冒険者になろう
「いやーお前さんらに頼んで本当によかった! まさか一夜で解決しちまうとはなぁ!」
そう言って上機嫌に笑っているのは、ヘイストルの冒険者ギルドの支部長だ。
かつては現役の冒険者であったという大柄な老人を前に、ドニは不安げに布に包んだ剣を抱え、座っていた。
エルサリオンは事が終わった昨夜の時点でギルドへ依頼達成の知らせだけ持ち込んだようだったが、あれからずっと眠っていたドニが目覚め、改めて三人揃って報告に来ているのだ。
昨晩の知らせを受けたギルド職員が確認と後始末のために墓地へ向かったが、死霊の特性上、多くの死体は朝日に焼かれて消滅し、残された人骨やらを元の場所へ埋葬することで今回の事件は完全に幕を閉じることになるそうだ。
まだ職員からの伝言でしか事件の終幕を知らないらしい支部長は、愉快そうに笑いながら詳しい話を聞きたくてうずうずしている。
ドニは剣がこれからどんな扱いを受けるのか不安でたまらない気持ちだったが、彼は虚飾なく喜びを表し、一団の代表格であるエルフの魔術師を褒め称えた。
「さすがは冒険者歴六十年なだけはある!」
「僕はそんなに役に立ってないよ。死霊のほとんどはこっちのフーちゃんが倒したもの。あっもちろんドニくんも頑張ったんだから! 僕はふたりの後ろで強化魔術で支援しただけだよ!」
事件解決をひとりの手柄だと言うように扱う支部長に、エルサリオンが念を押すようにあからさまな謙遜をした。
だが、すっかり陽気な気持ちになっている老人はそんなことは些事だと思っているのか、心が弾むままに笑った。
「そうかそうか! 獣人族の姉さんも大層強いんだなぁ! こりゃ昇級してもらわんとならんな! まぁとにかく、まずはお前さんたちの口から報告してもらおうか。俺はまだ口伝えにしか聞いてねぇからな」
「そうだね。じゃあ僕が話すよ」
とりあえずわかってもらえたことで、秘かにホッと息をついたエルサリオンが話を引き受けた。
彼はまだ新鮮な昨夜の記憶を呼び起こし、簡潔な言葉に直していく。
「えーっとね、多分、墓地のほとんどの死体が死霊化してて、大体がゾンビとスケルトンとゴーストだったかな。此処でもらったお札があったから、ゴーストもウィルオウィスプも問題なく倒せたよ」
「おお、そりゃよかった」
「でも、一体だけレブナントがいて……」
「あ? 帰参者だと?」
信頼するエルフの魔術師の報告に、鷹揚に相槌を打った老人が、その魔物の名を耳にした途端ににこやかであった顔色を変え、髭と同じくふさふさした眉を顰めた。
「そう、レブナント。何か心当たりはある?」
「いや……あの貧民街近くの墓地だろ? あそこに高名な者が埋まってるとは聞いたことがねぇ」
「聞き込みした感じだと無名っぽかったけど、相当の手練れだったと思うよ。特徴的な剣士だったから支部長さんなら知ってるかなって思ったんだけど……もしかしたら裏の人間なのかもしれないね」
「俺としたことが、レブナントになるような輩を把握していなかったとはなぁ……。お笑い種もいいところだ」
苦虫を噛み潰したような顔で会話する支部長とエルサリオンの話を聞いて、ドニはなんとなく主人が変異したレブナントという魔物について頭に描いた。
きっと有名になるほど力のある人が死んで死霊化するとその帰参者になるのだろう。
あの死んだ男もほかのスケルトンやゾンビなどといった愚鈍な魔物とは異なり、生前の姿そのままで蘇っていたことを思い出す。
男が生者だった頃、どんなに屈強な魔物も亡骸となってその前にひれ伏していた。
やはり彼は広い世界においても強者だったのだ。
ドニがひとりで納得している間にも、おとなたちの話は進んでいく。
「それで、その剣士はどうしたんだ? あのいつのもんかもわかんねぇような札じゃあ、どうしようもなかったろ」
「そうなんだよねぇ。どう考えても専門外の僕らの手に余る案件だったんだけど……何とかなっちゃったみたい!」
「はぁ?」
軽い調子で漠然とした結果だけを答えるエルサリオンに支部長が呆気にとられたような顔になる。
それから何かを恐れるようにゴクリと喉を鳴らして、恐る恐る推測を口にした。
「リオンさん、あんたまさか神聖魔法を……?」
「やっだな~。そんなわけないじゃない! 教会の門外不出の術を会得してたらおかしいでしょ! 僕は僧侶じゃなくて治療魔術師だよ!」
何故か胸を張って主張する魔術師の言葉に、彼は新たな困惑の色を浮かび上がらせた。
もはやお手上げと言わんばかりに推測することもやめて、ただ疑問の言葉を投げかける。
「それじゃあ、どうやって……」
「う~ん……それが僕にもよくわかんないんだよね!」
要領を得ない返事に支部長はまたもや「はぁ?」と声を上げた。
ドニは自分がその答えを知っているのにそれを誰にも教えないでいることに少し後ろめたさを感じていた。
魔物と化した男はドニを通して自身の過去を受け入れ、天に帰った。
それを他者に伝えようとするには、己と男の関係も話さなければならない。
そうすると、必然的に彼のことを悪く言われるだろう。
例えそれが事実であっても、ドニは男の悪口を聞きたくなかった。
だから、いくら気が咎めてもこのことは黙っていよう。
そう決め込んで、けれどこの話し合いがどんな方向に向かうのか気がかりで、エルサリオンが話すことに耳を傾けた。
彼は曖昧に困ったような表情で自身の意見を言葉にしていく。
「多分、死体が死霊化していた原因を取り除いたから、レブナントも含めてすべての魔物が活動を停止したんだと思うんだけど……ドニくん、剣を見せてくれるかな」
ついにきた。
ドニの心臓がドキリと跳ね、思わず手にしている剣を握りしめる。
死霊騒ぎの発端であるこの剣の処遇が此処で決まるのだ。
きっと此処で剣と別れることになる。
そんな予測に心を沈ませながら、ドニはそれでも言われた通りに簡素な布に包んだ剣を取り出して、この場にいる者すべての目に触れるように持ち上げた。
そして、エルサリオンはドニの予想通りに元凶である剣の呪いについて説明を始めた。
「どうにもレブナントが持ってたこの剣の呪いが原因で死霊が発生したみたいなんだよね。僕にもハッキリしたことはわからないけど」
「なっ……呪剣まで出てくるか……」
「真偽はわからないけど、持ち主に死を招いて死体を死霊化させるらしいよ。ただ、僕は呪術のことはわからないから専門家に見てもらいたいんだけど……」
「そうだな。そうしたほうがいいだろう。そしたら、そいつはうちで預かろう。物騒なもんを持ったまま旅するなんざ、気が休まらんだろ」
支部長の言葉もまたドニの予想通りであった。
いくらドニがこの剣を前から知っているとしても、これは死んだ男の所有物なのだ。
自分のものではない以上、依頼したギルドが預かるのは妥当な案である。
けれど、やっぱり思い出を共有する唯一の同胞を置いていくのはあまりに悲しくて、ドニは体を硬直させた。
エルサリオンがその提案を了承するのを聞きたくないと感じながらも、逃れられない現実を前に耳を傾けるしかない。
だが、彼は歯切れが悪そうに口ごもった。
「あー……そのことなんだけど……ドニくん、剣をこっちに寄せてくれる?」
一体どうしたのだろうと少し不安に思いながら、言われた通りに剣を彼の方へ差し出した。
すぐに提案を承諾すると思っていたエルサリオンの顔を上目に見ると、彼は躊躇するような表情であったが、何か覚悟を決めたのかいつもの微笑を浮かべた。
「僕の手を見ててね」
促されるままにエルサリオンの白くてきれいな手に視線を移す。
すると、左手がドニのほうへ伸び、差し出された剣へ触れようとした。
だが、
バチッ
何か爆ぜるような音とともに微かな衝撃の余韻が剣から伝わってくる。
それと同時に鞘から弾き飛ばされたエルサリオンの左手を反射的に目で追う。
遅れて焦げ臭い匂いが鼻を掠め、まさかと思い、彼の手の状態を探る。
しかし、当の本人はちょっと顔をしかめるとあとは何事もなかったかのように、ケロリと話を続けた。
「……っと、こんな感じでこの子以外の人が触ろうとすると剣に拒絶されちゃうんだよね」
「リ、リオン、手が……!」
彼の左手の状態を確認したドニは思わず悲鳴のようなか細い声をあげた。
白くてきれいだった掌が焼け爛れ、無残な姿となっていた。
こんなひどいことをこの剣がやったのか。なぜ?
そんな考えが頭の中を駆け巡ったが、エルサリオンは笑顔のまま「大丈夫、大丈夫」と言って無事な右手で患部を隠すように覆った。
そして、次の瞬間には右手を取り払って「ほら、きれいになった!」と元の白くてきれいな掌をドニの目の前にかざした。
治療魔術を使ったのだろうが、その素早さにびっくりしたドニは目をパチパチと瞬かせた。
対面する席から黙って一連の様子を見守っていた支部長も目を見張っていたが、驚いた点はドニとは別のところにあるようで、胸いっぱいに飲みこんだ息をゆっくりと吐き出して驚嘆を示した。
「……はぁ~……世の中には珍妙なもんがあるんだなぁ。自分の意思で持ち主を選ぶ武器なんざ、聞いたこともねぇや」
「僕もそれなりに長く生きてるけど初めて見たよ! まぁこんな調子だから、無理に引き剥がしたりしないで、僕らが呪術とか魔道具に詳しい人のところへ持っていきたいんだけど……それでもいい?」
エルサリオンのさらなる提案に、ドニは無意識に縋るような眼差しを支部長へ向けた。
もしも彼が頷いてくれたら、ひとまずこれからの旅に剣を連れていける。
それはドニにとって願ってもみないことだった。
注目を集めた老人は頑なに否という雰囲気ではなかったが、自慢の豊富な髭を触り、心配そうな顔でもっともな気がかりを口にする。
「いやまぁ、わしは構わねぇと思うが……こんな危ねぇもんを持ってて大丈夫か? その剣は持ち主に死を招くんだろ?」
「う~ん……そのへんも僕にはわからないけど……なんか大丈夫な気がするんだよね」
あまりにも曖昧なエルサリオンの返事に、ドニはいささか不安を覚えた。
もちろん、ドニもこの剣がこれ以上、人を殺めることはないとわかっている。
しかし、うまく理由を説明できないまま、ほかの人が納得するとは思えない。
支部長だってきっとそうだろう。
だが、老人は特に渋るわけでもなく、面白そうに目を細めて言った。
「そりゃ、エルフの勘か?」
「どうだろ? 僕はほかのエルフに会ったことないし、そういうのはよくわかんないや。でも、この子が持ってる限りこの剣は大丈夫だと思うよ」
肩を竦めて答えるエルサリオンの言葉に、ドニはあることに気付いた。
確かに自分が持っていてもこの剣は拒絶しない。
つまり剣はドニのことを受け入れているということになる。
主人を見送ってからすべてを閉ざし、眠りについているとばかり思っていた。
けれど、剣自身がドニを選び、ともにあることを望んでいるのだ。
そのことに気がついて、エルサリオンの手を焼いたことはよくないと思うけれど、剣が己と同じことを考えてくれていたことに喜びが際限なく湧き上がるようだった。
そんなジンと手足の先にまで染み込むような歓喜を味わっていると、支部長がその気持ちに応えるように頷いた。
「ふむ……まっ確かに此処に置いておいてもすぐに調べられるわけでもないしな……。よし、その剣はお前さんたちに任せるとするか。わしからの依頼ということにして、前払いで討伐依頼の報酬に上乗せしといてやるよ」
「いいの?」
「リオンさんはどの依頼も真面目にこなしてくれてるみてぇだからな。これくらいの融通は利くさ」
ひとつ話をまとめ終わった支部長は、その場を切り替えるためにパンと小さく両手を叩き、髭の隙間から歯を見せて笑顔をつくった。
「さて、そしたら坊主の本登録だったよな。ちょっと待ってろ。それと姉さんもだな。今回の依頼で昇級ってことになったから、ちょいとギルドカードを貸してもらえるか」
「アタシがか?」
「死霊退治は六級の仕事じゃねぇよ。札があったとは言え、粗方ひとりで片付けたんだろ? 昇級は妥当だろうよ」
「そういうもんか」
「じゃあ少し待ってな。ついでに報酬も持ってくるからよ」
急に話を振られたフアリが少し驚くような素振りを見せたが、すぐに平静に戻って自分の荷物から一枚の掌に乗る程度の大きさの板のようなものを取り出し、冒険者ギルド支部の責任者へ手渡した。
それを受け取った支部長は椅子から立ち上がり、のっしのっしと部屋の出入り口へ消えた。
剣と心を通わせていたことを知り、感動していたドニはおとなたちの会話をよく飲みこめずにいたが、当分は剣を手放さなくてもいいのだということは理解できた。
許可を得たのだからこれ以上この剣を見世物にする必要はない。
ドニはふたたび粗末な布で丁寧に包み、剣をしまい込むと、それをまるで宝物のように大切に抱きかかえた。
お互いに過去については固く口を閉ざしていたが、言葉はなくとも、これからはずっと共犯者めいた秘密を分かち合うことができる。
自分が思い描いていた最善の選択に事が落ち着き、ドニはホッと安堵した。
それから時おりひとりで喋っているエルサリオンに相槌を打ちながら空いた時間を過ごしていると、しばらくして支部長が戻ってきた。
その手には二枚の小さな板とズッシリと重量を感じる袋が握られている。
老人はどっこいせと盛大に呟きながら元の席に座り、板のうちの一枚をドニに差し出してきた。
「待たせたな。ほれ、こいつがお前さんのギルドカードだ。身分証明にもなるから失くすなよ」
「あ……ありがとう、ございます」
おずおずとそれを受け取り、両手で丁重に支えて見つめてみる。
板は思っていたよりも薄く、表にはきれいな筆記体でドニの名前と“Ⅶ”と刻んであった。
それをまじまじと見てから裏返してみると、そこには複雑に入り組んだ紋章のようなもの――ドニにはいつか本で目にしたドラゴンと交わる二振りの剣のように見えた――が大きく刻まれており、その傍らに“冒険者ギルドヘイストル支部発行”という文字が添えられていた。
これがドニのギルドカードなのだ。
今この瞬間から冒険者になったことを頭で理解しながらも、なんだか実感が湧かないまま、じっくりと手の中のカードを眺めた。
「坊主も本来は八級から始めるんだが、死霊討伐に参加してもらったからな。飛び級で七級からだ。依頼を受けるときはこれを受付に出せばいい。これから頑張れよ」
自分を冒険者だと認めてくれた支部長の言葉に、ドニはコクンと頷いてもらったばかりのギルドカードを失くさないように服のポケットへしまい込んだ。
新米冒険者へ証明書を発行し終えた支部長はもう一枚のカードを取り出した。
そのギルドカードはドニのものとは少し色味が異なるようだった。
老人は横目でチラリとエルサリオンを見て、そのカードを持ち主であるフアリに手渡した。
「姉さんはとりあえず五級に昇格だ。まぁあんたならその上にもすぐなれるだろ。俺としてはリオンさんにも昇級してほしいんだが……」
「あっ僕はそういうのいいから。冒険者はあくまで副業だからね! あまり偉くなってあちこちに駆り出されても困るし、僕は自由でいたいの!」
「……まぁ今のところはそれでいいさな」
「え? 何その意味深な発言。怖いんだけど」
懸命に自身の処遇に関する希望を主張するエルサリオンだったが、いわくありげな支部長の言葉に戦々恐々と口元を引きつらせる。
だが、老人は気にすることなくサラリと流して、音を立てて残った布袋を机へ置くと、さっさと次の話題へと移っていく。
「それと、これが剣の預かり金も含めた今回の報酬だ。確かめてくれ」
「……はーい」
これ以上の追究は無駄だと悟ったエルサリオンが渋々といった調子で返事をする。
しかし、袋を手にすると途端に真剣みが増し、その中身を確認していく。
小袋の中には報酬の硬貨が詰まっていたようで、すっかり元に戻った彼の手によって一枚一枚取り出されていく。
次から次へと出てくる金貨や銀貨にドニは目を丸くしながら一緒になって頭の中で数えたが、途中でこんがらがって十二枚目が何回も出てきていることに気付き、数えるのは諦めた。
それなのに硬貨の数を確かめている当の本人は、作業しながら会話する余裕があるようで数枚の銀貨を重ねたところで口を開いた。
「結構色つけてくれたねぇ」
「わざわざリオンさんに出てもらったからなぁ」
「……絶対に何か企んでるよ、この人……」
ドニには彼らの会話の概要はよくわからなかったが、エルサリオンの手が遅れることなく硬貨をそつなく扱い続けている様子をキラキラした目で見守っていた。
魔術師というものはやっぱり頭がいいんだ。自分にはこんなことは絶対にできない。すごいな。
そんな尊敬の念を抱いて見学しているうちに、最後の銀貨が硬貨の山に重ねられ、確認が終わったことを示した。
「はい、確かに受け取りました! あとさ、この剣を見てくれるような専門家を教えてくれない? 冒険者ギルドならそういうコネもあるでしょ?」
机の上に広げられた硬貨たちをもう一度、袋へ戻しながらエルサリオンがちゃっかりお願いをする。
だが、支部長はそれに快く頷きながらも、思わぬ言葉を口にした。
「ああ、もちろんだ。ちょうどリオンさんに伝えたいこともあったしな」
「僕に伝えたいこと?」
キョトンと首を傾げるエルサリオンには心当たりがなさそうだ。
その様子にフアリも無言のまま視線を支部長へ向けるが、その顔にはまさか面倒事じゃないだろうなとクッキリ書いてあった。
そんな彼女に苦笑しながら、老人は単刀直入に用件を伝えた。
「王都の冒険者ギルドからの通達でな。リオンさんに顔を出すように伝えてくれって言われてるんだよ」
「え? 王都の冒険者ギルドに? なんで?」
用件を聞いてもやはり思い当たるふしがないらしいエルサリオンは訝しげに眉を寄せた。
しかし、問われた当の老人も自分の髭を撫でて肩を竦めるだけだった。
「さあなぁ……詳しいことはわからんが、あんたを待ってる人がいるらしいぞ」
「僕を待ってる人……? 王都に知り合いはいないと思うけど……あっ」
首を捻って考え込もうとしたエルサリオンが何か思い当たったらしく、声をあげた。
それとほとんど同時に、珍しくドニの思考もおそらく彼と同じ結論へと至った。
もしかしたら、その待ち人というのは彼の師であるタオーネかもしれない。
タオーネも以前は冒険者であったと聞くし、先に村を出た彼が冒険者ギルドで弟子を待っていても不思議ではない。
エルサリオンもそう思ったようで、何やら考えながら自身の薄い唇を指でなぞった。
そんな彼の反応に支部長が口を挟む。
「ん? 心当たりがあったか?」
「どうだろう。行ってみなきゃわからないけど……でも、王都かぁ。いい思い出ないなぁ」
自身の考えを一度置き、前に王都へ赴いたことがあるらしいエルサリオンはきれいな形の眉を寄せ、珍しく不安そうな表情を見せた。
ドニはその様子を目にして一抹の恐れを覚えた。
王都と言えば、この国の国王が暮らしている場所だ。
そして、もちろんその国王に仕える王国騎士団もそこにいるのだろう。
エルサリオンのよくない思い出というのも、やつらが関係しているのかもしれない。
ドニの頭に魔族の魔術師を悪者だと決めつけて、ひどい言葉を投げつけた騎士の声や姿が甦る。
もしも、待ち人が本当にタオーネだとしたら。
きっとひどい仕打ちを受けているに違いない。
尋ね人の手がかりかもしれないという期待と、彼がつらい目にあっているかもしれないという恐れに、ドニの胸がドキドキと波打った。
そうやって自分の記憶や推測に思考を費やすふたりを前に、支部長が話を戻そうと口を開く。
「まあまあ。今は王国騎士団もおとなしくせにゃならんだろうから、いくらかましだろうよ。それに、あんたらはどっちにしろ王都に向かわにゃならん」
「どういうことだよ?」
王都には特に思い入れがないらしいフアリが支部長の言葉に疑問を投げかける。
やっと自分の思考からなんとか意識の一部を切り離したドニもその言いぐさが気になって、耳を傾けた。
老人は三人が揃って話を聞いていることを確かめて、ドニが抱える剣を顎で示した。
「その剣を調べてくれる人が王都にいるってことさ。あそこは王国の中心だからな。分野を問わず、優秀な人材が集まっとる。前例のないもんを調べてもらうにゃうってつけだろう」
「確かに。どっちにしろ、王都には行かなきゃってわけね」
「詳しいことは地の利というもんもあることだし、王都の冒険者ギルドのほうに訊いたほうがいいだろうな。わしから一筆書いておくから、あっちの長に見せるといい」
「うん、わかった。ありがとう、支部長さん」
どうやらこの剣のことでも王都に向かう必要があるらしい。
ドニはぼんやりとそう理解して、きちんと話をわかった上で頷いているエルサリオンにすべてを任せた。
今はとにかく王都でエルサリオンを待っているという人物が気がかりで仕方ない。
その人がタオーネだったら、どんなに嬉しいことだろう。
だが、その反面では彼が王国騎士たちに苛められていないか、心配でならなかった。
早く王都へ行きたい。
王都につけば、待ち人がタオーネかどうかがわかるのに。
ドニは逸る気持ちを抑えつけることができず、腕に抱えた剣を抱き締め、自分の傍らに横たえたバトルアックスへ片手を伸ばして指先でそっと触れた。
過去を知る秘密の相棒と大切な人から託された幸福の宝物は、物言わずドニの気持ちを受け止め、その掌から熱を呑み取り、じわりと火照って応えていた。




