2節(1) ルーシャの初交渉 (1)
第3章2節を分割した1番目です。
ルーシャ初の王様との交渉です。
side ルーシャ
しばらく歓談していると王様が来た。
「遅くなってすまない。久しぶりじゃの」
「ご無沙汰しております」
「して、用件を聞く前に…」
フェリクス王はセバスさん以外の護衛やメイドなどに退出を促した。退出を促されたセルブロ隊長はかなり不満顔だったが、渋々したがい外で扉を護ることになった。
「セバス、結界の用意を」
「はい、陛下」
セバスさんが部屋全体を覆う結界を展開する。念のためにその結界を包み込むように独自の結界を気付かれないように展開しておく。
「準備整いました、陛下」
「うむ、ご苦労。して、用件は何じゃ?ウィルルアルト殿が居ないのと何か関係が有るのかの?」
「ルーちゃんは父上が来てからウィルのことは話すと言っておった。ウィルに何か有ったの?」
「何か有ったのか。あやつ程の戦闘能力を持った者は我が国にはおらん。あやつでもどうにでもならんような相手には我々は手も足も出んぞ?」
「……何が有ったのかを言う前に、エルちゃ――エルヴィアンヌ姫に確認をさせてください」
「言葉遣いを改める必要は無いぞ。この場には私事として来ておるのじゃ。いつも通りのでいいぞ。その方が落ち着く」
「では、改めて。エルちゃんに確認。さっきも聞いたけど、私達のために自分に出来る範囲で何でもする覚悟がある?」
「うん、もちろん!」
「例えその結果、二度と今までの日常に戻ることが出来ないかも知れなくても?」
「別に構わない。暗殺やら政変やらで常に妾の日常は崩れ去る危機にさらされておる。最近それはよく実感しておる。大臣どもの政治的判断とやらで妾の意志に関係なく人生は操作される。それに比べたら、ルーちゃんの頼みごとを聞くぐらい何でもないよ。ルーちゃんが変なことさせるわけないしね」
ステファニア国は、国民柄なのか比較的そういった策略は少ないとは聞いている。が、全く無いわけではない。現にエルちゃんの兄や姉達はその真っ只中にいるようだし、何もなければ数年もすればエルちゃんも今以上にその中に入っていくだろう。
ただ、今回の頼みごとは普通じゃない。あまり巻き込むつもりはないが、少し力を借りるだけで取り返しの付かない状況になりかねない。何故なら、私はかなりの無茶や無謀を繰り返すだろうし――エルちゃん達をどこまで無関係にしていられるか正直わからない。
「エルヴィよ、不用意に請け負うでない」
「す、すみません、父上。でも…!」
「まあ、よい。ふむ……内容を聞いて判断せんことには何ともいえんの。そんなことを覚悟しなければ聞けぬことなのか?」
「正直、わからない。でも、可能性は高いと思う」
「父親としては許可できんな。国王としても普通ならば許可できんじゃろう」
「ち、父上?!」
「まあ、待て。だがな、あの男の頼みとあれば条件次第では許可せんことはないぞ」
予想通り、そうなりますか。国王としては、高い能力があると分かっており、利用できるならば利用しない手はない。ウィルくんの桁外れの戦闘能力や情報収集能力が手に入るならばある程度の取引には応じるだろう。
「残念ですが、王様の思い描いてる条件には応じれません。また、応じるとこの国にも多大な戦渦が降り注ぎますよ」
「……ほう。まさか、ルーシャ殿もウィルルアルト殿と同類なのか?」
「ウィルくんがかつて見せた程度の力なら持っています。おそらく王様が求めている程度の力は私にもあります」
「そこまで、わかっておるのか」
ある程度想定していたのか、セバスさんと王様はあまり驚いてはいない。
「えっ?ルーちゃんどういうこと!?」
「んとねー、多分ルーちゃんもあたし達との訓練中は凄く抑えてくれてたんだよー」
「アリシアちゃんの言うとおりよ。強いて言うつもりはなかったし、そういうの抜きでエルちゃん達とは対等に付き合いたかったから…」
「・・・」
「気を悪くしたなら、謝るわ。ごめん」
「別にいいわよ。それに怒っているわけじゃないわ。下手に知られると大変なことになるのは知っているし」
「ありがとう」
「ただ、ちょっとね。ルーちゃんがあんなことを出来るってのが想像つかずに混乱しているっていうか・・・」
「余も俄かには信じられないが……」
「えっと、そうですね。なら、セバスさん結界の外を感知してみてください。解いて大丈夫ですので、試してください」
本当はただの保険のつもりだったけど、少なくともセバスさん程度では歯が立たないことがわかるだろう。
「こ、これはっ?!!!気付かないうちに、結界を中から覆うように結界が展開されていたのか!しかも、外の様子は通常通り感知できていたということは――私の結界に割り込みをかけて展開していたのか!だというのに独立で稼動できるような緻密な術式を組んでいたのですね」
「まことか、セバスよ」
「はい、不本意ながら全て真実です。おそらくどの宮廷魔術師よりも結界の術式に精通していることは確かかと」
「不十分でしたら、この場でセバスさんと模擬戦させて下さい。少しは判断材料になるかと」
「それには及ばん。この結界展開能力だけでも十分すぎるぐらいじゃ」
ウィルくんには私の力を見せて交渉することは控えた方がいいと言われていたけど、別にウィルくんだけが矢面に立たなくても良いと思う。それにこの先ずっと隠したままってのは多分無理だろう。なら、交渉の手札としたほうがいい。
「それで、何故応じられないのか説明して貰えるか?」
「すみません。それは出来ません。大変身勝手なのは分かっていますが、もし不用意に知れば大きな火種になるのは確実かと」
「ならば、どうするのじゃ?」
「この世界の真実を1つ開示するのでどうでしょうか?」
「この世界の、"真実"だと?」
「はい。国政に大きく関わる内容ならば価値があるのではないでしょうか?」
「そなたは……いや、そなた達は何を知っておるのじゃ?そなた達が非常識な力を持っていることと関係することなのか?少なくともルーシャ殿が神託の勇者でないことは、誕生日から分かっておる。もし、誰でもルーシャ殿のようになれるのなら……」
「なれる可能性は否定できませんが……それとは直接関係はありません。それで、どうしますか?」
「聞いてから判断する――わけにはいかんよのぉ……。ふむ……」
side フェリクス・レ・ステファニア
さて、どうするかのぉ……。
ウィルルアルトの母親でもあり師であるシャルロット殿も常識が通じん相手じゃった。王宮内にいるセバスに毎週直接手紙を配達にこれるような兵だ。毎回どうやって探知されずに侵入していたかも謎じゃし、移動距離を考えたらそれだけでも敵に回したら脅威だしの。さらに、教え子のルーシャ殿も同類じゃったとは……。
これは本格的にエルヴィに頑張って貰いたいものじゃの。1人でも敵に回すと王国存亡の危機じゃと思っておったのに、3人とはもう滅びるほか無いじゃろ。かつてルーシャ殿に余に近しい者をと考えておったのをウィルルアルト殿にそれとなく止められたのは、ある意味我等のためであったのかもの。この娘の性格は良くも悪くも冷静に見えて直情的じゃしの。基本的には優しいが、敵と見なされたら容赦はしなさそうじゃ。強引に推し進めていたら大変なことになっておった。改めて思い返すと、あの男の脅しによって我等は命を救われたのかもしれぬ。あれが無ければ、間違いなく外堀から埋めるこの策を実行しておったじゃろう。
さて、ルーシャ殿が提示しておる条件――この世界の真実、つまり情報の開示か。
本来こういったモノでの取引には応じないのが吉だ。何より抽象的すぎて漠然としている情報で取引に応じろと言われておるのじゃ。彼女のような存在が言うのでなければ、一蹴していたじゃろう。
だが、取引する価値はあるのかも知れん。
彼女達から齎される情報は、余が所有する如何なる機関を使っても手に入れられない類の情報の可能性が否定できん。そのような特殊な情報を最大限効果的に扱えるかは余の手腕にかかっているともいえる。
そもそも、彼女達との友好関係を続ける上ではこの取引には応じた方がよい。手に入った情報が全く使えんモノだったとしても、そう痛手は無い筈じゃ。求められているのはエルヴィに対しての可能な限りの協力要請じゃ。エルヴィを大切にしておるし、そう悪いようにならんじゃろうしの。
「わかった。それで許可しよう。エルヴィさえよければじゃがの」
「元より妾はルーちゃんに協力する気よ」
「あたしもいいよー。聞かれてなかったけど、あたしはエルちゃんと一緒にいられればそれでいいし」
「それじゃ、まずは世界の真実を伝えるわね」
ルーシャ殿から提示された情報は、勇者と魔王の発生条件だった。完全に余の常識の埒外じゃった。
勇者を一定以上殺した者や、魔王と周りから呼ばれ続けるた者が魔王になるじゃと?!条件の1つとのことじゃが……2年前に死んだ下衆な勇者集団を処罰した者がもしいたら、この条件をみたしていることだろう。その者は救世主とか英雄とか言われてもよい存在じゃが、魔王の職業を得ているだろうから、知らずに対峙したら間違いなく敵対するじゃろう。
ただ勇者として一定以上称えられたら職業に勇者を獲得できる可能性があるという事実も問題じゃ。たまに勇者が堕落してしまって問題になることがしばしばあったが…もし、この条件が本当だとすると前提条件が違ってくる。悪い意味で勇者として称えていることがあるのは臣下達の皮肉で何度か聞いたことがある。だとすると、正しい行いをしたが故に勇者を手にいれたとは限らなくなり、堕落や悪堕ちなんかの議論は根底からみなおさなければならない。
「王様も、魔王討伐が世界滅亡を回避する術にならないことは"神託の勇者"達から聞いていると思います」
「よく知っておるの。しっかりとした根拠は提示されていないが、そのような話があると彼等から聞いておる」
「それを踏まえた上で考えるとこの情報の価値が分かるかと思います」
「何?」
「『勇者』や『魔王』と言ったものは単なる職業に過ぎないということです。所持者がちょっと強力な戦闘力を持つだけで他の職業と何もかわらないということです」
「なるほどの。元々この国は教会の威光が小さいが、この事実が浸透すれば完全に排除できるの。それだけでなく、『魔王』を持っておるものとも交渉が可能とするならば今後の方針にもかなりの幅が出る」
「巷で有名な殆どの『魔王』持ちは好戦的で交渉の余地が無い場合が殆どだそうです。が、ひっそりと暮らしている『魔王』持ちを必要以上に警戒したりする必要がなくなるだけでも大きいかと思います」
「潜んでいる魔王がいるとは言われておった。教会の影響が強い国ではその対策として教会が魔王狩りと称して国民を処刑することもある。これは機密じゃが、再三教会からそのような打診もあった。何とかこの国ではそのようなことを回避できておったが――この事実が本当と確認できたのなら今後このようなことを無くせるの」
「それには何段階か準備が要りますがね。でも、この事実を知っているだけで、今後そのような世まい言は自信を持って切り捨てられるかと」
「そうじゃの。それに『勇者』を獲得したからといって、不用意に要職に就ける必要もなくなったわけじゃな。もちろん能力は高いじゃろうから、それ相応の対応は必要じゃろうが、今迄のような神聖視し必要以上に特別待遇しなくてもよいの」
「ええ、そう思いますよ。ルーシャ様が言っていることが真実ならそれが妥当かと」
「しかし、いくらルーシャ殿が言うことでも何か根拠が無ければ信じるわけにはいかん。国王として為政者として諸手を挙げては無理じゃ」
まず間違いなく真実とは思うが、このような大事をただ言葉のみで信じるのは為政者としては間違っている。とりあえず検証方法の模索でもするかの。
「でしたら、今から『勇者』と『魔王』をこの場で獲得しましょうか?」
「はっ?」
「へっ?」
「えっ?」
間抜けな声が出てしまった。イヤイヤちょっと待ってくれ。『勇者』と『魔王』を今この場で獲得するだと?!
「先程言った条件を満たした訳ではありませんが、獲得条件を二つとも満たしています。SCも十分ありますし、職業選択の儀式は自分で執り行えます」
「ちょ、ちょっと待つのじゃ!」
何かとてつもない非常識なことサラッと言われたら、こちらも対応に困るというものじゃ。落ち着け、落ち着くのじゃ……
「あたしはよくわからないんだけどさー、『勇者』と『魔王』って相反する存在じゃないの?それを同時に獲得なんか出来るの?」
「同時に持っている方なら見たことありますよ。それに職業はSCが許す限り追加できますので、問題はありませんよ」
「そうなんだー、ルーちゃんは物知りだね」
よくやった、アリシア。いつものマイペースさが今は凄く頼もしく思えるぞ。SCというのはよく分からんが、そういったパラメータがルーシャ殿には見えてそれで職業が取得可能か判断できるそうだ。条件は詳しくは教えてくれないが、どちらも獲得できる状況なのは確からしい。
「悪いが、それは止めてもらえんじゃろうか。こんな所で不用意に『魔王』を増やされると後々問題が起こりそうじゃ」
「そう言われると、どうやって証明すればいいか……」
「検証はまだじゃが、情報としては十分だとしようかの。国を挙げて調べる価値のあることじゃしの」
この辺で切り上げておかないと不味い。何が飛び出すか分かったものじゃない。
こうしてみると、ルーシャ殿よりもウィルルアルト殿のほうがまだ交渉しやすいのかもしれない。
ご清覧ありがとうございました。
次回も2節が続きます。
凄く不器用な交渉ですが、ルーシャは本からの知識などを利用して最大限頑張っています。