第96話 一本杉と山の神さま
ドドッ、ドドッ――と重い足音を響かせながら、一頭のクマ――【バーニングリズリー】が裏山の道を駆けていく。
その背中には、四人の小学五年生の少女たち。
アリス・ハートランドと、その親友たちだ。
魔法生物つかい――ウィザードとして、異空間化した学校の裏山を冒険してきた彼女たちも、ついにゴール目前までたどりついていた。
目指すは――山のてっぺんにそびえる一本杉。
そこは、ここまでたどりついた者が過去に数人しかいないという、ふしぎ小の児童たちのあいだで“伝説の地”とまで呼ばれている場所だ。
アリスたちはいま、その伝説に名を刻む一歩手前に立っている。
「とう……ちゃーく!」
リーダーのアリスと、あかるく前向きな緋羽莉が、同時に大きくバンザイした。
りんごと閃芽は、声こそあげないものの、その表情いっぱいに達成感をにじませている。
とくにりんごは――ここまで何度も無力感や自己嫌悪に苦しんできただけに、その喜びはひとしおだった。
レッドの背中から降り、アリスたちは山頂へと足を踏み出す。
「わあ……」
思わず、声がもれる。
そこからは、自分たちの住む町――ふしぎ町の景色が一望できた。
町並みは夕陽に照らされ、あたたかなオレンジ色に染まっている。
風がやさしく頬をなで、遠くの景色までくっきりと見える。
まさに絶景。ここまで来たかいがあったと、四人は心の底から感じていた。
応急処置のおかげで回復したブルーとミルフィーヌ、それからグリンも、アリスのウォッチの中からこの景色を眺めている。
それぞれが、それぞれのやり方で、この瞬間を味わっていた。
そして――この山に長く住んでいるにもかかわらず、山頂にはめったに来ることのなかったレッドも、ぽかんと口を開けたまま、目を細めてその光景を見つめていた。
――これから、こんな景色を何度も味わわせてあげたい。
さきほどアリスが言った言葉が、胸の奥で静かに響いているのかもしれない。
「さてと……山の神さまとやらは、どこにいるのかな?」
アリスはすぐに気持ちを切り替え、きょろきょろとあたりを見回しはじめる。
そのようすを見た途端、感動にひたっていたりんごの顔色が一変した。
(そんなの、わざわざ探さなくていいじゃない……!)
このまま「きょうは楽しかったね」で帰れればいいのに――そんな本音が、また思わずあふれそうになる。
となりの閃芽が、ぽんっとりんごの肩をたたいた。
無言だが、その目ははっきりあきらめろ、と語っている。
そのときだった。
『ホッホッホ。ひさびさに、元気な子どもたちが来たのう』
ガサガサ……と葉がこすれ合う音とともに、どこからともなく、エコーのかかった老人のような声が響きわたる。
なにものか――なんて考えるまでもない。
「あなたが……山の神さま?」
アリスは、山頂の中央にそびえ立つ一本杉を見上げながらたずねた。
こうして間近で見ると、首が痛くなりそうなほどの高さだ。
幹は太く、空へとまっすぐ伸びるその姿は、まるで天を支えているかのようにも見える。
『いかにも。よくわかったのう』
『俺が教えたからな』
レッドが腕を組み、ぶっきらぼうに言う。
『ほうほう……おぬしが人間の仲間に加わるとは。どういう風の吹き回しじゃ?』
『なりゆきだよ。それに、まだ仲間と認めたわけじゃねえ』
からかうような山の神の言葉に、レッドはぷいっと顔をそむけた。
その横で、主人のアリスが苦笑いを浮かべている。
『ふむ……ならば老婆心ながら、その絆を強める手伝いをしてやろうかの』
山の神が意味ありげにそう言った瞬間――一本杉が、ざわざわとざわめきはじめた。
風もないのに葉が揺れ、幹の奥から低い振動のようなものが伝わってくる。
りんごはびくっと体を震わせ、反射的に緋羽莉の胸に顔をうずめた。
緋羽莉は驚きつつも、すぐにりんごの背中へ腕を回し、しっかりと抱きとめる。大きな手がやさしく包みこみ、そのぬくもりが恐怖でこわばった体をゆるやかにほどいていった。
――ここまでくると、さすがに確信犯じゃない?
となりで閃芽が、なかばあきれたような目でそれを見ている。
次の瞬間。
パキ……パキパキッ――!
木が割れるような音が響き、一本杉の幹がゆっくりとうごめいた。
そして――そこに、ヒゲをたくわえた老人のような顔が浮かび上がる。
山のてっぺんにそびえる一本杉は、その正体を現した。山の神――【マウントレント】としての姿を。
『さあ……遊ぼうか、子どもたちよ』
マウントレントはおごそかに――けれどどこか楽しげな口調で、そう宣言した。
その声が山頂に響いた瞬間、強い風が巻き起こる。突風のような風圧に押され、アリスたちは思わず身じろぎした。
強い風にあおられ、緋羽莉の髪とリボンが大きくなびく。服のフリルもばさりと揺れ、思わず目を引くが、それでもしっかりと踏みとどまる足は微動だにしない。
「さあ、みんな、いくよ!」
風がすっとやんだその瞬間を見逃さず、アリスは勇ましくウォッチをはめた右手を構えた。
「で、でも、さすがにあれは……」
りんごは緋羽莉の胸に顔をうずめたまま、おびえきった声をもらす。
ムリもない。同じ木のバケモノでも、高さ三メートルほどだった【トオレント】とはまるで別物だ。目の前の一本杉は、ざっと見積もってもその十倍――数十メートルはある。幹の太さも圧倒的で、見上げるだけで首が痛くなりそうなほどだったのだから。
これほどの巨体を前にすれば、大人であっても足がすくむだろう。
「だいじょうぶよ。ほら、顔は根っこの近くにあるし!」
アリスはびしっと指さし、元気づけるように言った。
たしかに、木のバケモノ系ワンダーの急所が、幹に現れた顔であることは常識として知られている。
とはいえ――その顔だけでも、ざっと見て四平方メートルほどはありそうだ。
それでも、数十メートルの巨体そのものを相手にするわけではないと考えれば……ほんの少しだけ、気が楽になる。……気がしなくもない。
もっとも――どのみち、もう戦いから逃れるすべはなかった。
一本杉がマウントレントとして姿を現したその瞬間、山頂の広場の外周を、無数の太い木の根がうねるように覆い尽くしていたからだ。
まるで巨大な有刺鉄線のリングのように、完全に閉ざされたバトルフィールド。
勝利以外に、ここから脱出する方法はない――
かしこいりんごは、残念ながらその事実を一瞬で理解し――小さく息をのんだあと、ぎゅっと目を閉じて、覚悟を決めた。
なにより――さっき、レッドのすみかで、四人はあらためて絆を確かめ合ったばかりだ。
怖いものは怖い。敵を前にすると、びびってしまうのはもうクセみたいなもの。
それでも胸の奥には、「みんながいる」「わたしもその一員だ」という想いが、たしかに燃えている。小さくても、確かな勇気の炎が。
そして――四人は、それぞれのパートナーを呼び出した。
緋羽莉、りんご、閃芽のウォッチから光の粒子があふれ出し、それぞれの足もとで形を成していく。
「じゃあ初陣よろしくね、レッド!」
『フン、せいぜいお手並み拝見といかせてもらうぜ』
アリスは、さきほど仲間にしたばかりの【バーニングリズリー】――レッド。
口調こそ不本意そうだが、その目には戦意が宿っている。ひとまずは、アリスの指示に従うつもりのようだ。
「アカネちゃん、おねがいね!」
『ふふーん、まっかせなさーい!』
緋羽莉は、不死鳥のヒナ【スカーレットチック】のアカネ。
今日は回復役に回ることが多かったぶん、初めての本格的な戦闘に、大はりきりといった様子だ。
「ザック、わたし、今度こそ……がんばるから!」
『ええ、期待しておりますよ』
りんごは、木の葉色の翼をもつフクロウ【ワカバズク】のアイザック。
主の決意を感じ取ったのか、どこか誇らしげに、やさしくほほえんでいる。
「リース、そろそろおひさまが沈みかけてるけど、たのんだよ」
『キュウ!』
閃芽は、大輪のひまわりを抱えた【ヒマワリス】のリース。
なお、【バリネズミ】のハーリーはキズこそ回復したものの、体力が戻りきっていないため、今回はおやすみだ。
『ほっほっほ! みな、よき相棒に恵まれておるようじゃのう! これはひさびさに楽しめそうじゃ!』
一本杉の山の神――【マウントレント】は、葉をざわざわと揺らしながら、心底うれしそうに笑った。
その声には、圧倒的な力と、純粋な“遊び心”が混ざっている。
これが――本日最後のレイドバトル。
アリスたちは視線を交わし、小さくうなずき合う。
出し惜しみはしない。持てる力のすべてをぶつける。
そう誓ったその瞬間――決戦のゴングが、山頂に高らかに鳴り響いた!




