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ワンダフルコネクト ~アリスとドラゴンのグレイテストロード~  作者: 稲葉トキオ
第3章 アリス・ハートランドと緋色の翼

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第95話 わたしのパートナーになってよ!

 アリスは倒れた山のボス――【バーニングリズリー】のもとへ駆け寄り、回復薬のスプレーをそっと吹きかけてあげた。


 ボスは体が大きいぶん、薬の使用量も多くなる。あとで倒れたパートナーたちにも使ってあげなければならないため、アリスは少しだけ使用量をおさえながら、ていねいに処置をした。


 シュウウ……と薬剤が蒸発する音とともに、ボスの体のキズは、完治とはいかないまでも、目に見えてふさがっていく。


 やがて、ボスはゆらりと体を起こした。


 そのようすを見ていたりんごは、「だいじょうぶかな……」と不安そうにつぶやく。


 けれどすぐに、緋羽莉がやさしくその体を胸に抱き寄せ、「だいじょうぶだよ」と耳元でささやいた。


 あたたかな体温と、ほんのりひろがる甘い香り。たくましい腕に抱かれながらも、やわらかな感触が伝わる。ふわりと包みこまれるような安心感に、りんごはほっと息をついた。


 そしてボスは、その場にどっかとあぐらをかき、頭をポリポリとかきながら口を開く。


『……また、見事なまでにやられちまったな。親子そろって、大したもんだ』


 さっきまでの怒り狂ったようすはすっかり消え、どこか晴れやかな表情で、素直にアリスを称賛していた。


 アリスも「ありがとう」と、にっこり笑って応じる。


 ――沙織とは血のつながりはないけれど、「親子」と言ってもらえたことが、ほんの少しだけ、うれしかった。


 フィニッシュを決めたモモも、『キュー♪』と得意げに胸を張る。


「それで、約束したよね? わたしが勝ったら、パートナーになってくれるって!」


 アリスは、にっと笑って本題を切り出した。


 しかし――


『やれるもんならやってみろ、とは言ったが……俺が約束した覚えはねえぞ』


 ボスは、しれっとした顔でそう返した。


「え~っ!?」『キュ~ッ!?』


 アリスとモモの声が見事にハモる。


(じゃあ、わたしたち、なんのためにあんなにがんばったのよ!? ……いや、レベルアップはできたと思うけど!)


 思わずそんなツッコミが頭の中をよぎる。


 ボスは腕を組み、ふんと鼻を鳴らした。


『お前らの強さは認める。だがな……俺はニンゲンの下につく気はねえ。だからこうして山に引きこもってるんだ』


「どうして? そんなに人間のこと、きらい?」


 アリスはまっすぐに問いかける。


『嫌いだね。ヤツらは土足で俺らのナワバリを荒らし、すみかを奪う』


「うっ……」


 その言葉に、アリスは思わず言葉を詰まらせ、少しのけぞった。


 反論できない――それは、事実だからだ。けれど。


「……でも、わたしたちは、あなたたちのすみかをおびやかしたりなんて、しない!」


 アリスは、一拍おいてから、しっかりと言い返した。


 そのひとみには、まっすぐな意志の光が宿っている。


 ボスは、そんな彼女をじっと見つめたあと、ふっと息を吐いた。


『……この山がどうして異空間(ワールド)化したか、知ってるか?』


「ううん、知らない」


 首をかしげるアリスの後ろに、緋羽莉たちも集まり、話に耳を傾ける。


 ボスは、少し遠くを見るような目をして、語りはじめた。


『今からずっと昔、この山でニンゲンどもによる、大規模な森林伐採計画が持ち上がった』


 静かな声だったが、その奥には、押し殺した怒りがにじんでいる。


『それが実行されりゃあ、多くの生きものやワンダーが、すみかを失うことになる』


 風がざわりと木々を揺らす。まるで、そのときの記憶をなぞるように。


『当時は、俺たち……お前らワンダーと呼んでる存在は広く知られていなくてな、妖怪だのなんだのって呼ばれてた』


 緋羽莉たちは、思わず息をのんだ。


『何度も警告したさ。俺たちのやりかたで、この山に手を出すなってな。フツーのニンゲンならビビッて手を引くところだが――ヤツらは頑として聞かなかった』


 その言葉には、あきらめと怒りが混ざっていた。


『そして、いざ伐採がはじまろうとしたときだった――さすがの“山の神”もブチギレた』


 一瞬、空気がぴんと張りつめる。


『アイツは山そのものをまるごと異空間に変えて、ニンゲンどもをまとめて排除し、結界を張ったのさ』


「……!」


 アリスたちは思わず目を見開いた。


 それが、この山の正体――異空間(ワールド)化の理由。


『だがな……山の神のヤツは、子どもだけはどうしても嫌いになれなかったらしい』


「え……?」


『昔から、この山に遊びに来てたガキどもだけは、特別だったんだとよ。だから、子どもだけは入れるように、結界を調整した』


 どこか皮肉げに笑いながら、ボスは続ける。


 その話を聞いて、場の空気が少しだけやわらいだ。


「そういうことだったんだ……」


 閃芽は、納得したように小さくうなずく。


 研究者志望の彼女にとっては、この話はまさに貴重な“真実”だった。


 ――そして、この出来事の詳細が人間側に伝わっていない理由も、なんとなく想像がついてしまう。"ニンゲンどもをまとめて排除"――それ以上は、考えたくなかった。


『……ま、それでも、ガキどもだけ入れるってのも、俺は気に入らねえがな』


 ボスは腕を組み、ふんと鼻を鳴らす。


『そのたんび山がざわついてうるせえし……そのうえ……二回もコテンパンにされてるしな』


 ぼそっと付け加えたその言葉に、アリスたちは思わず苦笑した。


 ――とはいえ。これで、ひとつはっきりした。


 このボスが人間ぎらいになった理由。それは、単なる気まぐれや好き嫌いではなく――過去の出来事に根ざした、ちゃんと納得できる理由だったのだ。


「……となると、その山の神さまっていうのにも、会ってみたくなってきたね」


 アリスが興味しんしんな顔で言うと、りんごは思わずどん引きした。


 山のボスだけでもあんなにおっかなかったのに、それ以上の存在に会いにいこうだなんて――心臓が持ちそうにない。


 そんなりんごに、緋羽莉は「まあまあ」とにこにこしながら、そっと肩を抱いてあげる。


 そのやわらかさとぬくもりに、りんごのこわばっていた体が少しだけゆるんだ。


 緋羽莉の胸に触れた頬は、やわらかな感触とほんのりした熱を感じて、思わず力が抜けてしまう。しっかりと鍛えられた体なのに、触れるとやさしく受け止めてくれる――そんなふしぎな安心感があった。


『お前ら、一本杉をめざしてるんだろ? だったら会えるぞ。山の神ってのは、その一本杉に宿る精霊だからな』


 その言葉を聞いた瞬間――りんごの口から、すうっと魂が抜けだした。


 山の神との対面が、避けられないという事実に。


「ま、まあ……会うだけなら、だいじょうぶなんじゃない?」


 緋羽莉はあわててフォローするが――


『アイツ、自分の領域に入ってきたヤツには、問答無用で戦いふっかけてくるけどな』


 その言葉を聞いた瞬間――りんごの魂は、きれいに天へと昇っていった。


 山の神との対決が、避けられないという事実に。


「山の神、めっちゃ武闘派じゃん……」


 閃芽も、引きつった顔でツッコむ。


『たしかにキレさせるとやばいが、ふだんはおだやかなヤツだよ。ただ、ガキと遊ぶのが好きってだけさ』


 なるほど――つまり、その“遊び”がバトルなんだろう。ちょっぴり……いや、だいぶ迷惑な話である。


「だから、一本杉の試練っていうのね」


 アリスだけは、納得したようにうなずいた。


 もしかしたら、持ち前の直感で、最初からなんとなく感じ取っていたのかもしれない。


『まっ、話はちょっとそれたが……そういうワケで、俺はお前の下にはつかねえ。山の神サンとの戦い、せいぜい健闘を祈ってやるぜ』


 ボスは立ち上がり、ぷいっと背中を向ける。


 山が異空間化した原因を話したのは多少ズレている気がするが、ちょっと重い話を聞かせてやれば折れてくれるだろう、と思ってのことだ。


 さっきのバトルを通じて、この少女はあまりにまっすぐで、悪く言えば、しつこいと感じたから。


 ――そのまま、この話は終わるはずだった。


 だが。


「かんちがいしないで」


 アリスも立ち上がり、はっきりと言った。


「わたしは、“下につけ”なんて、ひとことも言ってないよ」


 堂々とした声だった。迷いも、ためらいもない。


 ボスも思わず『あん?』と振り向き、そのするどい目でアリスをにらむ。


 それでも、アリスは一歩も引かなかった。


 すっと左手を差し出し、まっすぐに言葉を重ねる。


「わたしは、“パートナーになって”って言ったの。そこに上下関係なんてない」


 その声は、やわらかくて、けれど芯が通っている。


「いままで仲間になってくれたワンダーのみんなも、人間の親友たちだってそう。いっしょに手を取り合って、助け合って……てっぺんをめざすの」


 となりでモモも、『キュー!』と元気よくあいづちを打った。


『てっぺん……?』


 ボスが、ぽつりとつぶやく。


「さっきのバトル、楽しいって思ったでしょ?」


 その問いに、ボスはわずかに目を細めた。


 たしかに――怒りにまかせてはいたが、あの全力のぶつかり合いは、どこか胸が熱くなるものだった。


 久しく忘れていた感情。それを、うまく言葉にできずにいる。


「わたし、あなたといっしょなら、もっと高いところに行ける気がする」


 アリスは続ける。


「どんな危険な異空間(ワールド)だって冒険できるし、もっとたくさんの景色だって見られる」


 さっきまで焼け野原だったはずの広場に、やわらかな夕日の光が差し込みはじめていた。


 その光が、アリスの青いひとみをきらきらと照らす。


「それはきっと、もっともっと楽しいよ。あなたにも、それをたくさん味わわせてあげたい!」


 まっすぐで、くもりのない笑顔だった。


 その想いに――ボスの心は、大きく揺らぐ。


 人間は嫌いだ。それは変わらない。


 だが――すべての人間が、必ずしもどうしようもない存在ではない、ということもわかっていた。


(こいつらは……ちがう)


 目の前にいる少女たちは、他者の領域に土足で入っても、荒らし回って踏みにじるような存在ではない。まっすぐで、純粋で、あたたかい。


 こぶしを交えて、それはもうじゅうぶんすぎるほど理解していた。


 こんな連中、山奥に引きこもっていては、そうそう出会えるものじゃない。


 そして――そんな連中を、守りたいとさえ思ってしまっている自分がいることにも、気づいていた。


 それは、山のボスと呼ばれる者としての本能か。あるいは――もともと持っていた“アニキ分”の気質か。


 どちらにせよ。この出会いが、自分のなかの何かを変えたのは、まちがいなかった。


(……それに)


 親子そろって自分を知恵と勇気で打ち負かした、この少女。その行く末を――少し、見てみたくなった。


 ボスはゆっくりとアリスのほうへ向き直り、口を開く。


『……いいだろう』


 低く、しかしはっきりとした声だった。


『そこまで言うなら、お前のこれからの道行きに付き合ってやる』


 そして、少しだけ口元をゆるめて――


『ただし、ちょっとでも気に入らねえと感じたら、すぐにやめてやるからな!』


 そう付け加えた。


 バーニングリズリーは右手のツメを引っこめ、ぐっとこぶしを突き出す。


 ――グータッチの合図だ。


 それを見たアリスと、後ろの緋羽莉たちは、そろってにまっと笑った。


「……ありがとう! そうならないように、がんばる!」


 アリスは元気よく答え、小さな左手を差し出す。


「これからよろしくね――レッド!」


 コツン。


 小さなこぶしと、大きなこぶしとがぶつかり合う。


 その瞬間――新たな絆が、しっかりと結ばれた。


(よかったね、アリス!)


 緋羽莉もまた、満面の笑みを浮かべていた。ほんのり赤くなった頬ときらきらしたひとみが、高揚と喜びをそのまま映し出している。思わず飛び出しそうないきおいをこらえながら、その場でぐっとこぶしをにぎりしめた。


 こうしてアリスたちは、とてつもなく強力な新たな仲間――レッドを迎え入れることに成功した。


 そしていよいよ。最終目的地――裏山の一本杉へ。


 それぞれの想いを胸に、彼女たちは新たな一歩を踏み出すのだった。

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