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木偶の坊と魔術師が家族になったら  作者: 小峯ゆたた
第3章 喧騒の街ヘイストル
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下調べしよう④

 もう一度、改めて貧民街近くの墓地を訪れると、そこはやはり平穏な静けさに満ちていた。

 いつの間にか昼を跨ぎ、頭上高くに昇った太陽が夏の予兆を感じさせる輝きを放ち、肌がしっとりとにわかに汗ばんでいた。

 辺りを見回すと、似たような粗末な墓石が立ち並んでおり、この中から目当ての墓を探し出すことは難しいように思えた。

 墓石の多くは雨風に晒され、刻んである文字も曖昧になっている。

 そんな中をドニたちは、酒場で手に入れた地図代わりの手書きのメモを片手にしたエルサリオンを先頭に歩いている。

 先導係の魔術師はメモと睨めっこしながら、キョロキョロと周囲を見渡し、間違いではないことを確かめた。


「ええっとね……この先の~……あっ! あれかな?」


 目的の墓を見つけた彼は軽快な足どりで先を駆けていく。

 そうしてひとつの墓石の前に辿りつくと、墓場にはそぐわない笑顔で後ろを歩いてくるふたりのほうを振り返った。


「うん。このお墓みたいだね! やっぱり貧民街の人のお墓だと名前も刻まれてなくてわかりにくいねぇ」


 のほほんとした調子でそう言うエルサリオンの前にある墓石は、確かに野ざらしにされて汚れているが、元より何かを記されていた様相でもない。

 エルサリオンの影からおずおずと覗き込んだドニはじっとその粗末な墓を見下ろした。

 此処に幼い頃からドニを支配していたあの恐ろしい男が眠っている。

 それを頭では理解しつつも、死者を語る湿っぽさを乾かしてしまいそうな陽射しと、いつも通りに陽気なエルサリオンの声が聞こえるせいか、あまり感慨はない。

 長い時間をともにいたはずなのに最後まで知ることのなかった彼の名がわかるかもしれないと思っていたので少し落胆のような気持ちはあるが、その程度だ。

 だが、この墓であることは間違いない。

 例の呼び声はこの地面の下からハッキリと感じられた。

 何かがドニを待っている。

 改めてそのことを確認していると、同じように墓を眺めていたフアリが薄っすらと笑った。


「ふん……この下に呪剣使いの剣士が埋まってるのか」

「あれ、フーちゃんってばかなりやる気満々?」

「アタシに剣を振るうなら斬るだけだ」

「相変わらずだなぁ。まぁ多分、その通りになりそうだね」


 ビリッと空気が震えるような獰猛さを垣間見せた彼女にドニは少し怖気づいたが、エルサリオンは怯むことなくのんびりと答えた。

 彼は現時点で考えられる推測をふたりの仲間にわかりやすく説明した。


「戻したはずの剣が見当たらない。噂になってる呪剣を盗むとは考えにくいから、きっと死んだ持ち主と一緒にこの下に埋まってるはずだよ」


 そう言われて、ドニは死んだ男がずっとそばに置いていたあの剣が見当たらないことに気付いた。

 エルサリオンの言う通り、剣はあの男の手に戻っているのだろう。

 ドニの眼の裏には、月光を浴びて鈍く光る白刃の記憶がクッキリと浮かび上がっていた。

 まだ歩くのもやっとのことであった幼い頃に、一度だけ触れたことのある不思議な剣。

 そのときは少し触っただけで掌がスパッと切れ、その斬れ味と痛みへの恐怖にわあわあと泣いたものだ。

 勝手に剣に手を出したことはすぐにバレて、持ち主にこっぴどく折檻されたことも思い出す。

 その剣が死霊を生み出しているかもしれないという可能性はわかってはいるが、それでも剣が男のもとへ戻ったことはドニにはよいことのように感じられた。

 どちらも恐ろしいことには変わりないが、物心つく前から男を見てきたドニは、それでも森に木が生えるように男と剣は一緒にあることが自然だと思うのだ。

 ドニがそんなことを考えている合間にも、おとなたちは依頼を全うするために推論を続けている。


「そいつも死霊になってると思うか?」

「多分ね。僕の予想だと、その呪剣の呪いは持ち主を憑き殺して魔物にするんだと思う。だからこの人もアンデッド化してても不思議じゃないよ」


 ふたりの会話を耳にしたドニは、死んだ飼い主が死霊になっているという点については大方そうだろうと内心で同意した。

 けれど、剣の呪いについてはやはり違和感を覚える。

 確かに凄まじい斬れ味で数多の命を啜ったあの剣からは物々しいものを感じるが、持ち主を無闇に殺すようなおぞましい印象はなかった。

 きっと何かが行き違っている。

 そんな確信を抱きながらもそれを言葉にすることはできず、ドニはただおとなたちの話に耳を傾けるしかない。

 フアリが愛用の重たい剣を担ぎ直しながらぼやく。


「だが、どうすっかな。アタシもグールとかスケルトンはともかく、実体のないゴーストやら上位種はまだ倒せねぇぞ。このファルシオンも加護付きってわけじゃねぇしな。もしもリッチなんかがいたら依頼失敗になっちまうだろ」

「あっそれについては一応、対策をとってあるんだ」


 相棒の心配する言葉に、エルサリオンが自身のローブの懐に手を突っ込み、何かを取り出す。

 出てきたものは丈夫な紙のようなものらしく、何やら複雑な文字が刻んであるのが見えた。


「今朝、ギルドに顔を出したときにお願いして、神聖魔法を付与したお札を貰ってきたから、これを武器に貼りつければある程度はマシになるんじゃないかなぁ。倉庫の奥から引っ張り出してもらったものだから、古くて効果の程がわかんないんだけど……」

「あー……まぁないよりはマシだな」


 不安を煽るような説明にフアリが渋い顔になる。

 ずっと黙って話を聞いていたドニも一抹の心配を覚えて、エルサリオンを見た。

 アンデッドと呼ばれる類いの魔物は討伐が難しいらしいが、自分たちだけでどうにかできるのだろうか。

 しかも、魔物たちの中にはもしかしたらあの男も含まれているかもしれない。

 一度は死んでしまった男が魔物になったことでどう変わっているのか、ドニには想像もつかないが、彼の鋭い剣技は脳髄に染みついている。

 フアリとエルサリオンも強いのだろうが、果たしてあの男に勝てるのか。

 今さらながらそんな不安が胸を過ったが、ドニの心は思っていたよりも掻き乱されなかった。

 それはこの問題がドニ自身にしか解決できないという予感によるところが大きい。

 気がかりなことは多々あるが、今もなお己を呼ぶ声がそれらを歯牙にもかけさせない。

 思考の停止ともいえる状態ではあるが、一応、警戒したほうがいいかもしれないとエルサリオンに伝えようと思い立つ。

 だが、彼らはどんどん話を進めており、ドニが口を挟む隙は見当たらなかった。


「ギルドで聞いた感じだと下位種の目撃が多いみたいだし、裏町の住民用の墓地だから埋葬されてる中に高貴な身分の人はいないだろうし、リッチとかは出てこないとは思うけど……。死霊アンデッド相手に油断は禁物だからね。最初は威力偵察ってことでどうかな?」

「そうだな。それが妥当だろ。此処でごちゃごちゃ言ってるより自分の目で見たほうが早いしな」

「さっすがフーちゃん! 脳筋だから話が早い!」


 褒めてるのか貶しているのかわからないエルサリオンの言葉に、フアリが無言で拳を何度か彼の肩あたりへ叩きつける。

 “いりょくてーさつ”って何だろう。

 ドニが知らない単語に気をとられている間に、相棒への制裁によって気が済んだらしいフアリはさっさと話を進めていく。


「で? 偵察ってのはいつ決行するつもりなんだ?」

「いたた……そうだねぇ……どうしよっかな。早くて今夜だけど……ドニくんはどう思う? 慣れないことばかりで疲れたでしょ? そしたら明日にまわしてもいいかな」


 堅い拳で殴りつけられた肩を擦るエルサリオンに話を振られ、ドニは慌てて考えた。

 確かに今日は朝からずっと歩き続けていたし、色々と衝撃を受けることも多く、疲れは感じていた。

 しかし、地面の下で自分を待っている何かをこれ以上、先延ばしにするのは気が退ける。

 それに時間をおいてしまったら、せっかく決めた覚悟が揺らいでしまうかもしれない。

 そう考えたドニは控えめにエルサリオンへ自身の意見を述べた。


「おれ、今日がいい、とおもう」

「そお? じゃ。今晩決行ってことで!」

「適当だな……」


 ドニの考えを聞いたエルサリオンがあっさりと軽い調子で戦いの期日をを決定し、それに対してフアリが呆れた声を出す。

 あまりにすんなりと決まったことで困惑しつつも、ドニは身を引き締めた。

 一旦目を離した墓へ視線を向ける。

 この下にあの人がいる。

 もう人間ではなくなっているかもしれないけれど、今夜ふたたび相まみえるのだ。

 恐怖とは別の、言葉には表現し難い高揚が胸を波打った。

 失ったはずの過去が、すぐそこでひっそりとドニを待ち受けていた。

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