一話。山中の納屋で…
ゆく妖のほぼコピー
山中と道路に少しだけ離れた納屋に誘拐されている…女子高生だろうか、それらしいブラウスとそれらしいスカートを着た少女がいた。手を後ろで回されていて、手首が縛られている。
「この縄をほどいて!こんなことをして何になるというの!?」
少女の名前を香織と言った。
「くっくっく…」
その前に男がいる。どうやら、この納屋には二人しかいないようだ。
車は滅多に通らない。ひと気のないところだった。
「誘拐は立派な犯罪だよ!警察が怖くないの?」
香織は必死に抗議する。泣いている様子はなく、はっきりといた物言いだった。声も震えていない。
「残念だが、お嬢ちゃんが警察に会うことは二度とないよ」
男は残酷に言った。
「な、何ですって?」
香織は聞き返す。
「それどころか、正気のままで他の人間と話せることもないだろうな」
「…どういうこと?」
この男は何を言っているのだろう。
「足掻いても手遅れだよ。お嬢ちゃんは既にあの薬を飲んでいるからな…」
さっきから何を言っているのか、よくわからない。
「あ、あなたの目的は何?」
「くくく…さあ、儀式を始めよう…」
会話が噛み合わない。
「いや!近づかないで!こないでよ!」
香織は足で蹴るようにして抵抗をした。
◆◆
元探偵、現在無職の井之頭五郎は山を歩いていた。
通りかかった納屋から女の子の悲鳴が聞こえる。
その声は「助けて!」と言っているようだった。
五郎は不審に思い、窓から納屋の様子を見る。
すると、今まさに男に襲いかかろうとされる、女の子が見えた。
「お、女の子がいる…!!ひいい…怖いっ…!!」
信じられないかもしれないが、井之頭五郎は子供の女の子が怖い。
五郎が探偵だったころ、女の子に模した化け物…一言に言うとこうなる神話生物を退治したことがある。
その事が五郎にはトラウマなのであった。
男は五郎に気づき、慌てて外へ逃げ出した。
五郎はハッとして逃げる男を追いかけたが、すぐに見失ってしまう。
その代わり、エンジンが始動し、車が発進する音が聞こえた。
五郎は一方向に曲がりくねる道路を走る、遠ざかる車に目をやったが、山道で車が揺れているせいか、ナンバープレートはよく読み取れないまま、どんどん車は遠ざかっていった。
五郎はとっさにスーツの胸ポケットから、スマートフォンを取り出し、カメラで遠くにある車のナンバープレートを撮影した。
肉眼でこのナンバープレートは読み取れない。解析する必要がある。
五郎は納屋へ戻った。
「俺は誘拐犯じゃない。今から助ける」
五郎は手慣れた様子で香織の縄をほどいていく。
「あの…ありがとうございます……。怖かった…」
香織はホッとしているようだったが、それでも緊張しながら言った。
「大丈夫か?怪我はないか?」
五郎は縄をほどくため、香織の後ろにいる。
「大丈夫です。でも、あの男は何で私を誘拐したのでしょうか…」
香織が話す度、髪が少し揺れるのが五郎にには見えた。
「何か心当たりは?」
五郎は聞く。
「ああっ、それについてはきっと私が可憐で麗しくて深窓の白薔薇の様に美しい女子高生だからね。間違いないわ」
香織の声はさっきとは全く異なり、生き生きとしていた。
「そ、そうなのか?」
五郎は戸惑う。
「滑らかな髪、つぼみの様な唇、華奢な手足、ご飯つぶの様な純白の肌…」
そう言うと香織は強く頷いた。
「そう、彼はこの美しすぎるJKに性的にむわむわきた異常者に間違いないよ!」
敬語が外れている。
「そうと分かればこのマジカル魔法少女香織ちゃんが、愛と勇気とICBMの力で、邪悪な脳チン性犯罪者に、地獄すら生ぬるい大☆虐☆殺を…」
香織はうっとりしているように、穏やかな表情で淡々と言った。
「本当に大丈夫か?」
「怪我とか…特に頭に…」五郎は香織に聞こえるように呟いた。
「大丈夫だ。問題ない」
と言うと香織は「かぶせてやったぜ」的な感じで自慢気な顔をした。
が、五郎から返事はなかった。
…五郎に無視されたので、香織は真面目に考えることにした。
しかし、思い当たることはない。
「と、とくに思い当たることはないよ」
他に聞けそうなこと…では…
「ふむ、では誘拐した男の顔はわかるか?」
誘拐した男は仮面をつけていたので香織には男の顔が見えなかった。
「仮面をしていたので、見ていないよ」
「そうか…」
「では、男は何か手がかりになるようなことを言っていたか?」
「うーん。あ、でもそういえばこんなことを言っていましたよ。
『正気のままで他の人間と話せることもないだろうな』
『足掻いても手遅れだよ。お嬢ちゃんは既にあの薬を飲んでいるからな…』
って」香織にはこれくらいしか、思いつかない。狂言に近いもののようにも思えるが…。
「………!」
この言葉を聞いて、五郎の顔色が変わる。
「どうしたんですか?」
香織は少し不安気だった。香織に不安という感情はあるのか、定かではないが。
「いや、分からない」
「だが、あの薬という単語は気になるな。もしそれが……」
「やべ、何かちょっと怖くなったよ。早くここを逃げよう?」
妖夢は眉を気弱そうに寄せた。
「ああ、だが調査は最低限しておくべきだ」
香織の縄はほどけ、二人で納屋を調べることにした。
少しすると、小瓶が一つ見つかった。中には僅かに白い粉が入っている。
どうやら、最近使われたようだった。
もう一つはラテン語で書かれた文章のコピーだった。
これは…
「明らかに手がかりだが、俺たちでは調べられない。専門家に任せよう」
そういうと香織は頷く。
「こんなところには1秒もいたくないですよ。早く行きましょう」
香織は五郎に寄る。
「………。」
五郎はゆっくり遠ざかる。
香織は五郎に寄った。
五郎は香織から距離をおく。
香織は五郎に近づく。
五郎は香織から距離をおいた。
「…………」
五郎は黙っていた。
「な、何で逃げるんですか!」
「いや、ちょっと寄らないでくれ。気持ち悪いから」
酷い物言いだった。
「えええ!何その新しい反応!17歳JK、30代オジサンからまさかのキモい発言!!」
「お前が嫌いなわけではない。だが、生理的に無理」
五郎は本気で言っているようだ。
「うっわ、生理的に無理とか初めて。ちょっとリアルで傷つく」
「俺は女の子が無理なのだ。特に小学生の幼女が一番怖い。未成年の全般が苦手だ。」
「ええ、何で?」
五郎は体験した神話生物の話をしたかったが、常軌を逸脱した経験であるため話せない。
というか、話したら目の前の少女の気分が悪くなる。
「いや、それはだな。あの」
五郎は適当に誤魔化すことを考える。
「そうか、わかったよ!」
「…え?」
「そうかあ。オジサン、熟女好きかあ…」香織はうんうん、と言った風に頷く。
「そうかそうか。それなら仕方ないよ。その歳で幼女専門よりはマシだよね」
「いや、そういうわけではなくてな」
五郎は焦った。俺に変なイメージを持つな。
「え?違う?じゃあ…」
香織は考える。
女が苦手?…つまり、男は苦手じゃない?。ってことは…男が好き…?
「ああ、そういう事だったの。じゃあそれなら仕方ないよ」
「何か凄く冒涜的な間違いをしていないか?」
この小娘、しばいてやろうか。
と五郎は思った。