第99話 怒りの大爆発
『そおれっ!』
巨大な一本杉のバケモノ【マウントレント】は、再び地面から無数の太く巨大な根を生やした。
しかし――今回の量は、これまでとはケタ違いだ。
うねる根は嵐の海の荒波のように押し寄せ、地面をえぐりながらアリスたちへと打ちつけてくる。
『クソがッ! 全部、焼き尽くしてやる!』
【バーニングリズリー】――レッドは大きく飛び退きながら、口の中に火炎をため込んだ。
「ダメよ! もうエナが残り少ないんだから! ムダ撃ちしないで! いまはチャンスを待つの!」
アリスのするどい制止が飛ぶ。
生命力――オーラを感知できるようになった彼女は、味方の状態も正確に読み取っていた。レッドの消耗は、すでに限界に近い。
レッドは舌打ちし、しぶしぶ攻撃を中断する。
本来の彼なら、そのまま暴れ続けていたはずだ。だが――アリスの言葉には、確かな根拠と信頼があった。
ウィザードとしての判断。それを、レッドも無視できなかったのだ。
「そういうわけだから、みんな、よろしくね!」
アリスは振り返り、親友たちに声をかける。
緋羽莉は大きくうなずき、りんごは小さく、しかし力強くうなずく。閃芽は肩をすくめながらも、すぐに戦闘態勢に入った。
宙に浮かぶヨシノは、しなやかな腕をゆるやかに振り、包み込むような所作で桜吹雪を解き放つ。豊かな胸元が呼吸に合わせてわずかに上下し、その穏やかな表情とは裏腹に、あふれ出るチカラは圧倒的だった。
さらにザックの羽のダーツ、リースの太陽光弾が、押し寄せる根を次々と打ち砕いていく。
だが――破壊したそばから、新たな根が生えてくる。まるで無限に再生する壁のように、突破口は見えない。
この根の荒波を越えなければ、本体への攻撃は不可能。接近戦は、完全に封じられていた。
「うーん……これはちょっと、厄介かも……」
アリスは額に手を当て、状況を見極める。
『今度は、こちらからいくぞ!』
考える間もなく、マウントレントの反撃が始まった。
足元からはムチのようにしなる巨大な根が襲いかかり、頭上からは無数の木の葉が鋭い刃となって降り注ぐ。
巨木の圧倒的な質量と数による蹂躙――まともに受ければ、ひとたまりもない。
炎で迎撃しようにも、再び空気中に花粉がばらまかれているため、火は使えない。
――花粉?
その瞬間、アリスの頭にひらめきが走った。
「緋羽莉ちゃん! できる!?」
主語のない問い。だが――
「まかせて!」
緋羽莉は一瞬で意図を理解し、迷いなく応えた。
「みんな! 一ヶ所に集まって! レッド! ちょっと痛いけど、がまんしてね!」
また、主語が抜けている。レッドにとっては意味不明な指示だったが――
アリスのまっすぐなひとみを見た瞬間、言葉を失った。コイツがなにをする気か、わかってしまったからだ。
(……冗談じゃねえ! ……って言いてえところだが……)
その奥にある“信頼”が、彼の反発を押しとどめた。
結局、レッドはため息をつきながら前へ出る。
迫り来る根と木の葉の前に、盾のように立ちはだかった。
「ヨシノさん!」
緋羽莉が祈るように手を組む。
桜の大妖精ヨシノは優しくうなずき、四人とワンダーたちも含めて包み込むように、桜色の球形バリアを展開した。
ひろげた腕の軌跡に沿って、やわらかな光が層をなす。抱きしめるように包み込むその防御は、母の腕に守られているかのような安心感を与え、同時に抗いがたい神秘的な美しさを放っていた。
ふわりとひろがる、やさしくも力強い守りの光。その内側に、全員が集まる。
その中心で、緋羽莉はヨシノを見上げる。息を合わせるように視線が重なり、言葉を交わさずとも心が通じ合っているのが伝わってくる。少女の純粋な信頼と、大妖精のやさしい包容力が、ひとつに重なっていた。
そして――
「レッド! おもいっきり、《火炎放射》!」
『んなっ……!?』
自信満々のアリスの指示に、マウントレントは目を見開いた。
この状況で火を放てば――空気中に満ちた花粉に引火し、粉塵爆発が起こる。
その威力は、この場一帯を丸ごと吹き飛ばすほどだ。
つまり――敵味方関係なく、全滅……いや、巨木の自分は耐えられるが。そうでなければ、みずから花粉をまいたりしない。
さきほどはそれを理解していたからこそ、攻撃を止めたはずなのに。
それを、あえて撃たせる――?
(どういうつもりだ……!?)
老木には、目の前の少女の狙いが読めなかった。
だが――アリスは、不敵でステキな笑みを浮かべたまま。まったく迷いなく、次の瞬間を見据えていた。
いっぽうで、緋羽莉はぎゅっとこぶしをにぎりしめる。指先に力がこもり、腕のしなやかな筋肉が浮かび上がる。緊張に胸が上下し、その鼓動の速さが、戦いの極限を物語っていた。
レッドは大きく息を吸い込み、口から灼熱の火炎をおもいっきり吐き出した!
次の瞬間――
ボカアアアーーーン!!!
『ぬおおおおーーーっ!?』
山頂一帯を巻き込むほどの大爆発が発生し、マウントレントも思わず顔をしかめた。
その巨体ゆえに吹き飛ばされることはないが、衝撃は甚大だ。すさまじい風圧に、枝や幹がみしみしときしみ、葉が無数に吹き散らされる。
アリスたちに襲いかかろうとしていた根も、木の葉も、すべてが爆風に飲み込まれて吹き飛んだ。
――やはり、これこそがアリスの狙いだったのだろう。
だが、それでは自分たちも巻き添えになるはず。
それがわからないほど愚かな子どもたちではない……はずなのに。
(まさか……やけくそか?)
圧倒的物量を前に、判断を誤ったのか――
マウントレントがそう考えた、そのときだった。
やがて爆発がおさまり、巨木はふううっと強風のような息を吐き、立ちこめる爆煙を吹き払った。
すると――
『なに……!?』
マウントレントは、驚愕に目を見開く。
そこには――満身創痍ながらも、二本の脚でしっかりと立ち続ける【バーニングリズリー】のレッド。
そして――桜色のバリアに守られ、無事なままの子どもたちとパートナーたちの姿があった。
『うっ……』
桜の大妖精ヨシノは、小さくうめき声をもらす。
ふわりと揺れた身体は、これまでの余裕ある姿とはちがい、どこかか弱さをにじませていた。それでもなお、その表情にはうっすらとやさしいほほえみが残り、最後まで守り抜こうとした意思が感じられる。
やがて力尽きたように地面へと倒れ――光の粒子となって、緋羽莉のウォッチへと還っていった。
同時に、アリスたちを包んでいたバリアも、静かに消えていく。
そして――
「……っ」
パートナーと感覚を共有する緋羽莉もまた、全身の力が抜けたように、その場にどさりと倒れ込んだ。
長いポニーテールが地面にひろがり、花の冠がかすかに揺れる。力を失った体はぐったりとしているが、その寝顔はどこか安らかで、すべてを出し切ったあとの静かな美しさをたたえていた。
あの大爆発から、仲間全員を守り抜くために――ふたりは、すべてのチカラを使い果たしたのだ。
アリスはすぐに駆け寄り、花冠をのせた緋羽莉の髪を、そっとやさしくなでる。
その手には、あふれるほどの感謝と信頼、そして大切に思う気持ちがこめられていた。
指先に触れる髪は、汗を含みながらもやわらかく、ほんのりとした甘い香りが残っている。そのぬくもりに、どれほどの力を尽くしてくれたのかが、言葉にしなくても伝わってきた。
そして――アリスは立ち上がる。
キッと巨木をにらみ据え、力強く指を突きつけて宣言した。
「いまよ! レッド! みんな! ここからは――わたしたちのターン!」
倒れてなお、緋羽莉の存在は場に残っている。仲間を信じ、すべてを託した少女の想いが、見えないかたちで戦場を支えていた。
その声に、全員が応える。
「おおっ!」
次の瞬間――いっせいに突撃が始まった。
『この全身の痛み……存分に返させてもらうぜ!』
レッドのオレンジのモヒカンが、怒りに燃えるように金色へと逆立つ。
全身に炎のオーラをまとい、オニのような形相で地を蹴った。
それは――アリスとのバトルでも見せた特性、〈怒髪天衝〉。
体力が限界に近づいたとき、怒りによって爆発的に力を引き上げる能力だ。
もちろん――アリスは、それをすべて計算に入れていた。
さきほどのマウントレントの総攻撃。あれを正面から受けていれば、全滅は避けられなかった。たとえヨシノのバリアで耐えられたとしても、物量に押しつぶされていただろう。
だからこそ――あえて粉塵爆発を起こした。戦場そのものをリセットするために。
そして――レッドなら、火の属性のワンダーである彼ならば、爆発の中でも倒れず踏みとどまれると信じて。
その結果――マウントレントの根はすべて吹き飛び、防御手段を失った。
爆発の衝撃で、すぐに反撃にも移れない。
レッドは大ダメージを負い、緋羽莉も倒れてしまったが――戦況全体で見れば、この一手はアリスの完全な勝ちだった。
『オラアァァァァ!!』
怒りを燃料にしたレッドの渾身の一撃が炸裂する。
そこへ――ザックとリースの全力の追撃が重なる。
羽の刃が切り裂き、光弾が貫く。
連続する猛攻が、巨老木を容赦なく打ち据えた。
『ぐ、おおお……っ!』
マウントレントの幹に浮かぶ顔面が、大きくえぐれる。
内部から煙が立ちのぼり、その巨体は――やがて力を失ったように、沈黙した。




