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木偶の坊と魔術師が家族になったら  作者: 小峯ゆたた
第2章 魔大陸の魔術師
36/58

久方ぶりの再会

 質のいい茶葉の極上な香り。

 繊細なティーカップに口をつけると、慣れない美味が舌の上を滑り、喉を潤した。

 たった六十年ほど昔に味わったことのあるものであるはずなのに、どうにも慣れ親しんでいるとは言いにくい。

 それでも美味しいと感じるのは事実であり、タオーネは貴重な紅茶を堪能しながらも、どこかうわの空で室内へ視線を泳がせていた。

 ひとりでいるには広すぎる部屋と、見るからに最高の質だとわかる調度品たち。

 お世辞にも洒落ているとは到底言えない古びたローブを纏った己は明らかに異質だ。

 馴染むことのできない世界は孤独を浮き彫りにする。

 手紙に同封されていた空間移動の魔法陣により数十年ぶりに故郷とも呼べる地へ降り立ったが、此処は何も変わっていない。


 タオーネは何度目かもわからぬ沈んだため息を吐き出した。

 正直なところ、戻ってくることはないだろうと思っていた。

 わざわざ王国の田舎にまで届けられた手紙にも、緊急性を感じる内容は書かれていなかった。

 しかし、あの居心地のいい村を失った今、タオーネには戻ってくる場所は此処しかない。

 いや、それも言い訳のようなものだ。

 行こうと思えばきっと何処へでも行けただろう。

 だが、たとえ手紙が届いていなくともきっと自分は此処へ戻ってきた。

 一度は手に入れたと思った平穏な暮らしを奪い去られ、タオーネの心は折れてしまったのだ。

 他種族とともに生きることの難しさは、タオーネから夢を見ることすらも取り上げてしまった。

 バナーレ村で幼い子どもと過ごした日々は魔族の寿命において一瞬の出来事のようであったが、そのすべてが幼少の頃からずっと願い続けてきた夢そのものだった。

 それをなくした喪失感を埋めるように昔の仲間を頼って、タオーネは今この場所にいる。

 一度は逃げ出したというのに、性懲りもなく戻ってきたのだ。


 案の定、その昔感じた孤独が甦り、早くもタオーネの心身を蝕み始めていたが、ひとりで宛てもなく彷徨うよりよっぽどマシに思える。

 これまで長らくひとりで放浪を続けていた中でそんなことは一度もなかったというのに、この数十年で随分と甘っちょろい精神になったものだ。

 そう考えたタオーネだったが、すぐにそれを否定してまたしてもため息をひとつこぼすと、華奢なティーカップをテーブルへ置いた。

 自分のこの重苦しい人恋しさは、きっと一年間をともに過ごした少年との約束を守れなかった罪悪感からくるものだろう。

 ドニのことを考えると潰れそうなほどの重い自責の念に苛まれる。

 それはあまりにも苦しく激しい痛みをタオーネに強制する。

 もしかすると、その罪の意識から逃れたいがために許しを求めているのかもしれない。

 他者の存在に縋ることで痛みを和らげようと無意識に考えているのかもしれない。

 けれど、そんなことは許されはしない。

 何よりタオーネ自身があの子どものもとから去った己を許せないのだ。


 結果的に嘘をついたことになってしまった。

 無垢で純粋な信頼を向けてくれたドニを裏切ってしまった。

 それは紛うことなき罪だ。

 突然、置き去りにされた彼の気持ちを考えると、自身の痛みなど取るに足らないもののように思える。

 自分はあの可哀想な子どもをふたたび絶望へと叩き落したのだ。

 タオーネは己の罪を決して許すことはないだろう。

 今も、これからも、ずっと。


 ギリリという音をたてて奥歯が痛んだ。

 無意識のうちに噛みしめてしまっていたらしい。

 その痛みをきっかけに、タオーネの意識が現実へと戻ってきた。

 緩く息を吐き、全身の力を弛める。

 村を旅立ってからまだ半日程度の時間しか経っていないというのにこの有様だ。

 我に返った今も自身を罰する気持ちは変わらないが、これから自分は昔の仲間に会うのだ。

 こんなみっともない顔は見せられない。

 澄んだ色の紅茶に映る己の顔を見て、タオーネはぎこちなく微笑を浮かべてみせた。

 とにかく、此処へ戻ってきたからには精一杯、仲間の力になれるように尽力せねば。

 一度は挫折してしまったが、今度こそはあの者たちの理想を実現させよう。


 乱雑に片手で顔を拭い、気持ちを切り替える。

 すると、ちょうど部屋の扉が叩かれた。

 きっちりと等間隔に刻まれたノックのあと、落ち着いているが何処か冷たさを感じる声音が続けられる。


「お待たせ致しました。シャルラハロート様がお越しになりました」

「はい」


 待ち人の来訪と聞いて、タオーネはすぐさま椅子から立ち上がり、身なりを簡単に整える。

 少しの間を置いて、重々しい扉がゆっくりと開かれる。


 最初に目に入ってきたのは、圧倒的なまでの真紅。

 艶やかなビロードのような髪がしなやかに揺れ動き、見る者の目を奪う。

 豊満な若々しい肉体を包むシルクの赤いドレスも、その者の身分に相応しい上等なものだったが、彼女の美しさの前では引き立て役でしかない。

 ドレスからこぼれ落ちそうなたわわに実った双丘よりも、天へ向かってそびえたつ堅強な漆黒の角よりも、目を引くのはその瞳。

 燃え上がる炎の色。

 強者であることを表す紅を纏い、揺るぎない力を秘めた美女。

 彼女はその長身を際立たせる踵の高い靴でカツカツと音を鳴らし、タオーネの前まで進み出ると、悠然とした微笑を口元へ湛えた。

 そして、王者たる風格を示す凛とした声音で、昔の仲間を迎え入れる。


「お久しぶりですわね、タオーネ・ハイルクラオト殿」

「……ただいま戻りました。……魔王陛下」


 久しくして他者の口から呼びかけられた自身の正式な名を懐かしく感じながら、タオーネは頭を垂れて目の前の女性へ敬愛の意を表す。

 広大な魔大陸を支配する彼女は同胞の帰還を受け入れ、歓迎の気持ちを微笑みに変えて、赤い唇を彩らせた。




 およそ六十年ぶりとなる再会の挨拶をささやかに終わらせ、魔王と魔術師は柔らかなソファーに腰を下ろした。

 専属の侍女によって新たな紅茶が淹れられるのを待ち、顔色ひとつ変えない彼女が退室するのを見届けると、魔王シャルラハロートはすらりと伸びた脚を優雅に組んでソファーへその身を沈める。

 身を包むほど大きなソファーはふかふかとした感触が心地好く、ゆったりと余裕をもって座ることができる。

 文句のつけようのない腕前で淹れられた紅茶に口をつけ、その香りを楽しみつつも、彼女は久々の再会を果たした知古の友人へ質問を投げかけた。


「それで、西大陸の様子はいかがでしたの?」

「……私の行き先を、よくご存じで」


 思わぬ先手をとられたタオーネは驚きながらもそれを表に出すことはせず、ジトッとした目つきで女王を窺った。

 この城を出たあとは前職のことは伏せ、ただのしがない魔術師として旅を続けていたというのに、まさか海を渡ったことがバレているとは思っていなかったのだ。

 バナーレ村まで届けられた手紙も人の手を通じて運ばれたわけではなく、転移の魔術によってタオーネの魔力に反応して届いただけであり、本人が何処にいるかまではわからないはずだ。

 なぜ自分が西大陸を横断したことを知っているのかと言外に訴えると、彼女は自身のティーカップへ砂糖を匙に一杯ほど投入しながら楽しげな笑みを見せた。


「ふふふ。仮にも魔王ですもの。情報網はそれなりに有しておりますのよ?」


 そう言って今度は家畜の乳がティーカップへ注がれる。

 澄んだ水面が乳と入り混じって濁り、やがて優しい色味に変化していく。

 その様子を眺める女王の含みのある物言いに、タオーネはそれ以上詳しいことを訊くのは止め、何処まで話していいものかと思案する。

 此処は魔大陸の頂点である魔王城であり、話し相手は魔族の長として他国との関係にも深く関わる魔王なのだ。

 己の偏った視点で他所の国のことをあれこれ話してしまうのは危険だろう。

 それにこの部屋にはふたりっきりではあるが、何処で誰が聞いているのかわかったものではない。

 そうやって慎重に考えを張り巡らせていると、シャルラハロートはすっかり自分好みとなった紅茶をひと口飲んでタオーネへ助け舟を出した。


「大丈夫。人払いは済ませてあるわ。ネルケに任せたから、他の者に聞き耳を立てられることもないでしょう」


 彼女の言う通り、先ほど新たにお茶を淹れてくれた侍女のネルケならば与えられた任務を忠実にこなすだろう。

 ネルケのことならタオーネもよく知っているが、極めて優秀な魔王の右腕である。

 魔王の近衛も兼任しているあの侍女ならばネズミの子一匹すら通すことはないに違いない。

 だが、それでも自身の主観のみで国を語ることに抵抗のあるタオーネは往生際悪く予防線を張る。


「……旅の最中に目にしただけですので、事実と異なる点もあるかと思いますが……」

「構いません。これは魔族が王としてではなく、あなたの古くからの友人として、興味本位で聞いているだけですから」


 はっきりと言い切り、楽しげに友人の話を待つシャルラハロートの姿に、タオーネもついに降参した。

 彼女は昔から気になったことを放っておけない質なのだ。

 頭の中で留守にしていた間の記憶を漁り、大まかな事柄をまとめる。

 多忙な魔王を長時間拘束するわけにもいかないため、簡潔な説明になるよう意識しながらタオーネは自分が見てきたものについて語り出した。


「そうですね……公国は実質的に人族を中心として栄えていたように思います。公王は全種族の平等を謳っているようですが、国民のほとんどは人族でした。中にはドワーフや獣人もおりましたが数は少なく、お互いに関与しすぎず平穏を保っているようです」

「あちらで苦しんでいる魔族はおりませんでしたか?」

「ええ。魔族の姿も見かけましたが、特にひどい貧困や病気に悩まされている様子もありませんでした」


 真っ先に自身の庇護下にある魔族の心配をするシャルラハロートに好感を抱きながら頷く。

 数年間かけて横断した公国では少なくともそういった魔族の姿は見ていない。

 人族と一定の距離を保って関わり合いをできる限り少なくするその暮らしぶりは、あまり住み心地がいいとは言えないだろうが、割り切ってしまえば特に害されることもなく共生は成り立つようだった。

 唯一の弟子と別れたのもこの国でのことであったが、それもエルフという希少種でも余程のことがなければ無闇に干渉されることはないと判断することができたからだ。

 ほかの国では同じようにはいかないだろう。

 そこまで芋づる式に思い出したタオーネの脳裏に、同時に最も過酷な環境にある国の存在が過る。

 魔大陸を統べる王として彼女にもその国についての知識はあるだろうが、それでも実際の様子を目にしてきたタオーネの言葉にひどく苦悩するかもしれない。

 そう考えて続けることを躊躇したが、西大陸を語る上でその国を外すことはできない。

 せめて彼女の知識を上回る情報を伝えないようにしようと、話す内容を選別し、ふたたび口を開いた。


「……比べて帝国は、ひどい有様でした。西大陸では最も多くの種族が暮らしていましたが、盗賊や病が蔓延し、魔族に限らず獣人や人族の国民までもが貧困に喘いでいました。私も身の危険を感じたので長くは滞在致しませんでしたが、国の上層部が富を独占しているという噂も耳にすることもありました」


 西大陸を支配する国のひとつ、帝国での出来事を思い返すと、タオーネは胸に不愉快なしこりのようなものが生まれるのを自覚せねばならなかった。

 帝国を渡っていた頃はまだエルフの弟子も連れていたのだが、本当に嫌な想いをした記憶ばかりが残っている。

 人里を離れれば必ずと言っていいほどならず者に襲われ、街でもこちらが旅人だとわかれば虎視眈々と騙して身ぐるみを剥ぐ機会を探られる。

 悪人から目を逸らせば強者から僅かばかりの財産を搾取されたり、不衛生な環境による病に倒れたりする弱者の姿が目についた。

 見るに堪えない惨状に目をつむり、タオーネや弟子を奴隷商に売り払おうとする無謀な暴漢どもを返り討ちにしてさっさと出国してしまったが、帝国へ抱く負の感情は今でもはっきりと胸にある。

 言葉の端からそんな気持ちが漏れ出さないように気を遣って、できるだけあっさりと話したつもりだったが、対面したシャルラハロートの美しい造形をした顔が微かに歪められた。

 魔族の安寧を理想とする彼女からしたら、己の目が届かぬところで苦しんでいるかもしれない同族たちの存在は耐え難いものなのだろう。

 一見すると変化がないように思える魔王の表情から確かな悲痛を読み取り、タオーネはあくまで自分の主観であることを強調する。


「このふたつの国にはあまり留まることがありませんでしたので、曖昧な情報ばかりお伝えすることになってしまい、申し訳ありません」


 一国の主がこんな曖昧な情報で他国を評価することはあってはならない。

 そう言外に伝えると、シャルラハロートは相貌を整え、竜を彷彿とさせる力強い目元を和らげる。

 それからゆるりと首を横へ振ると、微笑をもってタオーネに答え、続けて言葉で応じた。


「いいえ、外のことを知るのは有意義なことですわ。……それで、残る王国のお話もしてくださるのでしょう?」


 タオーネの意見はきちんと伝わっているようだったが、続きを促すその言葉に思わず口を噤んでしまう。

 それでもきちんと答えようと、とりあえず口を開いた。


「王国は……」


 それだけ言って、じくじくと痛む胸に息が詰まる。

 だが、王国での出来事を話したくないわけではない。

 この六十年間を語るのなら、あの村で過ごした日々を外すわけにはいかない。

 短くも穏やかな幸せに満ちた十年をなかったことにはしたくなかった。

 ほんの少しの間を空けて、タオーネはポツポツと自身の記憶を紡ぎ出す。


「……王国では、とある村で治療院を営ませていただきました。たった十年ではありましたが、とても貴重な経験でした」

「その村の場所を訊いても?」

「……申し訳ありません。私の立場は伏せて暮らしていましたので、そのご質問にはお答えできません」


 痛みから目を逸らしながら、シャルラハロートの問いにはかぶりを振る。

 結局、バナーレ村では最後まで自身の素性を明かすことはなかった。

 村が流行病に瀕していたところを救った。

 あの村に居着くにはそれだけのきっかけで十分だった。

 村人たちはそれ以上のことを求めなかったし、タオーネも過去のことを多くは語らなかった。

 万が一に自分の立場がこれからどんな形にせよあの村へ伝わってしまったら、何かがさらに崩れてしまうような気がしてそれは避けたかった。

 それに、村の場所がわかればきっと王国騎士団との衝突も明かされることになる。

 そうなれば目の前の魔王が掲げる理想の障壁となる可能性もある。

 彼女の思想に完全に同意しているわけではないが、それでも邪魔になりたくはない。

 そう考えたタオーネは頑ななまでに口を閉ざし、返答を拒否した。

 シャルラハロートはそれに怒ることもなく頷いて、タオーネの黙秘を認めた。

 意味深に細められた暁の瞳に、頑固な魔術師の姿が映っている。


「そう。……随分とその村を気に入っているのね」


 紅茶をまたひと口飲みながらそう言う彼女に、何と返せばいいのかわからず、沈黙が続く。

 しかし、知らずのうちに狼狽えてしまったようで、シャルラハロートは笑みを含んだ表情でタオーネを見つめた。


「あなた、此処へきてから鏡をご覧になって? 名残惜しいと顔に書いてありましてよ」


 その言葉に思わず指先で己の顔に触れると、彼女はクスリと笑って紅茶の入ったティーポットへ手を伸ばした。

 いつの間にか空になっていたティーカップへ温かな紅茶が注がれる様子を眺めながら、タオーネはそのまま意味もなく自身の頬をそっと撫でた。

 特徴的な鱗の感触を指先に感じ、視線を落とす。

 シャルラハロートのものと異なり、ほとんど減っていない自分のティーカップが目に入る。

 すっかり冷めきってしまったそれを視界に捉えつつ、タオーネはポツリと小さく呟いた。


「……ええ、そうですね。とても、いいところでした」


 自然とこぼれ落ちたようなその言葉には、タオーネの素直な気持ちが乗せられていた。

 バナーレ村で種族を越えて受け入れられ、穏やかに過ごせた幸せ。

 手に入れた幸福を手放さなければならなかった悲しみ。

 そして、もう二度と会えないだろう、幼い少年の幻想。

 あらゆる感情がせめぎ合い、混じり合い、タオーネの心を掻き乱す。

 瞼を閉じれば、今にも手が届きそうなほどにはっきりとあの村の情景が描き出された。

 しかし、もうそこへ赴くことは叶わない。

 彼らの幸せを願うならば、二度と彼らの前に姿を現してはならない。

 タオーネはそう固く信じ込んでいたし、いまだに古い勇者信仰が根強く残る王国で生きる彼らのことを考えるならばそれは間違いではなかった。

 種族の隔たりを前にしては諦めるほかないのだ。

 それでも、脳裏には鮮明にドニの姿が映し出され、涙ぐんだ大きな瞳でこちらを見つめてくる。

 その濡れた視線にズキリと突き刺すような痛みを抑え込み、タオーネは瞼を持ち上げた。

 すると、そんなタオーネの様子に何かを感じ取ったのか、悲しげに微笑むシャルラハロートがそっと吐息のような声で囁く。


「そこに大事な方がいらしたのね」


 独り言のようなその言葉にタオーネは沈黙にて答える。

 バナーレ村を去った今、村での出来事はもちろん、ドニのことも誰かに話すつもりはない。

 たとえ昔の仲間といえど、この悲しみや罪悪感を共有することをタオーネは己に許さない。

 せめて孤独に苦しまねばドニを置き去りにしたことへの償いはできない。

 自身への罰を求めるタオーネは、無自覚なまま内にしまいこんだ感情が外へ漏れ出してしまったことをすぐさま反省し、微笑を取り繕った。

 しかし、仲間想いな魔王は匙を弄ぶようにティーカップの中でくるりとまわすと、昔から多くを語ろうとしない魔術師へ気遣いを込めた問いを投げかけた。


「そんなに気に入っていたのに、どうして戻ってきてくださったのかしら? 確かにわたくしはあなたに戻ってきてほしいという旨の手紙を出しましたけれど、あくまであなたの意思を尊重するようにと書き添えたはずですわ。もしもそこで生涯を過ごしたいと思っていらっしゃったのなら、今からでもお戻りになって構いませんのよ」


 彼女の言葉には真摯に心配する気持ちがありありと表れていた。

 タオーネに戻ってきてほしいと言いながらも、タオーネの気持ちを最優先で考える彼女は身なりや振る舞いが魔王にふさわしいものとなっていても、昔のシャルラハロートのままだ。

 自分は仲間のもとへ帰ってきたのだ。

 そんなことを実感して張りつめていた意識が少し弛む。

 彼女の言うことは実現不可能であり、たとえこの城からふたたび出ていっても今さらタオーネに行く宛てなどない。

 ならばこの地で今まで培ってきた魔術や治療の知識を活かし、少しでも彼女の力となったほうが生産的だ。

 一度は出奔した魔王城へ戻ると決めたときから、そう決意を固めてきたタオーネは落ち着いた微笑を湛えてゆるゆると首を横へ振り、魔族の王へ己の意思を示す。


「……いいえ。私は自らの意思でこの城へ戻ってまいりました。どうか、ふたたび陛下のもとへお仕えさせてくださいませ」

「あなたがそう言うなら、わたくしはすぐにでもあなたを迎え入れましょう。……ですけれど、タオーネ」


 同胞の心を確かめたシャルラハロートはすぐさまそれを受け入れ、歓迎の言葉を連ねたが、やはり心配そうな声音で名を呼ばれた。

 改まったような声音にタオーネが背筋を伸ばすと、彼女は真剣な面持ちで向き合ってくる。

 その顔には魔王と言うには飾り気のない、彼女本来の表情が覗いていた。

 古くからの友人は心からの思いやりを込めて、タオーネを心配する言葉を紡いだ。


「何かわたくしがあなたの力になれることがあったら、すぐに言って。友人の悩みを聞くくらいは、わたくしにもできるはずですから」

「……ありがとう、ございます」


 多くの繋がりを失ったタオーネにとって、もっとも嬉しいその言葉は散々痛めつけられた胸に染み入るようだった。

 まだ自分にも居場所があるのだと、そう思える気がする。

 けれど、タオーネが己の内側の深いところに根付いた暗愁を打ち明けることはないだろう。

 自分は生まれ落ちたこの地で、罪を償いながら生き、そして死ぬのだ。

 そんな物寂しい覚悟を抱え込み、タオーネは知古の友へ感謝を告げたのだった。

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