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木偶の坊と魔術師が家族になったら  作者: 小峯ゆたた
第1章 バナーレ村
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開戦

 森が、異様に静まり返っている。

 動物や魔物の姿が見当たらない。

 人よりも本能の強い彼らはこの異変を察知して、何処かに隠れてしまったのだろうか。

 風に乗って、微かに死臭のような嗅ぎ慣れない魔物たちの体臭が漂ってくるようだった。

 昼まではまだ時間があったが、凶悪な魔物の大群は予期していたよりも早くにこの西の森へ辿りつきそうだ。


 目を閉じ、辺りの様子を探っていたタオーネは、ガサリと木の葉をかき分ける音を耳にして瞼を持ち上げた。

 数秒遅れて草むらから現れたのは、村の狩人トーマスだ。

 この森を熟知し、気配を消して獲物の様子を探ることに長けている彼は今回の偵察を買って出たのだ。


「いかがでしたか」


 もとより笑顔を見せることが少ない狩人の厳しい顔つきに現状を察しながらも、タオーネが偵察の結果を訊いた。

 トーマスはむっつりとした顔を変えることなく、落ち着いた様子で答える。


「もうそろそろ森の端に辿りつきそうだ」


 やはり予測していた時刻よりも早い。

 だが、想定範囲内だ。

 そろそろ配置についたほうがいいかと考えると、物音を聞きつけた騎士ニコラスがやってきた。

 ニコラスは気心の知れた仲である猟師の姿を確認し、いつになく勇ましい顔をさらに引き締めた。


「トーマス、戻ってきたのか」

「ああ。そろそろだぞ」

「わかった。ありがとう。ふたりとも、ひとまずこっちにきてくれ。援軍を紹介しよう」

「かしこまりました」


 頷いてニコラスの後ろについていくと、少し離れたところに援軍はいた。

 援軍といっても数はそう多くない。

 二十人に満たない程度の騎士の姿をした男たちと、それなりに金をかけられていそうな装備をした冒険者の男女が五人といったところだ。

 彼らはこの場のまとめ役であるニコラスが連れてきた、魔族の魔術師に興味があるようだった。

 いくつもの視線がタオーネに集まり、とりあえずその場をしのぐように微笑んでおく。

 ニコラスはまとめ役らしく、面識のない者たちの橋渡しを始めた。


「まずは我がウォルトン領騎士団から第五小隊が派遣された。彼らの実力は俺が保証しよう」


 簡単に紹介されたウォルトン領騎士団の騎士たちが、言葉なく簡略化された一礼を披露した。

 王国の中でも特に平和だと言われるウォルトン領では、騎士たちの実戦経験もほかの領地より劣るというのが通説ではあるが、ここにいるのはまがりなりにも戦闘の訓練を受けた者たちである。

 大きな戦を前にしてもみな落ち着いている。

 これならば戦力として考えても心配はないだろう。

 そして彼らの力量を保証したニコラスは、残る戦力も紹介した。


「それから、冒険者ギルドから派遣された〈緋色の閃光〉の皆さんだ。階級は全員が二級だそうだ」

「リーダーのジェフリーだ。よろしく頼むぜ。とりあえず近場にいたのが俺たちだったから先にきたが、他の一団もそのうち合流するはずだ」


 紹介を引き継いだ赤い髪の男が頭を下げる。

 その腰に吊るされた剣は幅広だが軽い造りになっているらしく、素早さを重視した戦い方を好むと推測された。

 彼の仲間たち――見たところリーダーと同じく剣士がひとり、盾役を担う大剣を担いだ男がひとり、それから弓使いと魔術師と思われる女性がふたり――も彼に倣って頭を下げた。

 冒険者ギルドが定めている階級はすべてで八つあり、彼らはその中で上から数えて二番目の階級に所属しているというのだから、十分に期待できる戦力だと考えられると同時に、今回のこの事態が緊急を要するものなのだということを改めて認識させられる。

 援軍の紹介が済んだところで、今度は村の勇士が挨拶することになった。


「この村で猟師をやってるトーマスだ。この森のことなら俺に訊いてくれ」

「バナーレ村にて治療院を営んでおります、魔術師のタオーネと申します。お見知りおきを」


 普段は平和そのものであるバナーレ村では珍しく、魔物相手の戦闘を経験しているふたりが簡単な自己紹介をおこなった。

 農民が多いこの村の男たちには村内の警備と警戒を任せ、前線に立つのは駐在騎士であるニコラスと狩人トーマス、そして元冒険者の魔術師タオーネの三人だけだった。

 無闇に負傷者を増やすよりも少数精鋭であるほうがいいと、昨夜のうちに話し合って決めたことだ。

 そうして此処にいる全員の紹介が終わったが、援軍の者たち、特に冒険者一団の目がいまだにタオーネへ向けられている。

 その中のひとりであるリーダーの剣士ジェフリーが遠慮なく口を開いた。


「ギルドから聞いたけど、あんた、昔は冒険者だったんだってな。何級だ?」

「確か、四級だったように思います」


 その質問にあまり階級というものに頓着してこなかったタオーネは、記憶を辿って興味のない事柄を思い出し、答えた。

 すると、男はすぐに確認の言葉を続けた。


「そうか。じゃあ、あんたは後方支援にまわるのか」

「いや、タオーネ先生には前線へ出てもらおうと考えてる」


 ジェフリーの確認を否定し、すぐさま訂正したニコラスの言葉に、援軍たちの空気がほんの少し騒めく。

 意見を否とされたリーダーの剣士はすぐに疑問の声をあげる。


「なんでだ? 治療魔術師は後方支援が妥当だろうが。今回のこの群れは滅多にないデカい規模だし、上位種も何体か確認されてる。言っちゃ悪いが、四級の魔術師には荷が重いんじゃねぇか」

「いや、先生は前線のほうがいい。魔物の扱いにも慣れてるし、階級こそ四級だが、魔大陸からひとりで渡ってきた人だ。心配しなくても大丈夫さ」


 補足するニコラスの説明を聞いて、それまで訝しげに眉をしかめていたジェフリーの顔が今度は驚きを含んだものに変わる。

 それはほかの者たちも同じだったようで、今度はさらに大きなどよめきの空気が走った。

 そして思わずといった様子で、〈緋色の閃光〉のもう片方の剣士がタオーネに確認をとった。


「その話、本当か?」

「西大陸に渡ってきた際は弟子もおりましたが……それ以前はひとりで魔大陸中を旅していましたよ」


 タオーネが正直に答えると、援軍の者たちが息を呑むのがわかった。

 魔大陸の魔物がこの西大陸のそれとは比べ物にならないほど、強靭で凶悪だということはこの辺りにも伝わっているらしい。

 正確にはすべての魔物がそうだというわけではないのだが、タオーネはそのことについては黙っていることにした。

 弟子がいたといっても、やはり魔術師の弟子は魔術師に決まっており、そんな凄惨な大陸から非力な魔術師がたったふたりで渡ってきたということで、彼らの中のタオーネの評価が変化したようだった。

 タオーネはさらに一応これからともに戦う仲間たちを安心させるべく、さらなる一手を打った。


「何回かほかの冒険者の一団にも参加したことがありますので、団体戦の心得も弁えております。戦闘においてはもちろん、怪我の治療もお任せください」


 そう言ってニコリと余裕ある笑みを見せると、懐疑的だった冒険者のリーダーも先ほどとは異なる顔つきで頷いた。


「わかった。だが、無理はするなよ」

「お気遣い、ありがとうございます」


 一応といった様子で気遣いの言葉をかけられ、タオーネは柔らかに微笑んだ。

 話がきれいにまとまったところで、気配に鋭敏なトーマスが声を上げる。


「そろそろくるぞ」

「よし。全員、覚悟はいいか! 一匹たりとも此処を通すなよ!」


 士気を鼓舞するニコラスの言葉に男たちが「おうっ!!」と気合いを入れて返す。

 タオーネも愛用の杖を構え、戦闘の準備をおこなう。

 必ず村を、自分を待つあの幼子を、守りきる。

 そう自身に誓いをたて、タオーネは魔力を体中に張り巡らせた。

 久方ぶりの戦闘に血がたぎり、舌が無意識に唇を舐める。

 獲物の匂いが、すぐそこまで迫っていた。



 ――――こうして、戦いの火蓋が切られた。


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