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いよいよストックが切れました。文字数、更新頻度共にがた落ちする見込みです。
「ゴー」
ソアは鉄の馬とも呼ばれる二輪車に乗り込み、発信させた。
ひゅおん、と風を切る音が聞こえる。太陽は西の彼方に消え去り月が顔を出していた。刺さるような寒さが襲ってくる。だが背中だけは温かった。風が当たらないからではなく、人の体温を感じていたからだ。
翡翠の瞳を持つ小柄な少女、リリア。彼女は魔獣だ。しかし人間が通う学校に来ており、あくまで人として生活しようとしている。
そんな彼女から家に誘われた。ソアは今、リリアの家に向かっている最中である。
ということは、魔獣の巣窟へ行くということ同じことだ。
――こ、怖い……。
友達だからということで家に行こうと決めたソアであったが、正直なところ、彼の心は恐怖に支配されていた。寒いはずなのに、たらりと汗が出る。冷や汗だ。
だが、今さら引き返すことができるだろうか。いや、できるはずがない。シャギアは言っていた。男なら一度決めたことは最後まで突き通せ、と。
勇気を絞りだし、ハンドルを強く握る。
「そこ、右いって」
甘い声が後ろから囁く。うなじがくすぐったい。顔面温度が上昇するのを感じた。
彼らは荒野を走り抜ける。貧困街であることも関係してか、整理された道路はなく、無秩序に雑草が生え、汚ならしかった。
ゴム製のタイヤが軋む。闇に染まっていく空の下、道なき道を駆け抜ける。ぶぉん、と頼もしい音が気分を高揚させた。
速度が上がってきて恐くなったのか、リリアがぎゅっと抱きついてきた。仄かな温かみがじんわりと広がり癒される。
小動物みたいだなあ――ソアはそんなことを思いながら、今日帰り遅くなるなあ、とも思っていた。
◆
「……ここ」
そう言ってリリアが指差したところは、そう大きくない洞穴だった。
リリアは危なく『空動車』から降りると、堂々とその穴へと歩いていく。「ま、待ってよ」とソアは慌ててついていった。
洞穴の中は、意外と暖かった。
ただの穴であるはずなのに、生活感が漂っている。
中心には焚き火の跡があり、周りに寝袋のようなものが無造作に置いてある。向かい合う壁に一本のロープがぴんと張っており、その上に服がかけてあった。
「ごはん、食べてく?」
「ん? う、うん」
見れば、すでにリリアは料理の用意をしていて、断れる雰囲気ではなかった。初めて出来た友達だ。嫌われたくない。
手慣れた手つきでエプロンを着て、鍋を取り出す。薪をくべ、点火する。次第に大きくなる炎の傍らで、とんとんと何かを切る音が聞こえた。後ろから覗いてみると、音の正体は野菜を切っている音だとわかった。
続いて血生臭さが鼻を刺激する。思わず鼻をつまんだが、恐らく肉だろうと推測し我慢する。ソアはお肉は大好物なのだ。
リリアは肉を一口サイズに切り終えると、程よく塩をまぶし、小さな手でこね始めた。「よいしょ、よいしょ」と一生懸命にこねる少女の姿は、見ていて微笑ましかった。知らずに笑んでしまう。
これ以上は邪魔だろう。そう判断したソアは、もうすでに大きくなった炎の側へ行った。手をかざし、かじかんだ部分を暖める。
しばらく経った頃、唐突に鍋が目の前に置かれた。大きめの石を使ってう炎の先端に、鍋の底が触れるように工夫されてあった。
「今から、にこむの」
リリアが、ややはにかみながら告げてくる。ソアは大きく頷いた。
やがて鍋からグツグツという音が聞こえてくる。完成したのであろうか。リリアは匙でスープを掬うとぺろりと舐めた。あつっ、となるも頷き皿によそいはじめる。
「…………できた」
そっぽを向いて出来立てほやほやの料理を渡してくる。こちらから見える頬が真っ赤なのは、炎に当たりすぎたからか。
「あ、あ、ありがと」
胸が苦しい。
何だろう、この気持ちは。
全てをかなぐり捨てて、甘えたい。
ソアはリリアの奥に懐かしい人を見た。幾度となく夢に出てきた人。泣いている自分を慰めてくれた肉親。
――お母さん……。
この時、ソアはリリアにお母さんの面影を見ていた。しかし彼女はお母さんではない。ならば何故母親を感じたのか。
それは、母性だった。
男には持ち得ることのない感情。女に生まれた者は、皆それを持っている。一種の癒しだ。
会うことは、夢の中でしかできない。
目の前の少女に、与えられたことのない感情を感じソアは涙を溢した。
「――ソアっ!?」
驚くリリアに彼は首を振る。目尻を拭うと、
「いや、大丈夫だよ。ちょっと思い出しただけだから」
そう言って皿を受けとる。釈然としていないリリアを他所に、まだ熱い鍋を頬張る。
塩気がちょうどよく効いており、肉も中身まで焼けているようで柔らかい。歯を押し返す弾力が頼もしく、勢いで何度も何度も咀嚼してしまう。
ソアはものすごい早さで一皿食べ終わると、やっと口を開いた。
「うん! おいしい、おいしいよっ!」
すると、どうであろう。
どちらかというと大人しいリリアが、恥じることなく目一杯の笑顔を浮かべるでないか。彼女の頬が熟れたリンゴのように赤くなっていく。しかしこれは、羞恥によって赤くなったわけではない。至福によるものだ。
朗らかに笑う彼女は幸せそうで。
混濁のない瞳は眩しくて。
ソアは思わず目を細めてしまう。
「ねぇ、なんで僕をここに呼んだの?」
リリアは笑んだまま答えた。
「ソア、この前、しつもんしたでしょ?」
「質問?」
「どこにすんでるのとか、なにが好きとか……」
合点がいった。
仲良くなるために訊いた質問だ。まさか覚えていてくれたとは驚きである。
リリアは口をもごもごさせた後、
「……これが、そのこたえ……」
ならば今食べているのはリリアの好物なのだろうか。非常にうまい。とろけそうだ。
――そういえば……。
「ねえ、リリア。また訊きたいことがあるんだけど……」
夜の星が輝く中、ふたりはそっと近づいた。
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