3節(1) 再戦、コボルトキング (1)
第2章3節の改訂版(15/2/4)です。
分割した1番目です。
召喚組のお話です。一部用語を変更した以外は旧版との変更はありません。
side ケンセイ・ムラカミ (召喚組、村上賢誠)
俺の本名は村上賢誠、今はケンセイ・ムラカミと名乗っている。召喚された者の誕生日は召喚日に設定されていて、この世界での年齢は16歳になっている。
地球では管理職をしていた。上司と部下に挟まれ中々きつい仕事環境だったが、やりがいは非常にあった。給料はにも特に不満があるわけでもなく、娯楽に使っても十分手元に残っていた。
こんな人生勝ち組であるはずの俺にも不満な点が1つあった。それは35歳になっても結婚していないことだ。しかも、俺には現在彼女もいなければ好きな子もいなかった。仕事一辺倒で来てしまった弊害だろう。今の時代35以上でも普通に結婚できると言われてはいる。しかし、俺の人生プラン的には35歳はアウトな時期だった。仮に今すぐに結婚できたとして、子供が産まれるのが早くても36歳、子供が大学を卒業するのがストレートで行ってくれたとしても58歳だ。つまり、俺は60歳超えてまで子供の面倒を見なければならない可能性が高いのだ。色々な人を見て分かったことだが、これは体力的に相当キツイことだ。
そんな時に、異世界召喚の話が舞い込んできた。2週間に1度程度ぐらいの頻度でオンラインゲームを楽しんでいた俺は歓喜した。若返った上で、冒険の世界にいけるとわかったからだ。このまま仕事に生き続け平凡な人生を送るより、リスクはあっても刺激的な生活をしてみたい。俺は衝動的にそう思った。
俺が召喚時選んだ職業は『騎士』で、今は上位の『守護騎士』になっている。この職業を選んだ理由は、"みんなの頼れる盾となりたい"という願望のためだ。ゲーム時代からの憧れだったから迷うことは無かった。
異世界に召喚されてから2年目の11月18日、俺達召喚組はアルトヘイム国王城内にある会議室を1つ借りて会議をしている。俺達は2、3ヶ月に1度集まって近況報告をしあう事にしていた。この異世界には俺が知らないようなことがまだまだ沢山ある。情報交換は非常に重要なことなので、毎回欠かさずに出ていた。
この日も会議の途中まで、俺はいつもどおり近況報告を行うだけと思っていた。
「みんな、よく集まってくれた!」
田中(いや今はタッチャンか)の主導の下、最初は普段どおり近況報告しあった。
最近、俺達は各自の判断で行動している。連携を取るために連絡は取り合っているが、この世界に来た当初のように"全員が同じ迷宮を攻略する"なんてことはしていない。
この世界に来た当初、俺達は"提示されたゴール"にただ進みさえすれば異世界ライフをエンジョイできると気軽に考えていた。今省みれば何故あそこまで盲目的に信じていたのか不思議だ。おそらく、"神から与えられた使命"という言葉に舞い上がり暴走していたのと、頼る者がいない異世界でリスク回避のため集団行動しようという深層心理があったのだろう。
俺は自分の居場所を作ることにこの一年余り試行錯誤を続けている。タッチャンのように国に作らせるのも1つの手だろうが、折角異世界に来たのだから自由にしてみたい。
俺の他にも独自に行動する者がいる。特に去年の大規模討伐失敗で多くの仲間が失われてから、そういう者が増えた。あの事件によって多くの人が"自分の死"というものを強く実感し、冷静に現状を見つめる切欠にもなったと思う。中には戦いたくないと弱音を吐く者もおり、職人などを目指して行動を起こした者もでた。様々な行動をするようになっおかげで、このような情報交換を重要性は非常に上がっている。
「…と、俺のほうはこんな感じだ」
最後の人が話し終えたみたいだ。
「みんな近況報告は終わったな。さて、重要な発表がある」
いつもは報告後自由に三々五々となって話しながら各々解散という流れなのだが、今日は違いタッチャンが何か話すみたいだ。
「俺達はあのコボルトキングに挑戦するべき時がきた!来月末に行う予定だ!!」
突然のことで俺は混乱した。
周囲を見ると、半数の者が驚いているようだ。普段タッチャンと共に行動している半数は知っていたようだ。
昨年末あれだけ仲間の犠牲をだしたコボルトキングに再び挑戦しようとするのはいい。迷宮の魔王を倒すためにはいずれ倒さないといけない敵であるし、あの迷宮の未踏破エリアの攻略を進めるのには避けて通れない。
俺たちがいた日本に比べこの世界の文化水準だと、どうしても飯の質も落ちるし衛生面でも不愉快になる。王宮外では王宮内に比べ格段に極端に文化水準が下がるため、国賓待遇してくれる今の生活を続けたいという者が多い。
だが、国々の支援を受け続けるには"魔王を倒すための行動"をしなければならない。今までの交渉では、それを盾にしてきたのだから仕方のないことだ。支援がある今のこの生活を享受したいならば、攻略を続けなければならない。
つまり、生活を維持するために戦いを強要されているのだ。これでは首輪が付いていないだけで家畜と同じだと俺は考えている。自分達が蒔いた種だが、それに甘んじたくない。そして俺と同じように考える者は、自立を目指し生活基盤を作ろうと各々行動している。
もっとも、この世界が滅んでしまったら住む場所もなくなってしまう。どの道魔王討伐するために行動は続けなければならないが、自分の意志で自分のペースでいきたい。
話を戻そう。
どのような理由があれ、俺達がいずれ乗り越えないといけない壁としてコボルトキング討伐はある。それは理解できるが、納得できないことがある。俺はタッチャンに質問した。
「どうして急に来月再挑戦することに決まったんだ?」
「俺達が十分に強くなったからだ。これ以上は待てない」
「俺はイマイチ強くなった実感がないんだがな」
「村上がそう思うだけで、強くなってるってば」
「私もまだ力不足かもしれないと思うわよ」
俺と同意見の者もいるみたいだ。
この世界はパラメータなんていう目に見える形で能力が分かる。数値が上がれば当然能力が上がっていると判断できるわけだが、その弊害として数値に現れないテクニックなどを見落としがちになる。前回の大失敗はこの辺にあると俺は考えている。それに気になる言葉もタッチャンは言っていた。
「それに、何故"待てない"んだ?」
質問しながらも、俺はある程度理由は予測できていた。
俺が冒険者として外部でパーティを組んでいたのは、戦闘能力を上げるためだけじゃない。情報集数のためでもあったのだ。
「それは言っただろう。もう俺達は十分強くなったと判断できるからだ」
「確かに1年前に比べるとレベルは上がって強くなっているだろうが、それだけが理由じゃないよな?」
「も、もちろんだ。それは俺達の雰囲気を変えるためだ!」
タッチャンは言葉を詰まらせながらどうにか答えている。何とか尤もらしい理由を出そうとしているが、本当の理由に見当がついている俺には上辺だけ繕っているように見えて仕方ない。
おそらく"早く討伐してこい"とでも催促されたのだろう。
タッチャンなどを中心に、まだ"勇者"だの"神の使徒"なんていう言葉に酔っている者がいる。いいようにあしらわれているのだろう。その事を指摘しても気付けないのか気付いても違うと信じたいのかは知らないが、俺は未だに酔っている者とは距離を置くようにしていた。
それに、ここアルトヘイム国の現国王のフェルディナンド王はとても危険な男だ。優秀な自分の弟が怖くて、己の肉親である実の弟ウィリアム大公とその一族郎党を皆殺しにしてしまっているのだ。しかも俺達が召喚される10日前、新暦5000年2月20日のことだ。今の俺達はこの危険な男のすぐ側にいる。俺は一刻も早くアルトヘイム王家との蜜月を終わらせたいが、目をつけられ狙われるとまずいので今は我慢している。
「希望者のみで、再戦するわけにはいかないのか?」
「ダメだ。これは俺達の団結力を高めるためでもあるんだ。俺達は魔王を倒すためにいる!こんなところで立ち止まってはならないんだ!!」
もう無茶苦茶である。団結力を高めるためなら他にも色々やりようがあるし、そんなことも分からないほど俺達も馬鹿ではない。だが現在膠着状態にあり、気分的によくないのもも事実。俺としては本当は断固反対したいが、ここは折れておいたほうがいいだろう。
集団心理も働いたのか、俺達は最後には渋々ながらではあるが全員が参加を表明した。リベンジの日時は来月20日と決まった。
side 田中達也 場所 アルトヘイム国、迷宮内ボス部屋
ついにこの日が来た!
俺、勇者タッチャンは今まさに仲間を引き連れて、去年討ち漏らしたコボルトキングを討伐に来ている。
相変わらずこのボスがいるエリアは無駄に広い。ほぼこの階層はこのボス部屋に占領されている。推定数キロ四方、町1つスッポリ入るほど広大だ。
今回の討伐は召喚された勇者である俺達のみで行うことにした。前回のような足手まといはいらないのだ!
今日は久しぶりの俺の晴れ舞台だ。
折角俺のいるべきこの世界に来たというのに、この1年近くは地味なレベリングをする羽目になってしまった。ま、力を付けるのは悪くないし、仲間も息抜きが必要だろう。これだからリーダーは辛いぜ…
斥候に出したパーティが戻ってきたようだ。今回は斥候も俺達がすることにしている。前回のような精度の低い斥候なんて話にならんからだ。
コボルトには"敵が仲間の死に反応して強化される"って特殊能力がある。こんなのも連合軍の奴等はわからなかったのだ。俺の優秀な仲間が調べてこなければ、永遠にこいつらを攻略できなかっただろうな。
早速、俺は斥候の情報を元に作戦の最終確認をする。
「俺達の優秀な斥候のおかげで、敵勢力がわかった。」
斥候部隊の中には【パラメータ閲覧】っていうスキルを覚えていた者をいれている。敵の名前とレベルをチェックできる便利なスキルだ。俺が1から采配したおかげで、前回とは違いちゃんとした情報が集まっている。
「敵総数は約2千、前回より数が少ないと予想される」
「2千か、前回減らした分が回復しきれてないということか?」
「魔物のサイクルなんぞ分からん。大事なのは現在の数だ」
なんでどうでもよい話をするんだ!今は俺の説明中だぞ!
俺は軽く睨んでやった。
「そうだな。話の腰折ってすまん。続けてくれ」
「取り巻きの雑魚のレベルは30~33といったところだ。対して俺達は全員レベル45を超えている。俺なんてレベル52だ!」
魔物を安全に狩るために必要なレベル差は5以上と言われている。レベル差10以上あるならば、そうそう不覚をとらないはずだ。
しかも、今回は連合軍なんていうお荷物はないうえに俺の考えた作戦もある。
「作戦の確認をする。俺達は今8人PTが2組と7人PTが6組の、計8PTの体制だ。基本2PT1組で行動することになる」
俺の作戦は"誘き出し"だ。このフロア一杯使って、狭い路地に誘導、分断、各個撃破するというものだ。
コボルトの特殊能力は仲間が倒された時に強化されるというものだが、一定の範囲内で倒されなければ効果は発揮しないそうだ。つまり、有効範囲外に釣りながら少しずつ削っていけば勝てるってことだ。
各組には【挑発】などの敵の注意を強制的に引き付けるスキルをもった者が最低1人はいるように編成してある。ローテーションを組んで、絶えず少しずつ離れた場所に誘導殲滅を行う。
「一気に囲んで殲滅できる数を考えて、1度に釣るのは40匹を目安とする。様子を見てもっと行けそうならば数は増やす」
1度に釣る数が少ない気もするが、囮となるのは1組つまり14~16人ずつなので無理をしないことにする。
「長時間の持久戦になるだろうが、俺達には高いパラメータがある。疲れ難いうえにポーション飲んで回復することだってできる」
1回の誘き出しと殲滅に10分かかるとして、雑魚の処理に約8時間半ほどかかる。一度に釣る数を増やせば当然短縮できるが、とりあえずこれぐらいはかかるかもしれないと思っておこう。
俺達は高パラメータのおかげで、重いはずの剣を自由に振り回したり負傷してもダメージ量が少なければあまり痛くないどころか戦うのに全く支障がなかったりする。
長時間の移動や戦闘もHPが高ければたいして疲れない。昔10時間以上ぶっ通しでゲームしたこともあったんだ。試したことはないが、今なら数日間戦い続けることもできると俺は考えている。
今回の作戦を事前に説明したとき、継続戦闘に難色を示した者もいたがちゃんと説き伏せてある。ホント馬鹿は何処にもいて困るぜ。まあ、最終確認では特に誰も反発はしなかったのはよかったがな。これも俺の人徳だな。
「では、作戦を開始する!」
さあ、俺の邪魔をした畜生共、今地獄に叩き落としてやる!
ご清覧ありがとうございました。
少し削りたかったのですが、2人の対比を考えると削れませんでした。この節は旧版から変更が一番少ない節な気がします。