからほら、行くよっ! 二人ともまった明日ぁ!」

 私が立ち上がる前に、スズは逃げるようにしてこーすけを連れて外へ出て行ってしまった。拉致といっても差し支えないだろう。

 二人の訪問者はなぜか慌しく撤退してしまい、ドアが閉まると部屋にはまだ二人の人間がいるというのに、完全に近い静寂がやってきた。

 優星は私がまだ残っていることに気が付くと、床から立ち上がって私の傍らに腰を下ろした。ぎぃっとベッドが軋んで視線が下がり、ふぅ、という短いため息が聞こえる。

「うーん、友達っていいね」

 両手を組んでぐぃっと背伸びをし、骨の鳴る派手な音と共に優星はそんなことを口にする。ええ、とそれに頷いて私はひとつの質問をすることにした。

「優星は他に友達がいるの?」

「いるっちゃいるけど仕事仲間の大人ばっかりだけどな。運悪く俺と同世代の人はこの地下都市にいないんだ。こんなに近い年齢の人と喋ったのなんて久しぶりだよ」

 言って優星はスズと同じように天井に顔を向けて目を閉じた。どうも天井には人を見上げさせる力があるらしい。

 私はそんな彼を横から見つめた。小さくあがった口端を見ると今日の出会いはなかなか嬉しかったようだ。人の表情を分析すれば、その人が今どんな感情を抱いているのかはそこはかとなく解るようにはなった。もちろんそれは本の図やスズ達に協力して学んだ範囲での話。自然と読み取れるようになれるのはまだまだ先のお話だ。

 互いに口を開かず、妙に静寂な時間が経つ。しばらくして優星が目を開くと、私に見つめられていることに気付き、彼はぽりぽりと人差し指で頬を掻いた。

「な、なんか俺の顔に付いてた?」

「付いてないわ。……ただ、あなたを見ていると不思議な気持ちになるの」

 抱こうとしているものがどんなものなのかはわからない。不思議なものとしか言いようがない、今は胸の辺りがふんわりと温まるような感覚がある。たとえるなら小動物を抱いているかのよう。

「不思議な気持ち……か、もどかしいよな、わからないって」

「でも信じてるわ。この先いつかそれがなくなるようになるって。残念ながら不思議なことばかりなの」

 今は、と付け足して私は緩慢な動きで立ち上がった。なぜか、ここを離れたくないような、そんな気がしてしまうのを抑えながら。

「私も部屋に」

「ああ、うん。また明日。お互いよく寝れるか分からないけど……」

 肩をすくめて多分無理かな、と言いながら優星は私に向かって手を振った。

「おやすみなさい。よい夢を」

 優星の方を一度振り返り、私はささやかな希望というものを口にしてみて、部屋をあとにした。


 ◇


 寒くもなく、暑くもなく。生温いといえばそう。なにしろここでは流れる汗を拭い、手でぱたぱたと扇ぐ必要も、凍える身体を抱き白い息を吐くこともない。もちろんそれは年中を通してのお話。快適の追求はいつしか四季折々の風物詩を完全に失わせたのだ。

 もちろんそれは人間の話だけにあらず、四季ごとに変貌を遂げる自然も同じ。目にできるのは年中同じ草木だけ、それもほぼ食用ときたもので。桜などといった定番ものもことごとく消滅してしまっている。もとよりこの地下の環境に適応できるはずがないのだけれど。

 この時間にもなると廊下はかなり薄暗く、定期的に足元にある明かりだけが頼りだ。出歩いている人は大人だけがちらほらで、私は誰かとすれ違うたびに振り向かれているような気がした。確かに、黒い制服でこんな時間に歩き回る、しかも女子というのは間違いなく怪しい部類に入るに違いない。もちろんそんな世間からの目を気にする――気にできない私は、足早になるわけでもなく、普通の速度でひた歩く。

 地下二階にある自分の部屋には数分足らずで辿り着いた。そこそこ私は疲れていたので、すぐにシャワーを浴びて寝ることに決めた。

 服を脱ぎ浴室にある小さな洗濯機に投げ込む。この小柄な洗濯機がまた素晴らしく、一通り勝手にやってくれて、朝には新品同様の形で洗濯機の中に置かれているという優れもの。

 浴室に入り壁に付いてる液晶をいくつかタッチすると、一番心地よいらしい温度の水がこれでもか出てくる。ちなみに水は膨大な地下水を使っているから、地下都市では水不足という事態にはならない。これは地下に住居を構えるうえでは大きな利点だった。

 ざぁぁぁ、と比較的ぬるいお湯が頭を叩く。その温かさに思わず溜息が出る。そのまま目を閉じてみると、今日一日の出来事が脳裏に眩しく浮かぶ。

 奥凪優星という男の人が新しく友達になったことで、私の友達は四人に増えた。間違いなくこれからの日常がさらに賑やかになることだろう。

 ――問題は、私がその賑やかさについていけるかどうか。受動的な私は、友達がいなければなにもすることができないと言っても過言ではない。今でこそ友達と一緒に行動しているけれど、出会う前は部屋でひとりっきりで、それこそ読書くらいしかしていなかった。一日中、なにを考えるのでもなく、ただ生きるのに必要なことだけを機械のように淡々と――――。

 …………でも。今は、そんな日々が嘘のように感じられる。今の私は、過去の日々を片手で振り払えるくらいに成長している。少なくとも完全にゼロだった私はもうどこにもいないのだ。

 毎日成長しながら生きていく。それが普通の人の目的であって、さらに〝幸せに〟生きていくというのが一般的だ。でも私はまず、その〝幸福〟という感情を感じられるように成長しなくちゃいけない。そこに辿り着くまでの道のりが他人よりも険しくて長いのが、私だ。

 そのいつ辿り着けるかわからないであろう幸せな未来を、ほんの少しでも早く、ほんの少しでも近いものにするために私は今をしっかり生きている。今日みたいに、新しい光と出会ったり。

 そんな毎日がずっと続けばいいのに。でも続かないかもしれない――と、なぜかそんな気がしてしまう。これはきっと、夢のせいだ。

「嫌……」

 ただの単語として、そう口にしてみると――私を取り巻いていた重い空気は何処かに消え去った。どうしてこんな身体が重くなるのか。普段はなにも感じないのに……。

 気が付くと既に指先がふやけていた。結構な時間を浴室で過ごしてしまったらしい。

 シャワーを止め、身体を拭いてタオルを体に巻き、髪の毛を乾かそうとドライヤーを手に取って鏡の前に立つ。一応、私の性別は女性だから髪の手入れくらいはする。これもずっと昔から私に刻まれていた常識からの行為だ。

 鏡を見つめると、無表情な私がじっと見つめ返してくる。こちらを見つめ返す黒い瞳に皆のような光はない。わかっているけれど、もちろんそれは他でもない私自身の瞳。あの日から変わり映えのない景色。

 なんて平坦な瞳なんだろう、なんて色のない表情なんだろう。みんなはあんなに楽しそうに笑って輝いて、苦しんで濁って。どうして私は……なんで私は笑ったり泣いたりすることができないんだろう?

 とっても簡単なことのはずなのに、みんなが普通にしてることなのに。

 小さい頃はそんなこと全く気にしてなかった。……いえ、気にする必要がなかった。でも、今は心に悩める余裕ができたのか、時々考えてしまう。特に鏡を見るたびに、私の身体は重くなる。

 だから、私は鏡が嫌いだ。感情的にではなくて、きっと本能的に嫌っているんだと思う。

 それでも毎日必要最低限で済ますどころか無意識に凝視してしまうのは、いつかこの瞳に、いつかこの表情に、輝かしい色がつくのではないか、と隙間だらけの心のなかでそう思っているからなのかもしれない。

 みんなと一緒に笑いたい、幸せな毎日が過ごしたい。そんな非常に簡単なことが今の私の夢であり、生きる目標でもある。〝あんなもの〟は私の夢なんかじゃ、ない。

 そう心のなかで断言し、もう一度鏡の中の私と視線を交わして髪の手入れを終えた。

 寝巻きに着替えてふらふらと倒れるようにしてベッドに横たわる。熱くも寒くもないけど毛布を頭までかぶって、巻き込むようにうつ伏せになった。

 またあの夢を見てしまうと思うと、一思いに目を閉じて安らかな眠りに入れない。かといってずっと起きてるわけにもいかないので、一種の賭けとしてぎゅっと痛みが生じる程度に目を閉じてみた。

 それでも、だめだったから。今度は枕をぎゅっと胸に抱いてみることにした。ずっとずっと昔、眠れない日にぬいぐるみを抱いていたあの時を思い出してのことだ。

 すると、それが功を奏したのか、いくらか身体の緊張が和らいで、眠れそうな気分になった。嫌な考えが全部、枕に吸い取られてしまったようだった。体は覚えているのだ。

 なにかを抱いたり、誰かに抱かれたりすると、例えようのない温かみで胸の奥が満ちる。これがいわゆる、〝安心〟っていう感情なのだろうか? 本で読んだ限りはそれが一番近い感情なのかもしれなかった。

 どんな景色を見たらどんな感情が生まれるのか、どんなことを言われたらどんな感情を抱くのか、どんなことをされたらどんな感情に支配されるのか。私はそれらを文章から知ることはできるけれど、理解することはできない。知ると理解はまた違うのだ。頭で知って、心で理解する、というふうに。

 私はもう一度枕を抱きしめて、目を閉じて。どちらもぎゅっと、疲れるくらいに。

 するとやがて意識はブラックホールに吸い込まれるかのようにして、引き延ばされ、細切れになり、粉々になっていった。

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