2節(1) 天職もちの子供達 (1)
第2章2節の改訂版(15/2/2)です。
分割した1番目です。
side ウィルルアイト・スヴュート
俺ウィルルアルトは、母さんの右肩に座る格好で程よく明るい森の中を進んでいた。背筋を伸ばして肩に座り母さんの頭の上から顔を見せていたり、こんなにも大きなモノを持っているのに母さんの重心が全くぶれずに歩いてたり――もし地球で俺達を傍目から見るとさぞ違和感があっただろう。だが、STRが高ければ誰でも出来る。外見から判断するのはこの世界では特に危険だと改めて実感する。尤も、人目が出てきたら母さんの腕の中に移動する予定だ。不用意にパラメータが高いことを宣伝し注目を集めるつもりはないからだ。
この世界には四季がある。そして俺が今住んでいる場所でのサイクルは春は3月~5月、夏は6月~8月、秋は9月~11月、冬は12月~翌年の2月と前世の日本とほぼ同じだ。季節を分割するといったちょっとした日常的な常識が同じ理由を調べると、過去に異世界から来た人の影が見えることがしばしばある。おかげであまり苦労せずにこの世界に馴染めそうだ。
10月も残りわずかだというのに、周囲の木々は紅葉などする気配を見せずまだ青々としている。家の周りは常緑樹林であったようだ。窓から見る森が全く変化ないのは家周辺に張っている結界のせいかと思っていたが、どうやらこの森の植生みたいだ。
時刻は朝10時を少し廻ったところだな。半年前『時魔法使い』の固有スキル【時間把握】を手に入れて以来、俺は時刻をある程度正確に知ることができるようになっていた。この固有スキルも今朝方【時空掌握】へと昇華させ、今は秒単位で時刻が分かるようになっている。使いこなせばさらに繊細に把握できるようになるだろうが、腕時計が一般的に普及していないこの世界ではこれでも十分すぎるほどだ。
朝急に母さんに連れ出された俺は、前回の初外出時とは違いゆっくりと手入れされている林道を進んでいる。当然訓練もかねて【索敵】などのスキルを使って周囲の状況は把握しながらである。野生の危険な動物や魔物などが俺達を見つけたと場合、すぐに【威圧】で追い払うか失神させることにしている。今まで母さん相手にしか練習していなかったので、丁度いい訓練になっている。力加減を失敗してもすぐさま母さんが【威圧】でカバーしてくれるので、一度も戦闘さえならずにのんびりと森林浴を楽しんでいる。
だいたい家を出て30分ぐらい経った頃だろうか、森が終わり目の前に平原が広がった。一面畑になっているらしく多くの人が耕している。後で知ったが、この辺は有数の小麦の穀倉地帯で今の時期は種を撒く前の土壌作りを行うそうだ。森との境界上には高さ5メートルほどの黒曜石で作られたような石柱が等間隔に並べられており、付近一帯の畑を取り囲むように聳え立っていた。この石柱は魔物などの進入を拒む特殊な結界を張るためのものだ。魔法がある世界ならではの光景だろう。
小麦畑に囲まれた中央にアルンの町は作られていた。木に邪魔されて今まで分からなかったが、俺の家はこの町から思いのほか近い小高い丘の上にあるようだ。畑仕事に励んでいる人達は母さんを見ると頭を下げて挨拶してくる人が多い。中には俺を見て驚いている人達もいた。何故なんだろうか。
畑に挟まれた街道をしばらく歩くと街中に入った。木と煉瓦で造られた建物が多く、半数ほどが平屋建てだった。小規模な町にしては人通りも多く、農業だけじゃなくほかの産業もあるようだ。
母さんは迷いない足取りでどんどん進んでいく。
(ウィル、意外と大きな町でしょう)
(うん、家の近くにこんな町があるなんて驚いた)
(半年前に行った町ほどは大きくないけど、この町も結構大きいわよ)
前回は目まぐるしく移動していたので、全く町の様子など見れていなかった。今回はしっかりと見ておこう。
(そういえば何処に向かっているの?)
(この町の改造屋のところよ。母さんのお得意さんのところよ)
どうやら母さんが贔屓にしているお店に向かっているようだ。
改造屋とは、マテリアル(装備品やアイテムなど)を改造する――魔法などを用いて付随スキルを付与したり変更したりする――お店だ。たまに姿形まで改造する店もある。魔物との戦闘が日常化しているこの世界で、改造屋は武器屋や防具屋と並んでポピュラーな店である。
このとき俺は勘違いをしていた。"母さんがお得意さん"ではなく"母さんのお得意さん"と言った意味を正確にとらえていなかった。言い間違えたのだろうと安易に解釈してしまっていた。後で思い返すと、これも精神が肉体に引きづられた結果なのだろう。そういえば母乳をもらう時、あんな美人な母さんなのに全く欲情なんてしなかった。これも、よく昔した"子供の勘違い"というやつだったのだろう。精神が肉体に影響されて幼児化するのは、人生やり直しているのである意味ありがたいことではあるが…。
閑話休題。
向かった改造屋は全体を覆う赤い煉瓦が特徴的な2階建ての店舗だった。入口の扉に取り付けられていた半鐘が来店を告げ、カウンターで店番をしている子供が顔を上げた。
「いらっしゃいませ、って、なんだ。シャルロットお姉さんか」
「こんにちわ、ジェルマン。お母さんはいるかしら?」
「ママは台所にいると思うよ。今ルーシャの離乳食を作ってる」
「そう、ありがとう」
そう言って母さんはカウンターの奥へと進んでいく。この店は、店舗と住居を兼ねているようだ。通り過ぎる前に俺はジェルマンを【鑑定】した。職業『鍛冶師』を持つ人間族で6歳らしい。レベルは2と俺よりも低い。ステータスもHPとMP以外は俺の1%にも満たない。やっぱり俺は化け物の仲間入りを果たしているようだ。
母さんはこの家の勝手知ったるようで、真っ直ぐに台所に向かった。途中で俺は降り、手を引かれながら歩いている。
「トリシア、います?」
「あら、シャル様じゃないですか。ちょっと待ってください」
「いいのよ。今日は仕事で来たのではないのだから。それより手伝いましょうか?」
「大丈夫です。もう温め終わりましたから」
トリシアさんは小さなお鍋を持ってきた。丁度完成したところらしい。
「冷めないうちに食べさせたいから、2階来てくれますか?」
「丁度よかったわ。ルーシャちゃんにも会いたかったから」
「あら、良かったわ」
家族ぐるみの付き合いがあるようだ。トリシアさんは完成した離乳食を持って、2階に上がっていった。俺達もそれに続く。
トリシアさんに続いて突き当たりの部屋に入と、そこには雛鳥のような薄い髪の毛の赤ちゃんが寝ていた。トリシアさんは優しく起こすと、持ってきた食事を子供のペースに合わせてゆっくりと食べさせてあげていた。
「あら、その子がもしかして」
余裕ができて気付いたのか、トリシアさんが聞いてきた。
「ええ、ウィル君よ。可愛いでしょう」
「やっと連れてきたんですね。はじめましてウィル君」
俺は危うく"はじめまして"と言おうとしたが、寸前のところで言葉を飲み込んだ。俺はまだ1歳児なのだ。下手に喋るのはよくないと言われたのを思い出せたのだ。代わりに軽く頭を下げることにした。
「あら、お利口さんなのね」
「自慢の息子ですから」
「シャル様の口から、そのような言葉が出てくるとは。意外と親馬鹿なんですね」
「否定は出来ないわ。それよりも少し込み入った話があるのだけれど…」
「込み入った話ですか。レオも呼びますか?」
「レオボルド君には、トリシアに伝えた後で話したいわ。まずはルーシャちゃんのご飯が終わってからね」
「…内容が気になりますが、わかりました」
母さんは、食事を終わるまでゆっくりとまっていた。その間にトリシアさんを【鑑定】してみる。レベルは89で職業は『商人』と『付与術師』だった。HPとMPは負けていたが、その他のステータスは俺の方が遥かに上だった。本格的に俺はステータスを偽装する必要性を実感した瞬間だった。
トリシアさんは、食事を終わらせると子供をベッドに寝かせつけた。
(ウィル、ルーシャちゃんを見ていなさい)
そう言うと、母さんはルーシャの横に俺を置いた。
そして、二人の母親は少し離れたテーブルに向かい合って座った。
「私が最上位神官系職業『アークビショップ』でスキル【鑑定】持ちなのは知っているわよね」
「ええ、おかげで色々助けていただいていますし…」
「単刀直入にいうわ。ルーシャちゃんにも天職があるわ」
「ルーシャにもですか?!天職って大体5人に1人ぐらいでは?」
ふむ、どうやら横で寝てる赤ちゃんが話題の中心のようだ。試しに【鑑定】を使ってみる。
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ルーシャ Lv.1 人間族・女 0歳
職業:なし (天職『神凪』未覚醒)
称号:なし
□AP 0 □Exp 0/100
□SP 0 □SC 0(+100)/10(+100)
HP: 6/6 MP: 6/6
STR 1 INT 1
VIT 1 MEN 1
DEX 1 AGI 1
スキル一覧
なし
状態異常
なし
加護
なし
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本当に天職を持っているようだ。誤解を怖れずに言えば、天職とは産まれながらに持っている職業のことである。約20%程度の確率で産まれてくると言われている。また"両親のレベルが高いと産まれる"とか"魔法使いの子には魔法使いの天職が現れる"とか根拠のない迷信が多数あるそうだ。
【鑑定】などのスキルを持っていたとしても、未覚醒の職業つまり天職まではわからない。天職を調べるためには、神殿で専門儀式を行うことなどして判明するのが通例である。しかし俺や母さんのように神官系高位職もちの術者の中には、【鑑定】などのスキルと併用することで簡単に天職を調べることができる者もいる。
「そう言われているわね。種がよいのか、貴方の子共達は皆優秀よね。全員天職持った子供だなんて。でも問題はそこじゃないのよ」
「えっ?」
「天職持ちの子供が、よく権力者の餌食になるのは知っているわよね?」
「はい。正確には希少な天職を持った子供がですが…まさか」
「そう、ルーシャちゃんの持っている天職が問題なの。職業は『神凪』、"神"の文字が名称に入っている特殊な職業の1つ」
えっ、その事実初めてしったんだけど…俺の『武神』も特殊な職業ってことか。ただ単に、選択条件が非常に困難程度にしか認識していなかった。
「そ、そんな職業を…もしかして、産まれてから直ぐに教えてくれなかったのは」
「上の兄弟の職業は有益ではあるけど、そこまで希少性は高くないわ。不意に知られたとしても殆ど問題は無いわ。だけどこの子は違う」
「てっきり、この子には天職が無いものと安心していました」
「"神"が名前に入っている職業は、就くことが非常に困難。長年の修行を経ても辿りつけるかわからない、そういう領域の職業なのは十分理解しているわよね」
「はい、その希少性に恥じない強大な力を有しているとも」
「そう、その1つをこの子は天職として持っている。その意味分かるわよね」
「神殿にばれたら、まず間違いなく保護という名の下に管理されますね」
「何も力のない子供なら絶対にそうなるわ。そして、貴族なんかに知られても同じようなことが起こるわ」
自分の利益の為に子供を食い物にする…随分とこの世界は荒れているようだ。常に命の危険が伴う状況だと、生活は刹那的に命は軽視される傾向にある。人の命を明確な金額で表す奴隷制度が普及しているのが現状からも、前世よりも人の命は軽く扱われているのは明らかである。普通そのような社会環境ならば、親の子に対する愛情というのが薄い傾向にある。だが、度重なる異世界からの医学知識などで新生児の死亡率は前世の中世とは比較にならないぐらいこの世界では低い。そのため親の子に対する愛情の深さは前世の日本に引けをとらない。
「この子を護らないといけないわね。よく今まで無事にこれたわね…言ってくれていたら気をつけていたのに」
「…どのように切り出すべきか迷っていたのよ」
「あら、シャル様が迷うなんて珍しい」
「私だって迷うわよ。今も散々迷っているわ」
「ふふ、何だか安心しました」
「安心?」
「いつも超人ぶりを見ていますからね。たまに私達と同じようにされていると、ちょっと…ですね。それより、レオを呼んできて一緒に考えるのがいいのでは?」
「本当はそうなんだけど…これに関連して少し相談したいことがあって、まだ呼んで欲しくないのよ」
そう言うと母さんは視線を俺に向けてきた。
(ウィル、偽装で全職業は消しているわよね?)
(はい、レベルもステータスもばっちり1歳児に調整済です)
(今から『武神』の職業だけ表示されるようにしていなさい)
ご清覧ありがとうございました。