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天罰のドラゴエディア  作者: 星屑蒼空
星降ル夜ニ
5/14

5

「シャギア、僕は子どもたちを避難させてくる! それまで頼めるか?」


 敵が迫って来ている。時間はない。早く子どもたちを避難させねば。


「おう!」


 一人のほうがやりやすいしな、と彼は最後に付け足した。

 グリムはシャギアを背にし、子どもたちを抱え家へと戻る。食卓を蹴飛ばし、下にある鉄の扉を開けた。地下室だ。


「ここに入っててくれ」


 無理矢理ソアとシャールを詰め込むと乱暴に閉める。ここなら被害は少ないはずだ。

 そう思った瞬間、


「――深淵の常闇は喜びを炎で顕す」


 シャギアの呪文(スペル)が聞こえた。自分も急いで戦場へと戻る。

 迫り来る大群にシャギアが鎌を振りかざす。

 大地が揺れ始めれた。刹那の時を経て地に破れ目が走り、紅蓮の炎が躍り出る。


「『業火(イクスプロス)感嘆(グラドナス)』」


 鎌の刃に炎が巻き付いた。火山の噴火の如く唸り狂う炎は空気を乾燥させる。


「いっくぜぇッ!」


 シャギアは大きく跳躍し、迫りくる大群へ突入した。

 雷神が怒号を上げるが如く。

 凄まじい音が何度も何度も反響し炎が暴れる。迫る刃を一瞬で溶かし、敵の肉を焦がし、焼き尽くす。

 蟻の大軍のように侵攻する『悪魔(ディア)』は、瞬く間に炎に蹂躙された。

 黒と朱のコントラスト。月明かりが照らす中、一匹の狼は牙を剥く。薙ぐごとに炎が荒れ、大蛇のように身をくねらせる火柱はまるで地獄絵図のようだ。

 朱い男は紅蓮の炎と踊る。

 だいぶ敵を蹴散らせたあと、シャギアは宙に留まったまま次へと紡ぐ呪文(スペル)を唱えた。


「深淵の常闇は怒りを炎で顕す」


 シャギアの髪が逆立った。その背後で炎の竜が地面を穿ち出現する。空に羽ばたく竜は真っ赤に燃える炎の塊。翼も鱗も牙も瞳もすべてが禍々しい朱。太陽をも上回る熱量だ。

 続けて破滅の言葉を口にする。


「『業火(イクスプロス)憤怒(ラージュ)』」


 はっ、と鋭い覇気と共に竜を使役。ゴォオオオオオ、と噴煙を上げて躍り狂う。大気が暖められ、湿気が奪われる。肌が乾燥し唇が割れた。紅蓮の竜は体をくねらせながら突進する。すべてを飲み込む炎の化身。無に帰す極限炎度。夜を照らす紅き輝き。月光をも吸い付くし自分の熱をぶちまける。

 紅蓮に燃え上がる巨躯は、朱い大柄な男と戯れる。

 刃が肉を断ち、炎が肉を焼く。残るは大量の灰。雪のように天から白い灰が降り注ぐ。

 シャギアは龍の矛先を敵のリーダーへと変えた。妖艶な魔女に向けられた熱量の塊は、勢いを落とすことなく飛翔する。

 しかし、レベッカは眉ひとつ動かさず、妖しく微笑んだ。


「あなたたち、お願いねえ」


 いつのまにか隣に従わせていた側近二人に声をかけ、自身は後ろへと下がる。竜はもう近くにまで来ている。じりじりと炎が側近たちの装束を焦がした。


「「御意」」


 その二人の側近は、鎌を構え呪文を唱える。二つの鎌で宙に十字を描いた。

 紅き竜が牙を剥く。熱風が彼女を襲い、炎がすべてを蹂躙する。だが、ここでグリムとシャギアは不可解な現状を見た。


「あ?」


 着弾寸前、紅き龍は側近の構える鎌に吸い込まれ、猛威が数倍にも増してこちらに放たれる。カウンター魔法。相手の力を利用して倍の力を生み出す魔の技。

 シャギアの足は動いていない。質量の増えた竜は間近に迫っている。回避を促そうと駆け寄る。しかし、遅かった。

 目の前が炎で覆われる。

 刹那の間、空間が静止した。

 瞬きをすること一回、時間は思い出したかのように動いた。

 熱風が頬を撫で――熱が皮膚を焦がし――天地が逆転し――回避は間に合わない――黒い空が嘲るように――「シャギア、無事か!?」――声も届かぬ炎の中――身を焼く紅蓮色がさらに強まり――子どもたちは無事だろうか――竜の直撃は免れた――彼らはボロボロになるも――だが本当の最悪は――三人で過ごした家が――

 想い出の詰まった家は、一瞬で真っ赤に燃え上がると無機質な黒い炭へと化した。

 グリムの中で形あった何かが、さらさらと砂のように崩れていく。

 過ごした記憶が。

 子どもと遊んだら記憶が。

 一緒に卓を囲んだ記憶が。

 子どもの寝顔の記憶が。

 消し炭となった家の一部が、風に乗ってこちらに飛んでくる。想い出が消え去っていくような気持ちがした。

 飛んできた炭を掴み、握り締める。

 ぶちん、とグリムの中で何かが弾けた。

 彼を中心として黒い気配が立ち込める。純粋な怒りを凝縮して、なおかつ漏れだす欠片。

 シャギアは直感した。これはヤバイ、と。

 いまにも地震が起こりそうなほどグリムは激昂していた。体中の血が熱い。脈だつ鼓動が強い。思考がどす黒い感情に支配され腕が唸る。

 怒りは人を強くする。

 目の前のことを眩ませる代わりに、絶対なる力を与える。それは諸刃の剣。弱点丸出しの決死の力。

 しかし、これはグリムには当てはまらない。

 彼は怒れば怒るほど醒めていくタイプだ。

 冷静に状況を分析し、最も効率的な撃破方法を模索する。依然、敵方の勢力のほうがでかい。シャギアもこのまま大技を使い続ければ魔力が枯渇するだろう。残念なことに自分には友のような広範囲攻撃の魔法を持っていない。ならば、どうすれば勝利へと導けるのか――。

 この時すでに彼は、本当の意味での冷静さを失っていた。一番に考えなければいけないことは、勝つことではない。全員が無事に戦線を離脱することなのだ。

 しかし燃え上がった闘志は簡単には消えない。目の前を敵を潰し、その血で地面を朱く染め上げなければならない。これはもはや義務だ。怒りを持ってしまった義務だ。

 血走った眼で戦場を観察するグリムは狼だ。シャギアのように力任せに蹴散らす暴力的な野性ではない。獲物を狙い、絶対に逃さないよう計画を綿密に練る狡猾な野性。

 グリムは唐突に口を開いた。


「あれは僕たちが得意としてるカウンター魔法だ」


 突然声をかけられたことに、少し狼狽しながらシャギアは応える。


「お、おう……。ん? つーことはよ、あの側近らは『死神』なんか?」

「そうじゃない。元々『悪魔(ディア)』は『死神』から分離した集団だ」


 グリムの妻が所属していることを考えると簡単に推測できることだ。しかも彼は分離した原因を知っている。いや、それよりも、彼が原因そのものと言っても良い。公になっていない情報だ。『死神』の上層部にも知られていないことである。グリムだけが知っている事実。


「シャギア、戦姫は呼び出せるか?」

「んあー……できるが、そのあと俺は動けなくなるぞ?」

「構わない。そのあとは僕がやる」


 グリムが導き出した勝利への方程式。その算段を友に伝える。彼の目が映すのは敵の姿のみ。いつしか親としてのグリムは消えていた。ただ冷徹な男が無機質な声を出す。


「カウンターには気を付けろ。範囲攻撃で攪乱するんだ」


 シャギアは、変わり果てた彼を懐かしむように見つめた。しかし、顔を厳しくしかめると感情を切り換える。ここは戦場だ。甘えは一切許されない。彼もまた戦士なのだ。


「深淵の常闇は哀しみを炎で顕す」


 周囲に紅蓮の雲が発生。蒸し暑くなる。視界が禍々しい赤に統一され、夜の黒と混ざりあい毒々しい色を産み出した。


「『業火(イクスプロス)哀願(シャグラン)』!」


 紅蓮の雲が霧散した。――かと思えば、それらは結晶となり鋭い刄となる。炎の刄。棘のように鋭く、夕焼けのように紅い。無数に広がる必殺のそれ。


「せあッ!」


 鎌を地面に突き立てる。と、同時に刄が降る。雨のように軽く、しかし刺さる刄は釘を打たれた如し。悶絶の声が反響する。降る刃は断罪の雨。絶え間なく天から降り注ぐ死。単調だが恐ろしい魔法。

 最初の鎌から撃ち出す刃も範囲攻撃だったが、今回はそれの比ではない。敵も見方も関係なく攻撃するようなものだ。前衛はもちろん後衛までも含め、全体を攻撃する。これならカウンターもすることができないだろう。しかしレベッカの部分だけは側近たちが彼女を完全に護っているようだった。


「おほほほほ……まさか、たったのそれだけ?」


 妖艶に笑むレベッカ。顔には余裕の表情が浮かんでいる。こちらを嘗めている証拠だ。


「うっせぇ! なめてんじゃねぇぞッ!」


 激昂するシャギアを無視して、魔女は側近の一人の背中を押す。詠唱を開始したようだ。


「真実と虚無の合間に映る幻想よ、黒と白の原点、万有の理、高と低の狭間の獣、永劫を身体に刻み、開闢の頂きを熾さん――『悪夢(コルド)の呼び(ナイトメア)』」


 側近の詠唱の終わりと共に暗闇が世界を覆った。

 呪文と詠唱では魔法の規模が違う。簡単に言えば、威力の差だ。呪文は短く唱えることで魔法を発動できるがその分、込めれる魔力が少ない。その反面、隙は少なく素早く唱えれる。逆に詠唱はじっくり言霊を唱えれるので込める魔力も多く威力も大きい。しかし隙が大きく危険である。よく戦場では大勢で隙を作って、その合間に離れたところで唱えるものだ。

 一瞬の静寂の後、空間に変化が生まれた。

 唸り声が聞こえた。グルル、と獣のように呻くそれは暗闇から現れた。


「おいグリム、あれッ!」


 それは悪魔のようだった。海からゆっくり上がるように、水溜りに雨が降り波紋がゆっくりと広がるように、それは静かに現れた。空に無数の波紋が広がる。その中心から次々に現れる。

 一見犬のようだかが、大きさが違う。通常の五倍はあるだろうか。毛の皮ではない。人工的に造られたかのような濁った黄色い皮膚。その皮膚はチグハグに縫われており、縫い目からは血のような朱い液体が滴っている。瞳孔は大きく血管が浮き出ている。舌は異常に長く、牙は綺麗に揃ってないが滴る唾液を見る限り絶対に噛まれたくない。荒々しい息遣いが余計にグロテスクだ。

 悪夢のような光景にグリムは息を呑んだ。


「ああ。あれは――『鬼面犬グアルディアだ』」


 行け、と命じられた怪物は唸りながらこちらに向かってくる。ふふふ、と嗤うレベッカが目に入った。

 ――悪夢が始まる。


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