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木偶の坊と魔術師が家族になったら  作者: 小峯ゆたた
第3章 喧騒の街ヘイストル
42/58

夜は眠ろう

 南から流れ込んでくる風は暖かく、春の終わりの匂いがする。

 陽が沈み、辺りが暗くなったとしても凍えることはもうない。

 馬車の荷台の隙間から空を覗くと、遠くで星がささやかに瞬いていた。

 ドニは外の様子から目を離すと、毛布で大きな体を包み、鼻をすすった。

 バナーレ村を出発して二回目の夜だ。

 昼間はひたすら馬車に揺られ、北東へ進むだけだが、夜は馬を休ませるために安全そうな場所に馬車を停めて一晩を過ごす。

 今日も見晴らしのよい平地でたき火を起こし、一日を終わらせることになったのだ。

 疲れた馬を労わり、食事を摂り、眠る。

 だが、この旅の同行者であるエルサリオンとフアリは夜通し交代で、たき火の番をするらしい。

 自分もやるとドニは申し出たが、子どもは早く寝ろと馬車の荷台に押し込まれてしまった。

 それからずっとこうして横になっているのだが、なぜだか眠れない。

 寝ようとすると、わけはわからないけれど、なんだか悲しくなって涙が出てきてしまう。

 でも、声は抑えなくてはと考え、ドニは毛布で口元を押さえて泣き声を殺した。

 昨夜は堪えきれずに泣いていたら、フアリにうるさいと怒鳴られてしまった。

 ドニは彼女の旅に強引についてきてしまった身だ。

 あまり気分を害さないようにしなければ、村に帰されてしまうかもしれない。

 そう思って悲しい気持ちを伏せようとするものの、人族よりも遥かに優れた耳を持つ狼人族であるフアリには隠し立てはできなかったようだ。

 不機嫌そうな舌打ちが、ドニがひとりで横たわっている荷台まで届いた。


「チッ……うるせぇな……」


 その威圧感のある低い声音にビクッと体を震わせ、ドニは大きな体をできる限り小さくしようと縮こまった。

 いつも厳しい態度でいるフアリは気に入らないことをすぐさま口にする。

 怒鳴られた昨晩のことを思い出し、また叱られると怯えたが、今度はエルサリオンの柔らかい声が聞こえてきた。


「フーちゃん、めっ」

「ああ?」


 幼児にするようにたしなめられたフアリが不満げな様子を顕にしている。

 だいぶイライラしているようだ。

 彼女は相変わらずふわふわとした調子の相方に、苛立ちを隠すことなくぶちまけた。


「なんだよ。言っとくけどな、アタシはまだ反対してるんだからな。あんないつまでもめそめそしてるような甘ったれた餓鬼が、アタシは大っ嫌いなんだ」


 フアリの言葉がドスッとドニの心に刺さる。

 こんな直球的な言葉を投げつけられたのは初めてかもしれない。

 前の飼い主は言葉数は少なく、暴力に訴えてくる質であったし、バナーレ村でも特に率直な物言いをするシェリィでもこんなに人を責めるようなことはなかった。

 聞き耳をたてながらしょんぼりとしていると、エルサリオンがやんわりと言葉を続けた。


「でも、ドニくん本人にも止められるものじゃないでしょ?」

「だからって毎晩あんな調子じゃ、こっちがたまったもんじゃねーよ。デカい図体で情けねぇ」


 構わずズケズケと厳しい調子で憤るフアリの声に、ドニの表情はより暗いものとなる。

 早く涙を止めなければと思うのに、悲しくて仕方なくなって泣き止むことができない。

 孤独感にひしひしと胸を締め付けられるようだった。

 夜の闇も相まって、すべての者から置き去りにされたような感覚がドニを襲った。

 しかし、それはあくまで錯覚に過ぎない。

 ドニを最初に見つけ出してくれた魔術師の弟子が、何処か師に似た諭すような声音で女剣士をまたもやたしなめる。


「フーちゃん」

「……なんだよ」

「ドニくんはまだ十歳くらいだっていう話だよ。君が十歳の頃は何してた? 僕なんてまだ赤ちゃんだったから覚えてないけど、きっと夜泣きで毎晩泣いてたよ」

「それは赤ん坊だからだろうが。アタシだって十ならもう簡単に泣いたりしなかったっつーの」


 いつにない相方の真面目な様子に、一瞬戸惑ったフアリだったが、それでも自分の考えを曲げることはない。

 もとより反論する気持ちがこれっぽっちもないドニはその言葉を聞いて、さらに意気消沈してしまう。

 確かにドニはもう赤ん坊ではない。

 同じくらいの年頃の友達たちが泣くところはほとんど見たことがないというのに、どうして自分はこんなにも情けないのだろう。

 自己嫌悪の気持ちが湧き上がってくるが、それでも涙はやはり止まらない。

 目元が赤くなるのも気にせずにゴシゴシと袖口で拭って涙を誤魔化そうとするが、その間にも馬車の外ではおとなたち――エルサリオンは種族柄、まだ少年とも言える容姿ではあるが、もうおとなだと本人が言っていた――の話し合いが続けられる。


「じゃ、フーちゃんの家族が亡くなったとき、フーちゃんは泣かなかった?」

「あ? ……親のときは正直あんま覚えてねぇ」

「お兄ちゃんのときは? 確か、二年前だっけ?」


 さらりと交わされる会話に、目元を擦っていたドニの手がピタリと止まる。

 これまで考えたこともなかったが、フアリにも家族というものがいたのだ。

 けれど、その大切な家族が死んでいるということを突然知らされ、ドニは誰に見られているわけでもないのに体を強張らせてオロオロとするしかなかった。

 そんなドニの様子は伝わっていないだろうが、外では兄の死を思い返しているらしいフアリがしばらく沈黙した後に、重い口を開いた。


「兄貴は……」


 口から自然にこぼれるように落とされた言葉が、夜の暗闇に響く。

 彼女はそれだけ呟くとふたたび黙り込み、一瞬の静けさが辺りを包み込んだ。

 話題が話題なだけにドニはその静寂を心配したが、フアリがふと息をつく気配が伝わってきて、気まずげな空気はすぐに弛まれた。

 次に口を開いた彼女の声は、呆れながらも悲愴感の欠片も感じさせぬものだった。


「……お前、そういったことは人にズケズケと聞くもんじゃねぇからな」

「僕だって人を選んで聞いてるよー。少なくともフーちゃんには聞いていいでしょ?」

「そりゃそうだけどよ」


 ふたりのやり取りには気兼ねのない気楽さがあった。

 それを聞いて、彼女にとって家族の死とはすでに過ぎ去ったことなのだと察したドニは、少しの安堵を胸にさらに耳を澄ました。

 すると、フアリが改まって話の続きを口にしていく。


「……兄貴が死んだときは、泣いたよ。アタシより強くて頼りになる兄貴が死んで、どうしていいかわからなかった」


 静かな平常を保った独白のようなその声は、いつもの不機嫌に苛立つことが多いフアリではなく、誰か知らない者のように感じられる。

 たき火がパチリと小さく爆ぜ、言葉の余韻に重なった。

 しばしパチパチと薪が燃える音だけが聞こえてきたが、少しの間を置いてまたしても女剣士が言葉を発した。


「けどよ、それがなんだってんだよ。アタシの兄貴は死んだが、あいつの……なんつーの? ……お前の師匠は生きてんだろ? だったら泣く必要はねぇだろ」


 すでに寂しげな影はなく、いつもの彼女の調子を取り戻しているその言葉を聞いて、ドニは俯いて荷台の床を見つめる。

 一瞬、目を離していた孤独が頭をもたげ、心が沈んでいく。

 フアリが言うようにタオーネは生きている。

 だから、ドニはこうして彼を追いかけるために旅に出た。

 その覚悟を決めるまでの過程で、後ろ向きな気持ちは断ち切ったように思っていた。

 タオーネは生きているし、友達たちとはいつかまた会おうと約束した。

 悲しくなる必要は何処にもない。

 けれど、辺りが明るい昼間はいいとしても、日が沈んで夜になるとどうしても涙が出てきてしまうのだ。

 泣くことなんて何もないと自分に言い聞かせても、涙は次から次へとこぼれ落ちる。

 自分でもなぜこんなにも悲しいのかよくわからない。

 うまく説明することができない心模様を抱え、ジッとわけのわからぬ衝動に耐える。

 岩のように重く固まった心身の中で、耳だけが外界を探っていた。

 馬車の外、無限に広がっているかのように感じる闇の中で、たき火の炎に照らされているだろうエルサリオンが釈然としない様子の相方へ応える。


「うーん、まぁそうだね。師匠はそう簡単に死ぬような人じゃないよ」

「ならよ……」

「でも、もう一度会えるかどうかはわからない。魔大陸は本当に広いし、師匠の足どりを追うのは骨が折れるからね。僕も今回たまたまバナーレ村の話を聞いて行方を知ったくらいだし」


 己よりも遥かにあの魔族の魔術師について詳しいエルサリオンの言葉に、ドニの心はさらに重く項垂れる。

 彼の言う通り、旅に出たところで会えるかどうかはわからないのだ。

 もしかしたらドニの命が尽きるほうが先かもしれない。

 この旅の途中で自分が死んだことすら、タオーネには伝わらないかもしれない。

 自身の暗く弱々しい影の部分が、そんな想像を前に情けない声をあげる。

 しかし、ドニはすぐにそれを否定し、毛布の中で首を横に振った。

 たとえ会えないかもしれないとわかっていても、行かなければならない。

 ドニの世界には彼が必要なのだ。

 何もせずに諦めるなんてことはできるわけがなかった。

 己を叱咤し、弱気な気持ちを抑え込む。

 そうやって心を奮わせると、それまでずっと流れ続けていた涙の勢いも緩やかなものになってくる。

 これで今日のところはフアリに叱られずに済むかもしれない。

 そう考えたドニだったが、外では意外な方向に話が進もうとしていた。

 少し音量を落としたエルサリオンの声が聞こえてくる。


「それから、フーちゃんには言ってないかもだけど、ドニくんはもともと奴隷だったらしいよ」

「それ本当に聞いてねぇぞ」

「やっぱり? 僕も初めて言った気がするもん!」

「お前な……」


 適当なエルサリオンに、フアリが呆れたような声音を漏らした。

 ひそひそと交わされるふたりのやり取りを耳にしたドニは、おかしなことに自分が奴隷であったことを久しぶりに思い出していた。

 前の飼い主のことを忘れることはないが、物心がついた頃より暴力に晒されていたドニは、自らが奴隷であったという自覚が薄い。

 そもそも奴隷というものがどういったことなのかもよくわかっていないのだ。

 タオーネが己に刻まれた不思議な模様を見ると、悲しげな顔になることくらいしか、奴隷であったことを物語るものがなかった。

 それがドニにつらい過去を不必要に掘り返さないように、普段の生活からタオーネがさまざまな配慮をおこなってきたためだとは気付かず、ドニはぼんやりと何処か他人事のようにエルサリオンの話に耳を傾ける。


「ドニくんのわき腹にね、奴隷の焼印があったよ。多分、師匠が一年かけて治療したみたいで、だいぶ薄まってはいたけど、完全に消すのは難しいんじゃないかなぁ」


 自分が奴隷であったことを証明するらしい不思議な模様がちょうど話題に出たことで、ドニの指が無意識にわき腹の辺りをなぞった。

 そこには焼きごてで乱暴に記された痕がわずかに残っているだけだ。

 エルサリオンの言うように、定期的にタオーネが治療してくれたおかげで随分と薄くなったそれが気になることはほとんどない。

 普段は服の下に隠れているため、人目につくこともない。

 刻まれたときの記憶すら曖昧なその印を、ドニは今の今まで意識していなかったが、他の者には特別な意味があるものらしい。

 現にドニが奴隷だったと知ったフアリは黙りこくってしまっている。

 そんな彼女に構うことなくエルサリオンがしゃべり続ける。


「さすがに奴隷だったときのことは村の誰も知らないみたいだし、僕も聞くつもりはないけど、やっぱりつらいことはたくさんあったと思うんだ。あの年ですでに奴隷ってことは家族なんていなかったはずだし。そんなところから拾ってくれた人がいなくなったんだよ? 僕的には昼間はしっかりしてるだけ偉いと思うけどな」


 彼の口から語られる言葉は優しく、無条件の労わりが込められていて、棘に掻き毟られたようなドニの胸に染み入るようだった。

 ドニ自身は己のことを幸運であると評していたが、それでも知らぬうちに細かな傷を負っていた心に暖かな安らぎの光が差し込んだのがわかった。

 あの陰惨な過去からタオーネに救われたことも、こうして旅に出れたことも間違いなく幸運ではあったが、だからこそ悲しみが生まれるのだ。

 エルサリオンの推論を聞いて、ドニはそれを初めて理解した。

 タオーネを見つけ出し、その顔を目にするまでは、この胸の痛みが治まることはない。

 そのことにようやく気がついたドニだったが、自身の心模様を自覚したことで、ちょっとした安堵も覚えていた。

 悲しみや不安の形がわかり、それらと付き合いながらタオーネを探す覚悟のようなものを自らの中に見出したのだ。

 この痛みを消し去ることはできないけれど、受け入れることはドニにもできそうだった。

 たらりと流れ落ちた涙を指でなぞり、細く息を吐く。

 そして、ふたたび外へ耳を傾けると、ドニに一種の気付きをもたらしたエルサリオンが話を締めくくろうとフアリに向かって語りかけるところだった。

 彼はいつもの明るさを声に乗せて、天真爛漫に自身の考えを頑なな相棒へ提示した。


「それに、自分の命を懸けてでも会いにいきたいなんて、なかなか言えることじゃないでしょ? そのへんは家族とか仲間を大切にする狼人族の考えと一致すると思うけど?」


 束の間の沈黙。

 話の行方を自らの誇りに結び付けられたフアリは、無言の答えを示していた。

 しばらく炎の音だけが続いたが、やがて誇り高い狼人族が長い息を吐き出して、彼女はようやく言葉を返した。


「……命懸けって言っても、命を晒させるつもりなんてねぇくせに」

「あはは、バレてる」

「アタシもお前のことはだんだんわかってきたってことだ」


 相変わらず飄々とした態度の相方に、フアリがフンと鼻を鳴らす。

 張りつめた空気は霧散し、穏やかで静かな時間が流れ始めていた。

 カサカサと布が擦れるような小さな音が聞こえたと思うと、どうやら地面に転がったらしいフアリが簡潔に己の予定を告げた。


「寝る。少ししたら起こせ」

「どうせなら朝まで寝れば? 見張りは僕がやっておくよ」

「いや、どうせすぐ起きる。アタシはあんまり寝ねぇからな。起きたら交代だ。いいな?」

「りょーかい! じゃ、それまでおやすみ~!」

「ん」


 そんな気安いやり取りを交わしたあと、フアリはすぐに寝静まったのか、辺りはまたしても静寂に満ちた。

 これまでずっと荷台に横たわって外の様子を窺っていたドニも、緩やかな眠気が訪れたのを感じ、うつらうつらと瞼を瞬かさせる。

 涙はすでに止まっていた。

 細かいことはよくわからなかったが、とりあえずフアリの怒りが治まったことに安心して、ドニは眠気に身を任せた。

 今回は怒りを鎮めてもらったけれど、これからは気に障るようなことはできるだけしないようにできたらいいな。

 眠くてぼんやりと霞む頭でそんなことを考え、意識の底に沈む。

 暖かくて、ちょっぴり寂しい空間を浮遊する。

 正確な時間から切り離された世界の中を泳いでいると、心地好いけど少し人恋しくなる。

 しばしひとりで夢の世界を漂っていると、誰かがそばにやってきた。

 眠っているドニにはその者の姿は見えないけれど、熱い手がそっと目元を撫でるのがわかった。

 それは、この一年で何度も感じた感触に似ていて……。


「……タオ……?」


 寝惚けながら名前を呼ぶ。

 しかし、ドニにはわかっていた。

 彼の手がこんなに熱いわけがないと、わかっていた。

 夏でも氷を思わせる冷たい掌とは正反対のその手。

 それでも、遠慮がちなその手つきが、記憶の中の幸せと重なって、たとえ夢が見せる幻だとしても嬉しくて。

 ドニは無意識に口元へ微笑を湛え、より深い眠りの奥底へ飛び立った。

 近くで優しい魔術師が見守ってくれているような気がした。




※※※※※※※※※※




 翌朝、目が覚めると、眠る前に心に巣食っていた悲しみは嘘のように消え去っていた。

 まるで朝日が溶かしてくれたみたいに、いつもと同じ日常が戻ってきていた。

 昨夜は怒っていたフアリも、口数が多いほうではないのでわかりにくいが、なんだかいつもより穏やかなように感じる。

 そんな平穏な朝を迎え、エルサリオンがつくった簡単な食事を摂った一行は旅を再開した。

 ガタガタと馬車の荷台で揺られながら、ドニは外の景色を眺める。

 バナーレ村を出発してから森を越え、ずっと平地を走っているが、だんだんと道が拓けてきたように思う。

 エルサリオンの話によると、この馬車は冒険者ギルドのある街へと向かっているらしい。

 道の様子を見るに、その街が近付いているのかもしれない。

 ドニが胸をドキドキさせて流れゆく風景を見渡していると、御者台の近くに座って鼻歌混じりに薬箱の整頓をしていたエルサリオンが、馬の手綱を握るフアリへ声をかけた。


「そろそろ見えてくるんじゃない?」

「多分な。……というか、あれがそうじゃないか?」


 後ろから話しかけられても振り向かずに応えたフアリが、道の先を指差す。

 荷台から御者台に頭を覗かせ、その方向を視線で辿ったエルサリオンは無邪気に歓声をあげた。


「あっ本当だ! ドニくん、見てごらん!」


 何かを見つけたらしいエルサリオンに言われるがまま、馬車の後方でおとなしく座っていたドニも膝立ちで移動し、フアリの後ろからおずおずと外を覗き込む。

 目を凝らし、彼らが言うものを探して、それをついに見つけたとき、ドニは目を見開いた。

 遠くに見えたのは、壁だった。

 石造りの壁に囲まれた大きな街。

 バナーレ村とは比べ物にならぬほど広いその街は、まだ一角しか姿を現していない。

 しかし、ドニはこの景色に見覚えがあった。

 忘れるはずがない。

 あれは、一年と少しばかり前のことだ。

 あのときもこうして馬車に揺られてこの光景を目にした。

 真っ直ぐに街を凝視し、刮目するドニに、エルサリオンが陽気な調子で説明を付け足した。


「あそこが喧騒の街、ヘイストル。ドニくんの旅で最初に辿りつく街だね!」


 その明るい声を聴きながら、ドニは少しずつ近付いていく街の姿を見つめ続けた。

 恐ろしい飼い主と暮らし、その死を見届け、タオーネと出会ったその街を、複雑な感情が入り混じった眼で見つめ続けた。

 フアリが軽く手綱を引き、それに応えた馬がにわかに脚を速める。

 ドニを乗せた馬車は、確かな足どりで目的の地を目指していた。

 思い出というにはあまりに根深い記憶が詰まった、喧騒の街ヘイストルへと。

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