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天罰のドラゴエディア  作者: 星屑蒼空
星降ル夜ニ
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2

 爽やかな風が草花を撫でた。青々しい緑がカーテンのように波打つ。自然の香りが巻き上がる。空は清々しいほどに澄んでいて、見ているだけで心が晴れそうだ。

 そんな中、ひとりの少年が寝転んでいた。

 少年と呼ぶにはまだ早いかもしれない。彼の名はソア。瞳はスカイブルーで深海のよう。髪の毛は銀髪で、少し癖毛が目立つ。歳は八つといったところだろうか。彼は昼寝中だ。しかし、まだ昼に至っていないのでただの仮眠ともいえる。「う~ん、むにゃむにゃ……お腹空いたよぉ」などとぬかしてる。


「おーい、ソア。ごはんだぞー!」


 不意に彼の名前を呼ぶ声がした。その声に反応して少年は立ち上がる。


「ふあ~い」


 眠たげな返事をすると家のほうへ向かう。ソアが寝転んでいたところは、玄関を出てから真っ直ぐ進んだ辺りにある小高だ。そして毎回驚かされることは、こちら側じゃない空が赤いことだ。

 家を挟んだ向こう側の空は、禍々しく赤に染まり、雷だの雹などがこちら側からでもはっきりと見えるくらいに絶えず降りそそいでいる。

 地獄のような空だ――そんな背景を他所に、ソアは家に帰った。


「お? おかえりー」


 と、父親代わりのグリム。


「もう、おそいわよ」


 と、妹――ないしはお姉ちゃん――のシャール。

 グリムはとあることからソアを引き取ることになり、面倒を見てくれている。優しそうな顔立ちで、緑の瞳は金髪と似合っていていつも温かみが灯っている。面倒見がとても良く、ソアはグリムが大好きだ。

 シャールはグリムの実子で、真紅の瞳。髪の毛は、父親譲りの金髪でこれはこれで、かっこよく決まっている。歳はソアと同じ。こちらはどうしようもなくやんちゃで、いつも「にしし」という若干男勝りの笑顔を浮かべている。ソアはシャールにいじられてばっかりの始末だ。

 この二人は大切な家族だ。血が繋がっていなくても、本当の家族のように接してくれる。ソアは一度、家族を失った。また心を持っていなかった。だが、グリムがソアを救い出し、心を満たすように接した。そのおかげで彼は、優しさの持てる少年へとなっていった。

 しかし、問題が発生した。

 その元凶はシャールである。おてんば娘でいじりっ子の彼女と一緒に育った。ということは、常日頃からいじられる始末。そのお陰というかなんというか、彼はシャールにビビるようになったのだ。

 ――つまり、ソアは極端な怖がりで、弱虫であり、泣き虫ということだ。

 さて。

 ここらへんで彼らの日常を見てみよう。

 食卓に並べられるのは、香ばしい香りを放つ数々の料理だ。やけにでかい鶏のオーブン焼き。一人で食べると絶対に気持ち悪くなるほどでかいパンケーキ。他にも塩を惜しげもなく振ってある大量のフライドポテトや、大きな蟹をグツグツと煮込み、魚介独特の匂いが漂うお鍋。一言では表せないほどの豪勢な夕食だ。


「「「いっただきまーす!」」」


 グリムも子供たちと同じように大きな声を出した。

 口のまわりに多くのご飯粒をつけているソア。

 休むことを知らずとにかく食い物にありつくシャール。

 子どもたちに譲りながらも、狙ったものは逃さず我が物にするちょっとずるいグリム。

 和気藹々とした食事が終わりを告げるのに、そんなに時間はかからなかった。

 たくさんあった料理も、残り後わずか。このとき、お皿に一番食べ物がのっていたのはソアであった。

 しかし、それが命取りとなる。

 ソアが肉を口に運ぼうとした瞬間、さっと誰かの腕が彼のお皿に伸びた。シャールである。あっ、と声を上げる間もなく、残りが彼女の口のに消えていく。仕方がないと腹を決め、まだ残っているものに手を出そうとした。

 だがそうはいかない。少女がその行く手を阻む。毎度あわやと料理に手が届くという寸前、手にフォークが刺さる。やっとのことで掴めても、すぐさまナイフやスプーンが投げられ口へと運ぶことを許さない。

 とうとうソアもしびれを切らし、連続的に両手を出し始めた。お皿に乗っていたジャガイモに手を伸ばす。当然のごとくシャールがそれをブロック。――が、これはフェイク。彼の本命はジャガイモから少し離れたソーセージだ。ほんの小さな隙を突いて、フォークに突き刺す。だがシャールも負けていない。ソアが手を引っ込める前に先に口で奪い取る。形的には、ソアのフォークに刺さっているソーセージをシャールが食べた、ということだ。恐るべし執念。


「くッ」


 まさかの事態に面食らいならがらも、ソアは諦めない。絶対に食べる。心に誓った。だが、シャールの重たいげんこつをお見舞いされてダウン。


「し、シャールのばかー!」


 仕舞には、泣きながら逃げ出してしまった。

 これが彼らの日常。

 そんな日常をグリムは温かげな目線で――しかしどこだか哀しげに――見守っていた。


 ◆


 それが昨日のこと。

 そろり。そろり。

 静かな廊下に足音が忍ばれる。いたずら心を孕んだ満面の笑みをした少女の足音だ。薄灰色から覗いている、少ないが力強い朝日が、金髪の髪を照らしキラキラと輝かせる。そんなシャールがこれから行うことはいたずらである。

 ぴた。

 足音がやんだ。目的の場所に着いたのだ。そもそもたててない音なので「やんだ」という表現はおかしいかもしれない。ここはソアの部屋だ。見下ろすと、すやすやと夢の世界にいる少年が目に映った。単純に耳の元で大声で叫んだり、ビンタではちっともおもしろくない。ただソアが泣くだけで終わってしまう。もう一つランク上のことをしないと彼女は満足しない。

 第一手、ロープでベットに縛り付ける。もちろん起こさせないように慎重に。もっとも起きても彼女が手を止めることはしなかっただろうが。

 第二手、バケツに水をくむと器用にソアの頭上で零れないよう固定する。ソアが呻き声を出した。寝ていようだが、嫌なことは察知したらしい。

 第三手、布団をゆっくりはがす。朝の寒さがソアを襲う。ぶるりと彼の身体が震えた。

 最終手、そこらへんにいた虫を捕まえ、ソアの顔の前でキープしておく。口をぱくぱくさせて愛嬌がある。またはやめてと抵抗しているのだろうか。

 準備は整った。耳元で朝のおはようを囁く。


「おきて。あたしのいとしい……ソ、ア」


 ソアの目が、ゆっくり開いた。彼はシャールが優しく起こしてくれたと思っている。寒くて瞼が重くて、布団から出たくないという欲求が止まない朝。そんな辛いときに天使が舞い降りる。金髪に隻眼。いじわるいが人懐こい笑顔。愛しくて仕方がないシャール。そんな彼女が起こしてくれている。わざわざ自分のために時間を割いてくれているのだ。

 彼はどこだか照れた薄笑顔を浮かべて、感謝の言葉を述べた。


「シャール、ありがとう……」

「どういたしまして」


 ソアの視界がゆっくりと回復していく。ベージュ色の壁や赤や青などの配色で描かれた壁紙。日常的によく目にする色彩が時間をかけて認識できるようになり、脳もそれを理解し始める。そしてなによりも楽しみにしていたことが、瞳に映ろうとする。寝起きの辛さや、無理矢理起こされたときの苛立ちなどを一寸も感じさせずに、優しく甘く、完全魅了の世界へと誘う可憐で清楚でなお心強いシャールの顔が――――


「ふんぎゃあああああああああああああぁぁぁぁぁああああ」


 シャールの優しい笑みだと思ったのは、奇怪な恐怖心を煽る虫であった。驚いて動こうとすると、どういうわけか自由がきかない。もしやと思って見てみると、縛られているではないか。

 ――ん?

 水の音がした。続いて鼻に冷たい感覚。


「んんっ!?」


 バケツだ。バケツが吊るしてある。ついでのように目に入ったのは、そのバケツをゆっくりと倒してるシャールの笑顔だ。


「シャールっ、や、やめ――――」


 情け容赦なく多量の水がソアの顔面にぶちまけられた。

 

 ソアは泣き顔でスープを飲んでいる。反面シャールはご機嫌のようだ。今日は朝からグリムがいない。なにやら大切な会議らしい。置手紙を残している。その内容はこうだ。

『シャールとソアへ 喧嘩はあまりしないように。家を壊さないように。知らない人にはついていかないこと。ご飯は一日三回。おやつはお昼過ぎだけ。あと外にあまりでないよう。――グリム』

 優しいお父さんだ。だがシャールがそれを守るわけがない。さっそくソアの部屋は水浸しにしているし、お昼過ぎのみにしか食べることを許されていないおかしを食べている。そしてぐうすか寝込んでしまった。彼女はそのまま夕方までお休みタイムであった。

 そのおかげで、ソアがお昼ごはんやおかしをしっかりと食べれたということは内緒のはなしである。

 おまけのように言っておくと、シャールが寝ていることをいいことに、彼女の柔らかそうなほっぺたをつついたりもしていた。

 夕方になって空が表情を変える。さっきまでは消えそうなくらい悲しい茜色だった。この二人の子供は、黄昏時には決して外に出ない。ずっと昔からグリムに話されてきたことがある。ただのお伽話だが、幼い子供には独特の恐怖を感じさせていた。


 ――最初はただの恋物語のような話だ。男と女が出合って恋して子供を宿して、幸せな時間を過ごす。しかしあるときを境に、妻のほうが狂いだす。夫を殺そうとし、子供を独占しようとする。壊れたように、狂ったように。妻はもはや魔女のようであった。

 だが最後には、夫によって終わらされてしまう。夫が泣く哭く妻を殺そうと、心臓に木の杭を突き立てるそのときまで、魔女は嗤っていたそうだ。男が亡骸を埋め終わったとき、空が唸り、黒い雲を穿って雷がその場所を抉った。後雨と雷鳴は、魔女を連想させる。魔女が死してもなお、男の首を狙っているように。地獄のそこで復讐の時を狙っているのだ、と。しかし、男によって最も力が出せる夜はおまじないをかけられた。だが子どもは夜には寝る。狙うには夕暮れしかない。だから、小さいけれど力が出せる黄昏時に子供を攫おうとするらしい。――


 昔から何度も何度も聞かされてきたおかげで、物語とは思えないほど現実味を帯びている。本当のことじゃない、と言い聞かせても目を閉じれば光景が思い浮かぶ。


「ねえ、こんなときはあのはなしをおもいだすよね」


 いつのまにか起きたシャールが隣にいる。体と体が密着しお互いの体温を感じる。温かい。


「うん……」

「あのはなしはさ、おとうさんがなんかいもはなしてくれたよね」


 珍しくシャールの声は落ち着いている。いつものはしゃげた声ではない。ソアは何故か嫌な感覚を覚えた。


「むかしから……ソアがうちにくるまえからあのおはなしはずっときかされてきたの」

「そうだったんだ」

「でもね、でもあのおはなしはうそじゃないんだよ?」

「えっ?」


 唐突に告げられた事実にソアは戸惑った。嘘じゃ……ない?


「あたしも、ほんとかどうかわかんないけど、うそじゃないことはたしかだよ」

「え、じゃあ、あのまじょもほんとにいたの?」

「うん。いたとおもう。あのまじょはたぶん……――でも、それがほんとだったら……」

「ほんとだったら……?」

「ううん。なんでもない。いまのわすれて」

「え……で、でもっ」

「わすれてって!」


 シャールが、怒鳴った。その怒号を表すかのように、外で雷が降った。雨は相変わらず酷く、空が微笑むのは明日になりそうだ。


「ヒッ」


 ソアが軽く悲鳴を上げる。そんな彼を無視してシャールは窓から外を見ている。雨を見ているわけではない。景色を見ているわけでもない。どこか遠く、ずっと遠くを見つめていた。

 いつもとは違うシャールを見て、ソアはより一掃強く願った。

 ――おとうさん、早く帰ってこないなぁ。


 ◇


 その少し前。

 グリムはとある会議に参加していた。『死神』が集まる会議である。その内容は二つのみ。

 一つは『天の罪』がどこに消えたのかについて。

 二つ目は、近年噂されるようになってきた組織についてだ。『悪魔(ディア)』と名乗っているらしい。

 重苦しい雰囲気を切り裂いて、一人の死神が話を始めた。


「いったい何処へ消えたというのだ。『パラディクライム』はッ?」


 その発言をした死神を含めここにいる全員は、夜のような黒装束を羽織り、深々とフードを被っている。これが彼らの普段のスタイルだ。


「まぁまぁ落ち着いて。消えた者に怒りを抱いてもしかたない。今は一刻も早く見つけることを話し合いましょうぞ」

「理解ができぬ。――数年前、我らが『シェル』を浄化したときに何故あんなに幼い子供一人のみが生き残れたというのだ」

「そうだそうだ。何故シェルが生き残ったというのだ。滅亡すると予言にも出ていたはず」

「我らの予言は十年に一度だが、これまで外れたことがない。誰かが運命を変えたとしかいいようがない」

「運命をだとッ! ならば我らの同胞の中に、焔の雫石――『魔神の涙』を得た者がいるのいうのか!」


 グリムは冷や汗をかいた。当の本人は自分なのだ。ばれれば死刑になるだろう。

 黙って傍観していた違う死神が、手を掲げて言い争いを止めた。


「死神の中枢部である貴殿らがここで興奮するな。この会議は我らの同胞すべてに伝えられるのだぞ? まだ若いやつらに示しがつかん。恥ずかしことをするな」


 言い争おうとしていた者共が、息を呑んだのがわかった。どうやらこの死神は、強い権力を持っているらしい。会議は進行する。


「いずれ『天の罪』は見つかるだろう。もう数年もすれば覚醒の噂がたち始める。それよりも、だ。『悪魔(ディア)』どもの話だ。我ら『死神』から分裂した者共が組織しているにも関わらず、同胞を殺め回ってる。……何か手を打ちたい。意見はないか?」


 場が、静まる。

 唾を飲み込む音がした。緊張が張る。

 先ほどまで喚いていた死神も今度は一言も話さなかった。


「無いのなら(わたし)の意見を採用させてもらおう。――現時刻を以て『悪魔(ディア)』に対する宣戦とする」


 夜空に煌めく星が燃えている。

 ――世界が動く。


 ◆


 すっかり暗くなった道をグリムはとぼとぼ歩く。空は泣いた後で、地面が酷い。彼の心は重いかった。

 そんな気持ちを晴らそうと前を見る。明かりの灯った我が家が見えた。心が温まる。

 と、同時に不安が沸いてくる。なぜこんな遅くまで明かりがついているのだろうか。シャールとソアはもうとっくに寝る時間だ。何故だ。二人には適当にでっちあげたお話をして黄昏時を避けさしている。でっちあげた、といえば嘘になるが別にいい。重要なのはそこじゃない。

 だが、いずれは話さねばばらないだろう。シャールとソアに自分たちの運命を受け入れてもらわなければ。

 不安と焦りが重々しかった足を駿足へと変える。ドアを蹴破り、子供たちを探す。見つかった。


「はぁ?」


 子供たちはすやすやと眠っていた。ソファの上で。きっと遊んだまま寝てしまったのだろう。


「ふっ」


 安堵が漏れた。自分は何を警戒していたのだろうか。時間はまだ十分に残されているというのに。さっきとは違う意味で体が重たくなっていく。いまはまだこの平和な幸せなときを過ごしていたい。できればずっと、永遠に――――。

 瞼も重くなってきた。夢の世界へ旅だとうとする。帰ってから手も洗ってないが、今日はいい。疲れた。

 おやすみ、と小さく唱えたときに、それは起こった。

 ふいにソアが呻き声を上げた。そして徐々に悲鳴に変わりながら苦しみ始める。グリムは咄嗟にソアを抱きしめ顔色を覗うが、言葉を失った。苦しんでいるのに顔は歪んでない、冷厳とした無表情だ。ソアが口を開く。


「罪は永遠に消えない」


 驚愕に目を見開いた。馬鹿な。そんなはずはない。早すぎる。頭のなかで幾つもの思考が呼応し、または繋がる。そんなときだった。


「え……?」


 シャールが驚いた表情でこちらを見ていた。しまった、と思ったときはもう遅く、シャールは自分の部屋に駈け出した。


「シャールッ!」


 呼び掛けるも振り向いてくれない。黄金の髪がついに視界から消えた。

 一筋の流れ星が夜空に煌めいた。


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