ペンが剣より強い世界
「勝負方法は?」
「ジャンルはファンタジーで短編五千字。
ハイ・ロー・異世界の選択は自由。
主人公の性別やハーレムの有無も任意だ」
「チートは?」
「認める」
「良いだろう、受けてたつ!」
紫色の光によって区切られた狭い空間の中、二台の机に執筆道具が並べられている。
机の上やいつの間にか現れた棚には、ありとあらゆる資料が整えられていた。
最高の執筆環境と言っていいだろう。
「ならば、いざ!」
「おう、いざ!」
俺ともう一人の男はそれぞれテーブルに着き、ペンを構えた。
「執筆バトル・スタート!」
「ハッ、目にものを見せてやるぜ!」
一体どうしてこうなってしまったのか……話は数日前に遡る。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「は? 死んだ?」
「はい、死にました」
白銀の全身甲冑という時代錯誤も甚だしい格好の金髪女性の前で、思わず俺は間抜けな声を上げてしまった。
相手から醸し出される威圧感に圧されて緊張していたが、その言葉には黙っていられなかったのだ。
「いや、でも、そんな記憶は無いんですが……」
「覚えてなくても無理はありません。
眠っている間に積んであった本の山が崩れてきて窒息死ですから」
「そんな間抜けな死に方!?」
金髪女性の告げる驚愕の真実に、俺は両手両膝を地面について嘆いた。
「まったくですね」
「慰めてくれないんですね……」
「甘ったれないでください。
貴方があまりにも予想外な間抜けな死に方をしたせいで、こちらは大変なのです。
まだ死ぬ予定ではなかったので、輪廻転生の席が用意されていないのですよ」
ん? この流れは……。
「仕方ないので、そのままの状態で別の世界に行ってもらうことになりました」
「おお! 異世界!?」
異世界転生ないしは異世界トリップ。
ファンタジー作家だった俺にとっては馴染みのある言葉であり、自分がそうなることを夢想したことが無かったと言えば嘘になる。
「どんな世界なのですか!?」
「急に元気になりましたね。
そうですね、実はこのようなケースはそれなりの頻度で発生しているのですが、人気が高いのはあなた方の言う所の『剣と魔法の世界』でしょうか」
「おお、ファンタジー!
是非ともそこ……に……」
俄然気持ちが盛り上がってきていた俺だが、ふとあることを思い出して急に冷静になってしまった。
「どうしたのです?」
「いえ、やっぱりそういう暴力の少ない世界に出来ませんか」
確かに、自分が異世界に行くことになったらと夢想したことはある。
しかし、そういったことを考えた後には必ず現実を思い出すのだ──俺には無理だ、と。
剣と魔法の世界、それはつまりそういった手段で戦う世界ということだ。
物語の中でキャラクターにそういう行動をさせることは出来ても、自分がそんなことをするところは想像出来ない。
元々、性格的に暴力的なことは苦手なのだ。
「俺は、しがない物書きです。戦ったりなんかは出来ません」
「向こうの世界に行くに当たって、一人でやっていけるだけの力は与えるつもりですが?」
「力の問題ではないんです、性格の問題です」
一流の剣士としての力を得ても、最強の魔法使いの魔法を得ても、中身が俺では意味がない。
ペーパードライバーをF1マシンに乗せるようなものだ。
あたふたするだけで終わるのが目に見えている。
「成程、分かりました。
そこまで言うのなら、別の世界にしましょう。
先程、物書きと言ってましたね。
ならば、ピッタリの世界があります」
「物書きにピッタリの世界ですか?
一体、どんな世界なのでしょうか」
「そこは、暴力が完全否定された世界です。
その世界では、何かを争う時には互いの織り成す物語で競い合うのです」
物語で競い合う?
一体、どういう世界なのか今一つ想像出来ないが、一方で興味を惹かれた。
死ぬ前にはずっと評価されないままだった俺の作品が活かせる世界があるのなら、そんな嬉しいことは他にない。
「何故、そんな世界が?」
「書物を司る神が趣味で作った世界だからです」
そんな神様も居るのか。
「って、もしかして貴女も神様ですか?」
「今更ですか。ええ、そうですよ。神手不足のせいで呼ばれたヘルプですが」
道理で、そぐわない格好をしているわけだ。
「それで、どうしますか? この世界で良いですか?」
「そうですね。暴力のない世界という話なので、その世界でお願いします」
そうして俺は、期待を胸に物語の世界【イストワール】にて新たな執筆人生を送ることとなった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「書けた!」
「フッ、俺も書きあがったぞ!」
俺ともう一人の男は同時に物語を書き上げた。
執筆机から立ち上がり、紙の束を中央に置かれた天秤の皿へと載せる。
天秤の上空にデジタルな掲示板が二枚出現し、ドラムロールと共に目まぐるしく数字が切り替わり始める。
やがて、ポーンというファンシーな音とともに、それぞれの数字が確定して天秤が傾いた。
俺の方の数字は八十四、相手の男は五十七……俺の勝ちだ。
「ば、莫迦な……ぐぼぇ!?」
驚愕する男だが、次の瞬間、間抜けな声を上げながら何かに跳ね飛ばされたかのように後ろへと吹き飛ばされた。
敗者の末路だ。
と言っても、別に死んだわけでもないし、怪我をすることもない。
服はボロボロになっているが、血も流れていないし痛みも無い筈だ。ただ、激しい疲労感で虚脱状態となる。
余談だが、これが美女美少女であれば際どい感じに服が破れる。イケメンであれば上半身のみ半裸だ。
「俺の勝ちだ」
「く、くそ……」
俺の勝利宣言に悔しそうな声を上げる男だが、執筆バトルの結果は絶対だ。
一切の暴力が否定されたこの世界において、唯一その威をもって相手を打倒することが出来る手段──執筆バトル。
譲れない何かを賭けて、互いの織り成す物語をぶつけ合うことでその勝敗を決めるのだ。
宣言ないしは暴力行為が為されようとすることでバトルフィールドが展開され、その場で定めたルールに沿ってそれぞれ執筆を行い、採点の天秤に運命を託す。
天秤に掛けられた作品は、自動で採点されて結果が決まるのだ。
誰が採点しているかは知らないが、おそらくこの世界を創ったと言われている神様なのだろう。
一度勝敗が決まれば、賭けた対象は神様により強制的に履行され、逆らうことは出来ない。
「約束通り、この席は俺に譲ってもらう」
「チッ、勝手にしやがれ!」
そういうと、俺は取り合っていた席に座る。
男は捨て台詞を吐き捨てると、その場から去っていった。
ちなみに、採点は百点満点ではなく一万点までである。
俺もさっきの男も、この世界では最下層に位置する存在だ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ステータス・オープン」
見知らぬ男と奪い合って勝利したカフェの席に座り珈琲を啜りながら呟くと、中空に半透明のウィンドウが立ち上がりゲームで出てくるようなステータスが表示される。
名前 :神宮司 光洋
称号 :無名作家
ジャンル:ファンタジー、コメディー
面白さ :C
執筆速度:D
知名度 :E
持続力 :C
文章力 :C
成長性 :B
スキル :徹夜
ポイント:123
戦闘力ではなく物書きとしての能力が問われる世界なので、表示されるステータスも当然物書きとしての能力を示すものとなる。
ちなみに、表示されている名前は元の世界でペンネームとして使っていた名前だ。
「……誰が無名作家だよ」
独り言のようにぼやくが、結果は変わらない。
この世界に来たばかりの俺に知名度なんてものがあるわけもなく、無名なことは事実なのだから。
尤も、元の世界に居た時も無名作家であることに変わりはなかったのだが……。
この世界は作家率百%という狂った世界だ。
人々は作品を納入することでポイントを得られ、そのポイントで生活する。
食物を作ったり服を縫ったり家を建てたりする人も居ないのに何故生活が成り立つのか疑問だったが、神様の力によって配給されるという回答にそれ以上考えるのを止めた。
一説によると、この世界で生み出した作品とトレードすることで他の世界から仕入れているという話だが、真偽の程は不明だ。
納入した際に一定以上の評価が為されれば、書物の形となって広く販売される。購入者は当然この世界に住む作家達だ。みな研究には余念がないため、作家であると同時に読者でもあり、ポイントを消費してそれらの名著を買い漁るのだ。
当然、その際には購入費用に当たるポイントの何%かが著者に支払われることになる。
また、評価によってはその内容に応じた称号が得られ、パラメータにプラス補正が掛かり有利性を得られる。
「バトルばっかで、そんな余裕は無ぇけどな」
この世界の争いは全て執筆バトルによって行われるため、人が自然死以外で死ぬことは滅多にない。
しかし、気軽に戦うことが出来てしまうことによる弊害として、些細なことでもバトルに発展するという事態が起こっている。
目が合ったら執筆バトル、肩がぶつかったら執筆バトル、起きたら寝癖が立っていたので執筆バトル。
暴力の無い世界ではあるが、争いが無い世界ではないのだ。
執筆バトルで天秤に掛けた作品もポイントに加算されることもあり、至る所でバトルが展開されている。
「これ飲んだら、残りは二十三ポイントか……マジで書かないとヤベェな」
この世界では書けなくなった者から飢えて死んでゆく。
先程のバトルで八十四ポイントを得たが、珈琲が百ポイントなので赤字だ。
俺は嘆息しながらも今日のパンを得るために作品を書き続けるのだった。
「ホント、この世界は作家天国だぜ」
発想としてはカードバトルの執筆版ですが、執筆バトルには大きな欠点が二つあります。
一戦の労力が半端でなく高いことと、時間が掛かることです。
余談ですが、「ペンは剣よりも強し」という言葉の本来の由来は言論の影響力を語ったものではなく、剣を振るう力よりも死刑執行サインの方が強いというお話だそうです。
私も今回調べて初めて知りました。