第91話 炎上!バーニングリズリー!
『グッ……効いたぜ……!』
山のボス――火のチカラを持つクマ【バーニングリズリー】は、自分の額をおさえながら、ゆっくりと起き上がった。
ブルーの連続パンチはたしかに効いているようだが、それでもまだ、戦うだけの力はじゅうぶんに残っているらしい。
歓喜に沸いていたアリスとブルーも、そのようすを見て、すぐに表情を引き締め、身構え直した。
たとえ手ごたえがあっても、これだけで倒せる相手ではない――そう、はじめからわかっていたからだ。
応援していた緋羽莉たちも、ふたたび緊張の面持ちに戻り、熱いまなざしでアリスたちを見つめる。
その視線の先で、緋羽莉は無意識に息をひそめていた。
胸元に抱いたりんごのぬくもりを感じながら、しなやかな体をわずかに前へ傾ける。
ふわりと揺れる花冠と、やわらかなウェーブのかかった髪が、戦場の熱気に包まれてほのかに香り立った。
『親子そろって、オレ様をここまで苦しめてくれるとはな……こっからは、本気で相手してやる!』
ボスはそう言い放つと、『グオオーッ!』と空に向かって遠吠えをあげた。
すると、オレンジ色のモヒカンが金色に変わって逆立ち、全身からは炎のようなオーラがほとばしる。
その瞬間――場の空気が、熱を帯びてゆがんだ。
アリスたちは思わず息をのむ。ボスの“本気”を、肌で感じ取ったのだ。
「いくよ、ブルー……ここからが、本番!」
『……うん!』
ブルーは力強くうなずき、第二ラウンドが幕を開けた。
本気モードとなったボスは、すうっと息を吸い込むと、間髪入れずに数発の火の玉を連射してきた。
ひとつひとつの大きさは先ほどよりやや小さいが、その威力と速度は段違いだ。
「距離を取って!」
アリスの指示に従い、ブルーはバックステップを連続で踏みながら、ボスから距離を取りつつ火の玉を回避する。
火の玉は地面に着弾すると、ドンドンドン! と音を立てて炸裂し、小さな火柱を上げながら周囲の草を焼き、いくつものクレーターを作り出した。
続けざまにボスはさらに大きく息を吸い込むと、今度は燃えさかる火炎を一直線に吐き出した。
灼熱の奔流が、一直線にブルーへと襲いかかる。
アリスはすばやく指を振り、ブルーへサインを送った。
ブルーはそれを読み取り、左へ走って回避。しかしボスは逃がすまいと首を振り、火炎を吐き続ける。
追いすがる炎から逃げ続けながら、ブルーはある一点へと飛び込んだ。
それは――この広場の中央にあった土山。ボスのすみかだ。
ちょうどボスとの間に位置していたその土山が遮蔽物となり、炎の追撃をさえぎった。
『チッ!』
炎を防がれたこと、そして自分の家を利用されたことへの苛立ちからか、ボスは舌打ちする。
次の瞬間、四足歩行の姿勢へと変わり、猛スピードで土山の陰に回り込もうと駆け出した。
ブルーもすぐに反応し、逃走開始。
土山のまわりをぐるぐると回る、追いかけっこが始まった。
しかし、本気モードのボスの脚力は圧倒的だ。
ブルーは必死に走るが、その差はみるみる縮まっていく。
『グアーッ!』
『うわあーっ!』
涙目で悲鳴をあげるブルー。ついに距離を詰められ、ボスが大きく跳びかかってくる。
ブルーはとっさに土山の外側へヘッドスライディングし、ギリギリでボディプレスを回避した。
ズズーン! と重い音を立てて、ボスは地面に叩きつけられる。
「《プリズムボール》!」
すかさずアリスが指示。
ブルーは体勢を立て直すやいなや、両手から虹色の光球を発射した。
光球はボスの顔面に直撃し、爆発。たしかなダメージを与える。
当然、ボスは激怒した。ギロリとブルーをにらみつけ、すぐさまふたたび襲いかかってくる。
今度は火炎と赤熱化したツメを織り交ぜた、さらに激しい連続攻撃だ。
ブルーはアリスの指示を受けながら、なんとかそれを回避し続ける。
だが――その動きは、次第ににぶくなっていった。
呼吸は荒く、足取りも重い。
ボスと同じように、ブルーの体にも確実に疲労が蓄積していたのだ。
そして、ついに――足がもつれた。
『しまっ――』
一瞬のスキ。その瞬間を、ボスは見逃さない。
するどいツメと灼熱の火炎が、同時にブルーを襲った。
「……っ!」
見守る緋羽莉の喉が、声にならない息で震える。
抱きしめたままのりんごの体を、思わず胸へ引き寄せ、そのやわらかな感触ごと守ろうとするように強く抱いた。
ブルーはとっさに腕を交差させてガードするが――限界だった。
ボスのパワーアップした攻撃の衝撃に耐えきれず、体は大きく吹き飛ばされる。
『うああっ――!』
地面を転がり、やがて動かなくなった。
ブルーは――戦闘不能となってしまったのだ。
「ブルー!」
アリスは思わず声をあげた。
応援していた緋羽莉たちの表情にも、一斉に心配の色が浮かぶ。
緋羽莉の大きなひとみが、わずかに揺れる。
くちびるをきゅっと結び、こぼれそうになる想いを必死に押しとどめていた。
それでも、胸の奥からあふれるやさしさは隠しきれず、視線は倒れたブルーに釘づけになっている。
体が動かなくなり、地面にはいつくばったまま、ブルーはくやしげに歯をかみしめた。
あと少しで――なにか新しいものをつかめそうだった。
その手ごたえがあったからこそ、ここで戦えなくなってしまったことが、もどかしくてたまらない。
こんな気持ちを抱いていること自体、ブルーの心が成長している証なのだが――当の本人は、まだそれに気づいてはいなかった。
「おつかれさま、ブルー」
アリスはやさしくほほえみ、ねぎらいの言葉をかけながら、右手をそっとかざす。
すると、ブルーの体は青い光の粒子となり、ふわりと浮かび上がってスマートウォッチの中へと吸いこまれていった。
その光景を、緋羽莉はりんごを抱きしめる腕にぐっと力をこめながら、「よくがんばったね……」と小さくつぶやき、いとおしそうに見つめていた。
その横顔には、ほんのりとしたぬくもりが宿っている。
戦いのさなかでも変わらないやわらかな空気が、まるでそこだけ別の時間が流れているかのように感じさせた。
『どうしたどうしたァ!? オレはまだ暴れ足りねェぞォ!』
炎のようなオーラをほとばしらせたまま、ボスは怒号を響かせる。
その迫力は先ほど以上――だが、アリスはもう一歩もひるまなかった。
むしろ、不敵でステキな笑みを浮かべ、まっすぐにボスを見すえる。
「あわてない、あわてない。バトルはまだまだこれからよ! ――グリン!」
余裕すら感じさせる口調でそう言うと、アリスはふたたびスマートウォッチに手を触れた。
次の瞬間――緑色の光の粒子が舞い、その中から姿を現したのは、緑色のアフロヘアーをした大きなモグラ、【モリモール】のグリンだった。
地下に落ちた緋羽莉とりんごを救出するため、急きょ仲間になったワンダー。
しかし今では、アリスにとって大切なパートナーの一体だ。
今回は、そのグリンにとって記念すべき初陣。
元気いっぱいに登場――するはずだったのだが。
『グアーッ!』
『モ、モリーッ!』
両手を振り上げて威嚇するボスを前に、グリンはアフロヘアーが逆立つほど、ビビり散らかしていた。
無理もない。目の前にいるのは、裏山のボスとして恐れられる存在。
同じ裏山の住人であるグリンにとって、その怖さはよく知っている相手だ。
しかも――木の属性であるモリモールにとって、火の属性のバーニングリズリーは、相性最悪。
どう考えても、不利な戦いである。
それでも――グリンは、逃げ出さなかった。
その気になれば、そもそも召喚を拒むことだってできたはずだ。
だが、そうはしなかった。それは――自分自身、もっと強くなりたいと願っていたから。
そもそも、アリスのパートナーになることを受け入れた理由は――彼女の"親友を助けたい"、というまっすぐな思いに心を打たれたからで、表情からはわからないけれど、グリンは実は熱い心の持ち主だった。
さすがに、同族の親分である【キングハナモグラ】に歯向かうことはできなかった。
けれど、そのことを、ずっと心のどこかで悔やんでいた。
だからこそ、今度こそは――アリスのために、どんな相手であっても戦う。そう、決めていたのだ。
グリンは震える足をふんばり、アフロに半分隠れた丸い目で、キッとボスをにらみ返す。
『へえ……いい目してるじゃねェか』
ボスはそのようすを見て、ニヤリと口元をゆがめた。
『穴ん中に引きこもってるモグラにしちゃ、見上げた根性だ』
その言葉には、ほんのわずかだが、認めるような響きがあった。
圧倒的に不利なこの状況で――はたしてグリンは、初勝利をつかむことができるのか。
そのすべては、ウィザードであるアリスの手腕にかかっているのだった。




