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村への到着

 乗り合い馬車を乗り継ぐこと四日。

 途中にある宿屋に泊まったりしつつ、無事にバナーレ村へと帰還したタオーネは人目を怖がるドニのためにできる限り村人に出会わないよう我が家へ戻ろうと最短ルートを考える。

 ドニを新しい住人として村長に紹介しなければならないが、それは後にまわし、とりあえず我が家に戻ることを第一としよう。

 この時間帯なら男は仕事、女は昼食作りに精を出しているため、田畑や家畜舎、それと遊び歩いている子どもたちに気を付ければ大丈夫だ。

 子どもたちも大体は丘に集まっていることが多く、近付かない限りは問題ない。

 そう考えをまとめ、おどおどと挙動不審になっているドニを連れ、可能な限り裏道を選んで歩く。

 計算通り、特に人に出会うこともなく、治療院を併設している我が家へ辿り着くことは簡単ではあった。

 それでも馬車に乗っている間からずっと気を張っているドニの顔には疲れの色が見える。


 およそ十日ぶりの我が家はお隣の奥さんに留守を頼んだこともあって不在だった割には綺麗だ。

 後でお礼に旅先で購入した土産を渡しにいかなければと考えつつ、ドニに水を飲ませるためにまずは井戸で水を汲んでこようと水瓶を覗くと既に真新しいであろう綺麗な水が汲まれており、お隣の奥さんへのお礼を上乗せしようと決めた。

 そのありがたい水を硝子のグラスに注ぎ、ドニへ手渡すと、強張っていた表情が幾らか和らいだように感じた。


「今日からあなたは此処で暮らすんですよ」


 くぴりと水を飲むドニがタオーネの言葉に少しばかり考えるような仕草を見せてからこくりと頷く。

 わかってくれたようなので実際に暮らすために準備をしなければならない。

 部屋はついこの間まで侍女であった老婆の部屋を使えばいい。

 だが、あの小柄な老婆が寝起きしていたベッドではドニが成長するにつれ、窮屈になるだろう。

 近いうちに村の大工に新しいベッドを作ってもらう必要がある。

 それと仕事の合間を見つけてドニに文字や簡単な計算くらいは教えたい。

 生きていくのに必要不可欠なものは身に付けさせてやらねば。


 これからのことを考えていると、ぐぅぅぅっとドニの腹の虫が鳴った。

 反射的にドニへ視線を向けると困ったような顔をしている。

 そういえば今は昼時だった。

 まずは食事にしよう。

 そう決めて台所へ行って床の扉を開き、地下の食糧庫への階段を下りた。

 家の中よりも幾分か冷える食糧庫の中はしばらく家を留守にすることを考え、侍女だった老婆が留守中に傷む可能性のある食材を計画的に使いきっていったため、やや寂しげである。

 それでも保存が効くものは残してくれたようで薫製肉や野菜の酢漬け、部屋の隅に転がっていた芋やチーズの欠片などを見つけた。

 それらを抱えて階段を上がろうとすると入り口から不安げな様子でドニが顔を覗かせていた。

 薄暗い地下が怖いのだろうか。腕に抱えた食材の中に苦手なものはあるかと訊くと首を横に振られた。

 そういえば名前を決めた時以来、ドニの声をほとんど聞いていないような気がする。

 無理に喋らせたところでさらに怖がらせるだけの結果に終わるのは目に見えているため、別に構わないが、共にひとつ屋根の下で暮らす者同士、仲良くなりたいものである。

 タオーネがこの村に居着くよりも昔に生活を共にした弟子は極めて友好的な性分だったので初めからある程度は打ち解けていたが、やはり一緒に過ごす時間が長くなるにつれてより仲が深まっていったように思う。


 ドニとの関係も時間がなんとかしてくれるだろうと楽観的に考え、タオーネは調理に取り掛かった。

 とはいっても、材料が限られているため、凝ったものは作れない。

 薫製肉を焼いて皿に盛り、その脇に茹でた芋や野菜の酢漬けを添える。

 さらに馬車の中でとった朝食の際に残った余りの黒パンを温め、雀の涙ほどのチーズをそこに乗せた。

 質素ではあるが、及第点だろう。

 ドニに自分の分の皿を運ぶように告げると、真面目くさった顔でそろそろと恐る恐る食卓へ運んだ。

 木のカップに水を注ぎ入れ、席につき、昼食の支度が終わる。

 あとは食べるだけだが、タオーネには食前にやることがまだ残っている。


「魔族の神よ、与えられし恵みが我が糧となり、血肉となることを感謝致します」


 無事に帰ってこれたことに感謝し、タオーネは左手で作った拳を右手で覆うように握り、魔大陸で信仰されている魔族の神へ祈りを捧げた。

 トラブルを避けるために村の外では魔族であることを隠すことが多い彼はおよそ八日ぶりに食事の祈りを捧げられたことになる。

 信心深いとは言えない部類ではあるが、やはり幼い頃からの習慣に逆らうと違和感を感じるため、久しぶりに自宅で食事をおこなえるという当たり前なことがありがたく思えた。

 そんなことを感じながら簡単に祈りを終え、視線を上げる。

 すると、向かい側の椅子に座ったドニが居心地悪そうにもじもじしていた。

 おそらく今まで見たことのない祈りを目にして困惑しているのだろう。

 帰りの道中で周囲の人間に情報が漏れる可能性を考えてタオーネは自身が魔族であることを伏せていたため、ドニは未だに彼の素性の多くを知らない。

 しかし、無事に村へ戻ってきた今、種族を隠す必要もなくなり、何より共に暮らしていく際に隠し事をするのは何かと不便だ。

 事前に防げる面倒事は防いでいくのがタオーネのやり方である。


「実は、あなたに黙っていたことがあるのですが……」


 その言葉を皮切りにタオーネがローブの下にずっとつけていた腕輪を外して食卓に置く。

 すると今まで人族と変わりないように見えていたタオーネの姿が変化していく。

 肌の赤みが薄れて青白くなったと思いきや、ところどころにひび割れたような鱗が現れ、人族のものに比べると爪や指先は鋭く尖った。

 穏やかな知性を湛えた瞳も白みが退き、年代物の葡萄酒の如く深い色彩だけが広がっている。


 村の外に出掛ける際には必ず身につけているこの腕輪は魔道具の一種であり、まるっきりの別人に化けることはできないが、使用者の特徴を残したまま別の種族に変装することができるという代物だ。

 タオーネがまだ冒険者として各地を放浪していた時に運よく手に入れたものであるが、使い勝手がよく、長年の間、愛用している。

 その腕輪を外し、一目で人族ではないことがわかる特徴的な瞳でドニを見据える。

 元から下がり気味である眉尻を垂らして戸惑いを顕にする彼の視線は、頬のあたりにも現れているであろう鱗や鋭くなった爪先を行ったり来たりしている。


「私は魔大陸出身……つまりは魔族です」


 相手に困惑しているが怯えた様子はないことを確認し、手短に伝えると、あまり理解していないといったようにきょとんとした顔をされた。


「人族の多いこの地方では珍しいかもしれませんが、あなたに怖いことは絶対にしませんから安心してください」


 もしかすると常識であるはずの種族についての知識すらないのかもしれないと考えてそのことを心配しつつも、タオーネは出会ってから何度目かの害は与えないという意思表示をおこなう。

 怖がられるよりはましだが、この様子だと想像していたよりも教えることは多そうだ。

 それでもタオーネからすれば人族の一生は短く、教えることは多くともそれに費やす時間はそこまで多くない。

 のんびりやっていけばいいかと楽観的に考えをまとめ、タオーネは食卓のナイフを手に取った。

 食事は温かいうちに食べたほうがいい。


「それでは、せっかくの食事が冷めてしまう前にいただきましょう」


 そう言ってまだ湯気がたっている芋にナイフを入れると、ドニも黒パンに手を伸ばした。

 すぐさま上に乗せたチーズで手をべとべとにしているドニを見てチーズはパンの上には乗せないで皿に盛ってやったほうがいいなと考えながら、ドニの分の燻製肉を切り分けてやる。

 野菜も食べやすい大きさに切ってやり、食べるように促すとドニは幼児のような手つきでフォークを握りしめた。

 すくったものが転げ落ちてしまう匙よりも食材を刺すことができるフォークのほうが使いやすいらしいとわかってからは彼の食事にフォークは付き物となっている。


 タオーネも時おりドニの皿から溢れたものを拾いつつ、自分の食事を進めながら、午後に済ませておくべき用事の確認を頭の中でおこなう。

 まずは留守を頼んでいたお隣の奥さんに土産を渡しにいき、礼を伝えるべきだろう。

 この家に大したものは置いていないとはいえ、十日もの間、タオーネが安心して留守にできたのはお隣の奥さんが留守中の家の面倒を引き受けてくれていたからだ。

 早めに感謝の気持ちを伝えるのが礼儀というものだ。

 さらにこの昼食でほとんどの食材を使いきってしまったため、買い出しにも行かなければならない。

 買い足す必要があるものを選定しながら、そのついでにドニを村長に紹介しようかとも思ったが、疲れた様子のドニを見て少し休ませたほうがよいと考え直し、とりあえずはタオーネひとりで村長への報告をおこなうことにした。


「午後は少し留守にしますが、早めに帰ってきますので留守番をお願いしますね」


 ドニの口元についた食べ滓を取りながら出掛ける旨を伝えると理解したのか定かでない曖昧な表情をしながらも、小さく頷かれる。

 その様子にできるだけ早く帰ってこようと改めて考え、タオーネは芋を自分の口に放り込んだ。




※※※※※※※※※※




 昼食の皿を片付け、お隣の奥さんに手土産を渡し、留守番を請け負ってもらったことへの礼を伝え、タオーネはこのバナーレ村の村長のもとへ訪れた。

 村を留守にしていた間のことを簡潔に村長に報告すると難しい顔をされたが、ドニについては村での生活に慣れてきてから挨拶にくればいいと言ってもらえた。


「あんたが平気だと判断して連れて帰ってきたんだ。悪さはしないだろう」


 言外に信頼しているということを含められたその言葉に冒険者時代にはなかった人との繋がりを実感し、タオーネは胸が暖かくなるのを感じながら村長に頭を下げる。

 おとなしいとはいえ、子どもをひとり抱えて仕事をするのだ。

 多かれ少なかれ村の者には迷惑をかけてしまうかもしれない。

 もちろん、そのようなことがないように気を付けるが、ひとまずドニと暮らす許可がとれたことに安堵する。

 明日から忙しくなりそうだと思いながら、タオーネは食材を買いにいくために村長の家を後にした。




 こうして、少年ドニと魔術師タオーネの生活が始まったのであった。

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