5節 ルーシャ、1歳になる
第2章5節の改訂版(15/2/9)です。
side ウィルルアイト・スヴュート
3月20日、今日はルーシャ1歳の誕生日だ。
今の俺は凄く気分がいい。
パーティが楽しみなのもある。加えて、昨日念願だったスキル【夢幻図書館】を作成に成功、まだ検証の段階だが実用化の目処がたったからだ。
現在、ルーシャの家に向かうため日が昇らないまだ暗い道を母さんと一緒に歩いている。
こんな朝早い時間に向かっているのには理由がある。本日、ルーシャの誕生日パーティをする前に、ルーシャの天職覚醒の儀式を行うことになっているのだ。
通常、天職は自然に表面化するまで放置するか、自己判断が出来るようになってから覚醒を促す儀式をするかのどちらかだった。だが、母さんはこれまでの俺を見て考え方を改め、自我が目覚めるタイミングで覚醒を促すことにしたらしい。
俺は生後1カ月から、ほぼ立って歩くことが出来た。種族によっては普通のことだが、通常の人間族の赤子の常識としては有りえない事だったらしい。何故出来たのかというと、『武神』を獲得でSTRやVITなどのパラメータが上昇したからだ。この世界ではパラメータによる補正が大きい。今も母さんに手を引かれながら母さんのペースに合わせて競歩しているように歩けているのは、俺がパラメータにモノをいわせた結果だ。
つまり、パラメータで身体強化をすれば年齢に関係なくある程度まで行動できるようになるのだ。
ただ、自我が形成される前に覚醒した場合、無意識下でスキルなどを使って暴発して死んだ転生者と同様の結果になる可能性が高い。
ならば、自我が目覚めた段階で天職を覚醒させパラメータを上昇させたらどうなるか――おそらく、能力補正で一気に自律して身体を動かせ自己判断が出来るレベルに一気になるの公算が高い。
幸い、俺と母さんは高位の回復職を所持しており、さらに伝説級の秘宝なども母さんは持っている。それらを使えば最悪の事態は回避できるし、母さんとしては可能な限り早く本格的な指導を行いたいそうだ。ルーシャの家族は俺が1歳にもかかわらず普通に会話できることも知っている。転生者だというのもあるが、滑舌がすでに大人並になっているのはパラメータ補正の影響である。両親としても早く子供と話してみたいとのことだった。
諸々の事を協議した結果、俺達は1歳の誕生日に天職覚醒を促す儀式を執り行うことにした。
そう、今朝は早くからトリシアさん夫妻の家に向かっているのは、誕生会の前に天職覚醒を促す儀式を執り行うためだ。
かなり早い時間に家を出ただけあって、朝6時を少し過ぎた時間に到着することができた。扉をノックするとすぐにレオボルドさんが出てきた。眼の下には隈がある。もしかしたら寝てないかもしれない。俺達はレオボルドさんに連れられてルーシャが寝ている部屋に入った。ベッドの横にはトリシアさんが座って待っていた。
「おはよう」
「おはようございます」
「おはようございます、お待ちしておりました」
よく見るとトリシアさんも寝不足のようだ。いくら安全策を用意していても心配だったのだろう。
パラメータの変動する天職の解放には多少なりとも危険が伴う。ルーシャの天職は『神凪』なので職業補正値が大きく、パラメータの変動が大きい。具体的に例をあげるとこうなる。
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『付与魔法使い』15[SC]
HP 10 MP: 100
STR 0 VIT 0
INT: 10 MND: 50
DEX: 30 AGI: 10
スキル【付与魔法】
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『武神』 50[SC]
HP: 150 MP: 100
STR 100 VIT 100
INT: 30 MND: 30
DEX 100 AGI 100
スキル【体術】 固有スキル【武技の真髄】
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『神凪』 100[SC]
HP: 500 MP: 500
STR 150 VIT 150
INT 150 MND 150
DEX 150 AGI 150
スキル【惟神之道】
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今の俺は【鑑定】の結果を【データベース】に一度書き出し、手動で【夢幻図書館】に格納することができる。また、収納した情報をいつでも参照できるようになっている。処理スピードは非常に遅く、処理中は他の操作が出来ず無防備になるので、とても戦闘中に気軽にできるようなものではない。が、情報の集約という面では非常に有利な状況にいる。いずれ改良を加えたいが、現状のシステムでも十分機能しているので今後積極的に使っていこうと思っている。
話を戻そう。
『神凪』は、さすが魂魄容量が100[SC]も占有する名称"神"付き職業だけあって能力値補正が非常に大きい。俺が不用意に『武神』を解放したときは、気付かないうちにかなり危ない橋を渡っていた。変動値を見ればそれ以上なので、俺のときよりも危険性が高いかもしれない。
そう、職業補正が大きいということは、覚醒時の変動地が大きいつまり肉体への負担が大きい可能性が高いということだ。今回は完全に意思表示を行えるようになる前の、自我が目覚めたぐらいの段階で天職を覚醒させようとしている。
メリットが凄く大きいとはいえ、親としては心配になるのも無理はないだろう。俺も母さんもそれは同じで不安は多少ある。そこで、母さん1人でも儀式は十分なのだが、俺がサポートに回ることになった。
「ウィル、準備はいい?」
「はい」
「お願いします、シャル様、ウィル君」
俺は【時空掌握】と【魔力操作】を使い、保険のためにこの室内を魔法的に掌握し魔力の流れを安定化した。覚醒が終わるまで外的要因を少しでも排除するためにこの状態を維持することになっている。
「部屋内部の掌握できました」
「キツイでしょうが、その状態を維持しててね」
「はい」
「さてと――」
母さんは寝ているルーシャの胸の上に手を当て、目を瞑り呪文を唱えだした。
この世界では、魔法を使うのに呪文を使う必要はない。
では、何故呪文を詠唱する人が多いのか。答えは、呪文を詠唱したほうが魔法を使いやすいからだ。
魔法に限らず、この世界のスキルは全て"脳内のイメージと体内のエネルギーの流れ"で決まる。スキルを所持していればさらにこれに補正が加わって格段に効果が跳ね上がるって寸法だ。
脳内のイメージを補強するのに"言葉"は非常に約立つ。俺も含めてよくスキル名を発しながらスキルを使う人がいるが、訓練で名称を鍵語としてイメージを即連想できるようにしていればスキル構築速度や精度は格段に跳ね上がる。
そう、呪文はこうした鍵語の集まりなのだ。
母さんは細心の注意を払って魔法を操作している。ルーシャの様子を外見だけでなく、内側に流れる魔力などを観察しながら儀式を進めているのだ。
よって、俺の役目は微細なコントロールの邪魔にならないように周囲の流れを制御することである。日々の訓練の成果を存分に見せる時だ。
「なんとか第1段階は終わったわ。あとはこの子が目覚めるまで見守ることね」
どうやら、覚醒プロセスが終わり、職業を覚醒させることができたようだ。後は目覚めるまで、現状を維持するればよい。母さんは何かあったらすぐに回復魔法などを使うために準備して待機、俺はこのまま現状を維持に務める。
少し余裕ができてきたので一度ルーシャを鑑定してみる。
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ルーシャ Lv.1 人間族・女 1歳
職業:神凪[1]
称号:なし
□AP 0 □Exp 0/100
□SP 0 □SC 100/110
HP 12/510 MP 12/510
STR 151 INT 151
VIT 151 MEN 151
DEX 151 AGI 151
スキル一覧
【惟神之道】
状態異常
なし(睡眠中)
加護
なし
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無事に獲得しているようである。
HPとMPも順調に回復しているので、このまま現状維持のまま推移を見守ろう。
その後、俺達はルーシャを見守り続けた。何事もなく6時間ほど経過したとき、ルーシャは徐に眼を開けた。
side ルーシャ
気が付くと、私はどこか見覚えのある沢山の人に囲まれて寝ていた。
「ふぁい?(あれ?)」
喋ろうとしてもうまく喋れない。
それに何の音だろう、頭の中で何か鳴っている?
「よかった。気が付いたのね、ルーシャ」
黒髪の女の人が私の頭を撫でてくれた。なんだか気持ちいい。安心するなぁ~♪
ルーシャって、確か私の名前だ。
そうだ、いつもこの人が呼んでくれていた。
私の――ママ?
「あぁあ?」
う……ん。声が出ない。
あれ、そういえば喋ったことあったっけ?
「ルーシャちゃん、今から言うとおりにしてくれるかな?」
隣にいた金髪の女の人が、何やら言ってきた。ママ?も言われたとおりにやって欲しいみたい。
それから私は"ぱーてぃ"に入って、"めいれいでんたつのきょか"を"はい"と選んだ。
(さてと)
「はぃあぁ?(何?)」
(ビックリさせてごめんなさい。ちょっとしたおまじないを使って、頭の中でお話できるようにしたから)
(え?あ……できてる?)
(できているわ。ルーシャ)
(あ――ママ?)
(ルーシャ!!)
黒髪の女の人が私のほっぺを両手で包み込みました。
(ママがわかるの?)
(あ、あれ?ママじゃないの?)
(いえ!ママよ!!)
(ルーシャ、俺がわかるか?)
いつも見ている少し怖いおじさんが話しかけてきます。
(だれ?)
(グッ……)
おじさんが崩れ落ちました。あれ?何でだろう?
(パパだよ、パパ)
ママが慌てて教えてくれました。
(パパなの?)
(そ、そうだ)
どうやら、この大きなおじさんは私のパパのようです。
(パパ?)
(クッ!)
いきなり、パパは泣き出しました。何か悲しいことでもあったのかな?
(パパは悲しいの?)
(ちわうのよ、ルーシャ。パパは、すごく嬉しくなったから涙がでちゃったのよ)
(そうなの?)
(ええ、そうなの)
(へぇ~)
そんなこともあるんだな。あ、じゃああそこにいる男の子もそうなのかな?
(じゃあ、あの子もそうなの?)
(えっ?)
(あそこにいる子)
(ウィル君が?)
私が指差すと、みんなが驚いたような顔をします。
(なんでルーシャはそう思うの?)
(だって、あの子も泣いてるよ?)
ウィルと呼ばれた子の顔がすごく驚いた顔になりました。見ていて何故だか無性に腹が立ってきました。
side ウィルルアルト・スヴュート
何が起こっているんだろうか……?
俺はかつて無いほど動揺している――いや、動揺というより後悔かそれとも罪悪感かもしれない。
(だって、あの子も泣いてるよ?)
ルーシャの言葉が、俺を抉っていく。
――彼女には俺の何が見えているのだろうか?
決して悪意があるわけではない。だが、俺の本質を本心を見透かされているよう……いや実際に見抜かれているのだろう。
彼等の触れ合いをみて、俺は前世を思い出していた。
何故この積み重ねができなかったのか?俺は酷い自責の念と罪悪感に襲われていた。そして、そういうことを考えている自分自身にも嫌気がさしていた。
俺は泣きたい気分だった。完全な逃避行動をしようとする自分が許せなくて、そして"泣く"という逃げにまた行こうとする俺自身が許せず、もう何を考えているのかグチャグチャだった。
多分、顔では泣いていなかったと思う。慌てて目元を押さえたが、濡れていない。
(どうして僕が泣いていると思ったの?)
(?だって泣いてるよね?)
(…………そうだね。泣いているかもしれない)
やはり彼女は俺を内面を見たのだろう。ルーシャには俺が泣いているようにみえたのだから……
母さんは頭をやさしく撫でてきた。見上げると眼は真剣そのもので口元は優しく微笑んでいる。
ああ、そうか。母さんは全て分かっているんだ――
(ルーシャちゃん、私は"ママ"のお友達のシャルロットだよ。この子、ウィルルアルトの母親やっています)
(シャルおっと……?)
(ま、名前は後で覚えたらいいから――この子ウィル"も"ね、ルーシャちゃんの声が聞けて嬉しすぎて泣いちゃったんだ)
(そうなの)
(うん、だから今ちょっとお話ししずらいかな。ごめんね)
そう母さんは嘘をついて庇ってくれていた。
そして、小声で"気持ちの整理なんて無理に付けなくていいのよ"と囁いた時には、この場から逃げ出したい衝動に駆られた。
ギリギリ踏み止まっていることができたのは奇跡だったのかもしれない。
後で思い返すと、この時逃げていたら俺はこの人生もただ逃げるだけのダメな男の人生となっていたと思う。
今ルーシャは、トリシアさんに家族と俺達親子の紹介され、名前を必死に覚えているようだ。ルーシャが俺の本質を言い当てた以外は特にこれといったことなく、予定通り順調に過ぎていく。
魂と体のバランスも良好なようだし、パラメータ的にも問題は見当たらない。無事、天職は覚醒できたようだ。
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ルーシャ Lv.1 人間族・女 1歳
職業:神凪[1]
称号:なし
□AP 0 □Exp 0/100
□SP 0 □SC 100/134
HP: 650/650 MP: 650/650
STR 180 INT 180
VIT 180 MEN 180
DEX 180 AGI 180
スキル一覧
<巫術系統>
【惟神之道(1)】
<学問系統>
【ステファニア語(4)】
<能力上昇系統>
【成長率増加(3)】【成長速度上昇(2)】【戦闘時HP回復速度上昇(1)】
【戦闘時MP回復速度上昇(1)】【HP回復速度上昇(2)】【MP回復速度上昇(2)】
<武術系統>
【身体強化(1)】
状態異常
なし
加護
なし
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彼女を【鑑定】で確かめてみると、職業補正だけでなく若干のパラメータの成長とスキル数の増加があった。急激な変化で成長が促された結果だろう。それに、今話している言語の吸収率が尋常ではない。パラメータ補正か、赤子の吸収力からくるのか……いや両方か。どんどんスキルレベルが上がっていく。
ある程度ルーシャが周囲の人間を理解できたと判断した母さんたちは、自分のこの世界の常識やおかれている状況などを色々な段階を踏んで簡単に説明していった。目が覚めたばかりの子供に教えるのは酷だとは思うが、ある程度わかっていなければ会話がしにくい。後でもう一度教えるにしても何とも凄まじい光景である。俺も似たようなことをずっとしてきたが、改めて外から見るとこれは異常だ。いずれこの方法が普及されれば、違和感がなくなるときは来るのだろうか?
母さん達の説明は何時間も続いた。その途中、お昼ご飯を食べたり、夜は誕生パーティをしたりした。夜遅くまで続いたため、今夜はお泊まりすることになった。
母さん達が説明している間、何度かルーシャから考えさせられる言葉をいくつももらった。俺は一度しっかりと自分を見つめなおしたほうがいい。この人生を惰性で過ごしたら、あの無責任な行動を繰り返してしまうだろう。それだけは許されないし、自分自身も許せない。
俺は、気持ちを一度落ち着けるため、その日は寝ることにした。
ご清覧ありがとうございました。