8
お日様が力強く大地を照らしている。雲ひとつない青空。清々しく澄んだ色。
風が、吹き抜けた。
風の冷たさが身体に染みていき、骨を揺らす。綺麗な音を奏でるかのように、風は身体のなかで響く。風が吹き終わると、どこか切ない気持ちになった。
青年とはまだ呼べないが幼児ではない。青年の出前、幼児を過ぎたくらい。まさに少年と呼ぶに相応しい。これからいろんなことを経験して学んでいく出発点。
癖毛の目立つ銀色の髪。深海を連想させ、感慨を与える蒼い瞳。男の女、というわけでもないがかわいらしいのが印象的か。少しだけ……本当に少しだけ丸みを帯びた顔の輪郭。鼻は高くも低くもなくいわゆる普通。低めの身長がかわいさを際立たせている。
そんな銀髪の少年――ソアは空を見上げながら歩いていた。
「見ていてね、お父さん」
『悪魔』の襲撃の日……お父さんが死んだ日から月日は随分と経った。お父さん、と表現したら合っているようで間違っているかもしれない。ソアの言うお父さんは育ての親のことだ。産みの親は殺された。つまり養父だ。だが、注がれてきた愛情は本物だと思っている。本気で愛してくれた。本当の家族だと思ってくれていた。
だが、そんなお父さんも死んだ。それも妻に殺されたらしい。ソアを育ててくれたのは、お父さん一人だけ。そのとき妻は事情によって家に居なかったらしい。そして帰ってきて、殺して、去っていった。幼馴染みのシャールを奪いさって……。
そんなことを思い出しているうちに家に着く。小さな一軒家。まだ素材は新しく新品の匂いがする。お父さんとシャールと住んでいた家とは二回りも小さく、ほとんどが木製。鉄製の煙突が屋根からつきだし、灰色の煙を吐き出す。
「おう、けぇったか」
黒ずんだ赤髪に大きな身体。褐色の肌を持ち、目は細い。初めて会う人は、睨まれていると勘違いしそうだ。
「ただいま、シャギアさん」
「どうだ、学校はいい感じか?」
どうやら物語は既に動き出しているようだ。
義父と幼馴染みがすべでだったソアは、一夜にしてそれらを失った。
彼の後見人となってくれたのは、盗み聞きをしていたとき父と話していた人、シャギアと名乗る人物。彼からあのあとどうなったかを聞き、父が帰らぬ人となったことを知った。
ソアの心の療養には、かなり長い時間がかかった。「おとうさんはしんでないッ!」「シャールはかえってくるんだッ!」寂しく、悔しく、悲しい現実。子どもだったソアには重すぎた。
しかし、シャギアが根比べのように宥め、結果的にソアは現実を受け入れた。
療養が終わると、新居を構えて身辺を整えた。
これからの目標、というわけでもないが、ソアは魔法やこの世界の知識、そして彼自身の立場などをあまりにも知らなさすぎた。あらゆる物事を学ぶことが必要だったのだ。初めはシャギアが教えていたのだが、いくら説明しても納得してもらえなく、こればかりは断念したらしい。
そんなこんなでソアは今、学校と呼称されるところに通っているのだった。
話は元に戻る。
「ちょっと悩みが……」
「んあー、なんだ?」
そう。ソアには悩みがあった。それはごくありふれた悩み。しかし人は、その悩みを簡単に解決できない。それは、人間という生物の……いや、言語を話したり意思疏通ができる者共の根本的なそのもの。会話や対話が可能な生物に付きまとう忌まわしき課題。なかにはそれを悩みとして捉えず、解決だのそんなことにすらならない者もいる。ある共通のことができない者共の悩み――
「……友達ができないんだ」
「……。…………は?」
こほん、と咳払いを一つ。
「と、友達ができねぇだぁ!?」
シャギアの驚愕に満ちた声が響く。
「う、うん……」
「んなもん、話しかけりゃあいいじゃねぇか!」
「そっ、それができるなら友達だって……」
シャギアは頭に手を当てて、理解できないという風に肩を落とす。
「まだいい歳ってわけじゃねぇがよぉ、友達の一つや二つくれぇ……」
ぶつぶつと独りごちるシャギアに、ソアは大きく迫った。
「そ、そんな簡単なことじゃないんだ! そう……話しかけようとすると、その先のことを考えちゃうんだよ」
「その先ってのは?」
「ここで悪印象与えちゃったらどうしよう、とか。何を言えばいいんだろうか、とか。どんな顔したらいいのかな、とか……だから、いろんな考えが一気に押し寄せて来て頭のなかでぐるぐるするんだ……!」
「んあー、わかったわかった。とにかくソアは話すのが苦手なんだな」
うんと頷き、しゅんと小さくなるソア。
「でもよ、話しかけられたりとかはなかったんか?」
「あ、あったよ! でも……いざとなると口が開かないというか、なんというか……」
「んあー、わかったわかった。それで結局はなんて返したんだ?」
「だ、だから……そ、その、つまり……」
「ん? ――って、おめぇまさかッ!?」
こくんと頷いた。
「無視しちまったのかッ! ……おめぇな、ソア。そういったところがちゃんとできねぇと、友達なんて夢のまた夢だぞ?」
「わ、わかってるよ。わかってるんだけど……」
はぁぁ、っとシャギアは長い溜め息を吐いた。確かに最初の頃は、何度話しかけても肯定か否定かの二つの返答のみだった。まともに話せるようになったのは、少し時間を置いてからだ。でもそれは、見知らぬ大人との対話だからなのだと思っていた。同じ世代なら少しは話せれるんじゃないか、と思っていたが違ったようだ。
「それで、どうしたらいいか……」
「んあー、俺ぁそんなことに困ったことねぇからなぁ。期待できる助言なんてあげれねぇぞ? つーか、人に助けてもらって成し遂げることじゃねぇと思うが……」
ソアの眼が失望に染まっていく。それに気づいたシャギアが慌てて話題を変えた。
「と、ところでよぉ、知識のほうはどうなんだ?」
ソアの眼が輝きに満ちた。恐らく何かしらいいことがあったのだろう。こういった部分もまだ子どもらしくてかわいげがある。
「僕の知らないことだらけだったよ! でも今日が初めての魔法の授業だったから、まだそんなに教えてもらってないけど、仕組みについて少しだけ教えてもらったんだ!」
眼がきらんきらんしている。おもちゃを初めて渡された子どものようだ。
「あのね、魔法っていうのはなにも無いところから出すんだって! えっと確か……『無から有を創る』って言ってたかな?」
その言葉にシャギアは頷いた。
「おう、そのとぉりだ、ソア。魔法ってのは無を有に変える力を持ってんだ」
「うん! シャギアさん、僕、もっと知りたいよ! 魔法のこともそうだけど、この世界のことや、魔獣ってのもいるんでしょ? みんなみーんなぜーんぶ知りたいなあ」
夢を語るように話すソアを見て、シャギアは温かく笑った。
「おう、それはいい心意気だな。かんばれよ」
「うん! がんばるね!」
その時、ソアのお腹がぐう、と鳴った。
「んあー、もうそろ飯の時間か……」
お腹を鳴らしてしまったことに赤面しつつもソアは頷く。今日のご飯は何だろう――夕焼けが雲を緋色に染め上げていた。
ご飯を食べ終わると、ソアは自分の部屋に行った。
この家は二階建てで、広いというわけではないが、狭いというわけでもない。二階にはソアとシャギアの部屋と、空き部屋が一つ。一階には食卓など生活に必要なものが揃っている。
ベットの上でシーツを被り夢想する。その内容は、友達をつくるための手順だ。あらかじめ頭のなかでいろんな場面を想像して、いざその時がきたときに備えるのだ。
一通りの考えられる場面を想像し、決意を胸に眠りにつく。
――明日こそは、絶対に、友達をつくる……!