君は薔薇より美しい
「薔薇のように美しく、気高くあれ、と私はローズと名付けられたわ。
その名に恥じない気品あふれる華やかなこの美貌!そう、私は美しいの!
その気高さは、もう国で一番かも知れなくてよヒース!」
「……はあ」
俺の(一応)主人であるローズは見栄っ張りである。
いや、見栄っ張りというのは意味合いが違うだろうか。
本人の出張としては「私の!美しさ、気高さを!皆様に知らしめているのです!」ということなのだが、
傍から見る限り、残念ながらとてもそうは思えない。
ぶっちゃけただのバカである。
ただまあ、俺以外の人間にはおしとやかな令嬢として接しているので、
世間の評判としてのローズの評価は「美しい礼儀正しいお嬢様」といったところか。
ローズの行動は十分に成功しているといってもよいだろう。
ここ数年のローズは、やたらと自分が「美しく、かつ、気高いかどうか」を気にかけている。
自分の容姿に関心を持つのはまだわかる気もするのだが、気高いかどうかは周りが判断することであって、自分でどうこうするものではないと俺は思うのだが、ローズは全く意に介さない。
初めて会った時は、普通におとなしい女の子だったんだけどなあ……と、俺はローズと初めて会った時のことを思い出す。
俺がローズに初めて会ったのは、10年前のことだ。
両親を事故で一度に失い、俺は身寄りをなくした。
それを気の毒に思った、両親が仕えていた伯爵家当主ギルベルト様、つまりローズの父親が、
年の近いローズの遊び相手兼従者として俺を引き取ってくれたのだ。
「ローズ、今日からお前と一緒に暮らすことになったヒースだ。仲良くしておやり」
「はじめまして、ヒース。私、ローズよ。な、仲良くしてね。」
父親に促され、背中に隠れながらおずおずと恥ずかしそうに挨拶したローズは大変かわいらしかったことを覚えている。
まあその後は、すっかり化けの皮がはがれ、一緒になって木登りをしたり、ギルベルト様にいたずらをしかけたりとすっかりお転婆になっていったのだが。
ギルベルト様などは「私の子供は娘だとばかり思っていたのだが、実は息子だったかな」とこぼすほどだった。
ちなみに全ての遊びに率先して付き合わされていた俺はギルベルト様のその言葉には沈黙を貫いた。
娘だよ……たぶん……。
だが、ある日を境に、ぴったりとお転婆は鳴りを潜め、ローズは人が変わったかのようにレディ教育に心血を注ぎ始めた。
そして現在の「私は美しい!気高い薔薇よ!」状態になっていたのだが……
ふむ、やはり昔と今では似ても似つかないような?
いや、ある意味今のローズも退屈しないけどな。
「ヒース、どうかしら。あなたから見て私は気品がある?美しいかしら?」
「大変お美しく可憐ですよ、お嬢様。
他の皆様も口々にほめたたえていたではありませんか。素晴らしいことです。」
「他の人なんか関係ないわ。あなたがどう思うかが大事なんじゃないの。
……それから、敬語はやめてったら、ヒース!また、あなたの嫌いなあまーいお菓子をたべさせちゃうわよ!」
「すみま……悪かった!それだけは勘弁してくれ、ローズ」
「わかってくれたならいいの」
にっこりとうれしそうに笑うローズに昔の姿が重なった。
その笑顔はとても自然で、やっぱりこっちが素のままのローズなんだろう。
元々が素直な性格のやつだ。気高い…悪く言うなら気取った姿は性に合わないだろうに。
なんか、無理してないか?
「なあローズ、お前なんでそんなに気品だの美しさだとかを気にしてるんだ?」
「え?」
「いや、貴族の令嬢として、ある程度そういうのが求められている、っていうのはわかるぜ。
でもそんなに無理してやらなくても……」
いいんじゃないか、そう続けようとしたが、鳩が豆鉄砲をくらったような顔をして、目をぱちくりとさせているローズの様子に思わず口をつぐむ。
「だってヒース!あなたがいったんじゃない!
お嬢様とは美しく気品があり、気高いものである。俺はそんな相手に生涯仕えるのが夢だー!って!」
「……は?」
今度は俺が面くらう番だった。さっきのローズよりもぽかんとした顔をしていたかもしれない。
「何のことだ……?」
全く心当たりがない。
俺が本気で戸惑っているのが伝わったんだろう、ローズも困惑しながらいった。
「だって、お父様にいわれたんだもの。
ヒースは美しく気高いお嬢様に使えるのが夢なんだって。
私がそうじゃなかったら、いつかヒースは別の女の子のところへ行ってしまうよって」
「……ローズ……?」
「だから私が素敵なお嬢様になれば、ヒースは私のそばにずっといてくれると思って……」
今まで頑張ってきたのに…違うの?としょんぼりするローズに俺は思わず口元が緩むのを
おさえきれず、あわてて口を隠す。
不器用なくせに妙に素直なところは昔から変わらない。
それってつまり、この数年柄じゃないことをやり続けたのは、俺のため、ってことだろう?
まったくこれだから目が離せない。お前から離れるなんて、できるわけないってのに。
「ヒース?どうして笑っているの?」
ひどいわ!とすねるローズに、ふと、我に返る。
悪い悪い、そう言って頭をなでてやると途端におとなしくなるローズはたまらなくかわいらしい。
どうやらローズの変貌の原因は、お転婆ぶりを心配したギルベルト様の一計によるものだったようだ。
誤解が解けた今、もう無理してやることはないといってやるべきなのかもしれない、が…。
とりあえず、だ。
コホン、と緩みきった頬を無理やり押さえつけ、しかめっ面をつくる。
「お前の努力はよくわかった。だから、俺以外の男の前でそういう顔をするなよ。
気高さが台無しだからな」
「ええ?私今どんな顔をしているのよ……?」
納得できない様子のローズだったが、
俺がじっと見つめているとやがて首をかしげつつもコクリ、とうなずいた。
「わかったわ。ヒースの前だけ、ね?」
「ああ、ほんっとに気をつけてくれ」
お前の可愛いところなんて、俺だけが知っていればそれでいい。
終