第90話 熱闘!バーニングリズリー!
『グラアァァ!』
山のボス――【バーニングリズリー】は、地面を震わせながらこちらへ駆け出し、ジュウッと赤熱化した右手のツメを振り上げた。
狙いは、もちろん対戦相手であるブルー。
アリスに――正確にはその保護者である沙織に負けた恨みがあるとはいえ、ウィザード本人を直接狙ってこないあたり、案外冷静なのか。それとも、あくまでバトルのルールにのっとって勝利することで、屈辱を晴らそうという腹づもりなのか。
いずれにせよ――クマという生きものは、巨体に似合わず俊敏だ。
ましてや目の前の相手は、ただのクマではない。圧倒的な威圧感をまとった“山のボス”。
その迫力に、ブルーは一瞬ひるんでしまい、回避の判断が遅れる。
――だったら!
ブルーはとっさに頭上で腕を交差させ、防御の構えを取った。
ガキィン!!
金属同士がぶつかり合うような鋭い音が、広場に響き渡る。
『ぐっ……!』
赤熱したツメを受け止めたブルーの顔が、苦痛にゆがむ。
なんとか一撃を防いだものの、両腕はじゅうっと焦げつき、皮膚が裂け、血がにじんでいた。
衝撃も、先ほどの【キングハナモグラ】とは比べものにならない。
正直――泣き出しそうなほど痛い。
それでも、歯を食いしばって耐える。
「次が来る! 右によけて!」
するどく飛んできたのは、アリスの指示。
ブルーははっと我に返り、すぐさま右へ大きく跳んだ。
次の瞬間――さっきまでいた場所に、ボスの左のツメが振り下ろされる。
ブオンッ! と空気を裂く重い音。
もし回避が一瞬でも遅れていれば、間違いなく直撃していた。
(アリスの読み……すごい……!)
ブルーは冷や汗をにじませながら、すぐに距離を取るため走り出した。
パワーはもちろん、突進力も攻撃速度もケタ違い。
正面から殴り合って勝てる相手ではない。
ならばどう戦うか――それを考えるのはアリスの役目。
ブルーの役目は、指示が来るまで生き残ること。
そして――その“生き残りやすさ”なら、小柄で素早い自分に分がある。
「《プリズムボール》!」
すぐさまアリスの声が飛ぶ。
接近戦ではなく、遠距離戦へ切り替えろという指示だ。
『うんっ!』
ブルーは両手を前に突き出し、サッカーボールほどの大きさの虹色の光球を生成。そのまま、ボスめがけて撃ち放った。
ドカァン!!
直撃。光球はボスの顔面で炸裂し、爆煙が立ちこめる。
その凶悪な表情は、完全に煙の中へと消えた……かに思えたが。
『グルル……!』
ブルブルッ! と頭を振ると、煙はあっさりと吹き飛ばされる。
現れたのは、さらに怒りに燃える顔。
ギンッ! とするどい目でにらみつけてくる。
『ひっ……!』
ブルーは思わず体をこわばらせる。
だが――
「しっかりして!」
アリスの声が、背中を押した。
ブルーはぐっと息をのみ、なんとか踏みとどまる。
次の攻撃に備えなくっちゃ。ツメでも、突進でも――なんでも来い!
そう身構えた、そのとき。ボスの動きが止まった。
(あれ……?)
そして――その口の奥で、メラメラと揺れる“なにか”が見える。
炎だ。
次の瞬間――
『ガアアッ!!』
咆哮とともに、巨大な火の玉が吐き出された!
『ええっ!?』
ブルーだけでなく、アリスたち全員が目を見開く。
世界のどこを探しても、火を吐くクマなんていやしないだろう。
しかしここは異空間であり、相手はクマ型のワンダー。ふしぎな世界と生きもの。現実の常識なんて通用しないのだ。
(しまった……!)
アリスは一瞬で理解した。
【バーニングリズリー】という名前の時点で、炎の能力を警戒すべきだったのだ。
見た目に引きずられた、自分のミス。だが、後悔しているヒマはない。
『うわっ!』
ブルーはとっさに横へ大きく跳び、火の玉を回避する。
直後――
ボゴォン!!
火の玉は地面に着弾し、大爆発。
周囲の草木は一瞬で焼け焦げ、小さなクレーターがえぐり出された。その威力に、誰もが息をのむ。
これこそが――彼が“山のボス”と恐れられる理由だろう。
木々生い茂る山の中で、これほどの火力を振るう存在。それは、まさに災害そのものだ。
けれど――
(このチカラ……やっぱり、ほしい!)
アリスの胸に浮かんだのは、恐怖ではなかった。むしろ逆。
これほどのチカラを持つワンダーを、仲間にしたいという強い想い。
パワー、スピード、そして強力な火の属性。
どんな戦いでも頼りになる、理想的なパートナーだ。
――それにクマは、ドラゴン、ウサギ、イヌ、ネコに続いて、アリスの大好きな動物ランキング上位の存在。
故郷イギリスには、有名なクマのキャラクターだっている。
だからこそ――このバーニングリズリーは、絶対に仲間にしたい。
アリスの青いひとみは、ますます強い意志で輝いていた。
「《プリズムボール》!」
がぜんやる気になったアリスは、さっきよりも張りのある声で指示を飛ばす。
ブルーも応えるように、先ほどよりも大きく、強く輝く光球を作り出した――が、
『それはもう撃たせん!』
ボスが一気に間合いを詰めてきた。
『うわっ!?』
あまりにも素早い対応に、ブルーは目を見開く。技を中断せざるを得ず、とっさに横へ跳んで回避した。
次の瞬間、赤熱化したツメが空気を裂く。
ブオンッ! と唸るような音。
ブルーは必死によけ続けるしかなかった。
もはや距離を取る余裕はなく、戦いは完全に接近戦へと移行してしまっている。
後方では――おびえるりんごを抱きしめる緋羽莉と、腕を組んで見守る閃芽が、息をのんで戦況を見つめていた。
ふだんはアリスに絶対の信頼を置いている緋羽莉ですら、その表情は強ばっている。りんごを抱く腕にも、思わず力がこもる。
胸の奥がきゅっと締めつけられるような感覚に、思わず息が浅くなる。
それでも、しなやかに引き締まった体はぶれず、りんごを支える腕には頼もしさとぬくもりが宿っていた。
小さく上下する胸元に、彼女の緊張と必死さがにじんでいる。
――それでも。
緋羽莉は大きく息を吸い込み、
「……がんばれ! アリス! ブルー!」
広場じゅうに響くほどの、あかるく力強い声で応援した。
その声に合わせて、花冠がふわりと揺れ、きらきらと光を受ける。
まっすぐ前を見つめる大きな黄色いひとみには、不安を押しのけるほどの強い信頼が宿っていた。
ただ見守るだけではいられない――そんな想いが、声となってあふれている。
そばにいたりんごと閃芽が、思わずびくっとするほどの大声だ。
けれど、その声は確かに――戦うふたりに届いた。
ブルーの胸に、あたたかい力がわきあがる。
アリスもちらりと右手のウォッチに目をやり、次の手を見極める。
「ブルー! そのまま、もうちょっとだけねばって!」
『うん!』
正直、かなり無茶な指示だ。
それでもブルーは迷いなくうなずいた。
――信じてくれているから。アリスも、みんなも。
そして自分も、ここで逃げたくない。
ブルーは回避に意識を集中させる。
すると――さっきよりも、ボスの動きが見えてくる。
それでもなお、速く、重く、するどい連撃。
少しでも気を抜けば、たちまち餌食になるだろう。
「左! 次は後ろ!」
アリスの指示が飛ぶ。
先読みされた最適な回避方向。
そのおかげで、ブルーの動きは格段に安定していた。
――そして。
しばらく攻防が続いた、そのとき。
(……あれ?)
ツメの動きが、ほんのわずかに鈍くなった。
よく見ると、ボスは汗をびっしょりとかき、呼吸も荒くなっている。
顔にも、はっきりと疲労の色が浮かんでいた。
(そりゃそうだ……!)
ブルーは理解する。
よけるだけでもこれだけ疲れるのだ。
それ以上に力を込めて攻撃し続けているボスの消耗は、比べものにならない。
その瞬間――アリスの目がするどく細められた。
狙いを定めるように、左手をバッと突き出す!
「《バタフライビート》!」
ブルーの両手に、ピンク色の光が宿る。
この裏山に入ってすぐ、新たに身につけた、打撃と回避を両立するための技。
次のツメをかわしたブルーは――一気にボスの懐へ飛び込んだ!
そして――
ドンッ!
みぞおちめがけて、右のパンチを叩き込む!
『グウッ……!?』
ボスが顔をしかめ、わずかに体を折る。
間髪入れず――
ドンッ!
左のこぶしも、同じ場所へ!
『グゥハッ……!』
たまらず息を吐くボス。
「まだまだ! もっともっとよ!」
アリスの声が飛ぶ。
そのいきおいに乗るように、ブルーは三発目、四発目――連続でこぶしを叩き込む!
ドドドドドッ!!
衝撃のたびに、ボスの巨体がびりびりと震える。
確実に、ダメージが蓄積していく。
そのようすを見つめる緋羽莉の表情にも、ぱあっと光が差し込む。
緊張でこわばっていた頬がゆるみ、思わずくちびるがほころぶ。
ぎゅっと抱きしめていたりんごを、さらに胸元へ引き寄せながら――勝利を信じる気持ちが全身に満ちていく。
そして――
「フィニッシュ!」
『たあーっ!』
ブルーは右こぶしを強くにぎりしめ、全身の力をこめて――
ボスの眉間へ、渾身の一撃を叩き込んだ!
バキィッ!!
『グガアッ……!』
ついにボスは大きくのけぞり、
ドシン、ドシン、と数歩後ずさったあと――
ズズゥゥン……!
大の字になって、地面へと倒れ込んだ。
一瞬の静寂。
そして――
「やっ……」
「やったあーーーっ!!」
アリスと、見守っていた緋羽莉たちの歓声が、広場いっぱいに響きわたった。
その中でもひときわ大きな声をあげていたのは、やっぱり緋羽莉だった。
ぱっと顔を輝かせ、全身でよろこびを表現するその姿は、まるで咲き誇る花のようにあざやかだ。
弾むように一歩踏み出した拍子に、スカートのフリルがふわりと舞い、健康的な脚線が一瞬のぞく。
そのまま、りんごごと自分の体を抱きしめながら、うれしそうに何度もうなずいた。




