13
焚き火の炎が、熱をじんわりと伝える。
リリアは合間合間に薪を足し、消えないようにしていた。ソアはそれを横目に捉えながら、陽炎のように揺れる炎の赤を自分の瞳に映らせていた。
暫くの間、沈黙が続いた。しかし重苦しいものではなかく、どこかほっこりとするものだった。
ふと、ソアは空を見上げた。黒の中で星の白が輝いている。きれいだなあ、と思いつつあることを思い出す。
彼の額から冷や汗が垂れた。ぎこちなく横に居座る少女の方を向き、
「ご、ごめんリリア。もう帰らないと……」
ソアが思い出したのは、シャギアのことであった。きっと心配しているだろう。もうすっかり夜だ。いつも帰る時間をとっくに回っている。
厳つい後見人に叱られる自分を想像して、ソアは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「……わかった」
リリアはぽつりと嘯くと、再び炎に薪を足す。拗ねているのか、視線は焚き火から離れなかった。
それに苦笑を洩らし、ソアはゆっくりと立ち上がる。
「今日はありがとう。夜ごはん、おいしかったよ」
お礼の言葉を述べると、一呼吸置く。
もう一言だけ彼女に告げなければならない。恐らく次の言葉が、より良好な関係を築くための布石となるだろう。
やや固まった表情のまま、ソアは口を開いた。
「あ、あのっ……もしよかったら、また一緒に食べよ?」
瞬間、小柄な少女がこちらを向いた。エメラルドの瞳と視線があう。彼女の目に自分が映っていた。
リリアは、俯き何度か口をぱくぱくさせる。ややあって声が聞こえた。
「…………いいよ」
掠れた声はうまく耳に入らなかったが、ソアは大きく頷き、くるりとリリアに背を向ける。そして愛用している二輪車の方へ歩くと、振り返った。
リリアはまだ俯いたままであった。しかしそれを恥ずかしいからだと解釈し、さよならを告げる。
「またね、リリア」
数秒経っても返答はなかった。
――……は、恥ずかしいからだよねっ!
強引に理由をつけるとソアは二輪車を発進させる。
「……ゴー」
小さく声紋認証を行うと、鉄の馬は走り出した。
温かさが遠退いていく。もう温もりは感じられない。名残惜しそうにもう一度だけ振り向くと、紫の髪を持つ少女が見えた。
彼女はまだ、下を向いていた。
後ろ髪を引かれるような想いに駈られつつソアは夜空を駆けていく。
◇
一方、シャギアは玄関でソアを待っていた。遅い。非常に、遅い。男であるならば帰りに寄り道とかもあるだろうが、ソアに限ってそれはないはずだ。断言できる。
ならば、何故こんなにも遅いのか。
普段帰ってくる時間と比べると、明らかにおかしい。黄昏時には帰ってきていたが、もう空は黒く塗りつぶされている。
とんとんとん、と足を揺らしながら待つ。とにかく待つ。もう夕食は作った。作れる料理の種類が少なく毎回同じものだが、ソアは嫌な顔ひとつでも見せずに食べてくれる。あの子はいいこだ。
「ほんっとに、おせぇなあ」
その時だった。
あまりの退屈さに声を洩らした時、後ろの方でがたりと音がした。
すぐに振り向き、音源を探す。見つかった。
「こいつは……」
そこには、ひとつの手紙が置いてあった。
見れば窓が少しだけ空いており、どうやらそこから差し込まれたみたいだ。
見覚えがあった。もう随分と連絡を取り合っていなかったが、相手が誰かすぐにわかった。
懐かしさを感じつつ、中身を取り出す。
ざっと内容を読むと自然と肩が下がった。
「……そうか。もうそんな時か……」
ぐっ、と唇を噛みしめ私情を消す。手紙を暖炉にくべて跡形もなく燃やした。
自室へ戻り、外出用のコートを羽織る。窓から月の明かりを見上げると、彼はガラスを割って飛び降りた。
後には、取り残された生活感だけが残った。